ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第四章 澄幻国編

危険な出会い

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 各村から連れてこられた女たちは、一列に並ばされた。
 その数はざっと二十。怯えと絶望を貼りつけた表情のまま、足も震えている。

 目の前には、龍泉郡の城主・菅原菊堂が招いた貴族どもが、品定めするように入れ代わり立ち代わり歩み寄っては女たちを舐め回すように眺めていた。

「ほれ、お前たち。ワシに飼われたい奴は己の魅力を誇示してみい」
「ん?どれ、儂のお眼鏡に適う娘はおるかのう」

 ドミノマスクで顔を隠した複数の男たちが、下卑た笑みを浮かべる。

「お主、助けて欲しいか?ほれ、人柱になりたくなければ命乞いをしてみい」

 ひとりの男が目の前の女性の顔を無造作に掴み上げた。

「た、助けてください……お願いします……何でもしますから……」

 泣き崩れそうになりながら女性は懇願する。
 だが、男は冷酷に口角を吊り上げるだけだった。

「はっはっは。助けてもらえるといいのう。物好きがおればな」

 女の顔を突き放し、男は腹の底から笑った。その声に呼応するように、周囲の貴族たちもまた嘲笑を響かせる。

 命乞いする女たちを、彼らは見世物として楽しんでいた。
 他人の命など塵芥にも値しないと、本気で信じている顔だった。

 やがて、気に入った女を見初めた貴族は、何の前触れもなく手を上げる。
 その瞬間、女の運命は決まった。有無を言わせず買われ、金銭が郡主・菅原に渡される。
 女には一切の選択肢はなく、生き残る道はただ一つ──誰かの所有物となることだけ。

 その事実を悟った女たちは、次々と声を張り上げ、涙ながらに貴族たちへ懇願し始めた。

 ──胸糞悪い下衆共め。

 ティアは吐き気を覚えるほどの嫌悪を覚えた。
 これほどまでに醜悪な人間を、彼女は見たことがない。

 一度も愛されることなく、存在しない者のように扱われてきたアーデン公爵の屋敷での暮らし。
 けれど、彼は衣食住を与え、学校へも通わせてくれた。
 世間体や打算もあったのだろうが、人の道を踏み外すことはなかった。

 ──アーデン公爵の方が、何億倍もマシだ。

 そう思った瞬間、ティアの胸には言いようのない怒りと憎悪が燃え上がっていた。

「お主、俯いていては顔が見えぬではないか。私たちに買われたければ、顔を上げてみせてみろ」

 一人の貴族が、頭を下げたままのティアに近付き、その顎を無遠慮に持ち上げた。
 だがティアは反抗的に首を振ってその手を払いのけ、目を閉じて顔を背ける。

「なっ……なんと無礼な態度だ!私を誰だと思っている!」

 男は怒りで顔を真っ赤に染め、声を荒らげた。
 その剣幕に、周囲の貴族たちも「何事だ?」と視線を向けてくる。

 ティアはその瞬間目を開き、真っ直ぐに相手を睨み据えた。
 そして胸を張り、声を張り上げる。

「貴方たちこそ、わたくしを誰だと心得ておいでですの!」

 場が一瞬、凍りついた。
 挑発的な響きを帯びたその一声に、男たちは思わず息を呑む。

「このような狼藉を働いて、ただで済むと思いまして?わたくしに手を上げること、それ自体が国際問題に発展しかねませんわよ!」

 ──国際問題。
 その言葉が出た途端、会場全体がざわめきに包まれた。
 下卑た笑い声は消え失せ、貴族どもは顔を見合わせ狼狽する。

「……な、なにを申すか」

 慌てて駆けつけたのは、この場の主である龍泉郡の城主、菅原菊堂だった。
 色々と溜め込みすぎたようなでっぷりとした腹、毛一本ない禿頭。転がる達磨を思わせる風貌に、ティアはこやつが元凶か、と悟る。

「おい、女。どういうつもりだ。ただの村娘が、大それた虚言を弄するか」

 菊堂は額に脂汗を浮かべながらも、虚勢を張ってティアを睨んだ。
 しかしティアは一歩も退かない。むしろ、堂々とした令嬢の気品を漂わせて言葉を返す。

「どういうつもりか?それはむしろ、こちらのセリフですわ。わたくしはとある国の使節として澄幻国へ参った身。ところが──亀駕籠から潮流に流され、ある父娘に助けられたのです」

 彼女は一礼し、すぐに顎を上げる。
 貴族令嬢らしい気品を纏い、はっきりと声を響かせた。

「仲間の元へ戻ろうとしていた矢先、何の理由もなく役人に捕らえられ、このような人身売買の場へ引き立てられるとは……!もしも、わたくしが戻らぬとあれば、いかなる事態になるか──想像くらいはつきますわね?」

 最後の一言を鋭く言い放つ。
 「国際問題」という言葉が二度目に響いたとき、菊堂の脂ぎった顔は青ざめていた。

 ティアの顔立ちは澄幻国の人族とは明らかに異なる。
 誰が見ても、他国の血か、あるいは澄幻国内でもエルフや獣人のような種族のように、目鼻立ちがくっきりとした異質さを宿していた。

「そ、そがん村娘の服装ばしとって、取り繕ったところで、儂を騙せると思うなよ!」

 菊堂は狼狽を隠せずに声を荒げる。

「わたくしの服は、潮流に流された際に所々破れてしまったのです。助けてくださった家の娘から服を借りているだけですわ」

 毅然としたティアの説明に、菊堂の顔はさらに歪む。
 場を支配していたはずの城主の威光は、次第に揺らぎ始めていた。

「……さあ、直ちにわたくしと、この娘たちを解放しなさい」

 凛と響くティアの声に、場が静まり返る。
 その沈黙を破ったのは、低く、しかしよく通る若い男の声だった。

「──へえ。中々肝が座った娘じゃなかか」

 ざわめきが起こる中、菊堂の背後から一人の青年が悠然と歩み出る。
 年は二十代半ばほど、父とは対照的に引き締まった体躯と切れ長の瞳を持つ。
 その立ち姿だけで、ただの放蕩息子ではないことが伺えた。

「丞之助……!」

 菊堂が目を見開く。

「親父殿、この娘は──私が引き取ろう」

 にやりと口角を上げ、丞之助はティアを見据えた。
 その瞳には、欲望とも好奇心ともつかぬ光が宿っていた。
 視線がぶつかった瞬間、ティアの背筋に冷たいものが走った。
 理由もなく誰かを恐れる感覚。それが全身を満たす。
 丞之助の手がゆっくりと伸び、ティアの頬を掴む。顔を背けようとするが、彼の指は力強く顎を捉え、無理やり顔を近づける。

「獣人の少女を傷つけられたくなかったら、抵抗すんなよ」

 囁く声は甘く低く、耳に嫌な熱を残す。ティアの目が大きく見開かれる。脳裏に、ルゥナの顔とが浮かんだ。混乱と怒りが胸の中で渦巻く。

「連れて行け」

 丞之助の合図で、役人の一人がティアの腕を捕らえ、連行しようと前に踏み出した。その瞬間、ティアは何かにハッと正気を取り戻したように震え、反射的に腕を振りほどいて役人の顔面を一撃で殴り倒した。

 ざわりと会場がどよめく。袖口から小さく指先を広げると、手縄の縄が黒く光り、じゅっと焦げる匂いが立ち上る。魔の力が付けられた縄は音を立てて裂け、ぱちりと小さな火花を散らして落ちた。

「どうしてルゥナのことを知っているのかは分からないけれど……脅すなら、本人をここへ連れて来るべきだったわね。あの子は、そう簡単に捕まったりしない!」

 ティアの声は震えながらも芯が通っていた。周囲からは驚きの息と困惑のざわめきが一斉に上がる。
 紐が焼ける香りと、倒れた役人の呻き声だけが、しばらくの間その場に残った。
 丞之助は薄く笑みを浮かべたまま、ティアの行動を傍観した。

「貴方たちは逃げて!」

 ティアは女性たちの手枷を一斉に焼き切った。
 これで、彼女たちは人柱になることも望まぬ形で誰かの所有物になることも無い。
 解放された女たちは呆然と手枷を見下ろし、理解すると同時に駆け出した。歓声でも悲鳴でもない、必死の足音が石畳を叩く。

「貴様……何をしおる!」

 菊堂の怒声が振るわれる。脂ぎった顔が怒りで歪む。

「お前たち、女共を取り押さえよ!この広場から一人たりとも逃がすな!!」

 号令とともに役人たちが動く。買い手の貴族たちも所有物を奪われまいと女たちを取り押さえようと手を伸ばす。

 その刹那、ティアは静かに詠唱した。

 焔裁フレイム・ジャッジメント

 彼女が声を紡ぐと、女たちを捕らえようと迫った役人や貴族たちの周囲に、朱く燃える炎柱が次々と立ち上った。炎は鋭く、威圧的に空気を震わせる。

「魔法も使えるんか。ますます欲しくなったな」

 女たちを逃がそうと右往左往するティアの手首を、丞之助がいつの間にか掴んでいた。気配に気づかなかった彼女は、咄嗟に振りほどこうとする。

「離してっ!」

 だが丞之助の掴みは強固で、びくともしない。

「人柱も女たちもどうでもよか。だが、貴様は気に入った。あの獣人は逃がしたが、ここにいる女どもを人質にすれば──お前はどうする?貴様だけでも逃げてみるか?」

 丞之助の声は低く、獣のように冷たかった。
 この男だけは危険だと、全身の細胞がざわめくような感覚が走る。

「その手ば離さんね、丞之助──」
「あんたはっ……」

 ティアと丞之助の間に、突如一人の男が割り込んできた。
 貴族たちが集うこの場に似つかわしくない、町人姿の男──葵仁だった。

「ははっ。どうやって入ったんか知らんけど、その手を退けちゃあくりゃせんかね、将軍様」

 丞之助はにやりと口角を上げ、ティアを引き寄せながら低く呟いた。

「この状況でよく冷静でおれるな」
「はて。何のことやら。此度のことは親父殿が勝手にしたこと。私も先程、親父殿の企てを知って驚いたところ。私はこの娘を逃がそうとしとっただけですよ」

 先程まで他の娘たちを人質にしようとしていた者が、よくもまあのうのうと助けようとしていたなどと言えるものだと、ティアは思った。

「ふん。よく口が回る奴だ。親父殿を売るとは随分と薄情じゃなかか……まあいい、今回は菊堂の行いを暴くことが目的やったからな」

 目の前で繰り広げられる葵仁と丞之助のやり取りに、ティアの思考は追いついていなかった。
 突如現れた丞之助と、知り合いらしき男。将軍様と呼ばれた声も頭に残る。
 彼らは敵なのか、味方なのか。状況が整理できず、ティアの頭は混乱していた。
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