ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第三章 ドワーフ国編

混乱の中の炎花

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「俺たちが様子を見てくる。お前たちはここにいろ」

 カイの低い声が告げると、カイとレイの二人はすぐさま部屋を出ていった。

 部屋の窓から見えるのは、夕焼けに照らされた街並みのみ。揺れの原因や、何が起こったのかはわからない。だが、そのときだった。

「きゃああああっ!!」

 外から、悲鳴が聴こえた。
 ティアは咄嗟に窓辺へ駆け寄り、下を覗き込む。そこにいたのは、ティアたちとは別にドワーフ国へ来たと思われる人族の女性。彼女は、異形の魔獣に今まさに襲われようとしていた。

 ティアは窓を開ける。助けに行こうと身を乗り出したその瞬間──

「ダメ!行っちゃダメ!」
「危ないよ、ティア!」

 エリーとノアが後ろからしがみついて止めた。けれどティアは、振り返って三人に優しく言う。

「私が行かなきゃ、あの女性は殺されてしまうわ。三人は、私が戻るまでこの部屋から出ないで」

 その言葉を残して、ティアは窓から身を躍らせた。風を切りながら落下し、そのまま短剣を抜いて魔獣に斬りかかる。だが、魔獣は驚くほどの俊敏さで一歩退き、容易くそれをかわした。

「逃げて!」

 ティアは女性を逃がし、自らが魔獣と向き合う。魔法を放つが、魔獣はそれさえもあざ笑うかのように回避する。

 そして──

「ティアーッ!」

 宿の二階から、エリー、ノア、ルゥナが窓から顔を出し、彼女の名を叫んだ。
 一瞬、魔獣が視線を上げ、三人を見た。

「──こいつ……!」

 ティアの背筋に嫌な汗が走った。次の瞬間、魔獣は弾かれたように跳躍し、三人へ向けて飛びかかる!

「させないッ!」

 ティアは三人の前へ跳躍し、魔獣の進路に体を投げ出す。
 ガブリ、と重く鈍い音と共に、ティアの片腕が噛みつかれた。

「──ッ、く……!」

 痛みに顔を歪めるが、ティアは笑った。

「ようやく……捕まえた」

 魔獣の目が一瞬見開かれる。離れようとする動きに先んじて、ティアは逆の手に力を込めた。

「遅いっ!」

 魔法で強化された拳が、魔獣の脇腹をえぐるように叩き込まれる。
 白目を剥き、ティアの腕から離れた魔獣が、地面に転がった。

 静かに近づくと、ティアは短剣でとどめを刺した。魔獣の動きが完全に止まる。

「ティアーッ!」

 階段を駆け下りてきた三人がティアの元に駆け寄る。

「大丈夫!?」
「私たちが足を引っ張ったから……」

 心配そうに声をかけるエリーとノアに、ティアは笑顔を見せる。

「この程度、問題ないよ。私を誰だと思ってるの」

 だが、その腕からは血が流れていた。
 エリーが慌ててハンカチを取り出し、応急処置を始める。

 あちこちから、悲鳴と怒号が響いてきた。王都の街が、騒然としている。
 ティアはすぐに顔を引き締め、言った。

「商隊の人たちが心配。露店の方に戻ろう」

 三人が頷くと、ティアは前を向いて歩き出す。

「エリー、ノア。私の傍から絶対に離れないで。ルゥナ、辺りの気配と音に注意して、何かあったらすぐ知らせて」

 三人もそれぞれ気を引き締め、ティアの背に続いた。

 露店が並ぶ通りが近づいてきたそのときだった。

 「……ティア」

 ルゥナがティアの裾を掴み、困惑した表情で立ち止まった。

 ティアはすぐに察した。
 ルゥナが言葉にしなくても、彼女が感じ取った“異変”は、ティアにもはっきりと伝わっていた。

 この先に漂う、濃い血の匂い。
 空気を伝って押し寄せてくる、嫌な気配──。

「……感じるわね。嫌な気配……」

 ルゥナは獣人族としての鋭い感覚を持ち、商隊に加わってからはゼルクたち三人から護身術を教わっていたが、戦い慣れているとは言い難い。
 ましてや、エリーとノアはまったく戦闘経験がない。これ以上連れて行くのは危険すぎる。
 ティアは決断する。

「……引き返しましょう。これ以上は危ないわ」
「でも、みんなは……大丈夫なの?」

 エリーとノアが不安そうに問いかけた、まさにその時だった。

「お前たち、無事だったか!」

 建物の陰から声が飛び、ティアたちは振り返った。

 そこには、獣人のゼルク、ライガ、グラドの三人が、商隊の仲間と街の住人たちを引き連れて立っていた。

「無事だったのね!」
「良かった!」

 安堵の声を上げるティアたち。
 ゼルクたちの話では、獣人たちの危機察知能力のおかげでいち早く魔獣の襲撃を察知し、住人たちとともに避難できたらしい。

「通りはもう地獄だ。複数の魔獣が暴れてる。下手に踏み入れたら、命がいくつあっても足りねぇ」

 ライガの言葉に一同が息を呑む。
 現状を聞き、ティアは即座に避難の提案をする。

「どこか安全な場所に避難しよう」
「でも、どこに……?」

 と誰かが声を上げたとき、ドワーフの女性が手を挙げて指さした。

「この先に、大きな倉庫があるわ。頑丈な作りで、中も広い。しばらく身を隠すにはちょうどいいはず」

 一行はその言葉に従い、倉庫へと急いだ。

 そこは石造りで頑強な扉を持ち、二階建ての大きな構造。避難所としては十分に安心できる場所だった。

 だが、ティアはすぐに周囲を見回し、不安げな顔を浮かべた。

「……まだ、逃げ遅れた人がいるかもしれない。団長や、貴族との商談に向かってた他の仲間も心配だわ」

 そう言って街に戻ろうとするティアを、ゼルクたちが制する。

「俺たちも行く」

 ゼルクたちが即座に申し出る。
 だが、ティアはきっぱりと首を横に振った。

「お願い、あなたたちはここに残って。避難所の守りを頼みたいの」
「でも、怪我してるのはお前だろ。だったらお前がここに残って、俺たちが行った方が──」
「違うの。女の私が残るより、あなたたちがここにいてくれた方が、皆も安心できるわ」

 そのとき、小さな声がした。

「おじさんたち、どこか行っちゃうの……?」

 ドワーフの子供が、不安そうにゼルクたちを見上げていた。

 ゼルクたちは困ったように目をそらした。ティアは子どもの頭を撫でながら、やさしく言った。

「大丈夫。ここには頼れるお兄さんたちがいてくれるから、怖くないよ」

 ゼルクたちは何か言いたげに眉をひそめたが、ティアが静かに言った。

「危ないことはしないわ。住人たちの避難を手助けするだけ。無茶はしないって、約束する」

 しばしの沈黙のあと、ゼルクが深くため息をついた。

「……分かった。だが無理はするな。お前が危険な目に遭うのは、俺たちだって見たくねぇ」
「何かあればすぐ戻れよ。絶対だ」

 ライガとグラドも念を押すように言い添える。
 獣人たちの念押しに、ティアは微笑んで頷くと、背を向けて街へと駆け出した。

 倉庫を後にしたティアは、街の通りへと戻っていった。

「この先に安全な倉庫があります!急いで、でも落ち着いて!」

 途中で人影を見つけるたびに、声をかけ、避難を促す。
 だが、人の数が増えるにつれて、声は届かなくなっていった。
 人々は混乱していた。誰が何を言っても耳に入らないほどに。

「子供がいないの!見失っちゃったのよ!」
「こっちだ、いや違う、あっちは瓦礫が……!」
「うわぁーん!ママァ!パパァ!」

 怒号、泣き声、悲鳴。まるで地獄絵図だった。
 立ち止まり、周囲を見渡したティアは、驚きと共に理解した。

 ──こんなにも、秩序がない。

 ティアには、前世──日本での記憶がある。地震、火災、洪水……どれだけの災害でも、日本人は冷静で、秩序正しかった。
 避難訓練も日常の一部として組み込まれ、子供の頃から「押さない、走らない、喋らない、戻らない」が叩き込まれていた。

 それがない世界では、こうも脆いのか──と、痛感する。

 ティアは人の流れにぶつかりながら考えた。
 どうすれば、この混乱した人々の目を、自分に向けることができるのか。どうすれば、一人でも多く助けられるのか。

 見上げた視線の先。
 近くにあった屋根付きの建物。装飾の施されたアーチ状の屋根が、人混みの中でも最も高い位置にあった。

 ティアは迷わず、壁を蹴り、手をかけて登った。視界が一気に開ける。

 だが、ただ屋根に立ったところで、誰も彼女に気づかない。声は掻き消される。
 笛?いや、違う。音はかき消される。目立たなければ意味がない──

「……なら、光と音で一発、注目を集める!」

 ティアは片手を高く掲げ、天に向けて手のひらを開いた。

 ──ごうっ。

 刹那、炎の魔力が膨れ上がり、夜空に向かって放たれたそれは、轟音と共に大きく咲き誇る。

 紅蓮の花──いや、まさしく「花火」だった。

 ドンッ!

 という炸裂音。続く鮮烈な閃光。
 一瞬、騒然としていた街が静まる。

 視線が一斉にティアの方へと向いた。

 その隙を逃さず、ティアは風魔法を操った。魔力で空気を震わせることで、声を通す──風の拡声器ウィンド・マイク

「聞いてください!この先にある石造りの倉庫が安全です!冷静に、落ち着いて、走らず、押さず、戻らずに移動してください!」

 魔力に乗った声が、街中に響く。遠くにいる人々の耳にも、はっきりと届いた。

「お子さんや高齢の方がいる方は、近くの人と協力してください!一人でも多く、助け合って!」

 ティアは何度も、繰り返し伝え続けた。

 不安に揺れる視線が、やがて彼女の言葉を信じるように変わっていく。パニックに支配されていた人々が、徐々に秩序を取り戻し始めた。

 そして、その炎の花は空高く、仲間たちのもとへも届いていた。

「……あれは、ティアの魔法!」

 カイがいち早くそれに気づき、地を蹴った。

 レイ、アルセイル、リュシオン──それぞれが異なる場所にいた仲間たちもまた、炎花の合図に気づき、街の中心へと走り出す。

 混乱に飲まれかけた街の空に、ティアが灯したのは、希望の狼煙だった。
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