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第一章
曹可華の受難
しおりを挟む赤嶺を越えた一行は、付近で一番低い谷に天幕を張り、留まることになった。曹可華が倒れてしまったのだ。
呂日将も軽い頭痛と悪寒を感じたが、曹健福からもらった薬を飲んで一晩寝ると楽になった。しかし曹可華は翌日になっても吐き気が止まらないようで、ものを食べてもすぐにもどしてしまう。呂日将が背をさすり、水や汁物を口に運んでやると、青い顔をしてえずきながら「すみません、すみません」とうわ言のように謝った。
「これは食物か水にあたったようです」
曹健福は安堵の表情を見せた。
「高地の病ではないのか」
「症状が違います。悪いものを出し切ればよくなるでしょう。あの程度の山で重病になっていたら先が思いやられるところでした」
「西には壁のような山々が見えたが、あれを越えて行かねばならぬのだな」
「さようにございます。赤嶺などまだ小山です。羅些では平地があの山より高いのです」
曹健福の言ったとおり、曹可華は夕方には吐き気が治まり、煮詰めて食べやすくした穀類などを口に出来るようになった。紙のように白かった顔に血色が戻って来ている。これなら明日の朝は出発することが出来るだろう。
「稀学さまはオレの恩人です」
「大げさだな。死ぬほどの病ではない。オレがいなくても自然と治っただろう」
「だって、ずっとオレのそばにいてくれたじゃないですか。オレを拾ってくれた旦那さまに次ぐ恩人ですよ」
「おまえの両親や兄弟はどうしたのだ」
曹可華は俯いて首を振った。
「死んじゃいました」
「いくさのせいか」
「いいえ、沙州で盗賊に襲われたんです。オレも斬られて気を失っていたのだけど、たまたま通りかかった旦那さまが助けてくれました。背中にはまだ傷が残っていますよ」
「盗賊はよく出るのだろうな」
「はい。この隊もときどき襲われます。腕に覚えのある若い衆がたくさんいるので、いつも撃退しますけど。あいつらも死にたくないから、こっちの人数のほうが多かったり強そうなひとがいるとわかれば逃げちゃうんです。オレの親父は旦那さまほど金持ちじゃなかったから、そんなひとを雇えなかったから、殺られちゃった。だからオレはいっぱいお金を稼げる旦那さまのようなすごい商人になってやるんだ」
曹可華の目から涙が溢れて、頬に筋を引いた。そっと肩を抱いて引き寄せてやると、胸に顔を埋めてしゃくりあげ始めた。
そのまま、泣き止むまで、痩せた背を撫でてやった。
翌朝、一行は出発した。曹可華はまだ足に力が入らないようすだったので、荷駄を引く牛の背に抱き上げて乗せてやる。それでも昼食をとるころにはすっかり元気になって、午後は自分の足で呂日将と並んで歩いた。
もうひとつ峠を越えると、そこには台地が広がっていた。
夕方になると、曹健福は宿泊の命令を下した。使用人たちが慌ただしく天幕の準備をしている間、呂日将は曹健福から呼ばれて一行から離れた。
「明日は莫離という駅に着きます。外国の使者はここで役人と交渉するか、羅些に入る許可を得るのですが」
小声でささやきながら、曹健福は目でどうするか問うて来る。
吐蕃は僕固懐恩からの使者を歓迎するか、厄介者とみなすか。呂日将には予想がつかない。馬重英に会うまでは、捕らえられる危険を冒したくはなかった。
「役人には知らせず、直接シャン・ゲルシクという者に会いたい。健福どののご迷惑になるようでしたら、お別れいたします」
曹健福は頭を振った。
「ここで地の理に暗いものをひとりにするなど見殺しにするようなものです。シャン・ゲルシク将軍の本拠地は通り道ですから問題はありません」
「かたじけない」
「僕固将軍のご命令を無事果たすことが出来れば、わたしどもは霊州での商売でいろいろ有利になるのです。将軍が恩をお感じになることはございません」
「かたじけない」
ついまた言って、笑ってしまう。曹健福も微笑んだ。
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