まよねちゃん、クッキーを焼く

青茄子

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まよねちゃん、相談をする

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「へー、まよが男子に誕生日プレゼントを? まさかそんな日が来るなんてね。すごいね、世の中進んでるね」
 私の友人である上野咲はそう言った。昼休み、咲と由紀子と三人で適当に机を寄せ集めてお弁当を広げながら、そっと私は計画を打ち明けたのだった。私達は二年生になったばかりで、窓の外では校庭の桜が散り始めていた。
「だって、もう少し生活に潤いがあってもいいと思うわけ。そういう恋バナ的な青春のキラキラしたやつがないゆえに、私達は学校生活においてカースト下位に甘んじてるんだから」
 力のこもった私の演説に由紀子は首を傾げた。
「カーストカイって何?」
「インドの身分制度でしょ。カースト。その下位に位置してるらしいよ、ウチらは」
「えー、そうなんだ」
 咲の説明を聞くと、由紀子は眉根を寄せて悩まし気な表情になった。
「でも私、そんなの申し込んだ覚えがないなあ」
 果たして申込制の身分制度というものが古今東西存在したことはあるのだろうか。先着百名まで必ずバラモンになれますと言われても躊躇する。早晩会員数が頭打ちになり運営が破綻するのが目に見えている。
「確かに覚えはないね。じゃあウチら、カースト下位っていうよりカースト外なんじゃない?」
 より酷くなってしまった。それは、いわゆる不可触民、アンタッチャブルというやつではないのか。
「だめだめそんなの。もっと華やかな世界に生きたい。浮いた話のひとつやふたつあってもいいと思う」
 私の切なる訴えを、咲はばっさり言下に切り捨てた。
「でもモテないの、まよだけじゃん」
 お待ちなさい。あまりに無慈悲に過ぎやしないか?
「その文脈で『私達』ってくくられてもねえ。ね、ゆき」
「うーん、私も男の子に全然モテないよ?」
 由紀子はそう言ってニコニコと笑っているが、こいつには家が隣同士で同い年の幼馴染がいて、その幼馴染は甲子園で優勝するような強豪校のエースを張る何十年に一人とかいう天才ピッチャーらしく、そしてそんな彼と由紀子は幼い頃に将来の約束をした仲であることを私達は知っている。なんだその青春キラキラベタベタテンプレートは。もはや立派な裏切行為でしかない。
 そもそも由紀子はぽっちゃりとまではいかない程度のややふくよかな体型だが、本当はそれくらいが好みという男子は多いのだ。私は知っている。性格も良い。おおらかで朗らか。密かな人気があろうことは想像に難くない。叶うなら私だって嫁にしたい。
 咲にいたっては男子はもとより女子にすらモテる。百七十センチを誇るその長身には嘘みたいに小さい頭部と均整の取れた長い手足がくっついていて、ナチュラルに乱れたショートの髪とくっきりした目鼻立ちはどこか中性的な印象がある。まるっきり漫画のキャラクターのようだ。
 初めて咲のすらりとして引き締まった素足を見た時、私は「カモシカのような脚」という知名度の割に使用機会に恵まれない形容を思い浮かべ、なるほどこれがそうかという実感を伴ってしげしげと眺めたものだった。そして念の為カモシカの画像を検索したところ、毛むくじゃらのずんぐりむっくりな獣が現れたので、結局咲の脚はてんでカモシカのようではなかったのだった。
「あり得ない。なんで私だけモテないの。こんなに可愛いのに」
 手鏡を取り出してのぞき込むがやはり文句なく私は可愛かった。身長はもう少し欲しかったが、少なくとも顔面的には申し分がない。
「よく自分で言えるな」
「でも小さい頃からずっとママにもパパにも親戚の人達にも可愛いね可愛いねって言われて育った」
「だいたいみんなそうやって育つんだよ」
 咲に冷たくあしらわれ、私の視線は救いを求めて由紀子に向かった。
「まよねちゃんは確かに可愛いけど、ちょっとヘンだもんね」
 そうか、ヘンだから私はモテないのか。それはしょうがないな。
「え、私ってヘンなの?」
「ヘンだよ」「ヘンだね」
 まず由紀子と咲自体が相当にヘンなので、その二人に言われる私はよっぽどという話になる。奇人の寄り集まりならば、例えいかな優れた容姿であろうとカースト外に甘んじるのも必定である。
「大丈夫、バレなければいけるって。で、誰なの? 誰なのよ。お相手は」
 そんなにバレると不味いほど私はヘンなのだろうか。釈然としない思いを抱えつつ渋々答える。
「……二組の白河くん」
「あー」
 はいはいなるほどね、とうなずきながら、咲は腕を組んで背もたれにふんぞり返った。
「どの子? かっこいいの?」
「二組にすごいイケメンいるじゃん。ほら、背が高くて、ハンドボール部のさ」
「あ、あのディーン・フジオカと牛若丸と食パンマンを足して三で割った感じの子?」
 ディーン・フジオカはともかく、私は若かりし頃の源義経にお会いしたことがないし、さらにそこにアニメのキャラクターを加えて撹拌してしまう由紀子の感覚には驚愕せざるを得ない。そしてそれに対し「そーそーそれそれ」とすぐにぴんと来る咲もどうかと思う。
「いやー競争倍率ヤバそうだけどね。なんでその白河くんにロックオンしたわけ?」
「廊下でぶつかっちゃって。転けた私に『ごめんね、大丈夫?』って手を貸してくれたの。運命感じるでしょ?」
「それ典型的な『非モテがちょっと優しくされたら好きになっちゃうやつ』じゃん」
「失礼なこと言わないでよ。それに白川くんはただ優しいだけじゃなかったんだから」
「ほう」
「元々廊下の逆サイドを私たちは歩いてたわけ。私が『いかにも人生の勝者です的オーラを漂わせたいけすかないイケメンだわ』と思いながらすれ違おうとしたら、いきなり白河くんは角度を変えて私の方に突っ込んで来たの。あれはわざとだと思う」
「ひとつ。それのどこに運命を感じる。ひとつ。お前の思考の落差が怖い。よく恋に落ちられたね」
「最初に突き放しておいて優しくするなんてヤバくない? ツンデレっていうか」
「まよねちゃん、それはツンデレじゃなくてマッチポンプって言うんだよ」
 私と白河くんのドラマティックな出会いはあまり二人のお気に召さなかったらしい。
「まあ誰を好きになろうと別にまよの勝手だからいいんだけどさ。まずそのエキセントリックイケメンに彼女はいないの?」
「私を起こしてくれる時に『俺、彼女いないんだよね』って言ってた」
「どうやって誕生日が分かったの?」』
「それも私を起こしてくれる時に『俺、来週誕生日なんだよね』って言ってた」
「ますますヤベー奴じゃん」
「まよねちゃん、別の子にしない?」
 私に訪れつつある春の気配を素直に祝福できない親友たちのひがみが、寂しくもあり、またどこか楽しくもある。
「ひがんでないよ。むしろ心配してるんだけど」
「しかしそいつの餌食になる哀れな女子が今後現れることを考えれば、ここはむしろまよとくっつけておいた方が世の平和の為じゃない? 幸い本人が乗り気なわけだし」
「そっか。さきちゃんの言う通りかも。よし、応援するよ、まよねちゃん!」
 各々の動機の持ちようを敢えて問うことはしない。大切なのは皆が同じ目標に向かって団結することだ。実際私はまともな恋愛経験が全くないので、二人のアドバイスが是非とも必要だった。
「ね、プレゼントって何をあげたらいいのかな」
「それは起こしてくれる時に教えてくれなかったんだ。『俺、現金が欲しいんだよね』とか」
「そんなことあの白河くんが言うはずないじゃん」
「話聞く限りではその白河くんは全然言いそうだけど。いったいどこからその信頼感が湧いて出てくるんだ」
「いいからちゃんと考えてよ。由紀子はどう思う?」
「やっぱり食べられるものがいいと思う。手元に残るものはちょっと重すぎるし。手作りのお菓子とかなら女子力アピールにもなるしいいんじゃないかな」
 なんという的確で深謀遠慮に満ちた回答だろうか。畏敬の念すら覚える。
「でも私、お菓子なんて作ったことない」
「大丈夫、簡単なのはほんとに簡単だから。レシピ教えてあげるよ」
 その叡智の一端を披歴するのみならず、さらには限りなき慈愛の心をも示そうというのか。
「もう由紀子のこと好きになっちゃうよ……」
「単純に惚れっぽいのな」
 呆れたようにいう咲は、しかし今回の案件につき何らかの貢献があったわけでもない。自ずと対応にも差ができようというものだ。
「咲は役に立たないんだからもう黙っててよね」
「確かにね。でももしうまくいかなかったらさ、私の胸で泣かせてあげるよ」
「え、そんなの好きになっちゃう……」
「めんどくせー奴だな!」

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