ストレンジ♤ワールド~悪役令嬢は王子様をご所望です~

茗裡

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三章 正編

二三話 及第点

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 真っ黒なペンキで塗り潰したような、光一つ差さない深い闇だった。
 耳を澄ませようとしても、まるで耳の奥に膜が張られたような感覚で、聞こえてくる声は遥か彼方からの囁きのように遠い。何を言っているのか判別できない。
 自ら声を発しようとしても、喉は凍りついたように沈黙を保ち、声帯は封じられていた。

 ただ一人。
 月の光芒が一人の少女にだけ射し込んでいた。

 ───見ざる、聞かざる、言わざる。


 #

 賊の襲撃から辛くも逃れたエルヴィラとロマーヌは、次元移行の能力によって王城を目指した。
 だが、空間を歪める術が何かに妨げられ、辿り着いたのは王宮とは別の場所、高くそびえる一つの塔だった。

「……ここは?」

 エルヴィラはロマーヌを護るようにその身を抱き寄せながら、警戒を込めて周囲を見渡す。

「パリ殿下! ムニエ嬢!如何なさいましたか!」

 動揺している二人のもとに、一人の男が慌てて駆け寄ってきた。
 彼とは、ダルシアク国への留学直後に出会っている。ストレンジ騎士団の団長アイロスである。

「……ここは……」
「ここは、ストレンジ騎士団の研究塔です」
「そう……よかっ……」

 息を荒げていたエルヴィラは、アイロスの姿を認めた途端、ロマーヌから手を離し、その場に崩れ落ちた。

「エルヴィラ嬢っ!」

 ロマーヌが驚いて、彼女の体を揺する。

「お止めください、ロマーヌ殿下。揺さぶってはなりません」
「で、でも……!」
「大丈夫です。恐らく、エルヴィラ嬢はストレンジを過剰に使用したために意識を失ったのです。少し休めば回復します」

 ペルシエ領は王都から比較的近いとはいえ、直通で次元移行するには膨大な力を要する。
 エルヴィラは経由点を設けることなく王城へ飛ぼうとした。その負荷によって、体内のストレンジを使い果たしてしまったのだ。

「手が空いている者は直ちに宰相へ連絡を取れ。加えて、ムニエ嬢の婚約者であるパスマール様にもだ」

 アイロスはエルヴィラを軽々と抱き上げると、すぐさま部下に的確な指示を飛ばした。

「ロマーヌ殿下、何があったのか……どうかご説明願えますか」

 彼の背後をついてくるロマーヌは、静かに頷いた。
 エルヴィラをベッドのある部屋へと運び入れると、そこには王都に留まっていた留学生たちが次々と姿を現した。
 その中には、彼女の婚約者ヴィヴィアンの姿もある。
 さらに、第一王子ドナシアンとその側近であるレオポルドの姿もあった。

「ロマーヌ、怪我はないかっ」
「お兄様、く、苦しい……」
「デジレ殿下、あまり強く抱き締めては、ロマーヌ殿下が潰れてしまいますよ」

 別の部屋で休んでいたロマーヌのもとに、来訪者が現れた。
 部屋に駆け込んできたのは、兄のデジレだった。妹の無事を確かめるなり、勢いよくその身体を抱き締めた。
 それを見かねた護衛のピエールが苦言を呈すると、デジレは気まずそうに「すまん」と呟き、そっと腕を離した。

「今からロマーヌ殿下に事情を伺うところでした。もしよろしければ、デジレ殿下もご一緒にいていただけますか?」

 ロマーヌの正面に座るアイロスは、突然の来訪にも動じず、むしろ自然に同席を促した。

「……構わないのか?」
「ええ。デジレ殿下が側にいらした方が、ロマーヌ殿下もお話しやすいでしょう」

 デジレの問いに快く頷くと、ならばと彼は、ピエールと共に席についた。

「アイロス団長、私たちも同席していいでしょうか?」

 扉の前から声が上がる。そこにはドナシアン、ロラン、そして王都に残っていた留学生たちの姿があった。

「これは……ドナシアン殿下に、ロラン殿下。そして、皆さんまで……」
「エルヴィラ嬢のそばにはヴィヴィアンがついています。私も、何があったのか伺っておきたいのです」

 ドナシアンの申し出に、アイロスは一瞬言葉を詰まらせた。
 彼自身は構わない。だが、これほどの人数の前でロマーヌがうまく話せるかどうかが懸念だった。

「私なら、大丈夫です。それに……皆にも、聞いてほしい」

 そう言って顔を上げたロマーヌに、アイロスは静かに頷いた。

「承知しました。すぐに椅子を用意させます」

 そう告げて部下に合図すると、ドナシアンたちも部屋に入り、椅子を並べて腰を下ろした。
 静けさが部屋を包む中、ロマーヌは深く息を吸い、口を開いた。
 ペルシエ領で起きた出来事を、ひとつずつ語り始める。

「なるほど。孤児院を狙った賊、ですか……」

 話を聞き終えたアイロスは、顎に手を当て、眉間に深い皺を寄せて沈思する。

「賊は本当に、孤児院だけを狙ったのだろうか……」
「どういうこと?」

 ロマーヌがアイロスの独白に気づき、首を傾げる。

「孤児院が襲撃されたのは、偶然じゃなかったってこと?」
「あ、いえ……その、あくまで憶測ですが……」

 慌てて否定しようとしたアイロスの言葉を、ドナシアンが鋭く遮る。

「アイロス団長。何を隠している」

 その声に、場の空気が一変する。
 ドナシアンの真剣な眼差しに射抜かれ、アイロスは言葉を失ったまま、視線を逸らした。

「アイロス。あなたが知っていることを、すべて話せ。父上に口止めされていること以外、すべてだ」

 第四王子であるドナシアンの命に、アイロスは短く息を吐いた。そして、意を決したように頷く。

「……正確な情報ではありません。それでも、よろしいですか?」

 ドナシアンが無言で頷くのを確認すると、アイロスはようやく重い口を開いた。
 それは、エルヴィラとロマーヌが王都へ戻る直前に、ストレンジ騎士団にもたらされた情報だった。
 ペルシエ領で、不審な動きがあるという報せ。
 その“動き”とは、ストレンジ能力者を狙った一連の襲撃事件、“ストレンジ狩り”と呼ばれるもの。

「それは……今、学園でも警戒されている事件と関係があるのですか?」

 質問したのはロランだった。その言葉に、アイロスは慎重な口調で答える。

「確かな関連性は、まだ見つかっていません。ですが、どちらも“ストレンジ能力者”を標的にしている以上、無関係とは言い切れません」
「予知夢のストレンジを持つ者に、何か見てもらうことはできないのか?」

 ドナシアンの問いに、アイロスは首を横に振る。

「その力を使える者は、今ここにはいません」
「ならば、呼び寄せればいいではありませんか! 一刻を争う状況です。ソレンヌ嬢も、ルイーズ嬢も、エド嬢も、まだ交戦中かもしれないのですよ!」

 ロランが苛立ち混じりに詰め寄るが、アイロスの返答は冷静かつ明確だった。

「……それでも、無理です」
「なぜですか!?」

 強く問うロランに、アイロスは静かに答える。
 予知夢のストレンジを使える者は、その禍根の只中にいるルイーズ嬢ただ一人だ。ダルシアク国内には、彼女以外にその能力を持つ者はいない。
 つまり、今この場にいないルイーズを除いては、未来を知る術は存在しないのだ。
 しばしの沈黙の後、アイロスは声の調子を改めて言った。

「すでに騎士団には連絡を入れ、救出部隊の編成に入っています。また、レオポルド様は恐らく、お祖父様の騎士団総帥からも、お声がかかるかと」

 ダルシアク中央騎士団の指揮権を握る人物、レオポルドの祖父からの召集。
 その言葉に、レオポルドは静かに頷き、出立の準備に取り掛かる決意を示した。

 そして、日が傾いた頃。
 ドナシアンとレオポルドの二人に、王からの召集が下る。彼らは厳かな空気の中、謁見の間の扉をくぐった。

「……我は、ドナシアンとレオポルドのみを呼んだはずだが」

 玉座の間に響いたのは、重々しい国王の声だった。

「他国の王子たちまで揃って参るとは……我を軽んじていると見える」

 玉座に座するダルシアク国王は、睨むように言葉を放つ。その一言で、場の空気はさらに張り詰めた。

「まずは、ベルタ王に対し、礼儀を欠いた非礼をお詫び申し上げます。正式な手続きを踏む時間さえ惜しく、ドナシアン王子にお願いして、直接お話を伺わせていただきたく、同行させていただきました」

 静かに頭を下げたのは、マラルメ国第一王子・ロラン。
 続いて、オルディアナ国第二王子・デジレが前に出る。

「この件に関しては、私とロランが独断で動いたものです。オルディアナ国、マラルメ国は一切関係ございません。お咎めがあるならば、事件終息の後、私たちが責任を持って処罰をお受けいたします」

 ドナシアン、レオポルドに続き入室したのは、デジレとその側近ピエール。
 そしてロランに付き従うジェルヴェール、セレスタン、ヴィヴィアンの姿もあった。
 デジレとロランは片膝をつき、深く頭を垂れる。
 その後ろに控えていた者たちも、殿下たちにならい静かに跪いた。

「お前たちには使命がある。それを忘れたか?」

 厳しい王の問いに、二人の王子は声を揃えて答えた。

「「いいえ。決して、忘れてはおりません」」

 使命──それは、各国の王族にだけ知らされた秘密の任務。
 世界の均衡を守るため、各国が協調し取り組まねばならぬ、重大な役割。
 その実現のため、王子たちはストレンジ育成の最高峰たるダルシアク国へと留学してきたのだ。

「これはダルシアク国の内政問題。それに、他国の王子が首を突っ込むというのか」
「父上っ……!」

 思わず声を上げたドナシアンだったが──

「黙れ、ドナシアン」

 その一言で、彼は言葉を封じられる。
 冷ややかな王の視線と、その威圧に、さしものドナシアンも言葉を飲み込んだ。
 それでも、ロランは退かない。

「この事件は、私たちの使命と関わっている可能性があります。仮に関連があるのならば、ドナシアン王子とレオポルド殿だけでは対処が難しい局面も生じるでしょう」
「だが、関連がない可能性もある」
「仰るとおりです。ですが、ストレンジ持ちが狙われているのは事実。そして敵側にも、国の監視を潜り抜けるほどのストレンジの使い手がいる。それだけで、十分に異常事態です」

 ロランの言葉に、デジレも力強く頷く。
 国王は、そんな彼らを鋭い眼差しで見つめた。
 その瞳には、冷徹さとともに、王としての洞察が宿っている。

 彼らの覚悟は本物か。信義に足る者か。
 静かなる審判の末、国王は短く命じた。

「……よかろう。オルディアナ国とマラルメ国の王には、我から話を通しておこう」

 その一言に、ロランとデジレは顔を上げ、再び深く頭を下げた。

「ありがとうございますっ!」

 その時、王の声が謁見の間に高らかに響いた。

「第四王子ドナシアン・デュフレーヌ、レオポルド・ラクロワ。そして留学生たちに命ずる。囚われの身となったルイーズ嬢、ソレンヌ嬢、エド嬢を救出し、敵を殲滅せよ!」
「「「「御意」」」」

 全員が一斉に頭を垂れ、国王の勅命を受け入れた。
 王の隣に控えていたレオポルドの祖父、中央騎士団総帥が静かに歩を進める。
 騎士たちの統率者とともに、彼らは謁見の間を後にした。

「陛下、本当に宜しかったのですか?」

 誰もいなくなった広間。玉座に腰を下ろす主に問いかけたのは、ダルシアク国の宰相ジョゼフだった。

「ふっ……あの様子では、何を言っても聞く耳は持たぬだろう。勝手に動かれる方が面倒だ」
「確かに。それは言えておりますな」

 ジョゼフは肩をすくめて、朗らかに笑った。

「それに……本当のところ、そなたも内心では安心しているのではないか?」
「否定はしません。彼らほどの実力があって失敗するとは思えませんし、何より、我が娘たちを助けてくれると、信じておりますから」
「慎重派の御前が、ずいぶんと大胆なことを言う」
「むしろ、彼らにはこの程度の任務、難なく成し遂げてもらわねば困るのですよ。彼らには、もっと大きな使命があるのですから」
「……ああ、その通りだな」

 陛下は王子たちが跪いていた床を見下ろしながら、重みある声で同意を示した。
 そのまま立ち上がり、マントを翻す。
 ジョゼフを従えて、広間の出入口とは反対側に伸びる奥の回廊へと、二人の姿は消えていった。


 #

 外へ出たドナシアンたち八人を出迎えたのは、整列した三十名の騎士たち。ストレンジ騎士団と中央騎士団の精鋭部隊だった。

「ストレンジ騎士団、並びに中央騎士団の中でも選りすぐりの者たちを集めました。必要があれば、存分にお使いくだされ」

 快活にそう言いながら、総帥は白くなった顎髭を撫でて笑った。

「総帥殿……この装置は?」

 ロランが目を見開いて尋ねる。その視線の先にあるのは、見上げるほどの巨大な装置だった。

「これはな、カプレ家の坊主に造らせた転送装置じゃ」
「まったく。人使いの荒いジジイだよ、まったく」

 ぶつぶつと文句を言いながら現れたのは、設計者のマティアス。
 目の下に隈をつくり、げっそりとした表情をしている。
 装置は、円形の巨大なゲート構造を持ち、複数のゲート使いが協力することで遠距離転送を可能とする。
 緊急指令を受けたマティアスが、短期間で形にした試作型だった。

「ずっと前から造るよう頼んでおったのに、のうのうと後回しにしおって」
「ふん、ルイーズ人形を作るので忙しかったんでね。どこまで本物そっくりに仕上げられるか極限まで追求するのが先だろ」
「この馬鹿もんがーっ!何度も言ったであろうが!この装置は陛下の勅命なのだぞ!?ガラクタばっかり優先しおって!」
「ガラクタとはなんだこのクソジジイ!ルイーズ人形はな、世界で一番重要で、最優先で仕上げるべき作品なんだよ!」
「バカタレィッ!また中央騎士団でその瀕弱な根性叩き直してやるわ!」
「俺は中央騎士団じゃなくストレンジ騎士団に入ったんだ!それにさっきから馬鹿馬鹿と。馬鹿って言うほうが馬鹿なんですぅぅっ!」

 突如として始まった、総帥とマティアスの大喧嘩。
 空気は一変して、留学生たちは呆然とその応酬を見つめた。
 ドナシアンとレオポルドは、また始まったとばかりに顔をしかめ、頭痛のするこめかみを押さえた。

「馬鹿はマティアスの方だよ。上の指示にも従えない者が我がカプレ家にいるとは、本当に恥ずかしい限りだ」

 嘆息と共に現れたのは、転移によって姿を現したルイーズの兄たち、グエナエルとラファエルだった。
 グエナエルは一歩進み出ると、指をパチンと鳴らす。それに応じて、背後に控えていたラファエルが一つ頷き、念動力でマティアスの体を宙に浮かせた。

「ラファエルっ、やめろォ!グエナエル兄さ…うっ」

 マティアスが叫ぶも、グエナエルはその声を無視して、総帥と殿下たちへ向き直り、静かに頭を下げる。

マティアス馬鹿がご迷惑をおかけして、申し訳ございません」

 宙に浮いたマティアスは、青ざめた顔で口元を押さえ、項垂れていた。グエナエルの言葉に込められた皮肉を察した留学生たちは、気づかぬふりを決め込んだ。

「さて、先程ルイーズの侍女から報告がありました。彼女たちがいたベルラド地方には、もはや姿はないとのことです。考えられる可能性は三つ。ペルシエ領をすでに離れたか、地下に潜ったか、あるいは結界や何らかの術を使って気配を隠しているか、ですね」

「他にも、近くの森に逃げた可能性はないのかのう?」

 総帥の問いに、グエナエルはきっぱりと否定する。

「それはないと断言できます。彼女、ルイーズの侍女が自ら調査しましたが、それらしい拠点は発見できなかったとのことです」
「……侍女一人で、あの森に?」

 思わず眉をひそめた総帥に対し、グエナエルは平然と頷いた。

「彼女は、物理的な戦闘力では総帥に及ばないかもしれませんが、ルイーズの手合わせ相手を長らく務めております。それだけの実力は持っておりますので」
「ふむ、それだけ腕が立つのであれば、珍獣など敵ではないわな!」

 総帥は豪快に笑い声を上げた。
 珍獣とは、ピッピコのように突然変異でストレンジを使えるようになった獣たちのことである。だがピッピコとは異なり、戦闘向けのストレンジを保有し、倒されても決して人間の配下にはならず、息絶えるまで敵を襲い続ける存在だ。
 ゆえに、一般人や単独で森に入ることは各国で禁じられている。その森を侍女一人が捜索したという事実に、場にいた全員が驚きを隠せなかった。

「総帥、準備が整いました」

 転送装置の最終点検をしていたストレンジ騎士団の一人が報告する。

「では、お姫様方の救出に向かうとするかのう」

 総帥が言うと、皆の視線が自然と転送装置へと向く。ゲートが開き始め、その中心には卵型の枠が淡く輝きながら揺れていた。蒼い顔のマティアスが指示を出している様子が見える。

「こちらをどうぞ」

 グエナエルがドナシアンたちと総帥の手に、小さな装置をひとつずつ配る。

「カプレ家秘伝の通信機です。耳に嵌め、中央のボタンを押すことで、マティアスが作った親機と、そしてこの場にいる全員と通信が可能です。移動中の連絡や、報告にご活用ください」

 通信機は、技術大国・マラルメでさえ設置場所を選び、限られた相手としか交信できない貴重な技術だった。それを、マティアスは一人で、しかも携帯型として完成させていた。その驚異的な技術力に、留学生たちは驚きを隠せない。日頃の残念さが、逆に凄さを引き立てていた。
 総帥とドナシアンたちは耳に通信機を装着し、ゲートの前に並ぶ。三十名の騎士たちもそれに続き整列し、ゲートの完全な開通を待った。

「どうか、ルイーズ嬢、ソレンヌ嬢、エド嬢の救出を、よろしくお願いします」

 ストレンジ騎士団団長・アイロスがゲートの前に進み出て、深々と一礼する。彼に続いて、転送装置を起動しない者たちも次々に頭を下げた。
 その中で、ひとりだけ、留学生たちの元に歩み寄る人物がいた。

「おい」

 低く声がかかり、ジェルヴェールは返事をせず、ただ顔だけを向けた。
 そこには、マティアスが鋭い眼差しで彼を睨みつけていた。

「ルイーズは強い。俺よりも。いや、恐らくここにいる誰よりも」

 そう言い切ったマティアスに、グエナエルが動こうとするも、隣に立っていたアイロスがそれを制した。場の空気が張り詰め、皆の視線がジェルヴェールとマティアスに注がれる。

「そのルイーズが捕らわれた。そして、今も姿を見せていない。つまり、まだ敵の手中にあるということだ」

 なぜそれをジェルヴェールに語るのか。疑問に思う者もいたが、アイロスと総帥が黙認している以上、誰一人として口を挟もうとはしなかった。

「そんな敵にお前たちは勝てるのか?無事に、ルイーズたちを助け出せるのか?」

 マティアスから感じるのは敵対意識。
 ジェルヴェールは、その意図を完全に読み切れぬまま、それでも彼の視線を外すことなく、真っ直ぐに答えた。

「必ず助け出します。俺たちの仲間に手を出したことを、奴らに後悔させてやりますよ」

 自分でも意外だった。最初は「全力を尽くす」とだけ答えるつもりだった。それでも、マティアスの目を見ていると、それでは足りないと直感した。
 もっと強い決意を。この人に認められるだけの覚悟が必要だと。
 その思いが胸の奥から湧き上がり、自然と言葉になっていた。

「……まあ、今のアンタには及第点といったところか」

 ふっとマティアスは肩の力を抜き、ジェルヴェールの肩に手を置く。

「無事に、妹たちを連れ帰ってくれよ」
「ええ。必ず」
「……ふっ。頼む」

 静かな微笑を浮かべると、マティアスは言葉を残して離れていく。
 そしてついに、総帥率いる救出部隊はゲートをくぐり、騒乱の起きたペルシエ領の孤児院へと向かった。
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