強気な伯爵令嬢は水竜皇子との婚約破棄を狙ってます

水上 華

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本編

26-2

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「……!」
「どうだ、喉を通るのが分かるか? 私のかわいい分身が」

 返事は、ごくんと鳴った喉に消えていった。ぬるりとした冷たい何かが、うごめきながら体の奥へ入り込んでいく。

「こ、れは」
「二度とは言わぬからよく聞け。次に私の命令を違えた時は、貴様の命がなくなる」

 その言葉にピンときた。……『竜の呪い』か。
 誓約を破った相手の体を腐食させ、死に至らしめる恐ろしい呪いだ。竜の爪を用いて魔女が行うというのは聞いたことがあったが、まさか竜本人がご丁寧に分身を作ってまで自分に仕掛けてくるとは。
 ある意味非常に光栄なことだ。思わず綻びそうになる口をきゅっと引き結ぶ。ーーにこりと笑った瞬間、全てが終わる気がした。

「……。私は今回、一体何をすればよろしいのですか?」
「私が図書館へ行って戻ってくる間、会議室にいる二人の大公を逃げないように見張っておけ。一応結界は張ってあるが、ルシンキの大公は魔力が少々強い。念のため、用心が必要だ」
「かしこまりました。……ひとつ、伺っても宜しいでしょうか。彼らは、一体何をしでかしたんです?」
「ルシンキの方は魔物の密猟と、密売もやっていた。それを買い取っていたのがカイヤニで、客の見世物にしていたらしい。証拠も全て揃っている。……重大な、平和条約違反だ」

 床に頬杖をつき、水竜がため息を吐く。

「魔王から代理権はいただいてるし、奴らは魔本に突っ込んで魔界に連れて行く。何らかの罰だけで済めばいいが……でなけりゃそこで終わりだろうな」
「終わり……ってまさか」
「当然処刑だ。魔物に危害を加えた事を魔王は相当怒っているし、私とて同情はしない。とっくに隠居してたのに、人界に慣れてるという理由だけでひっぱり出されて魔界を追い出されたあげく、調査のために十年以上も人間のふりをさせられて。大概迷惑してたしな」

 床から立ち上がると、金糸のごとく艶髪がさらりと背中に流れる。
 性別でいうなら彼は男であるはずなのに、色香に当てられ、ついくらくらしてしまう。思わず目を伏せるビビアンに、水竜の紅い唇が弧を描いた。

「惚れても無駄だぞ。私のすべてはユーリィのものだからな」

 くすくすと笑いながら、横たわったビビアンの頰をつつ、指先で撫でる。

「マシェリ様はどうなさるんですか? 私は……」
「貴様はもういい。……彼女には傀儡を用意しておいた。少々手荒だが檻に封印した後、左手から蒼竜石の『祝福』を消す。その後は、テラナ公国から呼び寄せた父親とアディルに引き渡すから大丈夫だ」
「アディル、とは何者なんです?」
「テラナ公国の侯爵家の四男で、皇帝の戯言がなければマシェリと結婚するはずだった男だ。彼女が帰国する時のエスコート役としては適任だろう。薬師の資格を持っていたから、医官の助手として早めに皇城へ呼んでおいた。……その結果が、このザマだ」

 水竜の蒼い右眼が、ビビアンを冷ややかに見下ろした。
 指先に伸びてきた鋭い爪が、ビビアンの白い頰に一筋の赤い線を残す。

「あの皇帝や皇太子に、私の血が流れてるのかと思うと反吐が出る。ーー貢ぎものへのささやかなお返しと思って、せっかく水を豊かに与えてやったというのに、感謝の気持ちも忘れ、自分たちの欲に溺れて水脈を利用し、他国を支配したあげく蹂躙し続けていたとは」
「ま、待ってください! 陛下はともかく、殿下の方は他人を踏みつけになど」
「黙れ」

 躊躇なく、水竜がビビアンの首を掴み、締め上げる。

「……っ!」
「あの皇太子は、父親と同じ咎を犯した。蒼竜石を無断で持ち出し、禁忌にしていた魔法をマシェリに使ったんだ。……無論、仕置きはしたが許される事ではない」
「あ、あの……魔法の靴の事、ですか? な、なぜあれが禁忌に……!」
「媚薬だからさ。……貴様は、そんなものを愛する女に履かせた男を庇うのか?」

 ビビアンが開きかけた口を噤む。
 水竜は蒼い右眼を細め、厭らしく笑った。

「邪な愛など認めん。……私は、マシェリに大きな借りがあるからな」

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