ネイビー トーン

輪念 希

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・プロローグ

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「ネットの人気者だかなんだか知らないが、俺にはそんなことどうでもいい。ここに来たなら求められる仕事をやれ」


「お前は自分じゃ何もせず、ずっと何を待ってる?」



そんな青柳 晃介の怒りは、奇しくもその甘くて低い、深い声のせいで、まるで何かの台詞のようにブースに響いた。































 俺は高井 悠二。21歳。大学生。
YUJIという名前でネット上で自分の声を売りにした朗読や、声だけでの劇という声優の真似事を配信して人気を得たただのネット民だ。
 俺が使用するmimikoneみみこねというサービスは配信者側が年間数百円~数万円を支払ってプロフィール部屋と呼ばれるパーソナルスペースと、動画やラジオ放送用の配信枠を買うという登録制で、リスナーと呼ばれる聞き手は基本的に無料で利用できる。
リスナーが配信者を気に入ればプリペイドカードなどから金を貢ぐ事も可能な所謂パトロン機能も付いている。
 mimikoneサービスの特徴といえば、他の数多ある配信サービスと比べて「声を聞く」という動画の質よりも音を伝える事に特化している点だ。リスナーが実際に完成された音を耳にするまでには多少のタイムラグがあるものの、リアルタイムで配信しながら遠くにいるドラマーとギタリストの演奏の遅延を限りなく無くしたものを放送、収録できるなど、他にも色々な高機能が備わっている。まあその分配信者側には有料ということだ。
俺はそこで月間1万円のハイランクなパーソナルスペースと、好きな時間に予約なく何度でも配信枠を入れる事が出来るハイランクな券を買っている。
このハイランクというものはパトロン達からの貢ぎが一定の線引きを超えていなければ選択すら出来ないというシビアな配信者のランク付けでもある。
俺の場合、後々の大学の奨学金の返済もそこまで気にしなくてもいい程度の収入があったりする。
大学に通う傍、いつからか暇な時間をmimikoneに費やす生活を送っているが、儲かるだけに辞める必要もなく定期的に配信している。
だが勿論、そろそろ就職することを具体的に考えなければならない年齢である事は間違いなく、このままでいいとは思っていない。

そんな頃だったのだ、NACの代表三山 紀夫みやま のりおからチームへの参加を求めるメールが届いたのは。


 NACとはネット界の有名人である三山さんが設けた、インフルエンサーを募ってネットの外、つまりリアルな現実で開かれるイベント等に人材を派遣する会社「チームネットアクト」の略である。
動画配信者をまとめる大手のマネージメント会社が増えている現在。このNACも新設のその一つで、俺も存在は知っていたがどうにも代表者の性格のせいかネタ感が拭えなかった。
だが惹かれない事もなかった。というのはNACの主体性が「声」を重要視しているというところだった。
素人配信者のタレント性ではなく、素直に声を使っていこうとしている方向性になんとなく良いイメージを持っていた。
だがオファーをもらってもイマイチ踏み出せずに断っていた。

 俺は現状を崩す事に大きなリスクを感じていたのだ。俺の不安はきっと他の誰よりも大きなものである。

言葉のアヤなどではなく、言葉通りに自分の居場所をなくす可能性があったからだ。幼い頃から必死に手探りして渡り歩いてきた「自分という誰か」を。




「よく来たなYUJI様」
三山さんは笑顔で自宅兼NAC本社のドアを開けた。
「あんたが言うと嫌味ですよ」
 三山 紀夫は一年程前まで、俺とは違う世界規模の超メジャーな動画配信サービスを使って桁違いの再生回数を叩き出す有名動画配信者だった。他のSNSサービスでも圧倒的な数のフォロワーを持っていたし、テレビでも極稀にではあるが見かける事がある。
だが、三山さんと同じような有名配信者達は有名になればなるほど必然的に慎重な言動をとるようになるのに対し、三山さんはいつまでもアングラ感があった。
実際に今でもSNSやホームページで際どい発言をして自ら炎上を誘ったり、先の慎重派になった有名配信者の所であからさまな売名行為をやってのける。昔はその度に煙たがられたり所謂アンチという立場の人々から反発をかっていたのだが、今では「それが三山」とある意味受け入れられ「宇宙的ニート」だとか「ボンクラ成功者」などと言われて愛されている。
経過はどうであれ、「素人でも出来る〇〇」というネタで帝王学や晩御飯レシピ、珍しいペットの飼い方など、成功例や失敗談を公開し、自身の様々な一面を晒してきたお陰で、今では「意外とまともな思考の奴だった」などというやんわりな好評価と信用がついて、子供や主婦、高齢者までもを巻き込んだファンをつけてネット上での影響力は凄まじいものだ。
「事実mimikoneナンバーワンだろ?月幾ら貰ってんの?オミツギ」
いきなりゲスい質問をしながら俺を部屋の奥へ案内する三山さんについて行く。
 高級マンションの一室は予想していたよりもずっと広かった。
「言うわけないでしょ。それ答えてあんたにどこぞで書かれでもしたら、俺の場合はガチで炎上して隠居なんで」
三山さんはmimikoneの運営会社の社長にまで顔が利いてしまったりするが、流石にある程度の距離は保っているようだ。
「WORLD TUBEのズッキー、百万だってさ。一本4日で」
「はあ!?」
ズッキーとは三山さんの昔からのライバルで慎重派になった配信者代表みたいな人だ。俺とはカテゴリーも違う為関わった事はない。
「俺の方が面白いのにな。お前もそう思うだろ?」
「巻き込みやめて欲しい」
「お前、賢いな」
三山さんは真顔で振り返った。
「いや、別に…」
「あはははは!!ビビんなよYUJI!俺は今日から三ヵ月間お前の社長兼マネージャーだろ?不利になる事なんてしないよ。三カ月以降もな。たぶん」
「たぶんって…」
「できることなら、俺はこの先もずっとお前を逃したくないからなNACの看板として。あ、写真サンキュ。宣材写真にするから」
「はい。…ん?三カ月?期限きいてなかったけど」
俺は三山さんに「お仕事してみる?」とだけ誘われてメールで履歴書と顔写真を送り、今ここにいる。
「お前の仕事決まってんだよ。どっち選んでもそれがおよそ拘束は三カ月かなって」
(二つあって選べるということか。流石三山さん、と言うべきなのか?)
「へー。どんな内容ですか?」
「まあ、座れよ。コーヒーでいいか?」

 モノトーンで今時っぽく統一された三山さんの部屋だが、壁にはやたらと小さな額縁が飾られていて中身は派手な蛍光色のピンクや黄緑で描かれた謎の絵画。
(あ、これって…)
その中の一つには見覚えがあった。絵画の作者は素人画家としてSNSで人気のある人物の、プロフィールのヘッダー部分に使われているものだったのだ。
(俺もちょっと好きなんだよな、この人の作品。ほんと顔の広い人だな三山さん)
どうやら原画らしいそれらを一通り楽しんだあとリビングの中央を見遣る。
オーダーメイドなのだろう、これもまた立派なベージュの本革ソファーが低めのガラスのテーブルを囲んでいる。
(元々は親が金持ちだって話だったけど、今じゃ自分で買えるんだろうな)
「いいソファーだろ?俺と相互フォローしあってる山根さん知ってる?」
三山さんが洒落たマグカップを両手に持って帰ってきた。
「いや、俺そこまであんたに詳しくないんですけどね」
コーヒーを受け取りソファーに座ると三山さんが横のソファーに座る。
「えー、そうなの?まあいいや。その山根さん趣味で家具作ってアプリで売ってるんだけどな。これも頼んで作って貰ったんだ。クソ程ぼったくられたけどこれなら全然いいやって文句言うのやめたわ。テーブルは別のコ。高校生だってよ。ちょっと下手だろ?これが気に入ってるんだけど」
「って事はその山根さんも素人?」
「当たり前じゃん?」
「俺、思うんだけど。その山根さんもあの絵画のagyアギーさんもプロでよくないですか?そもそもアートってプロとかあるの?」
「アギーって読むんだあの人!俺知らなかったわ!絵画売ってくれって必死で連絡先暴いてゴリ押しの電話した時も、名前呼ばなくて済むように頭フル回転!今はめっちゃ友達なんだけどな俺とアギーさん!あははは!!そっかアギーさんか、あの人の名前」
「それで友達とか言うの引くんだけど…」
(てか連絡先を暴くってなに!?)
「今日電話して名前連呼してみるよ。ありがとYUJI」
「ほんとめちゃくちゃな人だな、あんた」
俺は言いながら、今までに二、三回mimikone絡みで会った程度だった三山さんを見る。
 三山さんは見た目は悪くない。背も高いし、どちらかと言えば「カッコイイ」方なのだろう。金持ちの息子感も少しあるが、丸々親の脛を囓るタイプでもなさそうだ。
そう思うのは、この人が今まで一度も安全な道を歩いているのを見た事がないからだ。
「あ、一応バラすけどお前の連絡先KAIに聞いたってのも嘘だぜ?お前mimikoneのアカウント作る時スマホの番号使ったろ簡単に入手できちゃった」
「はあ!?」
「後からお前に詰められると面倒だからKAIに言って名前借りた。てへペロ」
「もう黙ってくれよ…」
(何それこわすぎ…古すぎ)
「でもさ、それがこうやっていい方向に働いてんだから怒るなよ?」
「もういいし今更」
その辺りのネタばらしを聞いているとどんどんと闇が見えそうで、ただ単にやめて欲しかった。
「うんうん!」
三山さんは満足そうにうなずく。
「で、お前の仕事なんだけどね」
「あ、はい」
俺は姿勢を正した。
「声優さんのお仕事です」
「…え?声…優?」
俺は面食らった。いくら声を売りにしているとはいえ完全な素人だ。女の客を集める為のイベントマスコット的な何かだろうと思っていた。まさか声優としての仕事だとは微塵も思っていなかった。
「そう。ヤバイだろ?でもだからお前に振ったんだ」
「いや…でもっ」
「俺がNACやって初めてのガチのプロ様との仕事なんだわコレ。わかる?この意味」
(ちょっと待ってくれ)
「そこそこの企業に俺の推しのコ放り込んでイベントとかってのは何回もあんのよ。だけど、NACとしてガチの現場にガチのプロに混じってやらせてもらうのは初」
「なんで俺?」
「お前ナンバーワンだろが」
「いやいやいやいや…」
「ハッキリ言うぞ?」
「な…なに?」
「正直言って、これはプロからの冷やかしなんだYUJI」
「え…?」
三山さんの表情は本気だった。
「色んな動画配信サービスが増えて芸人や俳優の真似事してる素人が日に日に増えてく中で、その需要も実は出来てきてるんだ」
俺はそこまで聞いてすぐに三山さんが言おうとしている現状を把握していた。
「安い料金で動かせて、尚且つファンもいてわざわざイチから才能を伸ばさなくても最低限の表現者としてのスキルレベルは達してる。そんな奴が毎日増えてる。芸能事務所だって動画配信サービスを常にチェックしてる御時世だ。お高いプロ様と違ってパッと使ってパッと捨てられるのが中途半端な素人ってわけだ。けどな、今回の仕事はそんな流行りに乗ったように見せて相手側の本心はそうじゃない」
「三山さん…」
「どうだ素人になんか出来やしねーだろって、突きつける為の舞台だ。大西幸人おおにし ゆきとが直接連絡を入れてきた」
「大西幸人…ってあの!?」
「そう。音響監督のな。とある作品に君が良いと思っている素人を入れて話題性を作りたいんだが、ってな。ウチのホームページを見たらしい」
 三山さんが作ったNACの奔放なホームページには「プロ供の圧力には屈しない素人魂‼︎」という何かと物議を醸しそうなスローガンがデカデカと載っているのは俺も知っている。
「対抗馬として、天才のお前が真っ先に浮かんだ。すまん!」
「なんでさっさと謝ったの?巻き込んだくせにウザいんだけど。それより詳細を聞いてもいいですか?」
「ああ。実は、仮台本を貰ってるんだ」
三山さんはガラステーブルの抽斗を、何が引っかかるのか結構な力を使って無理やり開けてから、薄い冊子を二冊俺に差し出した。
「俺は先に読んだ。思うにこれは本当に簡単な台本で本物じゃない。でも大まかな雰囲気はわかる。一つは学園モノで青春ストーリー。もう一つは長編のBLだどっちもドラマCDというヤツで原作は小野江マリナが書いたもんだ」
「小野江マリナってまた!え…と…」
「どっちにする?」
「は!?ちょ…ちょっと考えさせて下さい」
「10分な」
「ちょっ!待って…」
どちらの台本にも誰のものか分からない達筆な字で、簡単なキャラクター設定のようなものが書き込まれていた。
それを見比べて三山さんが俺にさせたい役に気づくのには何分もかからなかった。
「BL、ですか?」
学園モノの方にはどう想像しても俺の頭にはある人物しか思い浮かばないし、三山さんもきっとそうしたいと思っているはずだ。
「そっち、やれるよな?」
「何度か演じた事はあるけど…その程度でいいなら、まあ」
mimikoneでリスナーの希望として他の配信者達とコラボしてBL作品をやった経験はあったし、耳の肥えた腐女子からの評価も高かった。
「でも三山さん」
「相手役は青柳 晃介あおやぎ こうすけ。お前は受け」
「青や…はあ!?」
さっきから驚きの名前がどんどんと飛び出している。
「設定はそこに書いてある通りなら新人営業マン。俺はそれしか知らん。よろしくね」
「ちょっと!青柳晃介って言った?」
「うん。運命の旋律の主人公の声した人。あの青柳晃介ね。凄いよなこれって」
「あんた…頭…大丈夫かよ」

その後ろくな話しもしないうちに三山さんは誰かからかかって来た電話に答えながら自室に入ってしまった。

「青柳晃介…」

俺は実は声優になりたいと思った事が一度もない。幼い頃から沢山の漫画を読み漁ったが、アニメをちゃんと見たという記憶もない。mimikoneで活動する上で必要になる技術を盗む為に作業的にブルーレイを借りて見た程度だった。
ただ、ネット民だけあって人気アニメのニュースは嫌でも目に入る。青柳晃介という声優がどれだけファンを熱狂させる人物なのかくらいは人並みに知ってはいるつもりだ。そして音響監督の大西幸人おおにし ゆきとも同じく、人気アニメにはこの人、と言われるような人物だ。
(青柳晃介って、BLとかやるんだな)
意外だった。
ベッドシーンの勉強も男女の濃厚なドラマCDをなんかを聞いて独学で学び、時には同じく声の配信者達との通話会議なんかで議題になった時に、ああすればいいらしい、こうすればいいらしいと聞いたのを参考にしてきた。
自分が何となく身につけた技術を、本物達に混じって行う。
(これはたぶん、恐ろしい事態なんだろうな…)
だが、俺は「天才」と呼ばれている。
やってやれないことは今までなかった。俺が「天才」と呼ばれるのにはある理由がある。
それが現実なら、きっとこの仕事も出来るはずなのだ。
因みに俺は自分を「天才」だとは全く思わない。
でも、それが現実なのだから、きっと出来るのだ。


「どう?覚悟決まった?」
スマホをガラステーブルに伏せながら目も合わさず電子タバコを吸う三山さんはずるい。
有名にはなったけど根っこの部分では今でも俺達の仲間で、自分が体験してきた出来事からも今の俺の気持ちだってきっと知っているのに。
「まるで立派な社長みたいな顔してますね。素人置いてけぼりのプロみたい」
「…言うねぇ」
三山さんは口の端を無理に引き上げた。
「俺の居場所なくなったら、一生あんたに面倒みてもらうから」
俺は自分用の台本を縦に丸めて握り、少し仕返ししたつもりだ。
「いいよ」
「……」
俺は直ぐに真面目な目で答えてきた三山さんに、この人は俺の境遇を知っているのだと直感した。
「だから今は一緒に戦ってくれYUJI」
たぶん、本気の目だ。
「ああ…まあ俺、天才なんで」
俺が言うと三山さんは屈託なく笑った。
「うわぁカッコイイ!俺にメシ食わせてくれ!」
「何でそうなる…」
(まあ、でもそうか。俺が成功すればNACの信用もある程度は…)
その時インターホンが鳴った。
「お。来た来た」
三山さんはのっそり立ち上がってインターホンに応答する。
「早かったな。鍵開いてるから入ってこい」
オートロックを開けた三山さんはまたソファーに座る。
「誰?」
「社長として?俺もお前らの声、きちんと聞いておかないとな。いい部屋作ったんだ。めちゃくちゃ金掛かったんだぜ?」



「YUJI!!」
「MAKI!?」
走って抱きついて来たのは同じくmimikoneで活動しているハイクラス配信者のMAKIだった。
実質、俺とMAKIはmimikone配信者の人気ランキングのナンバーワンとナンバーツー。
「一年ぶりくらいか?会いたかったぜYUJI!」
「ゴールデンウイークのコラボ以来か」
「そうそう!一年と二ヶ月?あん時ヤバかったよな!俺達最強じゃんって!てかヤッバ!相変わらずカッケーなYUJI!」
「お前も相変わらずショタってんな」
「声だけな!そういやぁ俺さあ!この前コンビニでバレそうになったんだけど!MAKI君ですか?って!ヤバーって!変装も考えなきゃヤバイよな!!」
ハイテンションで喋り続けるこの天真爛漫なMAKIは、声だけでなく顔もカワイイ系で中身も裏表のない素直で可愛い奴だ。
「てかYUJIイケメン度増し増し中?コラボの時よりヤバイじゃん!」
「お前は何でもヤバイだな」
「マジ?俺何回ヤバイって言った?」
MAKIは俺が「綺麗」だとか「美人」だとか言われるのが嫌だと知っている。
俺だって「カッコイイ」よりもそういった表現が自分に向けられる印象に、より合ってることは分かっているけど、何となく嫌なのだ。出来れば「普通」がいい。でも自分のその辺りを使ってパトロンを集めているのは俺自身なのだが。
「お前さー。社長そっちのけでそんなにベラベラ喋るの?」
三山さんが自分に尻を向けて俺にばっかり懐いているMAKIを睨むふり。
「あ!三山さんだ。ヤバ!あは!」
「ヤバ!じゃねんだよ何笑ってんだよ可愛いじゃねーかよ」
三山さんがMAKIの尻を引っ叩いた。
「いった!マジ変態!あははは!ケツ触んなよ社長!」
「何だとぉ!?オラ!菊門出せこら!」
「ヤダヤダヤダ!!ひゃははは!!」
「フツーにセクハラじゃない?それ」
俺は呆れてコーヒーを飲む。
「セクハラだと?男のクセに!」
「あ、俺今日宇宙的ニートさんにセクハラされましたってツイートしよ!」
俺はつい笑ってしまった。
「やめ…!え?いいじゃないそれ。書いて書いて」
三山さんはニヤリと笑ってまた炎上を狙っている。
「ええ!?ヤダし!」
「嫌なんかい!!」


「わぁーー!!すっげぇえ!!」
三山さんに通された部屋は、MAKIが大きな声を出すのも当然の、なんだかプロが使っていそうなマイクが二本立った防音室だった。
隣室との壁にはガラスが張ってあり、三山さんがいつも配信などに使っているのだろうPCや周辺機器がある部屋が見える。
俺は三山さん愛用のマイクがどこのメーカーの物なのか盗み見る為に、仕切りのガラスにぴったりと引っ付いた。
(ガチに高いマイクじゃん…ひくわー)
「すげーだろ?お前らいつでもここで配信していいぜ?」
「マジ!?歌ってみたしていいの!?」
「いいよ。MAKIは声デカイもんな賃貸のうっすい壁じゃ気を遣うだろ」
「嬉しい!!三山さん最高!!」
「おいYUJI。お前もな」
「え、ああ、うん」
俺はなんとなく頷いてもう一度MAKIがいる方を見る。
テレビ番組で一度見たアニメのアフレコ現場さながらに大きなモニターが一つ奥の壁に掛かっていた。
「あれは?」
「色々出来るぜ?ネットに繋いでるから生配信中もあれで確認できる。そこのテーブル移動してくればノート置いて操作やコメント見るのは手元でやれば便利だろ?マイクも卓上型ならいくつか俺が使ってたのあるしお好きなように」
「マジすげー!!YUJI!俺YUJIとコラボしたい!」
「ああ、そうだな…」
「いつがいい!?俺YUJIと歌ってるのリスナーに見せてあげたいんだ!絶対みんな喜ぶよ!」
「うん…」
「あ!ついでだし三山社長も出る?提供NAC、って感じで最初にテロップ入れて!リスナーみんなが今からナニ始まんのーって楽しくね?ね?」
「金出してんのについでにとか言われる俺な。まあいいけどどっかでちょろっと俺のホムペ宣伝させてね?」
「はいはい!しよしよ!俺面白いこといっぱい考えておくからさ!!」
「YUJI?ついてきてるか?」
「え?ああ、やろうなMAKI」
「やったー!!あ、枠は俺の枠でいい?」
「現金なやつ。同じ画で枠とってもつまんないしな、お前のとこに俺のリスナー全員連れてくわ」
「イエーーーーイ!!いらっしゃいませーーーー!!」
こうシビアなMAKIもまた可愛い。
すると急に三山さんが手を一つ大きく叩いた。
「はい!君達、遊びはここまで!」
俺とMAKIは驚いて三山さんを見る。
「MAKI、はい、台本。昨日話したろ?YUJIはBLの方でお前は学園モノに決定したから」
「オッケー!!」
「え?MAKIにはもう話してたんですか?」
俺は何の躊躇もなく台本を受け取るMAKIを見る。
「ああ。お前に決めてもらうってコイツが言うからな。俺としても希望してた通りの結果だったが」
「BLの方はさ、艶っぽい声が欲しいみたいだったし俺よりかはYUJIだろ?いざとなれば俺も頑張って出す覚悟でいたけどまずはYUJIに決めて欲しくて」
「そっか、気を遣わせたみたいで悪い」
「いーや!俺YUJIの声好きだから。なんていうか…そういうエッチな声?聞きたい?みたいな?ははは!」
「なんだソレ」
俺はつられて笑い、MAKIからの評価を素直に受け取る事にした。
「前にさKAIとエッチなやつやってたじゃん?あの時、俺さ実はリスナーに紛れて聞いててさ、それで…」
「ん?」
三山さんも俺も急に赤くなったMAKIに注目する。
「…エッチな気分…なったんだよな。YUJIがKAIくんにホントに…何かされてるみたいにリアルで、その…YUJIってやっぱスゴイなって思ったんだ俺」
「ちんこたちました。ってことでオーケー?」
「ちょっと!三山ああ!!」
三山さんが茶化してMAKIはまた真っ赤になって怒った。
「よくあの枠来たな。リスナー女しかいなかったのに。確かに凄い数いたけど」
「だ、だって!どんなのかなって思うじゃん!?勉強のためにこれは聴いておかないとって!純粋な下心で!!」
俺は鼻を摘んで吹き出し笑いをグッと堪える。
「純粋な下心なんて存在しないからねMAKI君」
三山さんは他人の揚げ足を取ったら笑って天井から吊るすタイプだ。
「あ!ちがっ!下心があったんじゃなくて純粋に聴きに行ったって言いたかったんだっての!!」
MAKIは思いっきり三山さんの背中を叩く。
「あーー!!俺社長ー!」
「じゃあ俺も言う。相手の配信者忘れたけどMAKIがコラボしてBLしてたやつサブアカで行って聴いた。センセー、センセー言っててめちゃくちゃ可愛かった。純粋な下心で金投げました。これでおあいこな」
「ヤバ!!恥ずかしっ!!!あ。お金ありがと嬉しい」
「ぶっ!お前!」
MAKIはやっぱり現金な奴だ。
「あとYUJIのサブアカ教えて」
「やだ。聴きに行く時お前にバレるし」
「はいはい!だから!君達がいちゃついてるのをリアルに見せつけられてもおじさん困るから仕事させてよ」
三山さんは無理やり俺達をそれぞれマイクの前に立たせる。
「デモっていうの?いくつか録って送れって言われてんだ。YUJIからいくぞ」
三山さんは忙しそうに隣の部屋に行き、PCの前に座って録音の準備を始めた。
「なー、あの人音響監督気取りじゃね?」
ヘッドホンを付ける様子にMAKIが笑う。
「確かに」
『聞こえてんぞーー』
「わっ!!マジヤベーー!!楽しい!!」
「本格的すぎてこわいんだけど。てか本場知らないけど」
『YUJI、お前の台詞の、えーと初出勤の自己紹介のとこ、いつくか変えて言って。そのあとエッチなやつ。MAKIもぼんやりしてねえで自分の番しっかりな』
すると、
「三山センセー、僕、男のコだけどずっとセンセーが好きでした」
MAKIが突然台詞っぽい事を言った為、俺はチラリと三山さんを見た。
「証書なんていらないから。卒業式だから…お祝いに、センセーキスして。僕…初めてはセンセーじゃなきゃイヤなんだ…センセーと結婚したいよ…」
MAKIも舌を出して三山さんを振り返る。
冗談であっても、MAKIの声からは泣きそうなほど緊張した少年の、それでもどこか初めて起きた性への憧れのような甘酸っぱさを、俺は感じた。
『俺はなぁ!君らと違ってそういうの免疫ないの!!ただでさえYUJIのイキ声受け止められるかどうかすんごいドキドキしてんだから!!』
三山さんは慌ててヘッドホンを外した。
「イキ声ってなんだよ…何その表現、AV見過ぎでしょ」
「きゃははははは!!ヤバイ面白い三山監督!!」
『男に勃起したら俺もうファンの女の子達と寝るのやめるわ』
「っはあああ!?」
俺はここ数年で一番腹の底から声を出した気がする。
「うーーわ!YUJI!あの人いま最っ低なカミングアウトした!!ははははは!!マジヤバイよあの人!!絶対ヤってると思ってたけどー!!」
「思ってたけど!言うなよ!」
『はい今ヘッドホンつけましたよ。もういじめないでね』
「もう付けてたじゃん」
「あーオモシロ!YUJI頑張って」
「うん。監督さん。早く」
『あー、お前の場合、こんなことしても意味ないんだろうけど相手には説明してないから。mimikoneに素材あるとは伝えてるけど、プロがわざわざ検索して聴いてくれる気しないから一応言われた通りにしないとな』
「はい」
俺の「特異体質」を、三山さんもMAKIも知っている。
『5秒だけ自分でカウント取って始めてくれ』
「はーい」
俺はとりあえず出る声でいくつかサンプルを録ってもらった。

それが終わった時の三山さんの妙なあたふた具合には俺もMAKIも笑うだけで何も突っ込まないでやった。

『次MAKIな。ちょっとだけ待ってくれ』
三山さんの準備の間、俺はMAKIの台本を見ていた。
「この、恋人役の女性って誰?」
「俺も知らないんだ。なんかね俺の台本の方は新人さんばかりでやるんだって。俺も乗っかってプロになれたら凄くない?NACのMAKIですって」
「プロになってもNACなのか?てかそもそもNACって何者?」
「あ、どうなんだろう。プロになったら三山さんに追い出されるのかな、ここ」
「あのスローガン、だもんな」
「アレヤバイよな。三山さんってホント、自分でも言ってたけど敵がいないと駄目な人なんだな」
「あのスローガン背負って現場行く俺らの立場な、ホント」
「マジだ!俺はまだマシだけどYUJIヤッバイよなー絶対!青柳晃介だろ?軽くイジメだよな!相手デカすぎ存在が!」
「三山さんもこれは潰しに来てるんだって言ってた」
「あはははは!!」
「でもさ。分かってるけど…」
「うん、わかるよ。俺もYUJIと一緒」
「え?」
MAKIはマイクから離れて俺に耳打ちする。

「勝たせてやりたいよな。三山さんに」
俺はMAKIも本気で戦う気でいるんだと知った。

『おい、コソコソ悪口か?あとでお尻ナメナメするぞMAKI』
「ヤダ!!ひゃはははは!!ドン引き!!あの人ヤバすぎ!!なんで俺ケツ狙われてる!?」
「ホント最悪…」
『じゃお前も5秒後に始めて』
「ほーーい!お願いしまーーす!」
MAKIは俺と違って「今はまだホームだから」と言って自分から録り直しを頼んだりして時間をかけた。
色々なパターンの声を研究しながら、真面目に、でもとても楽しそうなMAKIと三山さんを見ているとMAKIならプロになれるんじゃないかと思った。
それなりのポテンシャルが備わっているし、正直言って何故声優を目指さなかったのかが不思議なくらいだ。
(きっとこいつなら人気アニメに出られるはずなのに)
きっとこの機会に、MAKIはずっと成長するような気がした。
MAKIの横顔を見ながら、mimikoneでMAKIの引退配信が行われる日がもうすぐそこまで来ている気がした。






 三日後、向こうの監督が明日の昼に一度会いたいと言って来ていると三山さんから電話で告げられた。生で声などを確認したいのだろうと三山さんは言う。
『他のメンバーはオーディションを受けて通った声優さんばかりだ。YUJIはそれがなかったんだから失礼のないように気合い入れていけよ』
そんな真面目な事を言う三山さんに。
「ガラになくガチですね」
と冷やかしておいた。

MAKIは俺より三週間遅れて収録が始まるらしい。
『YUJIなら絶対勝てる!』
なんてメールをくれた。
三山さんの指示で、俺もMAKIもmimikoneでの配信では今回の話はまだしないようにしていた。
公に言うなら向こうの許可を自分でとってからにするようにとの事だった。
(自分だったら許可なく勝手に発言して回るくせに)
こういうところがあの人のファンの信頼に繋がっている気がする。自分はなんでもするけど、実はちゃんと持ってる「常識」で身内の事はいつも守る人なのだ。






 俺は事前の打ち合わせにリクルートスーツを着て行った。
実際に収録が行われる予定のスタジオ周辺には人の気配がなく、俺は一瞬場所を間違えてしまったのかとひやっとしたくらいだ。
少し重い正面玄関のガラスドアを開けて中に入る。がらんとした広めのホールを進むと自動販売機が三つ程並んでいてその前にベンチがいくつか置かれていた。
かなり古いが清掃の行き届いた施設。
味気ないグレーの絨毯。クリーム一色の壁にある、無駄にアットホームさを装ったような掲示板。
アフレコ現場とか言ってドキュメント番組なんかでちらりとテレビに映る洒落た建物の雰囲気とは違って、ここは小さな公民館か何かのようだ。

こういう建物の、こういう空気が、
俺は今でも苦手だ。

準備して来た覚悟が、一度微かに弱まる。

時間にはまだ少し余裕があるが、この空間でベンチに座っている気分にはなれず、直ぐに階段を登った。

二階のフロアも一階と変わりなく同じような配色のがらんとした空間だった。
だか、何となく人の気配がして俺は安堵のため息をつく。
いくつかドアが見えるが、気配があるのは一番手前の部屋だ。ドアには何の札もないが、少しだけ開いている。
「うん、私もわからないけどね、もうすぐ来るだろうから」
低くて枯れているようなのに良く通る声。
俺は少し間を取ってからノックした。
「どうぞ。入って下さい」
同じ声が今度は俺に投げかけられた。
「失礼します」
ドアを開けるとコの字に置かれた長机が目に入った。それこそ地域の集会所なんかによくある茶色い天板の地味なものだ。
真正面の椅子に淡い黄色の半袖シャツを来た五十代くらいの男が座っていた。
「NACから来ました高井悠二です。宜しくお願いします」
俺は少し長めに礼をした。
「私は今回ね、君に出てもらう作品で演出、音響、あとなにかな脚本もしたかな、まあ総じて監督をさせて貰う大西幸人といいます。宜しくお願いします。さあ、掛けて高井君」
大西監督はたっぷりと息を使ってゆったりと話す人だ。ぶっとい安定感、そんな声だった。
「はい」
「面接じゃないから、あ、一応面接なのかな?まあ、緊張しないで」
「はい。失礼しま…」
一番手前の椅子の背もたれを引いた俺は、ここで漸くさっきまで大西監督が誰かと会話していた事を思い出し、同時に左横に人の気配を感じはっとした。
「すみません…」
そこにいた人物を俺はまるで無視していたのだ。
「こんにちは」
机に対してドア側を向くように斜めに椅子を置いて座っていた男は、整った顔でそう言うと、穏やかに口元を緩めてその涼しげな目を俺と合わせたまま会釈した。
「僕は青柳晃介といいます。だけど今僕の事は気にしなくていいよ」
しっかりとした生地の白いTシャツと黒いパンツ。足は夏らしくそれでも値の張りそうな黒い皮のビーチサンダル。机の上に車のキーとシンプルな黒革の長財布。
「大西さん。僕もスーツで来るべきでしたかね?」
青柳さんは大西監督に顔を向ける。
「いやぁ、堅苦しいじゃない。私はあまり好きじゃないよ。ねえ高井君、君も次からは楽な服装で来るといいよ。結構ね、汗かくんだ、この仕事もね」
大西監督はそのゆったりとしたものの言い方のせいで一見大らかそうに思えるが、俺はまだこの人の厳しくはない表情に、微笑みというものも見ていない。
(三山さんのいう通り、少し難しそうだ…この人)
「今日は、私がただ君と少し話しをしてみたかっただけなんだ。青柳君はね、それに付き合ってくれただけだし、どう?もう少し肩の力を抜いてくれるかな?青柳君の事は知っているかい?」
「はい。ネットやテレビで知ることが出来る範囲内ですが」
「インターネットねぇ。私はどうもその辺に明るくなくて。でも、十分書いてあるんだろう青柳君。君、ほら人気あるし」
「まあ、僕もネットで自分の名前なんて検索しませんが、遠からず、じゃないでしょうか。顔を覚えてくれればそれで構わないよ、今は」
「はい」
「座ったら?」
大西監督に言われて俺はまだ立ちっぱなしだったことに気づき椅子に座った。
「でもアレは見たよ。君のところのホームページ。面白いよね、三山社長。電話したときは礼儀正しい感じだったんだけどねぇ。あれ?意外だなって思ったんだよ。もっとこう、食ってかかられると思ってたからさ。普段の三山君はどんな人なの?」
言葉の中で台詞口調になったときに、やはり声優をしていた人なのだと思う。
「無鉄砲な人、かと」
「ふーん。…え?それだけ?」
「あ…すみません」
「なるほど。でね、君は?」
「はい?」
「君はどんな人なの?」
弾まない会話を元より弾ませる気なんてなく、大西監督は空間のうわべを極自然な見せかけで流していく。
こういうやり取りはずっと昔から慣れているはずなのに、さっきから上手く繕えないのは何故なのだろうか。
面接ならこれだけの間はNGだし、こういう質問にもきっと何か表現力とか何やらを試そうとしている気がする。
「私は…」
俺が何か言わねばと口を開くと、
「俺、とかじゃないの?僕?その辺りも気になってしまってるんだ私は君に対して。なんてったって、なんだか不思議だよね、君の雰囲気」

俺はその言葉にまた頭の中が真っ白になった。

(なんだろう…)
この建物に入ってからずっと背中が寒い気がしていた。
(この感じ…。でもそんなことより今は何か答えないと)
「顔、かな?僕もさっき君を初めて見て少し驚いたよ」
(何か答えを探さないと)
「ああ、そうか青柳君。そうかもしれない。失礼かもしれないけどすごく綺麗な造りしてるよね。ああ、そうかもね。そうだなきっと」
二人は俺の返答までの時間を稼いでくれているようだった。
だがいつまでたっても答えられずにいる俺に大西監督は少し興味をなくしたようだった。
(まずいな…)
俺は記憶の中の、今までに読んだ漫画のページをひたすら捲る。
「具体的に聞こうか?じゃあ、私には詳しくは分からないけど、ネットで声を使って何かしてるんだよね?どんな事してるの?」
「あ、はい、主に朗読です。知り合いが書いた作品を俺が一人で読んだり、時には同じように活動している人達と声劇なども」
俺は笑顔を。何とかこの質問には「誠実な青年」で間に合った。
大西監督も、視界の端にいる青柳さんも少し顔を上げて聞いているよ、といった態度を見せる。
「へー、作品ってそのお友達のオリジナル?」
「はい。その知り合いともネット上で付き合うようになったのですが、その人もその方面ではそれなりに人気があるので面白い話が多くて。俺は週に4日ほど配信しています」
「知り合い、ね。じゃあそれぞれ得意分野で才能を持ち寄り合って成り立ってるんだ。私達と、何ら変わらないね」
「いえ…どうでしょうか。流石にプロの方々と比べると、やっぱり真似事の域を出ないのかもしれません」
「謙遜しているのかな?いいじゃない、一生懸命やってるんでしょう?」
「はい。自分なりにリスナーの…あ、俺が演技とかを見てもらってる相手の事ですが、喜んでもらえればと思って独学ですが色々と考えて工夫してやっています」
「うん。いいじゃない、それで」
「はい。ありがとうございます」
大西監督のこの言葉の流れが、本当に「努力は認めるよ」なのか「素人はそれでいいじゃない?」なのかは判断しかねる。
(両方かな…)
どうしてもこの人の表情は読み取りにくかった。
「お友達…ああ、お知り合い?か。沢山いるの?高井君はざっとその知り合いを見渡して、自分の声の位置って知っているかい?」
ただ、大西監督が俺の言葉の端々をよく観察しているのは確かで、少しずつ俺という人間の形を捉えていこうとしているようだ。
今もずっと「その人たちを君は友達とは言わないのか?」と、かつてのカウンセリングやら刑事ドラマのプロファイリングやらを受けている気分になる。
そう思って警戒してしまうのは俺の変な癖みたいなものかも知れない。
俺は昔から、自分を見抜こうとしてくる相手が好きじゃない。俺を正しく見抜いて、俺に居るべき正しい居場所を与えようとしてくる賢い人間が苦手だった。
だから、つい言葉を尖らせてしまう。
「一番広い範囲、ですかね」
簡単に当たり障りのない事を言っていれば済むのに、声のプロを相手に何となく噛み付いたようになってしまった。
するとやはり青柳さんが口を開いた。
「というと?」
「あ…少女や老婆以外はなんでも出来ます」
俺がそう答えると、二人の反応は別れた。大西監督は軽く何度か頷き、青柳さんは少し腑に落ちないようだ。
「大人の女性も出るのに老婆は出ない?」
「はい、俺が老婆を無理に出そうとしてもどうしても男になってしまうので」
「君は犬も出来るのか?」
「え?」
青柳さんの顔を見ると俺が目を合わせるほんの直前に微笑みを作った。
「冗談だよ。それにしても凄いね。羨ましい。いやほんとに」
俺は目を逸らしてしまった。だが、ふと自分の左の耳を触る。

(あれ?なんだろう…)
青柳さんの声が、少し気になった。

「僕はいつも同じような役だから。二十代から三十代のイケメンっていうか、やたらと嫌味な金持ちだったり、才能を持て余した音楽家だったり」
「運命の旋律、ですか」
「そうそう。他にも悪い役も良い役も、だいたいがカッコイイ男だ。つまらないよね?でも完璧男のくせに実は主人公や相手役に振り回されてましたって流れで。崩されて弱い男だった、みたいな。ねえ大西さん。僕にお願いしてくれる人ってどうしてみんなそんな役なんでしょうね」
「威圧的なイケメンは君の声のイメージだからね。弱ってもカッコいいのが君のラインじゃないか。でも、ちょいちょい変な役もやってたよね?公園のなんか、変な人」
「ああ、主人公の女子高生に毎朝ハアハアしておはようって一言だけ言うモブのおっさん?あれは僕としても早く捕まえて欲しかった。辛かったですよ」
「んふふ。ね、君もたまーにあるよね。間がないよね」
「ただのサラッとした良い人ってのがないんですよ僕は」
「声がね。印象的だから。君自身がコワイからじゃないの?」
「酷いな、大西さん」
「んふふふっ」
「今回も僕は仕事の出来るモテモテの、でもちょっと悪い男だ。君のキャラクターにどんな風に振り回してもらえるのか楽しみにしてるよ高井君」
「あ…はい」
「早く始めたいね」
「んふふ。今回は長編で、ベッドシーンも沢山あるしね」
大西監督のこの割り込みに、青柳さんは片眉を少し上げてお愛想で口の端も持ち上げただけだ。
まるで「はいはい、そこね」とありがちな冗談に心底飽きてうんざりしたようだ。どうやら青柳さんは仕事とはいえBLというカテゴリーをあまり好んではいないらしい。
(まあ、当然か…)
世の中の腐女子というものは、本気なのかどうなのか、ちょっとでも隙があれば何でもソッチの方向へ持って行ってしまう。
ネット民の俺なんかでもBLでコラボした時は、それから暫くその相手と俺を好き勝手に使って、それはもう楽しそうに酷い妄想を繰り広げてくれていたものだ。俺なんかはファンの誰かが作ったサムネイルで、俺と誰か男の写真の間に謎の大きなハートマークがあってもどうでもいいと思えるけど。
(この人達は他にも色んな仕事をしなきゃならないし、イメージってのが汚されるのは避けたいよな)
だがプロにこうもあからさまにされると、勝手ながら軽くショックではある。どんな作品でも公平に全身全霊で臨んでやっていて欲しいというのはそれこそ勝手な願望なのだろう。
ずっと様子を見ていると青柳さんは俺の視線に気がついて、また少し微笑んだ。
「仕方ないよね」
「は、はい…」
仕方がない、のだろう。
「そうだ青柳君、彼はね、天才と言われているんだよ」
大西監督が突然言った。
「天才?」
「どんな声でも出せると人気者なんだそうだよ。ま、今回欲しい声は一つだから犬はやらなくていいんだけどね。でも残念な事が一つ分かってしまった」
大西監督は初めて俺に少し笑った。
「なんですか?」
俺は尋ねる。
「君が声優に興味ないって、ことだよ」
俺は驚いたが、それは表に出てはいないだろう。
「どうして、そう?」
「ん?いやね、声を使って何かしてるんだし、声優に興味があると思ってしまっても悪くないじゃない?一緒に仕事するんだし、そうであって欲しかった、って言う私の願望だよ。そうじゃなかったから残念だ、と言ったよ」
大西監督は俺が聞きたい答えではない方を答えた。残念だと言われて残念の意味をいちいち質問する馬鹿はいない。大西監督は正確に俺の質問の意図を分かっているはずなのにくだらない答えを俺に返してきたのだ。
俺は何故バレたのか、を尋ねたのに。
「それで残念、ですか…」
「うん。そう」
俺はつい睨んでしまった。
「なんかさ来た時よりキャラ、変わったよね?雰囲気も少しツンツンしてる」
(この人…)
「どうしてだろう、今の君にはイメージをつけやすい。プライドが高い小天狗って感じかな?でも君は顔が美人だから私は嫌いじゃないよ。さっきそのドアを入って来たときはさあ、あんなに不確かだったのに。これは一体何が入ってきたのかな、って思ったんだよね」

大西監督の言う「不確か」は正解だ。


『いくつのお誕生日から覚えてるのかな?ゆうじくん』


不意に過ぎる記憶に指先が冷えた。
指先に熱が戻るまで、俺は無意識のまま大西監督の目を直視し続けたようだ。

「ああ、私は日本の伝承とか妖怪とかが好きでね。君は小天狗じゃないな…狐かな?化け狐だね。化け猫とか化け狐ってのはね、私なんかがよく読む所謂官能小説とかのお色気キャラでお約束なんだけど、男の前にちょこんと現れてねそれで、あ、まあ、小説の成り行きは別に今どうでもいいんだけど。色仕掛けで騙くらかして悪さするんだ。それで、私はどうして猫や狐がそんな配役を負うようになったのかと考えた時期があってね。それで分かったんだよ。猫も狐も、ほら綺麗じゃない。イメージはツンツンしてて掴みどころが無い。こうかな?って近寄ってもするっと逃げて。だからそんな配役なんだなって。君は私の中では化け狐なんだな、きっと」

「化け…狐…?」

(ああ…俺は…)


「確かに人に対して言うと良くない印象なのかも知れないけれど、私は猫や狐みたいな人ってのは、犬っぽい人やたぬきみたいな人ってのより、尖った魅力がある人じゃないと思い浮かばない印象だと思うんだ。君はミステリアスだね。悪口じゃないんだよ?」

俺の隣で、事の成り行きに首を傾げている青柳さんには分からないだろうが、大西監督は今、俺にカウンセリングの結果を言い渡しているのだ。

「高井君、ねえ君。アブナイね。よく言われないかい?知り合いから」

大西監督は俺を本心から疑っているように見えた。
「でも今日少し君の声を聞いていて、凄く良いと思った。今回の仕事、出来そうかい?」

「高井君?」

『ここでみんなと遊べるかい?』

(なんで…今更昔のことなんて…)

「どうしたんだろうね」
「さあ…」

(簡単な事なのに。仕事が始まればそれで全部いつも通り上手くいくのに)

「高井君」

(たったこれだけの時間を埋められないなんて、どうしたんだ俺は)

「高井君」
俺は青柳さんの手が肩に乗ってから少し経った後に青柳さんの顔を見た。
涼しいそれと目が合うと不思議な感じがした。
目にも耳にも何かの感触。
「あ…すみません」
すぐに大西監督を見ると指で頬を掻いていた。
「かなり脱線してしまったね。それじゃ、仕事の話でもしようか」
「…はい」
「今回はね、異例なんだ。本来なら2日か3日くらいで録るかなって長さなんだけど、君の為に青柳君をはじめとした他のキャストやスタッフみんなにも5日間スケジュールを空けてもらっている」
「え?」
「勿論3日目の次の日は休みを入れている。他の仕事があるキャストもいるからね。1日目なんかは多分殆ど進まないんじゃないかと思っているし。結果的に一日中ダラダラする感じになるのかなって。こんなに無駄に時間使うなんて普段じゃ怒られそうなことだけど、楽しそうじゃないかい?のんびり、ああじゃない、こうじゃないって。最近じゃ滅多に出来ないことだよ。素人さん入れるって挑戦のおかげで、どうしてかな、全部上手くまかり通っちゃったんだ。けどね、私がこれまで頑張ってきた事を認めてもらえたご褒美だとも思う。違うかな青柳君」
「ま、その通りですね。大西さんが言い出した事じゃなかったら僕は断ってましたよ」
俺は大西監督が何も言わず、きっと最初から手元に置いていたのだろう書類を訳もなく眺める様子で、漸くそれが三山さんがメールで送ってくれた俺のデータをプリントアウトしたものだと気づく。
大西監督の背後にあるカーテンを開けたままにした大きな窓からの光で「NAC」のロゴが透けて見えたからだ。
「でも、俺出来ますよちゃんと。だから…」
「出来なかったらどうするの?」
大西監督が言う。
「それはないと思います」
「君の為って言ったけど、保険だよ。こちらのね」
(俺が素人だからか…)
三山さんとMAKIの顔が頭に浮かぶ。
(ちゃんとしないと。俺が、NACの道を)
「最悪7日間までは延ばせるから。安心していいよ忙しい人は別録りになるだろうけれども。勿論早く終わるならそれでいいんだしね」
「…はい」
「素人さん入れるって言ったのは私だから、私の責任だ。君は君の演技をしてくれたらそれでいいから。あまり今日みたいに力んで来ないで。いいね?」
「はい」
「元々が私勝手の滅茶苦茶な計画なんだ、気楽にね。それにほら、君が上手くいかなかったら、この人の責任でもあるわけだし?先輩らしく君を乗せてくれないとね。ちゃんと言っておくんだよ?」
大西監督は青柳さんを指差す。
「嫌な人だな、まったく」
青柳さんは笑っている。
(なんとしてもやりきらないと。この仕事だけは)
「不安かな?大丈夫だよ」
そう言って握手を求めている優しい笑顔の青柳さん。
俺はその笑顔が嘘なのもわかっている。
握った手が握り返される。
「宜しく、高井君」
(そっか…俺って高井だった)
こんな時、俺はいつも透明になって消えてしまいそうになる。
自分が誰なのかわからなくて、心が空になるのだ。
「頼ってくれればいいよ」
相手の目をどんなに見つめて覗いても、見えるのはガラスの壁だけだ。


『たかい。君は今日から、たかいゆうじ君だよ。いいね?』


「はい。宜しくお願いします…」
「お互い、良い仕事にしよう」

脳の奥が透明になっていくようだった。

でもこの時、青柳晃介の一連の優しい「台詞」を聞いて、俺の空っぽの心に響いたものがある。

(…ネイビーだ)

青柳晃介の声は、深いネイビー色をしていた。
自分の声の中や、今まで聞いた誰の声の中をどれだけ探してもきっと見つからないだろうこの色。

俺が初めて聞いた色の声を、この人は持っている。
そしてそれが他のどの色の声よりもずっと人を惹きつけるものだということも、今初めて知った。











◆ 青柳 晃介

「どうかな、青柳君。今時の子ってみんなあんな感じ?やりたくないのに来たのかな。新人の子でもたまに、ねえ、変な子いるけど。しかし彼は独特だったね」

 そう言って高井悠二の書類を見る大西幸人は、俺がこの仕事を始めたきっかけとまでは言わないが、声優になってからは意識して来た人物のうちの一人だ。
高校の頃、丁度放送していた人気アニメの主人公の声を担当していた。当時は今よりも少し声も高かったように記憶しているが、今でも当時の声を出してくれと頼んだならすんなりと出して聴かせてくれるだろう。質は全く落ちていないように思う。
「チクチクやってるから落ち込ませただけでは?」
この人は最近では専ら製作側に回っていて、今回のように監督をする事が多い。
色んなプロダクションから集まってくる老若男女の声優達で取り組む作品作りだ、当然素直に事が運ばない時がある。そんな時でもこの大西幸人はのらりくらりと上手くやりきってしまう。
とは言っても、決して「良い人」などではない。
頑固一徹な一面を見せる事もあれば、途中投げやりになる事もあった。それに、一旦何か「面白い事」に興味を持つと、それをなんとしてでも「楽しもう」とする。
例えば今回の仕事がそうだ、近頃何かと盛り上がっているインターネットの世界で、タレントのような活躍をする者達に大西幸人の白羽の矢が立てられたのだ。

「彼等はどこまできていると思う?」

そんな質問を俺は今から1カ月ほど前に本人から持ちかけられた。
服を買うにもわざわざ出かけて行かなくてもいい。テレビ局が放送するチャンネル以外にもまた別のラインでチャンネルが増え、今では一企業が独自に創造した空間でアプリケーションを使った放送もしていてそこでしか観られない番組なんてのも普通にある。
大昔に形成された「プロ」の域は、特に「表現者」というものについては、日に日にインターネットの侵食によってボーダーラインがグレーとなってきている。
ある日突然に一気に合体でもしてしまって、完全に一つの概念になってしまったのなら、それはそれでいいのだ。
今の時代はまだ、その途中だからこそ、余計な定義の論争が起きる。
だが所詮は何かから見た「公認」か「非公認」か。「玄人」と「素人」の差はどうせそんなところだ。
だから、俺個人としてはそんなことなどどうでもいい。表現したい者が表現したい舞台で表現していればいい話だ。
高井の様な者達がネット上で何をしていても、それを自分達の真似事だとも微塵も思わない。
だから俺は「何者がどこまで進んだとしても、僕は僕でしかないのでね。邪魔に思うか助けと思うかは、結局のところその何者かの本質によるのでしょう」と答えておいた。
それに対して大西さんは「全くその通りだ」と言った。

何かの門を潜ったか否か、そこにしか明確なものは無い。でも、潜れたのかどうかは、わりと重要ではある。重要であるべきだ。
頷いた大西さんから今回の仕事の話を直接頼まれたのは、あの質問から一週間後だった。
(何がしたいのか分からない人だな)
それに高井達をまるで悪戯に脅すような状況でだ。活躍の手助け、と言うには些か圧が強い。
それに現実的にも表に出たい若手の声優は沢山いるのだ。なにも素人に時間を使う必要がない。
この人の考えが俺には良く分からない。

「ん、ちょっとね、彼があんまりにも見えないもんだからまあ少し揺さぶってみたんだけど。ダンマリっていう思ってもみない反応が返ってきたからねぇ。んー失敗したかな?」
大西さんと高井は何やらごちゃごちゃとやっていた。狐だ猫だと。
「そんなに気掛かりですか?僕にはそこらの道ですれ違う二十歳そこそこの一般の男の子が来たんだな、という感じでしたけどね。ま、地声は良い方じゃないですか?」
「なーんか不気味だったなぁ…」
「ダメだったら仕事待ってる新人を呼んであげればいい話でしょう。ウチにも沢山いるんですよ」
「君の優男の仮面、気づいてたよ彼は」
大西さんは嬉しそうに言ってくる。
「そうですか。でもそれに合わせてくるんだから気づいてない奴と同じだ」
「まあね、しかし…」
「どうしたのかな、この人がこんなに悩んでるなんて」
俺は鼻で笑ってやった。
「ある意味未知で魅力的なんだけどさ、なんか怖いんだなぁ、あの子…」
確かに、妙な雰囲気はあった。容姿のせいだろうが、高井とすんなり普通の会話をしたかと聞かれたなら、たぶん否だ。
「はあ、僕もう帰りますよ。再来週からの作品もあるので」
「ああ、今日はありがとう。あっちでも宜しくね」
「あ、大西さん。あなた高井の声って聞いてるんですよね?」
「ん?送ってもらったんだけどね。まだ聞いてない。前評判は良いみたいだしその方が楽しみだろう?どうせ素人使うんだし」
「なんだ、結局ワクワクしてるんじゃないですか」
「まあね。先に聴きたいかい?」
「いえ。明日でいいですよ。なんせ5日間も一緒なんだ」
「そうか、んふふ。お疲れさん」












 俺は打ち合わせの後、車でスタジオの近くまで迎えに来てくれていたKAIと合流しファミレスで夕食をとった。
「どうだった?青柳晃介と話したのか?」
KAIは声優に詳しい。誰かが「このキャラクターの声って誰だった?」なんて言おうものなら即答した上で、その声優が演じた他のキャラクターの名前までぽろぽろ出してくる。きっと大西幸人にも青柳晃介にも会ってみたいはずだ。
KAIとはよくコラボ配信をする仲で、家も近い為、こうして会うことも多い。
KAIは低くて粗っぽい声が人気を呼んで今月もランキング5位に入っている。性格は面倒見が良いというのだろうか、あれこれと気の利く奴で、俺やMAKI以外の配信者達ともよくつるんでいる。
「まあまあ、かな」
「ほー」
KAIは耳のピアスの数が左右合わせて11個というパンク系男子というやつだ。
俺を三山さんよりも先にNACに誘ったKAI自身は、NACの設立後一番に参加したメンバーだ。
「台本もらったのか?」
KAIがハンバーグにパクつく。
「うん。三冊ある内の一冊だけな」
俺は打ち合わせの帰りに大西監督から「とりあえずこれね」と軽く台本を渡された。
何となく嫌な気分だった。
「そっか」
KAIは機嫌が悪い俺を察して今日はあまりあれこれ話さない。
「なあKAI」
ハヤシライスに、福神漬けは要るのかどうか。
「んあ?」
「俺って動物に例えるとなに?」
「動物?」
KAIは唐突な質問に驚いた。
「何も考えずに言えよ」
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「そう…」
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「狐か?」
「あ!!」
KAIはそれだ、と舌をカンと鳴らして人差し指で天井を指した。その音にホールの店員が一瞬呼ばれたものと勘違いしてピクリと反応した。そんな横柄な客の注文なんて無視するべきだと俺は思う。
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「KAI、俺の色は?」
KAIはふとフォークを止める。そして俺を見る。
暫くそうしていたが、
「悪い、分かんね。俺にはそのセンスねえわ」
「お前センスあるよ」


 夜、8時くらいに三山さんから電話があったが、俺はとりあえず初日を終えてから報告すると伝えた。
三山さんは直ぐ了承した。だがその30分後にはメールが届いた。

『持っていくもの
台本、ペン、マスク、のど飴、タオル、飲み物は水筒かペットボトルを先に買っておくと良い、昼食は弁当があれば良い、酸素ボンベ
※お菓子送った方が良かったら明日にでも教えて下さい。』

「なにコレ。遠足?」
酸素ボンベの意味は分からなかった。
(もうただの良い人だな、あんた)
とにかくあるものはバッグに入れて、台本をじっくりと読んだ。

 俺の役は、岸 綾斗。24才。広告代理店の新人営業マン。幼い頃から女と間違われる美貌の持ち主。高飛車で生意気だが仕事に取り組む意識は高く、先輩である神城 拓馬に反抗を見せるものの憧れていて、神城に認められようと日々奮闘する内にいつしかーーー。
この一冊目の台本は、綾斗がこの神城に男とのセックスを教えられてしまうところで終わっている。

「それまでにも、ちょいちょいキスされてんだよな綾斗。どんくさ」
俺はペラペラと台本を読み直す。
(途中からは神城の事が好きなんだからラッキーなのか…鈍いのは神城か)
青柳さんが演じる神城 拓馬は30才。営業部のエースで、甘いマスクの危険な男だ。仕事最優先の立派な先輩という一方、一度仕事を離れると女たらし男たらし。

俺は香盤表を見る。
知らない声優の名前が並んでいる。
(KAIやMAKIがこれ見たら喜ぶんだろうな)
俺自身は寧ろ、声優に詳しくなくて良かったと思っている。プレッシャーが漠然としたもので済むからだ。
物語のキャラクターの方は神城と綾斗の他には綾斗の先輩の大月 悟27才、神城の親友 赤羽 薫30才。そして綾斗の父。他にも何人かいるが、今のところこの五人が重要なキャラクターだ。
「綾斗のベッドシーンまでに二人神城と寝る男がいるし、その時に青柳さんの間とか見ておくか」
この作品は主人公が二人。綾斗と神城だ。カップルのどちらかが他とガッチリ絡む作品はあまりウケないのだと、趣味で小説を書いている知り合いから聞いた事があったが、この作品は神城の生活もメインな為、敢えてそれをやるのかも知れない。何て言ったって原作者が曲者だ。

(俺は必ず上手くやる)









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