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本編
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頰をやわらかな風が撫でていく。
目をゆっくり開けてみると、丸い月がぽっかりと空に浮かんでいた。
(外? いいえ、魔本の檻の中に入ったはず)
しかし仰向けのままキョロキョロと辺りを見回してみても、鬱蒼と生い茂った木の影以外なにもなく、ここが間違いなく外で、どこかの森の中である事は疑いようもなかった。
『檻』と聞き、鉄格子のはまった牢屋とまではいかないまでも、てっきり建物の中に入れられると思っていたマシェリは、この状況に少々戸惑っていた。
とりあえず、一緒に来たはずのグレンを探そうと草原の上に手をつき、むくりと起き上がる。その時ーー何か違和感を感じた。
やけに手の指が細く、短い。というか小さく見える。
(もしかして、まだ寝ぼけているのかしら)
首を傾げつつ、目の前で自分の手を開いたり、握ったりしてみる。……うん。やっぱり、どこからどう見ても小さい。
まさか魔本の魔力の影響で、体が縮んできたのだろうか。焦って立ち上がろうとした瞬間、どこかの茂みからガサガサと音がした。
「……マシェリ! 良かった、やっと見つけた」
背後から上がった声に、くるりと振り返る。四つん這いで茂みをかき分けて出てきたのはーー黒髪に大きな瞳。愛らしい顔立ちをした、七、八歳くらいの男の子だった。
フロックコートのような上着にズボンを履いていて、身なりはどこかの貴族の坊ちゃんだ。が、初対面の年上の女性をいきなり呼び捨てにするなんて、一体どんな教育を受けてきたのだろう。
マシェリはキッと男の子を睨んだ。
「貴方は誰ですの? 子どもだからといって、いきなりレディを呼び捨てにするなんて失礼でしょう」
「……もしかしてマシェリ、まだ起きたばかりなの? 僕だよ、君の夫のグレンだ」
「だから、殿下はまだ夫じゃーーって、ええ? 今、グレンって言いました? まさか貴方」
「ああ、君の婚約者のグレンだよ。……やっぱり、今の僕は子どもに見えるのか。少し前に目を覚ました時、服を着ていたからおかしいと思ったんだ。それであちこち確認してみたら手も足も小さくなってて……もしかしたらとは思ってたけど」
雲に隠れていた月が顔を出したとたん、グレンと名乗る男の子の首に翡翠色の鱗が浮き出てくる。
この子は間違いなくグレンだ。ホッとしたマシェリの心を汲みとったように、皇子様が蒼い瞳を細めて笑う。
「小さいマシェリもなかなか悪くないな。このまま連れ帰りたい」
「……わたくし、何歳くらいに見えますの?」
「十歳くらいかな。靴のサイズからいって僕はたぶん八歳くらい。魔本の影響だと思うけど、お互い、六、七歳くらい若返ったみたいだよ」
気軽い様子で言うグレンに少々呆れたが、それと同時に安心もした。
「首、怪我は治ったんですの? 背中は?」
「起きたら包帯と一緒にどっか行ってた。ーーさ、サラを探しに行こう」
差し出された小さな手をとり、草原からよいしょ、と立ち上がる。
グレンと同じく怪我は消えてなくなったようで、足にはもうまったく痛みがない。それでも、マシェリはあまり素直に喜べなかった。
ドレスの裾にはさっきまでなかったフリルがたっぷり付いていて、足には刺繍入りの白いタイツを履いている。そしてーー魔法の靴も、リボン付きの可愛らしいものに変わってしまっていたのだ。
(これ……わたくしが小さい頃履いてた靴とよく似ているわ)
服も靴も、体に残っていたはずの傷痕も、ここに来る前の自分がどこにも見当たらない。
ただ体が小さくなったわけではなく、まるで時間を遡ってきたみたいだ。
「……サラ、無事だといいのだけれど」
「それは僕も考えてた。サラはまだ仔猫だったし、若返ったりしたら消えて無くなっちゃうかもしれない」
「そ、そんな縁起の悪いことおっしゃらないでください!」
思わず張り上げた声が、自分でもはっきり分かるほど幼い。口調とちぐはぐでおかしい。
にやにやとマシェリを見てくるグレンを、膨れっ面で見返したとき、目線の高さのおかしさにも気がついた。
「背、縮んでませんか? 殿下」
目をゆっくり開けてみると、丸い月がぽっかりと空に浮かんでいた。
(外? いいえ、魔本の檻の中に入ったはず)
しかし仰向けのままキョロキョロと辺りを見回してみても、鬱蒼と生い茂った木の影以外なにもなく、ここが間違いなく外で、どこかの森の中である事は疑いようもなかった。
『檻』と聞き、鉄格子のはまった牢屋とまではいかないまでも、てっきり建物の中に入れられると思っていたマシェリは、この状況に少々戸惑っていた。
とりあえず、一緒に来たはずのグレンを探そうと草原の上に手をつき、むくりと起き上がる。その時ーー何か違和感を感じた。
やけに手の指が細く、短い。というか小さく見える。
(もしかして、まだ寝ぼけているのかしら)
首を傾げつつ、目の前で自分の手を開いたり、握ったりしてみる。……うん。やっぱり、どこからどう見ても小さい。
まさか魔本の魔力の影響で、体が縮んできたのだろうか。焦って立ち上がろうとした瞬間、どこかの茂みからガサガサと音がした。
「……マシェリ! 良かった、やっと見つけた」
背後から上がった声に、くるりと振り返る。四つん這いで茂みをかき分けて出てきたのはーー黒髪に大きな瞳。愛らしい顔立ちをした、七、八歳くらいの男の子だった。
フロックコートのような上着にズボンを履いていて、身なりはどこかの貴族の坊ちゃんだ。が、初対面の年上の女性をいきなり呼び捨てにするなんて、一体どんな教育を受けてきたのだろう。
マシェリはキッと男の子を睨んだ。
「貴方は誰ですの? 子どもだからといって、いきなりレディを呼び捨てにするなんて失礼でしょう」
「……もしかしてマシェリ、まだ起きたばかりなの? 僕だよ、君の夫のグレンだ」
「だから、殿下はまだ夫じゃーーって、ええ? 今、グレンって言いました? まさか貴方」
「ああ、君の婚約者のグレンだよ。……やっぱり、今の僕は子どもに見えるのか。少し前に目を覚ました時、服を着ていたからおかしいと思ったんだ。それであちこち確認してみたら手も足も小さくなってて……もしかしたらとは思ってたけど」
雲に隠れていた月が顔を出したとたん、グレンと名乗る男の子の首に翡翠色の鱗が浮き出てくる。
この子は間違いなくグレンだ。ホッとしたマシェリの心を汲みとったように、皇子様が蒼い瞳を細めて笑う。
「小さいマシェリもなかなか悪くないな。このまま連れ帰りたい」
「……わたくし、何歳くらいに見えますの?」
「十歳くらいかな。靴のサイズからいって僕はたぶん八歳くらい。魔本の影響だと思うけど、お互い、六、七歳くらい若返ったみたいだよ」
気軽い様子で言うグレンに少々呆れたが、それと同時に安心もした。
「首、怪我は治ったんですの? 背中は?」
「起きたら包帯と一緒にどっか行ってた。ーーさ、サラを探しに行こう」
差し出された小さな手をとり、草原からよいしょ、と立ち上がる。
グレンと同じく怪我は消えてなくなったようで、足にはもうまったく痛みがない。それでも、マシェリはあまり素直に喜べなかった。
ドレスの裾にはさっきまでなかったフリルがたっぷり付いていて、足には刺繍入りの白いタイツを履いている。そしてーー魔法の靴も、リボン付きの可愛らしいものに変わってしまっていたのだ。
(これ……わたくしが小さい頃履いてた靴とよく似ているわ)
服も靴も、体に残っていたはずの傷痕も、ここに来る前の自分がどこにも見当たらない。
ただ体が小さくなったわけではなく、まるで時間を遡ってきたみたいだ。
「……サラ、無事だといいのだけれど」
「それは僕も考えてた。サラはまだ仔猫だったし、若返ったりしたら消えて無くなっちゃうかもしれない」
「そ、そんな縁起の悪いことおっしゃらないでください!」
思わず張り上げた声が、自分でもはっきり分かるほど幼い。口調とちぐはぐでおかしい。
にやにやとマシェリを見てくるグレンを、膨れっ面で見返したとき、目線の高さのおかしさにも気がついた。
「背、縮んでませんか? 殿下」
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