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3話
スタンリーは、机の上に置かれた書類を指先でなぞりながら、ふっと視線を上げた。その瞳には、先ほどまでの同情とは異なる、熱を帯びた輝きが宿っている。
「エミリア。君のような才知を、ただ『自由になった』と、市井に埋もれさせておくのは、国として最大の損失だと思わないか?」
「……殿下、それはどういう意味でございましょう」
「言葉通りの意味だ。君のその領地経営の手腕、そしてダラスの無能さを完璧に補填していた事務処理能力。それを、もっと大きな場所で……つまり、王宮の政務の中枢で振るってほしいのだ」
エミリアは、その言葉の重みを慎重に量った。
王宮で政務に携わる女性など、この国では稀有だ。それは単なる「職員」としての登用ではない。
「私のような、婚約を破棄されたばかりの女が王宮に出入りすれば、余計な噂が立つのではございませんか?」
「噂か。それなら、誰も文句の言えない形にすればいい。……例えば、私の『婚約者候補』として、王宮に籍を置くというのはどうだ?」
静かな室内で、その言葉だけが鮮明に響いた。
エミリアは思わず、持っていた扇を握りしめる。
「殿下、それは……あまりに冗談が過ぎますわ」
「冗談に見えるか? 私は大真面目だ。君をダラスのような愚か者の隣に座らせていたことが、どれほどの無駄だったか。今の話で痛いほどよくわかった。私は、君のその頭脳を、そしてその誇り高い魂を、私自身の隣に置きたい」
スタンリーの声は低く、そして確かな熱を持っていた。
彼は立ち上がり、エミリアの元へ一歩歩み寄る。
「君には『自由』が必要だ。だが、私の隣にいることが、今の君にとって最大の自由を保障する手段になるとは思わないか? 君を縛るものは何もない。ただ、君の能力を最大限に発揮できる場所を提供したいのだ」
エミリアは、彼の真摯な眼差しを見つめ返した。
これは「求婚」という形を借りた、最高のスカウトだ。そして同時に、ダラスへのこれ以上ない「ざまぁ」でもある。
捨てられたはずの女が、その日のうちに王子から、それも能力を認められた上での打診を受ける。これを知った時の、あの傲慢な男の顔を想像するだけで、胸がすく思いだった。
「……殿下。私は、可愛げのない人形でございますよ?」
「ああ、知っている。だが、私は飾り物の人形など欲してはいない。私と共に国を導く、賢明なパートナーを求めているんだ」
エミリアの唇に、確信に満ちた笑みが浮かんだ。
「そのお言葉、後悔なさいませんよう。私は、ダラス様のように扱いやすい女ではございませんから」
「望むところだ、エミリア」
その日の夕刻、王宮から一つの「告知」が出された。
内容は、ダラス卿とエミリア嬢の婚約解消の承認。そして――。
エミリア嬢を、スタンリー王子の筆頭補佐官兼、婚約者候補として王宮に迎え入れるというものだった。
この知らせは、瞬く間に社交界を駆け抜けた。
高級クラブで友人たちと「厄介払い」を祝って酒を煽っていたダラスの元に、その報せが届く。
「……な、なんだと!? エミリアが、スタンリー殿下の婚約者候補!? 馬鹿な、あんな無能な女を……っ!」
ダラスの手からグラスが滑り落ち、床で粉々に砕け散った。
周囲の貴族たちの視線が、一瞬にして「憐れみ」から「軽蔑」へと変わる。
国を支えるほどの才能を持った令嬢を、自ら手放し、さらには王子にその価値を証明されてしまった愚か者。そのレッテルは、これからの彼の一生に付きまとうことになるのだ。
一方、エミリアはすでに前を見ていた。
王子の差し出した手を取り、彼女は新たな戦場へと足を踏み出す。
「さて……まずは、ダラス様が使い込んだ公金の回収から始めましょうか。殿下?」
「ああ、容赦なくやってくれ。期待しているよ」
「エミリア。君のような才知を、ただ『自由になった』と、市井に埋もれさせておくのは、国として最大の損失だと思わないか?」
「……殿下、それはどういう意味でございましょう」
「言葉通りの意味だ。君のその領地経営の手腕、そしてダラスの無能さを完璧に補填していた事務処理能力。それを、もっと大きな場所で……つまり、王宮の政務の中枢で振るってほしいのだ」
エミリアは、その言葉の重みを慎重に量った。
王宮で政務に携わる女性など、この国では稀有だ。それは単なる「職員」としての登用ではない。
「私のような、婚約を破棄されたばかりの女が王宮に出入りすれば、余計な噂が立つのではございませんか?」
「噂か。それなら、誰も文句の言えない形にすればいい。……例えば、私の『婚約者候補』として、王宮に籍を置くというのはどうだ?」
静かな室内で、その言葉だけが鮮明に響いた。
エミリアは思わず、持っていた扇を握りしめる。
「殿下、それは……あまりに冗談が過ぎますわ」
「冗談に見えるか? 私は大真面目だ。君をダラスのような愚か者の隣に座らせていたことが、どれほどの無駄だったか。今の話で痛いほどよくわかった。私は、君のその頭脳を、そしてその誇り高い魂を、私自身の隣に置きたい」
スタンリーの声は低く、そして確かな熱を持っていた。
彼は立ち上がり、エミリアの元へ一歩歩み寄る。
「君には『自由』が必要だ。だが、私の隣にいることが、今の君にとって最大の自由を保障する手段になるとは思わないか? 君を縛るものは何もない。ただ、君の能力を最大限に発揮できる場所を提供したいのだ」
エミリアは、彼の真摯な眼差しを見つめ返した。
これは「求婚」という形を借りた、最高のスカウトだ。そして同時に、ダラスへのこれ以上ない「ざまぁ」でもある。
捨てられたはずの女が、その日のうちに王子から、それも能力を認められた上での打診を受ける。これを知った時の、あの傲慢な男の顔を想像するだけで、胸がすく思いだった。
「……殿下。私は、可愛げのない人形でございますよ?」
「ああ、知っている。だが、私は飾り物の人形など欲してはいない。私と共に国を導く、賢明なパートナーを求めているんだ」
エミリアの唇に、確信に満ちた笑みが浮かんだ。
「そのお言葉、後悔なさいませんよう。私は、ダラス様のように扱いやすい女ではございませんから」
「望むところだ、エミリア」
その日の夕刻、王宮から一つの「告知」が出された。
内容は、ダラス卿とエミリア嬢の婚約解消の承認。そして――。
エミリア嬢を、スタンリー王子の筆頭補佐官兼、婚約者候補として王宮に迎え入れるというものだった。
この知らせは、瞬く間に社交界を駆け抜けた。
高級クラブで友人たちと「厄介払い」を祝って酒を煽っていたダラスの元に、その報せが届く。
「……な、なんだと!? エミリアが、スタンリー殿下の婚約者候補!? 馬鹿な、あんな無能な女を……っ!」
ダラスの手からグラスが滑り落ち、床で粉々に砕け散った。
周囲の貴族たちの視線が、一瞬にして「憐れみ」から「軽蔑」へと変わる。
国を支えるほどの才能を持った令嬢を、自ら手放し、さらには王子にその価値を証明されてしまった愚か者。そのレッテルは、これからの彼の一生に付きまとうことになるのだ。
一方、エミリアはすでに前を見ていた。
王子の差し出した手を取り、彼女は新たな戦場へと足を踏み出す。
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