強気な伯爵令嬢は水竜皇子との婚約破棄を狙ってます

水上 華

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本編

22-2

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 耳元でからかうようにグレンが囁く。
 頭にきたマシェリが膨れっ面をそむけると、頰にキスを落とされた。

「……!」
「じゃあ、行ってくる」

 マシェリの平手をかわし、グレンがキッチンを出て行く。思わず後を追うと、外套のフードを目深に被った男が礼拝堂の出口に立っているのが見えた。
 影のせいで人相は分からないが、肩幅が広く背が高い。

「お待たせ、ルディ」
「いいえ。こちらこそ、突然お呼び立てして申し訳ない」

(あの方が、ルディ様……)

 声を掛けようかどうか一瞬悩む。皇帝陛下の側近ならば、この機会に面と向かって挨拶をしておくべきだろう。
 しかし、緊張のせいか足が前に踏み出せない。

「さ、参りましょう殿下」

 月光が照らす外へ、ふたりが歩き出す。

 結局ルディに挨拶しそびれたマシェリは、ため息とともに踵を返し、キッチンに戻って行った。

「しっかり戸締りしてきたか? 姫」

 キッチンの入り口に、腕組みをしたガレスが待ち構えていた。

「鍵はかけませんわ。だって、殿下が戻って来るかもしれないもの」
「……だから閉めろって言ってんだけど」
「ガレスさん、やめた方がいいですよー。横恋慕は。マシェリ様と殿下、今いいとこなんですから」
「確かに、勝ち目のない勝負はすべきじゃないわね。貴方は大人しく料理人として活躍してちょうだい」
「へいへい。……で、どっち作ればいいんだ?」

 ユーリィは箱の中のオレンジをひとつ取り、ガレスに差し出した。

「マーマレードよ。記憶にないようだったけど、殿下もお好きだったらしいわ」
「えー? でも、マーマレードって少し苦いですよねぇ。殿下ったら大人っぽーい」
「マセガキなだけだろ」
「不敬よ、ガレス。……それじゃ、苺の鍋はとりあえずターシャに任せて、わたくしたちはマーマレードの下準備にかかりましょう」

 はーい、と間延びした返事がふたつ上がる。
 器用なベルとユーリィにオレンジの皮むきを任せ、マシェリは柑橘を茹でる準備のため、大きな鍋を手に取った。一番奥にあるタイルの流し台へ行き、水を注ぐ。 
 皇城へ来て一番最初に驚いたのは、蛇口をひねるだけで綺麗な水が出ることだった。

(テラナ公国では井戸水か、汲み置いた水を使ってたものね。水路から毎日運んで来て)

 ーー一昨日出した手紙は、父のもとへ届いただろうか。
 グレンの婚約者に選ばれ、当初一週間後に予定していたマシェリの帰国時期は未定になってしまった。
 計画が狂った事で父がイライラし、今ごろ高価なオイル抽出機に八つ当たりしてるかもしれない。

(薬師の四男との縁談もどうなったか……わたくしが婚約した話も、そろそろお相手の耳に入ってるでしょうし)

 マシェリの母が発信する噂の伝達速度は、ベルの比ではない。二日もあれば、テラナ公国全土に広がる。
 明日、父とパーティーで会うのが怖い。
 いっそ、忙しさを理由に欠席してくれたらいいのに。マシェリはため息を吐いた。

「それ、俺が運んでやるよ。姫」

 隣に立ったガレスが、鍋の取手に手を伸ばしてくる。

「ありがとう、ガレス」
「どういたしまして。……まあ、色々あったけどなんとか今日中に終わりそうだな」
「ええ。貴方に手伝ってもらって助かったわ。孤児院の子供たち、喜んでくれるといいのだけれど」
「……それなんだけどさ。出来上がったら、俺に届けさせてくれないか? そのジャム」
「ガレスが?」

 怪訝な顔で横を向くと、ガレスの耳がほんのり赤らんでいた。

「……最近、顔出してないんだよ。けど、用事があれば自然に行けるかと思って」
「そういう事情なら構わなくてよ。……家に帰りにくい状況の辛さは、わたくしにも良く分かるし」

 マシェリは思わずそっと目を逸らした。

「よし、じゃあ配達は任せとけ。司書様、俺に孤児院の場所教えてくれよ」
「場所、って……まさか、忘れるくらい帰ってなかったんですの?」
「そんなわけないだろ。引越したんだよ、六年くらい前に。なあ、司書様」
「ええ。……これが、借りてきた孤児院の情報よ」

 ユーリィが差し出してきた封筒を確認すると、教会や孤児院の住所、入所している子ども達の名前などが書かれた書類の束が入っていた。
 書類に目を通していたガレスが、そのうちの一枚を指差す。

「この中に魔女がいた。そいつのせいで孤児院が火事になって……子どもを庇った神父がひとり、死んだんだ」
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