ゼロ・オブ・レディ~前世を思い出したら砂漠に追放され死ぬ寸前でした~

茗裡

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第三章 ドワーフ国編

児戯

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 西区──そこは製造工場と鍛冶場が立ち並ぶ、ドワーフ国の武と技の礎。

「東区で魔獣の襲撃があった。住民はすでに避難誘導が進んでいる。ここも油断はできない」

 アルセイルが低く告げた。風を切るような鋭い声に、作業の手が一瞬だけ止まる。
 しかし、ドワーフたちは互いに顔を見合わせ、再び無言でハンマーを握り直す。

「妻や子供たちは……無事なのか?」

 しわの深い職人の一人が問うた。震えた声だったが、その瞳は鋼のように据わっていた。

「安心しろ。東区の避難はほぼ完了していると確認した。だが、敵の狙いが読めない以上、ここにも襲撃がある可能性は高い」

 リュシオンも言葉を重ねる。白木の弓を背に携えながら、場の空気を引き締めるように前へ出る。

「避難を──」
「……それでも、俺たちはここに残る」

 年嵩の鍛冶職人が言った。両腕に火傷の跡を残したその男は、壁に立てかけてあった古びた戦槌を手に取る。

「魔獣が来るなら、迎え撃つまでだ。俺たちドワーフが逃げて、誰がこの国を守る!」
「そうだ、鍛冶場を失えば、武器も補給も絶たれる!今こそ、俺たちの仕事が国の盾になるときだ!」

 次々に武器を手に取るドワーフたち。ハンマーは槌として、金槌は凶器として握られ、炉の炎が揺れる中、職人たちはまるで兵士のように立ち上がった。

「……まったく、頑固な連中だ」

 アルセイルがわずかに笑う。黒檀の弓を背から抜き、銀糸の弦に手をかけた。
 弦に魔力が通るたびに、きらりと銀光が走る。

 その時だった。

 ──ズドンッ!

 爆発音。夜の帳を裂くように、西の空に火の玉が飛来し、鍛冶場のひとつが吹き飛んだ。

「っ!来たぞ!!」

 リュシオンが叫ぶ。空を見上げれば、夜闇を裂いてワイバーンの群れが迫ってくる。数は十を優に超え、赤い鱗が月光に鈍く光っていた。

 火球が次々と落とされ、地が揺れ、煙と火の粉が舞い上がる。

「武器を持て!迎え撃つぞッ!!」

 ドワーフたちが一斉に叫び、鍛冶場の道具が武器へと変わる。

「リュシオン、俺たちが上を撃ち落とす!地上は任せるぞ!」
「了解──アルセイル、やれるか?」
「当然。あんなの、空飛ぶ的だ」

 二人の弓が弦を鳴らす。魔力の風と矢の閃光が、赤き夜を貫いた。

 #

 スピナの肩口に刻まれた傷は、じわじわと塞がっていった。
 血の跡こそ残るが、その肉は信じがたい速度で再生し、やがて傷口は見る影もなく閉じていく。

「ふぅ……やっぱり、魔族の体って便利だよね」

 赤い瞳を細め、スピナは口角を吊り上げた。

 対するボルグラムは無言のまま、斧を構え直す。彼の眼差しに揺るぎはない。ただ、目の前の敵を討つという意志だけが、全身にみなぎっていた。

「やる気満々だね、王様」

 スピナが一歩踏み出すと同時に、ボルグラムの足が荒野を踏みしめる。
 その瞬間、地が揺れた。先に動いたのはボルグラム。
 爆発的な踏み込みと共に、戦斧が唸りを上げて振るわれる。

「速っ──!」

 スピナは体をひねり、斧の一撃を紙一重でかわした。
 が、避け切れなかった衝撃が風圧となって頬を裂く。

 後退しながら魔力を練るスピナ。その手に、影が集まり始める。

影刃連穿えいじんれんせん!」

 地面から跳ね上がるように無数の影の刃がボルグラムへと迫った。
 ボルグラムは一瞬も怯まず、斧を盾のように構えて突進する。

 刃が肉に食い込み、斧が黒く染まる──が、止まらない。

「なっ──」

 スピナの目の前に斧が迫る。間一髪、背中へ飛び退いて距離を取る。

 すぐさま反撃に転じるスピナ。
 跳躍しながら複数の影を束ね、一本の長槍のように形成し、ボルグラム目掛けて投げ放った。

 槍が疾駆し、風を裂く。

 だが──

「甘い!」

 ボルグラムは体をひねり、その槍を弾き返すと同時に、地面を蹴って再び距離を詰める。

 肉弾戦の距離。

 拳と拳がぶつかり、斧と腕が交差する。

金属のように硬質な打撃音。スピナの腕に走る痺れは、ただの人間が出せるものではない重さだった。

「っ……!本当に人間か、あんた……!」

 スピナは笑いながらも、その動きに焦りを隠せない。

 ボルグラムは応えない。ただ静かに、次の一撃を叩き込む。

 重い拳が腹部に食い込む。

「ぐっ!」

 スピナの体が後方に吹き飛ぶ。地を転がり、砂塵を巻き上げながらも着地は崩さない。

 だが、そのわずかな隙をボルグラムは見逃さない。

「終いだ──!」

 低く呟いた瞬間、斧が大地を踏み割る勢いで振るわれる。

 スピナは回避するよりも先に、地面に影を走らせる。影移動によって一瞬だけ位置をずらし、寸前で斧を避けた。

 だが、振り抜かれた戦斧が地面を深々と抉る。大地が唸り、破片が飛び散る。

「ほんと、えげつない火力……」

 スピナは肩で息をしながら、再び影を練り上げる。だが、その構築はさっきよりも遅い。

 回復力こそ高いが、肉体の耐久や反応速度までは限界がある。
 ボルグラムはそれを見抜いていた。
 斧を引き抜き、重々しく構える。

「遊びは終わりだ」

 次の瞬間、地を砕いて加速。

 その踏み込みは、まるで山が動いたような威圧感を放っていた。
 スピナの視界に、振り上げられた斧が映る。咄嗟に防御姿勢を取るが──

「──戦斧牙断グランファングクラッシュ!」

 戦斧が閃光となって振り下ろされた。

 刹那、影の壁がいくつも立ち塞がるが、斧はそれらを一瞬で貫き、スピナの身体を斜めに一閃した。

 空気が裂け、時間が止まったかのような一瞬。

 斬撃の余韻の中で、スピナの体が崩れる。否、裂かれていた。
 斜めに走った傷から、噴き出した血飛沫が風に舞う。
 スピナは苦悶の息を漏らしながら膝をついた。

「ま……いったな、こりゃ……」

だが、その声音に怯えや動揺はない。膝をつきながらも、紅い瞳はぎらつき、愉悦すら滲ませていた。

 その瞳が、ボルグラムを真正面から捉える。

「解放前でこの威力かよ……この時代に魔族と戦える人間がいるとは思わなかったよ」

 口の端を吊り上げ、ゆっくりと立ち上がるスピナ。体勢こそ崩れていたが、その動きにはまだ“余裕”があった。

「でもさ……」

 その瞬間、スピナの全身から魔力がじわじわと溢れ始める。空気が軋むような、低い振動。

「こっからが“本番”なんだよ。僕のね」

 風が逆巻き、地面の影がわずかに蠢いた。
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