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第三章 ドワーフ国編
孤影の晩鐘
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「ダンジョンが頻繁に現れるようになってから、封印が徐々に緩みつつあることは察していた」
ボルグラムが静かに語る。斧を肩に担いながらも、その視線は鋭く敵を捉えて離さない。
「だが問おう。お前たちは……魔王の指示で動いているのか?人間に復讐するために──」
その言葉に、スピナの周囲を蠢いていた影が一瞬だけ止まる。空気が、微かに揺らいだ。
「うーん、魔王様はね、人間に随分とご執心みたいだけど……僕は違うかな」
スピナは肩をすくめ、紅い瞳で愉快そうに笑った。
「人間と魔族の抗争って、三千年も前の話でしょ? 正直、そんなジジイたちの怨恨とか復讐劇なんてどうでもいいんだよね」
人差し指を唇に当て、スピナは艶やかに微笑んだ。
「僕たち“若者”は──ただ楽しく、残酷に。人間を壊して、嬲って、オモチャにして遊びたいだけさ」
それは戯れのような声だった。だが、そこに込められた悪意は、むしろ古の怨念よりも質が悪いと、ボルグラムは直感する。
「ふむ。若いのぉ。浅はかで愚かな考えじゃ」
ボルグラムは頬をポリポリとかきながら、少し呆れたように言う。
その声音に嘲りはなく、まるで出来の悪い弟子に対する年長者の苦言のようだった。
「よく言うよ。若いのはそっちもだろう?」
スピナが紅い瞳を細め、くすりと笑う。
「魔界とこちらとでは──時間の流れ方がまるで違うんだよ。知らなかったの?」
魔族の世界、魔界では、時の流れがこの世界よりも遥かに緩やかだ。
元々が長命の種族である彼らにとって、三千年という歳月すら、老いを感じさせるものではない。
そしてスピナもまた、その“常識”の中で育った。
「魔王様もそうさ。こちらの世界では伝説の存在かもしれないけど、魔界じゃ今も現役バリバリ。僕らにとっちゃ、三千年前なんて、ちょっと前の出来事って感じ」
スピナの声には若さゆえの無邪気さと、命を軽んじる魔族特有の残酷さが滲んでいた。
「……ならば、なおさら話は早い」
ボルグラムが静かに言い放つ。
「愚かさも無知も、戦場では理由にはならん。理解できぬまま斃れるがよい」
その言葉と同時に、戦斧が再び構えられる。大地が軋み、空気が震えるような威圧感。老練なる武の巨人が、確かな“殺意”を放った。
「……わぁ、ほんとに容赦ないなあ。やっぱり君、そういうところ好きかも」
スピナが笑う。その笑顔は艶やかで美しく、しかし人の形をした悪意そのものだった。
次の瞬間、地を蹴る音とともに、両者は再び激突する。
斧と影がぶつかり合う。荒野に、雷鳴のような衝撃音が響いた。
影が這い、裂ける。
スピナの身体が掻き消えたかと思えば、地面から黒い裂け目が跳ね上がるように伸びる。
「影杭裂断!」
黒き影が十字に交差し、空間ごと断ち割るような鋭さでボルグラムの右腕へと襲いかかった。
鈍く、重い音とともに右腕が宙を舞い、血飛沫を撒きながら地面に転がる。
「っ……!」
苦悶の声を押し殺すように、ボルグラムは片膝をついた。しかし、その背中が地に落ちることはない。
スピナは勝利を確信したかのように、軽やかな足取りで近づきながら紅い瞳を細めた。
「さすがだね。でも……それで終わり。片腕じゃ、勝負が見えてるでしょ?」
その声に応えるように、ボルグラムは小さく鼻を鳴らした。
「この程度、痛くも痒くもないわ」
そう言い放つと、切断された右肩を左手で軽く押さえる。その掌から淡く魔力が滲み、血が止まった。傷口が凍るように閉じ、出血は一瞬で収まる。
ボルグラムは戦斧を拾い上げ、左手一本で構え直した。
「……片腕で足りる。貴様を斬るには、それで十分だ」
左手に握られた戦斧から、轟くような魔力が噴き出した。刃の刻印が淡く光り、空気が震える。
「──戦斧牙断」
その名を囁いた瞬間、戦斧が咆哮を上げるように光を纏い、重さと鋭さを数段引き上げた。まるで神話の獣が唸るように、周囲の風圧さえ刃と化す。
「へぇ……左手一本でもそれだけ振れるんだ。面白いじゃない」
スピナは笑い、地を蹴った。影がうねり、幾重もの分身が奔る。目にも止まらぬ速さで斬撃が襲いかかる。
だが、ボルグラムの戦斧は、それらすべてを正確に捉えた。刃を振るい、迫る影を次々と砕いていく。地面が裂け、破片が宙を舞い、あたりは粉塵に包まれる。
「さすがだよ。まるで重戦車。攻める隙がない」
それでもスピナは止まらない。空間から刃を呼び出し、槍を放ち、魔力の鞭を尾のように操って距離を制す。
影魔法《クレスト・テイル》《シェイド・ランス》──次々と放たれる魔族の高位術式が、夜空に光の軌跡を描いた。
「だが、遅いッ!」
斧が地を叩き割る。大地を揺らす爆風と共に、ボルグラムが踏み込んだ。スピナの攻撃を弾き飛ばし、刃が一閃する。
左肩から胴へ──深々と切り裂く。
「──ぐっ……は、あ……!」
血が闇に飛び散り、スピナの体が大きくよろけた。それでも、倒れはしない。
「……いい戦いだったよ、ボルグラム王」
唇の端にかすかな笑みを残し、スピナは膝をついた。影がゆっくりと霧散していく。
──勝った。
そう思った瞬間、ボルグラムの膝が沈む。
「……ぬ……う……」
左腕にかかる負荷。致命傷に近い出血。止血魔法だけでは、失われた体力を取り戻せはしない。
ドサリ、と巨体が荒野に沈んだ。
それでも、ボルグラムの目は閉じていない。
その眼差しは、西の空に向けられていた。
「まだ……守るべきものが……残っているからな……」
その低く絞り出すような声を最後に、静寂が降りる。
荒野に吹きつける夜風だけが、戦いの熱を冷ますように流れていった。
───────
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます!
毎日更新が厳しくなってきたため、次回から週一投稿とさせていただきます。
次回の更新は6/30です。
ボルグラムが静かに語る。斧を肩に担いながらも、その視線は鋭く敵を捉えて離さない。
「だが問おう。お前たちは……魔王の指示で動いているのか?人間に復讐するために──」
その言葉に、スピナの周囲を蠢いていた影が一瞬だけ止まる。空気が、微かに揺らいだ。
「うーん、魔王様はね、人間に随分とご執心みたいだけど……僕は違うかな」
スピナは肩をすくめ、紅い瞳で愉快そうに笑った。
「人間と魔族の抗争って、三千年も前の話でしょ? 正直、そんなジジイたちの怨恨とか復讐劇なんてどうでもいいんだよね」
人差し指を唇に当て、スピナは艶やかに微笑んだ。
「僕たち“若者”は──ただ楽しく、残酷に。人間を壊して、嬲って、オモチャにして遊びたいだけさ」
それは戯れのような声だった。だが、そこに込められた悪意は、むしろ古の怨念よりも質が悪いと、ボルグラムは直感する。
「ふむ。若いのぉ。浅はかで愚かな考えじゃ」
ボルグラムは頬をポリポリとかきながら、少し呆れたように言う。
その声音に嘲りはなく、まるで出来の悪い弟子に対する年長者の苦言のようだった。
「よく言うよ。若いのはそっちもだろう?」
スピナが紅い瞳を細め、くすりと笑う。
「魔界とこちらとでは──時間の流れ方がまるで違うんだよ。知らなかったの?」
魔族の世界、魔界では、時の流れがこの世界よりも遥かに緩やかだ。
元々が長命の種族である彼らにとって、三千年という歳月すら、老いを感じさせるものではない。
そしてスピナもまた、その“常識”の中で育った。
「魔王様もそうさ。こちらの世界では伝説の存在かもしれないけど、魔界じゃ今も現役バリバリ。僕らにとっちゃ、三千年前なんて、ちょっと前の出来事って感じ」
スピナの声には若さゆえの無邪気さと、命を軽んじる魔族特有の残酷さが滲んでいた。
「……ならば、なおさら話は早い」
ボルグラムが静かに言い放つ。
「愚かさも無知も、戦場では理由にはならん。理解できぬまま斃れるがよい」
その言葉と同時に、戦斧が再び構えられる。大地が軋み、空気が震えるような威圧感。老練なる武の巨人が、確かな“殺意”を放った。
「……わぁ、ほんとに容赦ないなあ。やっぱり君、そういうところ好きかも」
スピナが笑う。その笑顔は艶やかで美しく、しかし人の形をした悪意そのものだった。
次の瞬間、地を蹴る音とともに、両者は再び激突する。
斧と影がぶつかり合う。荒野に、雷鳴のような衝撃音が響いた。
影が這い、裂ける。
スピナの身体が掻き消えたかと思えば、地面から黒い裂け目が跳ね上がるように伸びる。
「影杭裂断!」
黒き影が十字に交差し、空間ごと断ち割るような鋭さでボルグラムの右腕へと襲いかかった。
鈍く、重い音とともに右腕が宙を舞い、血飛沫を撒きながら地面に転がる。
「っ……!」
苦悶の声を押し殺すように、ボルグラムは片膝をついた。しかし、その背中が地に落ちることはない。
スピナは勝利を確信したかのように、軽やかな足取りで近づきながら紅い瞳を細めた。
「さすがだね。でも……それで終わり。片腕じゃ、勝負が見えてるでしょ?」
その声に応えるように、ボルグラムは小さく鼻を鳴らした。
「この程度、痛くも痒くもないわ」
そう言い放つと、切断された右肩を左手で軽く押さえる。その掌から淡く魔力が滲み、血が止まった。傷口が凍るように閉じ、出血は一瞬で収まる。
ボルグラムは戦斧を拾い上げ、左手一本で構え直した。
「……片腕で足りる。貴様を斬るには、それで十分だ」
左手に握られた戦斧から、轟くような魔力が噴き出した。刃の刻印が淡く光り、空気が震える。
「──戦斧牙断」
その名を囁いた瞬間、戦斧が咆哮を上げるように光を纏い、重さと鋭さを数段引き上げた。まるで神話の獣が唸るように、周囲の風圧さえ刃と化す。
「へぇ……左手一本でもそれだけ振れるんだ。面白いじゃない」
スピナは笑い、地を蹴った。影がうねり、幾重もの分身が奔る。目にも止まらぬ速さで斬撃が襲いかかる。
だが、ボルグラムの戦斧は、それらすべてを正確に捉えた。刃を振るい、迫る影を次々と砕いていく。地面が裂け、破片が宙を舞い、あたりは粉塵に包まれる。
「さすがだよ。まるで重戦車。攻める隙がない」
それでもスピナは止まらない。空間から刃を呼び出し、槍を放ち、魔力の鞭を尾のように操って距離を制す。
影魔法《クレスト・テイル》《シェイド・ランス》──次々と放たれる魔族の高位術式が、夜空に光の軌跡を描いた。
「だが、遅いッ!」
斧が地を叩き割る。大地を揺らす爆風と共に、ボルグラムが踏み込んだ。スピナの攻撃を弾き飛ばし、刃が一閃する。
左肩から胴へ──深々と切り裂く。
「──ぐっ……は、あ……!」
血が闇に飛び散り、スピナの体が大きくよろけた。それでも、倒れはしない。
「……いい戦いだったよ、ボルグラム王」
唇の端にかすかな笑みを残し、スピナは膝をついた。影がゆっくりと霧散していく。
──勝った。
そう思った瞬間、ボルグラムの膝が沈む。
「……ぬ……う……」
左腕にかかる負荷。致命傷に近い出血。止血魔法だけでは、失われた体力を取り戻せはしない。
ドサリ、と巨体が荒野に沈んだ。
それでも、ボルグラムの目は閉じていない。
その眼差しは、西の空に向けられていた。
「まだ……守るべきものが……残っているからな……」
その低く絞り出すような声を最後に、静寂が降りる。
荒野に吹きつける夜風だけが、戦いの熱を冷ますように流れていった。
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