キスより甘く、甘噛みより深く

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一章

7話目

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 受け取った封筒を、開けないままに引き出しの奥にしまう。そんなことをしたってどうにもならないと知りながら、そうせずにはいられなかった。再び一人きりに戻った部屋の中で、ふるりと小さく身震いをする。

 肩に巻かれたマフラーは「そのまま使って下さい」という言葉に甘え、貰ってしまった。冬は寒い。身体を温めてくれる物が増えるのは、素直に嬉しい。

 暖炉に新たな薪を焼べ、ぱちぱちと爆ぜる炎を見つめる。可愛らしい音を弾ませながら、新たに生まれた火が薪を燃やしていく。

 部屋の中に暖かさが戻っていくのを感じ、ほっと息をついてマフラーを解く。濃いベージュ色をした手触りの良いマフラーを丁寧に折り畳み、テーブルの上に置いた。その上に、薄桃色の小さな袋を乗せる。綺麗にラッピングが施された小袋は、マフラーと同じくエドワードからの貰い物だ。会う度に渡される小さな贈り物は、きっと罪悪感の表れなのだろう。こんなものを貰ったところでどうにもならないことなんて、彼だって分かっているはずなのに。

 ドアの開く音に、はっと顔を上げる。冷たい夜の匂いを纏い、今度こそ、帰りを待ちわびていた人がそこにいた。慌てるあまり躓きそうになりながら、ルドルフの元へと駆け寄る。

「ルディ、お帰りなさい!」

 白い息が吐き出された唇から、鋭い犬歯が覗く。それに気づく前に、力強い腕に抱きしめられていた。苦しいと藻掻いても、ルドルフは腕の力を緩めてくれない。喉の奥から作り出された低い唸り声に、メアリーはびくりと身体を揺らす。

「なんで」
「ルディ……?」
「男の臭いがする」
「え?」
「俺がいない間、ここで何してた?」
「何って……なんでもないわ。ちょっとお客様が来たから、お話してただけよ」
「客? 夜中に?」
「急な、用事で」

 言い訳の言葉を思いつくことができず、もごもごと口を動かす。すんと鼻を鳴らしたルドルフが、メアリーの首に鼻先を擦り付けた。

「ひゃっ」
「……この辺の奴じゃないな。高い香水の匂いがする」
「ルディ、やめてくすぐったい」

 少しだけ乾燥した唇が首筋に触れる。肌を優しく吸われ、ちくりとした痛みを残される。

「んっ……」

 のしかかってくる体重を受け止めた身体が、ふらりと後ろに傾ぐ。一歩、二歩と後退り、腰がテーブルにぶつかった。綺麗に畳んで置いていた筈の貰い物のマフラーが、音もなくテーブルから滑り落ちる。暖炉の火が燃えている。ぱちぱちと音を立て、胸のうちまで焦がしている。

 首筋に、鎖骨に、ルドルフが触れる。少し乾いた唇が、肌の上を滑る。――でも、それだけ。それ以上先には踏み込まない。

 貴方が好きよ。どうしたって好きよ。だから本当は、このまま一つになって、ぐちゃぐちゃに溶け合って、どこまでが自分か分からなくなって。境目のなくなった世界で、一緒に果ててしまいたい。そうすればきっと、ずっと一緒にいられるはずで――。

「なんで……」
「……え?」

 小さな呟きに、吐息に似た声を漏らす。吐き出した息が小さな霧になって、ルドルフの上着に染み込んだ。

「なんであんた、俺の物にならないんだよ……!」

 人を物扱いするのは良くないわなんて、いつもなら言えるような言葉が出てこない。きつく抱きしめられ過ぎて、胸が苦しい。胸が苦しいのは、ルドルフのせい。いつも、全部、彼のせい。

 こんなことなら出会わなければ良かったと、思うことすら許してくれない。ずっと一緒にいたいと願った、世界でたった一人の人。

 貴方が好きよ。一等好きよ。世界で一番、誰よりも――。
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