さようなら。悪いのは浮気をしたあなたですから

亜綺羅もも

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 私の父親が納める小さな町。
 華やかさなどない、質素な造りの家屋ばかり。
 お父様たちの見栄のために、屋敷だけは少しばかり大きいが……
 それ以外は別段何もない、物静かなところ。

 こんなところを歩いたところで楽しいことなんて……

 そう私は思っていたがグレイ様と歩くだけで、とても素敵な時間となった。
 胸に喜びが満ち、歩いているだけで幸福感を覚える。
 こんなこと、ユージン様とだってなかったというのに……

 私は少しボーッとしながらグレイ様の顔を見上げる。

「どうしたんだい?」
「いいえ。不思議なお方だと思いまして……あなたといると、すごく幸せなのです。何故でしょうか?」
「何故だろうね? 俺もとても幸せだ。君がいるだけなのにね」
「え?」
 
 私は顔を真っ赤にする。
 まさかそんなことを言われるだなんて。
 これはお世辞だろう。
 そう考える私は、ドギマギしながら言う。

「そ、そんな御冗談を……乙女をからかって、悪い人」
「冗談じゃないよ。君がいるだけなのに幸せなんだ……いや、君がいてくれるから幸せなんだろうな」
「…………」

 頭が沸騰し顔が赤くなっていく。
 私は足元をフラつかせ、彼の肩に手を置いてしまった。

「も、申し訳ございません!」
「何を謝ることがある? むしろ嬉しいぐらいさ」

 グレイ様は少し照れた様子で、私の肩を抱き寄せた。
 私は緊張のあまり、ガチガチに固まってしまう。
 
「え、あ、え……」
「すまない。まだ俺たちはそんな関係ではなかったね」

 残念そうに私の肩から手を下ろすグレイ様。
 私も少し名残惜しい気持ちで、その手を眺めていた。

「…………」
「…………」

 無言のままでまた歩き出す私たち。
 何も喋らない。
 だけど気まずさなどは一切なかった。
 本当に穏やかで、幸せな時間。

「…………」

 グレイ様の横顔を見つめる。
 本当に不思議な人。
 一緒にいるだけでこんな幸福感を味わえるだなんて。
 それに……

「あの、グレイ様」
「なんだい?」
「あなた様は、どういったお方なのでしょうか? お父様が一瞬で態度を変化させてしまいましたし……」
「それは……またいずれお話させてもらうよ。今は何者でもない俺と一緒にいてほしい」
「…………」
「ダメかい?」

 少し困ったような顔を見せるグレイ様。
 この人の素性は分からない。
 だけど一つだけ分かっていることがある。
 それは、この人は信用するに値するということ。
 きっと信じても大丈夫。
 ユージン様のように、私を裏切るようなことはしない。

「いいえ。グレイ様がそう仰るのでしたら、私はそれに従います」
「ありがとう、アリエス」

 グレイ様のこぼした笑顔。
 それだけでまた、私は幸せを感じていた。
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