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二章
10話目
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王都から遠く離れた田舎町でも、噂話くらいは届くものだ。長いこと行方不明になっていた第三王子が帰還し、王位継承順位に変化が起きた。彼の母親である現王妃陛下が、王城内で権力を持ち始めた。帰還した第三王子は、漆黒の髪に金の瞳を合わせ持つ笑顔の爽やかな好青年だ――と。
「……最後のは絶対、うそだと思うの」
メアリーはぷくりと頬を膨らませ、積もった雪を蹴飛ばした。目深に被った帽子のツバを両手で引き下げ、スカートの下で尻尾をぴんと上に向ける。ルドルフは嘘つきだ。最後の最後で、とてもひどい嘘をついた。
朝目が覚めて彼がいないことを知る度に、胸がきゅぅと締め付けられる。
どこにも行かないと言ったのに、ルドルフはメアリーを置いて行ってしまった。彼の本来あるべき場所へ。それ自体はとても喜ばしいことだ。以前のメアリーならば、彼が本当の家族の下に戻ったことを喜んだだろう。――いや、喜んだ〝フリ〟が出来ただろう。
今はそれが出来ない。たとえフリでも、彼が自分の側にいないことを嬉しいと思えない。
ルドルフがいない朝はつまらない。ルドルフがいない夜は寂しい。――一人ぼっちで残されるのは、どうしたって悲しい。
幼い頃に両親がいなくなって、それから一人で生きてきた。町の人は優しくしてくれたけれど、直接手を差し伸べてくれる者は少なかった。貧しい田舎町だ。皆、それぞれの生活で精一杯だった。メアリー自身も、自分のことだけを考えて生きてきた。ルドルフに会う前は、それで良かった。
「どこにも行かないって、言ったくせに」
蹴飛ばした雪が、宙に舞う。湿り気を帯びた雪は固まったまま、音もなく元の場所に舞い落ちた。
「ルディのばか。うそつき。もう部屋を温めて待っててあげたりしないんだから」
いくら待っても、彼が帰ってくる保証はない。帰らない人を待ち続けるのは、もう沢山だ。思えば、メアリーはあの小さな小屋の中でずっと誰かを待っていた。ルドルフはメアリーが外に出るのを嫌がるけれど、本当はメアリーだって嫌だった。出掛けるルドルフの背中を見送るのは嫌だった。
いつまで待てばいい? いつになったら一人じゃなくなる? ねぇ、本当に戻ってくる?
本当の気持ちはいつも、口にすることは出来なかった。面倒臭い奴だと思われたら、もう戻って来てもらえないかもしれない。居心地が悪いと思われたら、彼は家を出て行くかも――。
ぐるぐるぐるぐる考えて、いっその事閉じ込めてしまおうかと思って。そんなことを考える自分自身を嫌悪した。
それでも抑えきれない気持ちが溢れて、零れて。面倒臭い想いも全部受け止めてもらって、また一緒にいられると思ったのに。
結局、彼は行ってしまった。メアリーを置いて行ってしまった。かつて両親がそうしたように、何も言わずに家を出た。
ひどいと、嘘つきと詰ることも許してくれない彼を、待ち続けることなんてもう出来ない。
だから、メアリーは家を出た。田舎の町外れで細々暮らしていたのに、それだけでそれなりに幸せだったのに。
胸にぽかりと穴が開いてしまったから。その穴を埋めたいと思ってしまったから。
ずっと一緒にはいられなくても、会いたい。一目でいいから、彼に会って、そうして――。
地面を覆っていた雪が溶け始め、フキノトウが顔を出す。春はもう、すぐそこまで迫っていた。
「……最後のは絶対、うそだと思うの」
メアリーはぷくりと頬を膨らませ、積もった雪を蹴飛ばした。目深に被った帽子のツバを両手で引き下げ、スカートの下で尻尾をぴんと上に向ける。ルドルフは嘘つきだ。最後の最後で、とてもひどい嘘をついた。
朝目が覚めて彼がいないことを知る度に、胸がきゅぅと締め付けられる。
どこにも行かないと言ったのに、ルドルフはメアリーを置いて行ってしまった。彼の本来あるべき場所へ。それ自体はとても喜ばしいことだ。以前のメアリーならば、彼が本当の家族の下に戻ったことを喜んだだろう。――いや、喜んだ〝フリ〟が出来ただろう。
今はそれが出来ない。たとえフリでも、彼が自分の側にいないことを嬉しいと思えない。
ルドルフがいない朝はつまらない。ルドルフがいない夜は寂しい。――一人ぼっちで残されるのは、どうしたって悲しい。
幼い頃に両親がいなくなって、それから一人で生きてきた。町の人は優しくしてくれたけれど、直接手を差し伸べてくれる者は少なかった。貧しい田舎町だ。皆、それぞれの生活で精一杯だった。メアリー自身も、自分のことだけを考えて生きてきた。ルドルフに会う前は、それで良かった。
「どこにも行かないって、言ったくせに」
蹴飛ばした雪が、宙に舞う。湿り気を帯びた雪は固まったまま、音もなく元の場所に舞い落ちた。
「ルディのばか。うそつき。もう部屋を温めて待っててあげたりしないんだから」
いくら待っても、彼が帰ってくる保証はない。帰らない人を待ち続けるのは、もう沢山だ。思えば、メアリーはあの小さな小屋の中でずっと誰かを待っていた。ルドルフはメアリーが外に出るのを嫌がるけれど、本当はメアリーだって嫌だった。出掛けるルドルフの背中を見送るのは嫌だった。
いつまで待てばいい? いつになったら一人じゃなくなる? ねぇ、本当に戻ってくる?
本当の気持ちはいつも、口にすることは出来なかった。面倒臭い奴だと思われたら、もう戻って来てもらえないかもしれない。居心地が悪いと思われたら、彼は家を出て行くかも――。
ぐるぐるぐるぐる考えて、いっその事閉じ込めてしまおうかと思って。そんなことを考える自分自身を嫌悪した。
それでも抑えきれない気持ちが溢れて、零れて。面倒臭い想いも全部受け止めてもらって、また一緒にいられると思ったのに。
結局、彼は行ってしまった。メアリーを置いて行ってしまった。かつて両親がそうしたように、何も言わずに家を出た。
ひどいと、嘘つきと詰ることも許してくれない彼を、待ち続けることなんてもう出来ない。
だから、メアリーは家を出た。田舎の町外れで細々暮らしていたのに、それだけでそれなりに幸せだったのに。
胸にぽかりと穴が開いてしまったから。その穴を埋めたいと思ってしまったから。
ずっと一緒にはいられなくても、会いたい。一目でいいから、彼に会って、そうして――。
地面を覆っていた雪が溶け始め、フキノトウが顔を出す。春はもう、すぐそこまで迫っていた。
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