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第一章 邂逅編
砂漠の戦い
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商隊とともに旅を始めて数日が過ぎた。
最初は無口で怯えがちだったティアも、今ではよく笑うようになった。荷の積み下ろしや、野営の手伝いも進んで行い、特に女性陣とはすっかり打ち解けていた。
「ティア、これ持ってってー!」
「はーい!」
陽に焼けた腕を振る女性に、ティアは小走りで駆け寄り、荷を受け取る。その顔は、どこか楽しげだった。
女性陣は気さくで逞しく、まるで大きな家族のような一体感があった。笑い声が絶えず、どんな過酷な旅路も、彼女たちといれば心強かった。
この商隊は、ただの交易団ではなかった。隊は各地の王都や辺境、港町にまで路を持ち、獣人やエルフの住まう地へも出入りしていた。
商人だけでなく、吟遊詩人のような者や、身体に刺青を刻んだ職人、珍しい品を売る亜人たちも混じっていて、旅のあちこちが異国の香りに満ちていた。
ティアはそんな世界に触れるたび、自分が今までどれほど狭い檻の中にいたのかを思い知らされるのだった。
──そして、事件は起きた。
その日は、女性たち数人で、砂漠の外れにある水源へ水を汲みに行っていた。隊の男たちが荷の整理に追われていたこともあり、彼女たちだけでの行動だった。
そのときだった。砂丘の向こうから、異様な唸り声が響く。
砂色の鱗をまとった、四つ足の魔獣が姿を現した。
背丈は馬よりも高く、全身が鋭利な甲殻に覆われている。裂けた口からは粘液が滴り、獲物を前に涎を垂らすように牙を鳴らした。目のない顔が、水辺に群れる女たちを捉え、うなり声と共に突進してくる。
「きゃああああっ!!」
「ティア、逃げてっ!」
悲鳴が上がり、誰かが転ぶ。
その瞬間、ティアは後ろを振り返った。
逃げることはできた。けれど、背を向けてしまえば、誰かが喰われる。
彼女は足を止め、息を吸った。
「……ッ、風よ!」
その声と共に、周囲の空気が震えた。
ティアの足元から巻き上がるようにして風が渦を巻き、モンスターに向けて鋭く吹きつける。その一撃は砂を巻き込み、魔獣の視界を封じたかと思えば──
ズン、と地を打つ重い音。
魔獣の体がぐらつき、膝をつく。
その隙を見逃さず、ティアは地を蹴った。
袖口から現れたのは、飾り気のない短剣。ただの護身用ではない。彼女はそれを片手に、敵の喉元へ一閃を浴びせた。
ぬらりとした鱗を裂き、魔獣が悲鳴を上げて地に沈む。
しばしの静寂。女たちの目は、呆然とその場に立つティアに注がれていた。
「……ティア、あんた……」
息を呑むように誰かが呟く。
賞賛とも、信じがたいものを見るような目。
けれど、その刹那。砂丘の上の影が、揺れた。
先ほど倒した個体と同じ魔獣が、さらに三体、砂を蹴立てて現れる。
しかも、その奥。地響きを伴って、ひときわ巨大な影が姿を現し始める。
女たちの顔から、先ほどまでの安堵が消える。
ティアは、短剣を握り直した。だが、その指先が、僅かに震えていた。
砂丘の向こうから迫ってくる怪物たち。
鋭い爪が砂を裂き、低い唸り声が喉を震わせて響いてくる。
ティアは、後ろの女たちを一瞥し、静かに短剣を構え直した。
恐怖はあった。だが、それ以上に、彼女の中にあったのは譲れない何かだった。
風の刃をまといながら、彼女は走った。
「はああああっ!」
一体目の首元に風の刃を叩き込み、横から跳びかかるもう一体の顎をかわして肩を斬られる。悲鳴を飲み込むように踏みとどまり、足元に突き出された爪を跳び越え、短剣を逆手に構えて喉を裂く。
砂が血と体液で濡れ、風が生臭さを運ぶ。
次第に、ティアの身体は傷で覆われていく。
太ももに爪がかすり、二の腕を裂かれ、頬にも傷が走る。
それでも、彼女は下がらなかった。
「……まだ……終わってない……!」
息が上がる。視界が揺れる。
けれど、彼女の瞳は、決して折れなかった。
三体目の魔獣が、咆哮と共に跳躍した。
真正面からぶつかるように風を放ち、短剣を構えて突き上げる。
喉元に突き刺さった刃と、風の衝撃が怪物を吹き飛ばす。
やがて、砂上に沈黙が訪れた。
「……っ、はぁ……は……っ」
ティアは、血まみれの短剣を握ったまま、その場に膝をついた。
風が髪をなびかせ、破れた衣が揺れる。
「すご……」
「一人で、あんな数を……!」
水を汲みに来ていた女性たちが、呆然と彼女を見つめる。
誰かが口元を押さえ、誰かが涙ぐんだ。
そして次々に言葉がこぼれる。
「……ありがとう、ティア」
「あなたがいなかったら、あたしたち……!」
そのときだった。
空気が、変わった。
ズン……と、重く、大地を叩くような足音。
砂が舞い、女たちが再び顔を上げたその先。
砂丘の上から現れたのは、先ほどの魔獣よりも遥かに巨大な一体だった。
甲殻は黒光りし、背中には棘のような突起が何本も伸びている。
赤黒い眼光が、地に膝をついたティアにまっすぐ向けられた。
「──……っ」
ティアは、動けなかった。
体が、限界だった。
──ダメ……動かない……このままじゃ……
魔獣が飛びかかる。まさにその瞬間。
空を裂くような風音と共に、閃光が斜め上から降り注いだ。
鋭い金属音。豪快な打撃音が響く。
次の瞬間、魔獣の片腕が、爆ぜるように吹き飛んだ。
「ティア──!」
砂を切り裂くように、風をまとった影が割って入る。
黒い髪が風にたなびき、太陽のような金の瞳が鋭く輝いていた。
旅装に身を包み、肩に担いでいた槍を構えるその姿は、まるで誰かの物語から抜け出してきた英雄のようだった。
槍の穂先が砂を弾き、金属のうなりと共に再び親玉へと突き立てられる。
魔獣が唸りを上げ、後退する。
青年は、荒く呼吸するティアに目をやった。
その瞳には、驚きも動揺もない。ただ、静かな安堵と誇りだけがあった。
「……よく耐えたな、ティア。あとは俺に任せろ」
そう言って、彼は槍をゆっくりと構え直す。
獣が再び唸り声を上げた刹那、彼の足が砂を蹴った。
風と共に走り出したカイの姿が、砂塵の中で揺らめく。
その動きは、一言で言えば「異質」だった。
静と動を切り替えるように、足を止めたかと思えば、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで間合いを詰める。
槍が唸りを上げ、親玉の甲殻に鋭く突き立てられる。
硬質な音と共に火花が散り、だがそれだけでは終わらなかった。
「重力崩壊」
カイの声が響いた瞬間、突き刺さった槍を起点にして、砂地がうねり、激しく崩れ始める。
重力の魔力が周囲に広がり、砂漠の地面が吸い込まれるように沈み込み、巨大な魔獣が一瞬で深く埋まった。
その巨体が砂に飲み込まれる様子に、ティアは目を見開いた。
しかし、親玉はすぐに体を捩じらせて砂から這い出て反撃に転じる。
棘を振り回し、鋭い尾を跳ね上げて襲いかかる。
「っ……!」
カイは跳んだ。
身体にまとった魔力が風を裂くように放出され、空中で体勢を崩すことなく宙返りを描く。
槍をくるりと回転させながら、空中で詠唱する。
「 雷鎖結界」
宙に浮かんだ魔法陣から、稲妻の鎖が幾筋も奔った。
雷の閃光が獣の四肢を絡めとり、暴れるたびに焼き焦がす。
親玉の咆哮が砂漠に木霊する。
そこに、カイは着地と同時に肉薄した。
地を蹴り、一気に踏み込む。
槍を一回転させ、逆手に持ち替えて勢いよく叩きつける。
ゴゥッ……と空気が震えた。
魔力を纏った一撃が、親玉の胸部を深々と貫いた。
「ッ、終いだ! 次元穿突!」
放たれたのは、魔力と質量を乗せた渾身の突き。
それはただの物理攻撃ではない。魔法で空間を断ち切る“概念突き”だった。
音もなく、親玉の体が奥深くまで抉られ、黒い体液を噴き出して崩れ落ちる。
静寂が訪れた。
風が吹き、砂が舞う。
槍を肩に戻したカイは、ようやくこちらを向いて微笑んだ。
「……遅れてごめんな、ティア」
その姿は、まさに英雄だった。
地に伏した魔獣の上に立つ彼を、ティアはただ、見つめていた。
最初は無口で怯えがちだったティアも、今ではよく笑うようになった。荷の積み下ろしや、野営の手伝いも進んで行い、特に女性陣とはすっかり打ち解けていた。
「ティア、これ持ってってー!」
「はーい!」
陽に焼けた腕を振る女性に、ティアは小走りで駆け寄り、荷を受け取る。その顔は、どこか楽しげだった。
女性陣は気さくで逞しく、まるで大きな家族のような一体感があった。笑い声が絶えず、どんな過酷な旅路も、彼女たちといれば心強かった。
この商隊は、ただの交易団ではなかった。隊は各地の王都や辺境、港町にまで路を持ち、獣人やエルフの住まう地へも出入りしていた。
商人だけでなく、吟遊詩人のような者や、身体に刺青を刻んだ職人、珍しい品を売る亜人たちも混じっていて、旅のあちこちが異国の香りに満ちていた。
ティアはそんな世界に触れるたび、自分が今までどれほど狭い檻の中にいたのかを思い知らされるのだった。
──そして、事件は起きた。
その日は、女性たち数人で、砂漠の外れにある水源へ水を汲みに行っていた。隊の男たちが荷の整理に追われていたこともあり、彼女たちだけでの行動だった。
そのときだった。砂丘の向こうから、異様な唸り声が響く。
砂色の鱗をまとった、四つ足の魔獣が姿を現した。
背丈は馬よりも高く、全身が鋭利な甲殻に覆われている。裂けた口からは粘液が滴り、獲物を前に涎を垂らすように牙を鳴らした。目のない顔が、水辺に群れる女たちを捉え、うなり声と共に突進してくる。
「きゃああああっ!!」
「ティア、逃げてっ!」
悲鳴が上がり、誰かが転ぶ。
その瞬間、ティアは後ろを振り返った。
逃げることはできた。けれど、背を向けてしまえば、誰かが喰われる。
彼女は足を止め、息を吸った。
「……ッ、風よ!」
その声と共に、周囲の空気が震えた。
ティアの足元から巻き上がるようにして風が渦を巻き、モンスターに向けて鋭く吹きつける。その一撃は砂を巻き込み、魔獣の視界を封じたかと思えば──
ズン、と地を打つ重い音。
魔獣の体がぐらつき、膝をつく。
その隙を見逃さず、ティアは地を蹴った。
袖口から現れたのは、飾り気のない短剣。ただの護身用ではない。彼女はそれを片手に、敵の喉元へ一閃を浴びせた。
ぬらりとした鱗を裂き、魔獣が悲鳴を上げて地に沈む。
しばしの静寂。女たちの目は、呆然とその場に立つティアに注がれていた。
「……ティア、あんた……」
息を呑むように誰かが呟く。
賞賛とも、信じがたいものを見るような目。
けれど、その刹那。砂丘の上の影が、揺れた。
先ほど倒した個体と同じ魔獣が、さらに三体、砂を蹴立てて現れる。
しかも、その奥。地響きを伴って、ひときわ巨大な影が姿を現し始める。
女たちの顔から、先ほどまでの安堵が消える。
ティアは、短剣を握り直した。だが、その指先が、僅かに震えていた。
砂丘の向こうから迫ってくる怪物たち。
鋭い爪が砂を裂き、低い唸り声が喉を震わせて響いてくる。
ティアは、後ろの女たちを一瞥し、静かに短剣を構え直した。
恐怖はあった。だが、それ以上に、彼女の中にあったのは譲れない何かだった。
風の刃をまといながら、彼女は走った。
「はああああっ!」
一体目の首元に風の刃を叩き込み、横から跳びかかるもう一体の顎をかわして肩を斬られる。悲鳴を飲み込むように踏みとどまり、足元に突き出された爪を跳び越え、短剣を逆手に構えて喉を裂く。
砂が血と体液で濡れ、風が生臭さを運ぶ。
次第に、ティアの身体は傷で覆われていく。
太ももに爪がかすり、二の腕を裂かれ、頬にも傷が走る。
それでも、彼女は下がらなかった。
「……まだ……終わってない……!」
息が上がる。視界が揺れる。
けれど、彼女の瞳は、決して折れなかった。
三体目の魔獣が、咆哮と共に跳躍した。
真正面からぶつかるように風を放ち、短剣を構えて突き上げる。
喉元に突き刺さった刃と、風の衝撃が怪物を吹き飛ばす。
やがて、砂上に沈黙が訪れた。
「……っ、はぁ……は……っ」
ティアは、血まみれの短剣を握ったまま、その場に膝をついた。
風が髪をなびかせ、破れた衣が揺れる。
「すご……」
「一人で、あんな数を……!」
水を汲みに来ていた女性たちが、呆然と彼女を見つめる。
誰かが口元を押さえ、誰かが涙ぐんだ。
そして次々に言葉がこぼれる。
「……ありがとう、ティア」
「あなたがいなかったら、あたしたち……!」
そのときだった。
空気が、変わった。
ズン……と、重く、大地を叩くような足音。
砂が舞い、女たちが再び顔を上げたその先。
砂丘の上から現れたのは、先ほどの魔獣よりも遥かに巨大な一体だった。
甲殻は黒光りし、背中には棘のような突起が何本も伸びている。
赤黒い眼光が、地に膝をついたティアにまっすぐ向けられた。
「──……っ」
ティアは、動けなかった。
体が、限界だった。
──ダメ……動かない……このままじゃ……
魔獣が飛びかかる。まさにその瞬間。
空を裂くような風音と共に、閃光が斜め上から降り注いだ。
鋭い金属音。豪快な打撃音が響く。
次の瞬間、魔獣の片腕が、爆ぜるように吹き飛んだ。
「ティア──!」
砂を切り裂くように、風をまとった影が割って入る。
黒い髪が風にたなびき、太陽のような金の瞳が鋭く輝いていた。
旅装に身を包み、肩に担いでいた槍を構えるその姿は、まるで誰かの物語から抜け出してきた英雄のようだった。
槍の穂先が砂を弾き、金属のうなりと共に再び親玉へと突き立てられる。
魔獣が唸りを上げ、後退する。
青年は、荒く呼吸するティアに目をやった。
その瞳には、驚きも動揺もない。ただ、静かな安堵と誇りだけがあった。
「……よく耐えたな、ティア。あとは俺に任せろ」
そう言って、彼は槍をゆっくりと構え直す。
獣が再び唸り声を上げた刹那、彼の足が砂を蹴った。
風と共に走り出したカイの姿が、砂塵の中で揺らめく。
その動きは、一言で言えば「異質」だった。
静と動を切り替えるように、足を止めたかと思えば、次の瞬間には目にも留まらぬ速さで間合いを詰める。
槍が唸りを上げ、親玉の甲殻に鋭く突き立てられる。
硬質な音と共に火花が散り、だがそれだけでは終わらなかった。
「重力崩壊」
カイの声が響いた瞬間、突き刺さった槍を起点にして、砂地がうねり、激しく崩れ始める。
重力の魔力が周囲に広がり、砂漠の地面が吸い込まれるように沈み込み、巨大な魔獣が一瞬で深く埋まった。
その巨体が砂に飲み込まれる様子に、ティアは目を見開いた。
しかし、親玉はすぐに体を捩じらせて砂から這い出て反撃に転じる。
棘を振り回し、鋭い尾を跳ね上げて襲いかかる。
「っ……!」
カイは跳んだ。
身体にまとった魔力が風を裂くように放出され、空中で体勢を崩すことなく宙返りを描く。
槍をくるりと回転させながら、空中で詠唱する。
「 雷鎖結界」
宙に浮かんだ魔法陣から、稲妻の鎖が幾筋も奔った。
雷の閃光が獣の四肢を絡めとり、暴れるたびに焼き焦がす。
親玉の咆哮が砂漠に木霊する。
そこに、カイは着地と同時に肉薄した。
地を蹴り、一気に踏み込む。
槍を一回転させ、逆手に持ち替えて勢いよく叩きつける。
ゴゥッ……と空気が震えた。
魔力を纏った一撃が、親玉の胸部を深々と貫いた。
「ッ、終いだ! 次元穿突!」
放たれたのは、魔力と質量を乗せた渾身の突き。
それはただの物理攻撃ではない。魔法で空間を断ち切る“概念突き”だった。
音もなく、親玉の体が奥深くまで抉られ、黒い体液を噴き出して崩れ落ちる。
静寂が訪れた。
風が吹き、砂が舞う。
槍を肩に戻したカイは、ようやくこちらを向いて微笑んだ。
「……遅れてごめんな、ティア」
その姿は、まさに英雄だった。
地に伏した魔獣の上に立つ彼を、ティアはただ、見つめていた。
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