ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第三章 ドワーフ国編

分類と判断

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「重症患者も、隔離区域ですか?」

 ティアが問うと、修道士は渋面をつくり、短く頷いた。

「隔離区域……ではあるのですが……」

 歯切れの悪い声に、三人はすぐに異変を察する。修道士はしばし逡巡し、ついに意を決したように言った。

「……重症患者は、町外れの閉鎖された坑道に集められています」

 その言葉を聞いた瞬間、三人はなぜ修道士が言い淀んだのかを理解した。
 坑道などで、まともな治療が行えるはずがない。

 そこは隔離という名を借りた、“見捨てられた者たちの場所”。光も風も届かぬ地下で、彼らは静かに死を待たされているのだ。

「場所だけ……教えていただけますか」

 今すぐにでも確認したい気持ちはあったが、心の準備なしに向かう勇気は出なかった。

 夕暮れが近づくなか、避難所の視察を終えた一行は、再び馬車へと戻っていた。夕暮れの空は鈍く曇り、街を覆う湿った空気は、何もかもを静かに押し潰していくようだった。

 馬車の中には、衰弱した子供とその母親がまだ身を寄せ合っていた。医師バルニエは手洗いを終え、無言で患者に視線を送った後、ティアたちへと向き直った。

「まずは皆を集めてくれ。人手が必要だ」

 ティア、エリー、ノアは頷き、仲間たちを馬車の外に呼び集めた。

「……今後の対応について話す」

 バルニエは視線をゆっくり巡らせ、開いた記録帳を指先で叩く。その目は、ただ冷静なのではない。戦場で幾度となく生と死を見届けてきた者の目だった。

「住人は三つの群に分ける。それぞれに対して治療の優先度と手段が異なる」

 バルニエの声は静かだったが、誰もがそこに“覚悟”を感じ取っていた。

「これは情じゃない。命を扱う計算だ」


■ A群(即治療対象)

「高熱、吐血、意識混濁。特に幼児や魔力が著しく低下している者が該当する。こいつらには迷わず霧晶果の中心部、果肉を使う」

 バルニエは懐から銀の小瓶を取り出し、中から淡い霧を帯びた果実の一片を見せた。

「皮ごと砕き、果肉は舌下に、発生する霧は肺へ直接吸わせる。蒸して『霧晶霧』とすることで、吸収効率が飛躍的に上がり、内臓への負担を最小限に抑えられる。効果は即効性があり、魔力の循環を一時的に回復させる働きがある。だが、使用数には限りがある。未来を担う命にこそ、優先する」


■ B群(治療猶予可)

「症状は進んでいても意識があり、自立可能な者。ここには霧晶果の果皮や種子を煎じた“霧晶湯”を使う」

 彼は近くに置かれた草束に目を向ける。

「果皮は火で燻し、部屋に霧を漂わせることで呼吸経由の瘴気中和に。種子は粉砕し、火薬草やオルメラ草、煙節根けぶしこんと煎じることで、炎症と呼吸器への負担を和らげる効果がある。完治は難しくとも、A群へ進行させないための足止めにはなる。特に種子は、抗魔力因子の活性を促す働きも期待されている」

■ C群(軽症者)

「軽度の発熱や感染疑いのみの者。接触は最小限、可能な限り隔離を徹底する。ただし、この層こそが、今後の希望でもある」

 バルニエは布を取り出し、霧晶果からしたたり落ちる果汁を丁寧に吸わせていく。

「果汁は希釈して飲ませる。即効性は薄いが、熱冷ましとしての効果に加え、免疫系の抗体形成を補助する作用がある。街全体への感染拡大を抑制する“防壁”として、後の研究にも応用可能な素材だと見ている」

 果汁が滴る音のなか、バルニエはまっすぐに皆を見据え、静かに言い切った。

「霧晶果は奇跡の産物だが、万能じゃない。だからこそ、その一滴一片を無駄にするな」

 言葉を選ぶように一拍置き、だがはっきりと告げた。

「命に優先順位をつけるのは、苦しい。だが、それを背負うのが医者だ。選んだ命は、絶対に見捨てない」


 沈黙を破るように、バルニエは記録帳を閉じ、鋭く指示を始めた。

「人員も三つに分ける。まず――A群の治療班。ここには、できるだけ男手を多く回せ。発作を起こして暴れる者、搬送が必要な者が多数いる。体力と判断力が問われる」

 彼自身が一歩前に出る。

「俺もA群へ行く。最も霧晶果を扱い慣れているのは俺だ。俺が動かなければ、間に合わん命がある」

 その声に迷いはなかった。

「B群、C群は、街の医師たちに協力を仰ぐ。ティア、ノア。既にいる診療所の医師に伝えてくれ。薬の使い方、処置の優先順位も引き継がせる。エリーは後で調合書の控えを写して渡せ」

 数人が頷き、即座に動こうとする中、バルニエはもう一つ大事な指示を出した。

「井戸はすべて木蓋を。開けっぱなしは厳禁だ。瘴蚊は水場に群れる。卵を産み、そこからまた瘴気をばらまく。放っておけば、街の水が毒に変わるぞ」

 衛生を軽視すれば、感染はさらに広がる。彼は仲間の視線を一つひとつ確かめながら続けた。

「それと、手が空いてる者は広場の中心で煙を焚け。瘴蚊は今の騒ぎの元凶だ。数を減らす手を打たねば、何人治そうが無意味になる」

 煙、という言葉に反応したノアが少し首を傾げると、バルニエはすかさず補足した。

「香草と柑橘。とくに香防草こうぼうそうを乾燥させて、火にくべろ。煙に乗った香りが奴らを寄せつけん。庭に植えてる家があれば、分けてもらえ。門や窓にも吊るしておけ」

 ティアがメモを取りながら確認するように問いかけた。

「それだけで足りますか?」
「足りない。だからもう一つ。油を使え。動物性でも植物性でもいい。そこに香草を漬け込んで、肌に塗るんだ。君たち全員もだ。直接、忌避する。」
「塗っても……毒性は?」
「皮膚刺激のある香草は避ける。刺激の少ない“レモンルナ”や“白セージ”なら問題ない。これは俺が調合する。配るから、手の届く者には塗らせろ」

 段取りは緻密に、迅速に――それでも、命の重さを忘れぬように。

「繰り返すが、これは救命だけじゃない。これから先、この街が生き延びるための準備だ。いいか、俺たちは選ぶ。だが、見捨てはしない。その差を決して曖昧にするな」

 重く張りつめた沈黙のなか、誰よりも早く、前に出た者がいた。

「私も、A群へ行きます」

 ティアだった。

 凛とした声が空気を震わせる。その瞳には一切の迷いがない。バルニエが視線を向けたが、すぐに口をつぐんだ。覚悟の重みが、言葉よりもはっきりと伝わっていたからだ。

「運ぶ力はないけど、子どもや年寄りの手当てならできる。薬の扱いも覚えてるし、傷や熱の手当ても」

 バルニエはしばし彼女を見つめていたが、やがて静かに頷いた。

「わかった。だが、無理はするな。迷ったら必ず報告しろ」
「はい!」

 そのやり取りに続くように、カイが手を挙げた。

「俺も行く。力仕事は任せろ」
「力が要るなら、当然だろ?」

 その背に続いて、レイが静かに歩み寄る。

「僕も行く。ああいう現場、冷静さがなきゃ回らない」

 ユウリも小さく頷き、ティアの隣に立った。

「支えるべき仲間がいる。なら、俺の行き先は決まってる」

 数人の男たちがその決意に動かされ、手を挙げた。

 だが、その流れに女の声が割って入る。

「女手も、必要でしょう?」

 商隊の女主人だった。穏やかに見えて、言葉には芯がある。

「清潔を保つのは、ただの雑用じゃない。弱った体を守るための、大事な作業だ。男だけじゃ、届かないところもある」

 バルニエは少し黙ってから、静かに頷いた。

「……わかった。頼む」

 そのやり取りをじっと見つめていたミナが、ふいに口を開いた。

「私も行く」

 抑えた声に、ユウリが驚いて振り向く。ミナの目は、静かに光っていた。

「怖くないと言ったら嘘。でも、ただ見てるだけは、もっと嫌。……ユウリと一緒に、誰かを守りたい」

 その声には、決して折れぬ芯があった。

 そんな中、小さな足音が一つ、ティアに近づいてくる。

「……じゃあ、わたしも」

 ティアの後ろに、小さな影がぴたりと寄り添った。ルゥナだ。
 上目遣いでティアを見上げる。

「ティアが行くなら、ルゥナも行く。……置いてかれるのはやだし、手伝えることがあるなら、力になりたい」

 まだ幼さの残る声に、数人が戸惑いの表情を見せる。だがティアはその手を取り、にっこりと笑った。

「ありがとう、ルゥナ。できることを、できるだけでいい。一緒に、頑張ろう」

 バルニエはそのやりとりを黙って見ていたが、やがて目を伏せ、短く言った。

「……感謝する。だが、行くなら覚悟を持て」

 その声は、命の重さを知る者の言葉だった。

「死にかけの命を支えるのは、生きる側の意思だ。どんな理由でも構わない。だが一度足を踏み入れたら、目を逸らすな。それだけは約束してくれ」

 その言葉を胸に刻むように、面々は短く頷いた。
 ほんの一瞬、唇を噛みしめた者もいたが、誰ひとりとして目を背けなかった。
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