ストレンジ♤ワールド~悪役令嬢は王子様をご所望です~

茗裡

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四章 ルーノ国編

二話 ルベンの成長

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「総帥。先の説明は私が」
「うむ、頼む」

 短いやり取りの後、総帥と入れ替わるように一人の男が前へ出た。
 鍛え抜かれた体躯と鋭い眼差し、そして何より堂々とした声量が空気を一変させた。

「ここから先、訓練に関する説明は騎士団所属、一番隊の隊長を務めるギャスパル・ブルデルが行う」

 ギャスパルと名乗った男は声を張り、場を静めるように一呼吸置いた。

 なお、自称“始祖神”に関する件は、騎士団内でも上層部の限られた者にしか知らされていない。
 その情報を知るのは、ダルシアク騎士団では総帥とポールのみ。
 ストレンジ騎士団においては、アイロスとヒロのみに留まる。
 つまり、ギャスパルを含む各部隊長たちには、詳細が一切伏せられている状況だった。

 彼らに伝えられたのはただ一つ。
 「近い将来、戦争が勃発する可能性がある」という事実のみ。
 そのため、内部ではある噂が流れていた。
 それは、“鎖国国家ラマニスとの戦争”という予測だ。

「ルーノ国の者たちとの交流は、貴様らにとって大きな刺激となるだろう」

 ギャスパルの声が再び響く。
 ルーノ国は、結界を持たない数少ない国家の一つだ。
 つまり、常に珍獣と呼ばれる脅威に晒されながら生活しており、それゆえ一人ひとりの戦闘能力が高い。

「ストレンジ能力の高さで言えば、我がダルシアク国が世界一だ。だが、慢心してはならん」

 力強い視線が生徒たちを貫く。

「ストレンジを使えぬ状況。ストレンジを封じる敵との戦い。そうした場面を想定し、心身ともに鍛えねばならんのだ」

 それは、彼らの失敗から得た教訓だった。

 かつて発生した「ストレンジ狩り」の事件。
 上層部はその一件を通して、ストレンジ能力のみに依存する脆さを痛感した。

 その一件で、六域の一人であるルイーズが敵にあっさりと捕えられた。
 正面から戦えば圧倒的な力で突破できたはずだったが、彼女は自分だけでなく周囲の人々の命を案じ、大人しく拘束される選択を取った。
 その隙を突かれ、敵はさらに数手先を打っていた。毒を仕込まれ、ルイーズは本来の力を発揮できない状態にまで追い詰められたのだ。
 事件の被害者のうち、無事保護されたのは全体の四割に過ぎなかった。
 二割は廃棄された研究所内で遺体として発見され、残る四割は依然として行方不明のままである。

 顔を変えられた者たちに対し、ストレンジ騎士団は全力で対応を試みた。
 だが、その力をもってしても、元の顔に戻すことは叶わず、現在も解決の糸口は見えていない。

 それでも、彼らはまだ生きていた分だけ幸運だったのだ。
 遺体で発見された者たちの無惨な姿は、五十年前、国家が密かに行っていた実験の痕跡と酷似していた。
 人間と珍獣の骸が、区別もつかぬほど無造作に転がっていたという。

「二度と、ストレンジ狩りのような失態を繰り返さぬために、我々は強くならねばならん」

 ギャスパルの言葉は重く、鋭く、生徒たちの心に突き刺さる。

「それでも文句があるという奴がいるなら前に出ろ」

 一拍の静寂。
 ギャスパルの言葉に反論する者は、一人もいなかった。
 ルベンやラシェルあたりが何かしら噛みつくのでは、と予想する者もいたが、二人とも意外なほど真剣な顔で、黙ってギャスパルの言葉に耳を傾けていた。

「ルーノ国へ到着するのは一週間後。それまでの間、お前たちはこの船内で訓練を受けることになる。ここでの訓練について来られない者は、ルーノ国へ行ったら命を落とすと思え」
「ちょ、ギャスパル殿。それはつまり死ぬ可能性があるということですか!?」

 引率として同行させられたシーグフリードが声を上げた。

「ルーノ国には結界がない。平地では珍獣の襲撃数は比較的少ないようだが、我々が向かうのは山間部に駐屯する部隊だ」
「ルーノ国では力量によって駐屯している位置が違うはずですが、どの領域の珍獣を相手するおつもりでしょうか?」

 ルーノ国には、ダルシアクのような州や領土の区分は存在しない。複数の部族が山へ分かれ、各部族がどれほどの珍獣を狩れるか。その戦果で、その部族の力量が示される。

 創立八将神の一人、ディック・ルースの血を継ぐルース族は、創設当時から国の中心にあり続けている。だが、王という地位には固執せず、実力こそが全てというルールを国是とした。その精神は、今もなお続いている。

「我々が合流するのはルース族の前線部隊。最も過酷な環境で戦う連中だ」
「正気ですか!?」
「ルース族って……確か、三、四年前に“第五域”の珍獣を仕留めたって噂が、ダルシアクにも伝わってきたぞ!」

 ギャスパルの言葉に、場がざわめく。動揺を見せているのは主に高等部の生徒たちだ。中等部の生徒の多くは、その深刻さをまだ理解できていない。

 それもそのはずだ。中等部では、模擬戦しか経験がない者がほとんどで、本物の珍獣を見たことがある者など僅かしかいない。実際に遭遇経験があるのは、ルイーズ、ジェルヴェール、エド、そしてレオポルドの四人のみだ。

「死ぬ気で挑まねば、実際に死ぬこともあるだろうな」
「それではあまりにも酷すぎます! 中等部・高等部生にとっては、実戦経験すら無い者もいるんですよ!? 本人たちの意思も確認せず、いきなりここまで連れて来て!」

 シーグフリードの抗議に、多くの生徒たちが頷いた。確かに、と。命を懸けるような訓練であるなら、事前の説明と同意があって然るべきだった。

 その空気を感じ取ってか、総帥が一歩前に出て口を開いた。

「帰りたい者は帰って構わん。騎士団とストレンジ騎士団に上位のゲート使いがいる。今ならまだ、ダルシアク国内に繋ぐことも可能じゃろう」

 その言葉に、生徒たちの間に安堵の表情が広がった。

「じゃが、これだけは覚えておけ。ストレンジ狩りと同じ敵が本気で我が国に攻め入って来た際には、真っ先に死ぬのは一般人であり、お主等の大切な人の可能性があるということを」

 総帥の声は重く、いつもの豪快さはそこに無かった。船上に集まった者たちを見渡すその眼差しは、鋭く、深い覚悟が滲んでいた。

「敵は強い。国民全員を守りながら戦うには限度がある。ワシは今回の訓練に“着いてこられる”と判断した者を選んだ。今は未熟な者もおるが、潜在能力を見込んで連れてきた」

 総帥に直々に選ばれたと知り、名誉に感じた者も多かった。ダルシアク国最強の人物が、自分を見込んでいる。その事実に、胸を張る者もいた。

「冗談じゃないわ。他国に行ける上に強くなれるならって、少しは前向きに考えてたけど……死ぬ可能性があるんだったら話は別よ」

 その空気を遮るように、声が上がったのはラシェルだった。今まで大人しく話を聞いていただけでも意外だ。

「帰りましょう。レナルド様、ルベン様、フェルナン様」

 彼女は周囲にいた三人にそう促す。

「そうだよね。命懸けなんて馬鹿げてる」
「学園に帰ろう」

 取り巻きの男子二人もすぐに同調した。

「……そもそも、こんなイベント、ゲームには無かったし。他国のキャラも、待っていれば二学期に会えるものね……」

 ラシェルは誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
 彼女が声をかけた三人。レナルド、ルベン、フェルナンは動こうとしなかった。

「ごめん、ラシェル。僕たちは残るよ」
「ど、どうしてですか、レナルド様?」

 ラシェルが驚いたように問うと、レナルドは静かに答えた。

「この間の一件で、自分の力不足を思い知ったんだ。ラシェルがまた狙われないという保証はない。……その時、何もできないまま見てるだけなんて、もう嫌だ」
「僕もだ。ラシェルを守るために、もっと強くなりたい」

 ルベンも続く。その真剣な表情に、彼の変化を感じたルイーズたちは驚きと共に、小さな成長を実感していた。

「レナルド様、ルベン様、フェルナン様!そんなふうに、私のことを考えてくださっていたなんて!」

 ラシェルは三人の覚悟に瞳を潤ませると、小さく決意を込めて言った。

「なら、私も残ります。三人がそうおっしゃるのなら、私も強くなって、お力になりたいから!」

 拳を胸の前で握りしめ、やる気を見せるラシェルに、三人は優しく笑みを返す。
 彼女たちのやり取りに、高等部の生徒や騎士団員たちはどこか微笑ましげな表情で見守っていた。

 だが、ソレンヌはその光景から目を背けた。表情にはかすかな陰が差していた。

「……チッ。なんであんな足手まとい共まで呼んだんだよ」

 集団から少し離れた場所で、ヘンリーは不満を隠そうともせず吐き捨てた。傍らにいたマティアスは無言で肩をすくめる。

「戻りたい者はおらんか?一時間後にはゲートを開ける距離を越える。夏休み明けまで国には戻れんぞ」

 総帥が最後の確認をするも、誰一人として動こうとはしなかった。
 取り巻きだった男子生徒たちも、ラシェルが残ると知るや否や、しれっと合同訓練への参加を決めていた。
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