宝石少年の旅記録(29日更新)

小枝 唯

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【宝石少年と霧の国】

お披露目会

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 木々の合間から零れ落ちる光の粒。キラキラと地面を彩る木漏れ日を、コーパルはじっと見つめていた。鮮やかな金の瞳は、昨夜よりはいくらか光が灯っている。それでもまだぼんやりとしていて、心ここに在らずといった様子だった。
 ギシギシと枝が軋む音がした。視界に枝が伸びてきて、思わず背中を退け反らせた。目を瞬かせていると、枝先に蕾が実る。そう思えば急速に花が咲いて散り、ピンク色の果実が生った。

「お前に元気が無いから、木が心配しているんだろうね。受け取ってあげなさい」

 背後からの声に振り返る。アンブルがその手に様々な材料を持って、部屋に戻って来ていた。コーパルは枝に向き直り、慎重に果実を手折る。果物は親指の爪ほどの、小さい飴のような見た目だった。
 恐る恐る、半分だけかじってみる。皮が分厚くて硬い。それでも、噛み切った中はゼリーのようにプルプルしていて、食感が面白かった。味も甘酸っぱくて美味しい。

「腕をお見せ」

 コーパルは数秒の間を置いて頷き、向かいの椅子に座ったアンブルへ、包帯に隠れた腕を差し出した。ゆっくり包帯が外され、まだ完治していない傷口が露わになる。アンブルはその傷の違和感に目を細めた。血が流れていない。もちろん止血はしているのだが、血が流れた痕跡が無いのだ。止血しても多少血で汚れたりはするだろう。
 アガットが報告してくれた通りだ。傷口だけが存在し、パックリ割れたそこからは何も流れてこないという。そんな種族は聞いたことがない。

「少し痛いよ。いいね?」
「ああ」

 アンブルは腕を触る指に力を込める。すると、人間には無いパキリというガラス物の音がした。同時にコーパルの顔が痛みに歪む。無意識に身動いだ時、傷口から何かがパラパラと落ちてきた。それは、カーテンから差す光によってキラキラと反射していた。
 アンブルは机に落ちた光の粒を摘み、互いの目線の高さへ掲げる。

「……石、か?」

 自らの意思で光るその石は、指の力に負けて崩れ、空気に溶けていった。間違いなく鉱石だった。人間の体から直接採れるわけない。
 本人はポカンと呆気に取られ、アンブルの指から石が消えていくのを他人事のように眺めていた。

「何か思い出さないか?」
「何も、分からない。今のは……俺の体から?」

 コーパルはまるで自分に尋ねるように呟き、首をかしげた。全く心当たりがない。記憶が無いのだから当然かもしれないが、少しも引っかかりを感じなかった。文字通り、自分の体である自覚が持てない。
 アンブルは腕組みをし、考え込むように小さく唸った。しばらくそうしていたが、それらしい答えは出て来ない。

「体に違和感はないかい?」
「無い」
「ならいい。少しでも何かを感じたら言いなさい。まずは、今から作る薬をお飲み」

 机に数個の瓶が並び、その手前に天秤が置かれた。片方に小さな種が乗り、もう片方に少しずつ薬が乗せられていく。慣れた手付きで調合に迷いは無いようだが、それでも慎重さと丁寧さはうかがえた。見ていて飽きない。
 やがて天秤は均等になった。アンブルは種を、深いガラス皿の中に転がした。薬は薄い紙に乗せ、水を含んだ種へ零す。薬は不思議な輝きを持って、サラサラと螺旋を描いて流れていく。すると、皿の底に敷き詰められた青い水晶が、ひとりでに煌めいたのが見えた。

「種が……」

 コーパルは思わず声を零した。種が、薬を食べるように溶け込ませて、その体を大きくさせていた。芽を出さないままの成長というのは、なんだか奇妙だ。
 アンブルが種を手で覆う。数秒して、引っ張るようにサッと手を退かすと、種は静かな開花を遂げた。じっと見ていたコーパルに彼女は可笑しそうに笑い、花を差し出す。

「さあお飲み。昨日と同じように、噛んで飲み込めばいい」

 あまり大きくなく、頑張れば一口でいけそうだ。それでもコーパルはそっと花を摘み、意を決したように口へ放る。しばらく花びらをシャクシャクと噛み続け、飲み込む勇気を待った。その時だった──。

「アンブル様ぁ!」
「ん、ぐっ?!」

 扉が勢いよく開かれ、元気な声が飛んできた。予想していなかった衝撃に、思わず花を飲み込んだ。まだ噛みきれていなかった花びらが喉につっかえ、コーパルは激しくむせる。アンブルはそれが可笑しかったのか、笑いながら背中をさすった。

「ノックをおし、アガット」
「あらいやだ、ごめんなさいコーパル様!」
「う……い、いや」
『大丈夫?』
「ああ」

 アガットより遅れて顔を出したルルに頷き返したあと、コーパルはその姿に目を瞬かせる。どうしたのかと、二人を改めて見たアンブルは穏やかに微笑んだ。

「おやおや、ずいぶん可愛らしくして来たね。おいで、よく見せてごらん」

 ルルの衣装は、数枚の衣装を上品に重ねて動きに美しさを見出すドレス。アガットはその逆で、フリルがふんだんに使われ、花の刺繍をほどこしたドレスだ。
 アガットはくるりと回って見せ、ルルは少しぎこちなくだが、少し服をはためかせた。

「ルルにわたくしの着れなくなったお洋服を着てもらっていましたの。でもせっかくだかたら二人でお洒落して、みんなに見てもらおうかと思いまして」
「そうか、良く似合ってるよ」

 アンブルはどうかと期待している彼らの頭を優しく撫でる。二人はくすぐったそうに、満足そうに顔を見合わせて笑った。
 ルルはコーパルからの穴が開きそうな強い視線に気付いて首をかしげる。彼は目が合った事にハッとしながらも、視線を外せずにいた。

『なぁに?』
「いや……女、だったのか?」

 今の彼は、誰がどう見ても少女だろう。女装している普通の男というと、どうしても骨格からくる違和感を感じるが、ルルにはそれが微塵も無い。
 ルルは虹の全眼をパチクリさせ、首を横に振った。

「じゃあ、男か?」
『どっちでも無い』
「この子には性別は無いんだ。オリクトの民は無性別だからね」
「その種族は、皆そうなのか?」
「体格差はあるがね。だからどっちも良く似合うのさ。ふふ、二人とも、年頃の娘のようで可愛いよ」

 アガットは見た目通りの少女のように、嬉しそうに可愛らしく笑って、アンブルの前でさらにくるくる回った。ルルは二人の笑い声を耳にしながら、自分の体を見下ろす。
 年頃と言われ、そういえば自分の歳はいくつなのかと首をかしげた。買われた頃は、見た目からくる予想の歳で換算していたが。

『年頃って、何歳?』
「え?」
『僕、自分の歳、分からないから』
「あら、そうなの?」
「何故?」
『奴隷だった。買われた時は、見た目が11くらいだから、そのまま、考えてたんだけど』

 アガットとコーパルは、共に意外そうな顔を見合わせた。奴隷となると、心を閉ざす者が大半だ。そうでなくとも、何かしらの心の傷のせいで障害を来たす。どこかのんびりしているルルからは、あまり想像できないのだろう。ルルもおそらく、目や耳、口の融通が当初から効いていたら、全てに恐怖して世界を見る余裕なんてなかったかもしれない。
 アンブルは世界の王が奴隷であった事に驚いたようだ。彼女は確かめるように、ルルの頬を撫でる。

「ずっと最初から奴隷だったのかい?」
『うん。奴隷よりも前は、何にも覚えてない』
「……坊やは自分の事をどれくらい知っている?」
『自分が世界の王で、オリクトの民だって、いう事だけ』
「自分の歳を知りたいかい?」
『分かるの?』
「ああ。だがそのためには、せっかくのお洒落を解いてもらわないといけないけれど」

 そう言いながら、視線はアガットに向けられる。彼女は意味を理解して、笑って頷いた。

「まずは体を見せておくれ。それで判断する。オリクトの民は、歳によって肌質が変わっていくんだ」

 つまりは服を脱ぐ事になる。ルルは迷わず頷き、教えられた通りの順で、服の紐を解いていった。華奢な体を包んでいた布は、重力に従ってハラリと落ちる。やがてルルの体を隠すのは、膝まで伸びた紫の混ざる銀の髪だけ。
 アガットは脱げた服を拾いながら、一糸まとわぬ姿に見惚れるように釘付けになった。コーパルは咄嗟に顔を背ける。無性別だと知っても、何故だか見てはいけない気がするのだ。

「な、何故抵抗が無いんだ……?!」
「オリクトの民は元々服を着ないんだよ。服を着るのは、性別に敏感な人の文化さ」

 初めて感情を大きく見せて狼狽えるコーパルに、アンブルは面白そうに笑いながら応えた。
 服を着る文化は、人型で性別を持ち合わせている種族だけだ。羞恥を隠すためにできた文化であり、性の無いオリクトの民には必要性が無い。彼らが服を着る理由は、人との暮らしに支障を出さないためだ。
 この世界では美しさが重視され、求められる。オリクトの民はビジュエラで生きる者たちの中、最もそれに忠実だ。そのため、元より美しい体を隠すのは種族の名を傷つけると言って、服を嫌う者も居る。もちろん服に美しさを見出して、趣味として好む者も居るが。

「じゃあ……恥ずかしいとは?」
『思った事、無いよ』

 むしろ清々しい。しかし、だからといって好き勝手脱いだりはしない。それはアヴァールに居る頃の経験からだ。湯船に上がったばかりの時、遊びに来たクリスタを裸のまま出迎えて驚かせた事があった。注意を受けたがその当初はよく分からず、クリスタがクーゥカラットに似たような説明をしていたのを覚えている。
 だから約束をした。信用できない人の前で、必要以上の露出を見せる事をしないという約束を。多くの本を読んだ今は、彼らが何故焦っていたのか分かるようになった。

 ルルはアンブルの前で、ゆっくりと回る。普段は隠れている腕、胸、腹部などを、アンブルの長い指が撫でた。
 薄青い肌は、本当に赤子のように柔らかい。百を超えて成熟を迎えたオリクトの民の肌は、これよりも少し大人のような、硬い質感になる。

「ありがとう。もう着ていいよ。元々、耳は聞こえていたのかい?」
『ううん。少ししてから、耳が石になったんだ』
「それは坊やが成長した証拠だね。声も出るようになる」
『本当っ?』

 ルルは目を輝かせ、アンブルに顔を寄せた。彼女は微笑みながら頭を優しく撫でる。今まで希望という名の妄想でしかなかった。有力な相手にハッキリそう言われると、今後が確実な楽しみにかわる。今からアウィンに、歌うコツでも教わろうか。

「声が出ないのも、ルルがまだ幼いからですの?」
「それもある。だけど……坊やの場合は違うね。まだ準備ができていないんだ」
『準備?』
「ああ。万物を従えるその声を、坊やが扱うには早いんだよ。考えてもごらん、通話石越しでも通じるほど強い力なんだ。正しく扱えなければ、自分を傷つける」
『王って、みんなそうなの?』
「いや、本来は成熟してから、この旅をするそうだが」

 アンブルは言葉を口の中に押し留めて思考に沈む。奴隷であった事が引っかかる。少なくとも世界の王に親は居ない。だから奴隷として生まれるという可能性もありえなかった。
 アンブルの知識も、師であるスフェーンから聞いたものだ。考えられるとすれば、誰かの手が介入していそうだという事。これ以上は単なる予想となり、確かなものはルルの記憶が頼りだ。何も覚えていないとなると、こちらも言いようが無かった。

「頭に誰かの声が聞こえた事はないか?」
『ある。あれは、誰?』
「聞いた話では、いつかの王らしい。それも聞いてないんだね?」
『うん。必要以上に、王の事を、教えないって』

 確かに自分は自分の意思で動きたいと、彼に宣言した。それでも、あの物言いは、元より世界の王である事以外、説明する気が無かったように思える。一体どんな意図があるのだろう。

「結局、ルルの歳は幾つなんだ?」
「ああ、まだ10代だ。百も行ってない。今まで通り、人間の見ため年齢での考えで問題ないだろう』
『そっか、ありがとう』

 オリクトの民だからもう少し行っていると思ったが、本当に幼いまま奴隷になっていたらしい。しかし、一つ解決したと思ったら、頭の隅にいた謎が濃さを増していく。
 ルルは小さく行き場の無い溜息を吐いた。だが俯いていた顔はすぐパッと上げられる。鉱石の耳が、遠くからの慌ただしい音を聞き取ったのだ。
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