まよねちゃん、クッキーを焼く

青茄子

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まよねちゃん、クッキーを焼く

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「大丈夫だよまよねちゃん。クッキーなんて失敗しようがないんだから」
 私の友人である千駄ヶ谷由紀子はそう言った。そしてまた、こうも言った。
「変にアレンジしたりしないで、ちゃんとレシピ通りにやればいいんだよ」
 私は従順だったはずだ、由紀子の言葉にも、レシピにも。この上ない慎重さでもって秤に乗せたボウルに材料を投入し、わずかな誤差も許すまいと目盛を睨み付ける私は、手練の狙撃手もかくやとの姿であったに違いないのだ。
 にも関わらず、である。
 これは一体何なのだろうか。
 何なのかはさっぱりわからないのだが、少なくともクッキーでないことだけは確かだ。私の知る限り、表面に虹色の光沢を伴う銀のクッキーというものはこの世に存在しない。
 オーブンの中で鈍く輝くそれの質感は極めて水銀に酷似しているが、小麦粉だの卵だのバターだの砂糖だのの混合物に熱を加えて金属を生成する技術は未だ人類の到達するところではないと思われる。しかしながら、さらなる重大な懸案事項はそんなオーバーテクノロジカルなマテリアルそのものよりも、それの象る造形の方にあった。
 端的に言えば、モアイ。それは、かのイースター島のモアイ像であった。屹立している。クッキングシートの上に点々と屹立しつつ、皆が寸分の違いもなく同一の方向を向いている。我が家のキッチンから西南西の上空に何かがあるのだろうか、そこはかとない不安がかき立てられる。
「おかしい」
 私はつぶやいた。そもそもオーブンに入れる前、私が丹精を込めた生地は型を抜かれて扁平な円形に成型されていたはずだ。百歩譲ってメタルスライムになるのならまだわかるが、メタルモアイなどという前代未聞のレアモンスターになる意味がわからない。明らかにこれはおかしい。いや、おかしいとかおかしくないとかそういう問題ですらない気がする。
「困った」
 また私はつぶやいた。失敗したらやり直せば良い、それは真理であるが、リトライするにあたっては失敗の原因を究明して同じ過ちを繰り返さないようにしなければ意味がない。そして、私には原因がさっぱりわからなかった。果たして納得できるような原因が存在し得るのだろうか。
「どうしよう」
 みたび私はつぶやいた。なんとしても今日中にクッキーを焼き上げなければ。白河くんの誕生日は明日に迫っているのだから。
 とりあえずスマホで生成物を撮影し、「クッキー焼けたよ!」のメッセージと共に由紀子に送信する。何がしかのアドバイスを期待してのことではあるが、アドバイスの余地があるのかどうかはほとほと怪しい。そうしてしばらく待ってみたが既読がつかない。由紀子は携帯端末を携帯していないことがままあるので、こういう場合当分返信の来ない可能性が高い。私はため息をついてスマホをスカートのポケットにしまい、冷蔵庫から牛乳を取り出してがぶ飲みした。いつだって牛乳の味だけは私を裏切らない。他の全てが私を裏切ろうとも。

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