ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第二章 魔ノ胎動編

閑話・願糸

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 夜になり、夕食を終えた隊はそれぞれ自由時間に入っていた。
 焚き火の周囲では雑談や武器の手入れ、交代での見張りが静かに進んでいる。
 女性たちの姿はなく、この時間帯は男たちだけの空間だ。
 剣の刃を布で丁寧に拭きながら、一人の男がふと顔を上げて言った。

「なあ……さっき、女どもが恋バナしてんの、たまたま耳に入ってさ」

 ざわ、と軽く周囲の空気が動く。皆の手が一瞬止まり、なんとなく耳を傾ける。

「なんかこう……気になる奴とかいるのかって話になってたっぽいんだけど。お前らどうなんだ?特にさ、人気トップのエルフの双子とか、カイとかレイとかよ」

 何人かが笑いながら「出たよ」とでも言いたげに顔を見合わせるなか、エルフの双子アルセイルとリュシオンが一瞬だけ目を伏せた。

「……セレナ」

 片方が小さく名前を呟き、もう片方も同じように沈んだ表情を見せる。空気がしんとする。

「お、おう、悪かった!思い出させるつもりじゃなくてな!」

 と話を振った男が慌てて謝る。
 空気を変えようと、今度はカイとレイに話を振り直した。

「じゃ、じゃあさ!カイ、レイ!お前らはどうなんだよ?好きなやつ、いるのか?」
「いない」
「今はそういうの、考えてない」

 二人はほぼ同時に、あっさりと言った。
 すると、別の男がわざとらしくため息をつきながら言った。

「はぁ~?さっさと彼女でも作ってくれよ!お前らが独り身だから、俺たちのモテ度がいつまでたっても上がらねぇんだよ!」
「そうだそうだ!お前らのせいで相対評価下がりっぱなしだぞ!」
「ていうか……もしかして、そっち同士でできてるとか……?」

 ニヤニヤしながら誰かが冷やかすように言った瞬間、周囲から「おいおい!」と笑いが漏れる。だが、カイは真顔で頷きながら乗ってきた。

「実は……そうなんだ。な、レイ?」

 唐突な振りに、レイがわずかに目を見開いてから、すぐに察して苦笑を浮かべる。

「そういうことにしておくか」
「マジかよ!?……いや、でも、俺、カイになら抱かれてもいいかも」
「バーカ」

 そう言って、カイはその男の肩を軽く叩く。
 笑いが弾け、戯れるように肩を組んだり小突き合ったりする男たち。

「へぇ~、カイとレイって、そういう関係だったんだ」

 不意に背後から女の声がした。
 その場の全員がビクッと肩を跳ねさせて振り返る。そこには、ミナとティアが焚き火の明かりに照らされて立っていた。

「お、お前ら!何しに来たんだよ!」
「今は男子トーク中!女人禁制だ、女人禁制!」
「立ち入り禁止って札立てとくべきだったな!」

 男たちは一斉に照れ隠しのように口々に騒ぎ立てるが、ミナは涼しい顔で言い放った。

「……アホらし。あんたらのアホ面見に来たんじゃないわよ」

 そしてティアはと言えば、完全に挙動不審だった。

「えっ、えっと……その……聞いちゃ、いけなかった……?」

 何やら焦ったように視線を泳がせ、顔がどんどん赤くなる。妙に空気を読みすぎる彼女は、どうやら一番深刻に誤解してしまったようだった。
 ミナはため息交じりに、小さな包みを差し出す。

「あたしたちは、これ渡しに来ただけだから」

 一歩進み出たミナは、普段の勝ち気な態度とは打って変わった柔らかな笑みを浮かべ、恋人であるユウリの手に願糸のお守りをそっと握らせた。

「ちゃんと、無事でいなさいよ。あんたが怪我したら……私、泣くから」

 その一言に、ユウリは「お、おぅ……」とどぎまぎしながらも、頬を緩めてそれを受け取る。

「見せつけてくれるねぇ」

 と、冷やかしの声が飛び、誰かが指笛を鳴らす。

 ティアはというと、両手で願糸のお守りを大事そうに抱え、焚き火の輪を見渡した。

「……みんなに、これ。願糸で作ったお守り。狩りとかで、怪我しないようにって……」

 その慎ましやかな声に、先ほどまでふざけていた男たちも思わず静かになる。
 笑いの名残を消すように、焚き火の火が、ぱち、と音を立てた。

 ティアは一人ひとりに手渡していき、カイの前まで来たところで手を止めた。
 カイはティアの手元を見下ろし、少し迷うような顔をした後、ぼそっと言った。

「……ティア。俺の槍に、つけてくれないか?」

 ティアは一瞬、驚いたように瞬きをして、すぐに目を逸らしながら小さく頷いた。

「……わかった」

 ティアがカイの槍に近づくと、それを囲むように男たちの視線が集まった。

「おいおいおいおい!」
「なんだその距離感!」
「カイ、今の流れ、完全に狙ってただろ!?」
「ずりぃぞ、カイ!ああー、俺たちのティアちゃんがー!」
「カイ、やるなぁ!」

 からかいの声に、焚き火の輪がどっと沸いた。
 男たちは肘でつつき合い、ニヤついた顔でカイを見つめる。

「ち、ちげぇって!頼んだだけだ!」
「そうですよっ、そういうんじゃないです!」

 二人は慌てて否定するが、ティアの顔はますます赤くなる。
 そして、結び終えたティアがぽつりと口にした。

「でも……レイとは、そういう関係なんでしょ?」

 カイの顔が固まる。

「は?」
「大丈夫。他の人には、言わないから」

 恥ずかしそうに、でも何かを気遣うようにそう言って、ティアはすぐに身を翻す。

「それじゃ、またねっ!」

 言い逃げるように足早にその場を去っていった。

 沈黙。

 そして次の瞬間、焚き火の輪は爆笑の渦に包まれた。

「な、なに今の!ティア、完全に勘違いしてんぞ!」
「ティアの勘違いすげぇ!」
「レイとカイ!?マジで!?いやいやいやいや!」
「ティア、真面目な顔で“言わないから”って……!」
「あいつ、フォローのつもりが一番ぶちかましてんじゃねぇか!」

 男たちは腹を抱えて笑い、カイは額に手を当ててうなだれた。

「……誤解したまま行きやがった……」

 カイが頭を抱えると、ミナが苦笑してその肩をぽんと叩く。

「ドンマイ。あんた、ほんと不憫ね」

 その瞬間、猫のような笑い声が夜の静けさを破った。

「ふふ……なにがそんなに面白いの?」

 甘くとろけるような声が焚き火の輪に滑り込む。誰かが振り向き、「うわ」と素で声を漏らした。

 そこには、金の髪を揺らしてゆったりと歩いてくるフィロメナの姿があった。焚き火の光を浴びて、その髪はほのかに赤みを帯び、胸元まで緩やかに開いた黒のワンピースが、夜風にそよいでいた。動くたびに肌がちらりと覗き、無自覚な色気が漂う。

「なんだか楽しそうな笑い声が聞こえてきたから、来てみたの」

 その視線は、すでにカイとレイ、そして近くにいた双子のエルフに注がれている。

「なにしてるんですかぁ?男子だけで、内緒話かしら?」

 とろけるような笑顔でそう言うと、フィロメナはひときわ柔らかい仕草でカイの方へと歩み寄った。周囲の男たちは静かにざわつき、喉を鳴らす者もいる。

「楽しそうだから、混ざりたくなっちゃった。ねぇ、いいでしょ?」

 彼女はゆるりとカイのほうへ近づくと、視線を槍へ向け、すっと手を伸ばす。

「この装飾、可愛い~。女の子の手作りかしら?」
「……触るな」

 カイの声は低く、いつになく冷ややかだった。彼は無造作に彼女の手首を掴み、動きを止めた。

「武器は、男の魂だ。勝手に触るな」

 一瞬、空気が張りつめた。

「えー、ちょっと触るくらい、いいじゃない。ケチぃ」

 むぅっとフィロメナは子どものように頬を膨らませる。だがその瞳の奥には、わずかに揺れる観察者の光があった。

 周囲の男たちは固唾を呑んだり、あるいは面白がって囁き合った。

「……まーた始まったな」
「さっきのティアちゃんとは真逆だな、こりゃ」

 焚き火の炎が、冗談と興味と、ちょっとした混乱を含んで、静かに揺れていた。
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