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【宝石少年と芸術の国】
人形とダンスを
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朝を理解したのは、鳥の声の他に綺麗な歌声を聴いたからだった。アウィンが空き家で設けた自身の寝室で歌っているのだ。
高音は空に溶けそうなほど透き通り、低音は骨に響く。聴いていて心地良く、また眠ってしまいそうだ。ルルは歌に優しく眠気を促しながらも、ベッドから起き上がる。美しい事は変わらず確かなのだが、どうしてか違和感を覚えた。
(喉の調子、良くないのかな)
いつもと声の伸びが違う。どこか緊張気味だ。
そういえば一昨日も、発表会に参加するという提案に少し戸惑っていたのを思い出す。アウィンは人前で歌うのが好きだ。だったらどうして渋っていたのだろう。急だったから? それとも他に理由があるのか。
いつの間にか歌は止んでいた。代わりに足音が部屋の前まで近づいてくるのが聞こえる。直後、ドアが軽くノックされ、そっと開かれた。寝ていると思っているのだろう。
「あぁ、起きていましたか。おはようございます」
『おはよう』
「朝食にしましょう」
二人でダイニングに行き、キッチンにはアウィンが立った。ルルは主に、皿を用意したり材料を渡したりと言った役割だ。
今日は冷水スープとパン、干し肉だ。人にとって干し肉は硬いが、宝石を噛んでも割れないルルの歯には柔らかい。そのため、パンの柔らかさは比べ物にならないほどだ。それでもルルは、スープやミルクなどに浸して食べるのが好きだ。
朝食を終え、いつものように小袋から適当に選んだ宝石を口に入れる。飴玉のように転がす姿に、アウィンは思い出したように提案した。
「そうだ、今日はデザートを食べましょうか。昨日、マリン殿にクッキーを貰ったんです」
『そうなの? じゃあ、飲み物淹れよう。僕はミルクにするけど、アウィンは?』
「ありがとうございます。紅茶を頂けますか?」
残念だが、料理はあまりさせてもらえない。集中すれば大丈夫なのだが、どうやら見守る相手の精神を無意識に削ぐほど心配させるようなのだ。やりたい事ではあるが、その都度心を削らせるほど無常ではない。
それでも、一緒に旅をしているのだから、生活を任せっきりにしたくはない。そのため、お茶を淹れるのはいつの間にかルルが担当するようになった。
アウィンが普段から愛用しているティーセット。端の銀と中央のアウイナイトがアクセントになったトランクケースを開ける。中で役目を待っているカップを慣れた手つきで選び、茶葉とミルクの入った小瓶を取り出した。
出来上がった紅茶を、ガラスの透き通るカップに注ぐ。この瞬間がルルは好きだ。閉じ込められていた香りが一気に弾け、幸せな気分になる。保存用に固めたミルクもお湯で溶かし、程よい濃さにしてテーブルへ並べた。
「ありがとう。そのミルク、すっかり気に入りましたね」
ルルは旅の道中で貰ったミルクに夢中になっていた。アウィンも美味しいと言っていたが少し濃かったようで、残りは全て譲ってくれた。
きっと、これに浸したクッキーは最高だろう。そう思って半分、少し柔らかくなるまで浸して口へ含む。
「いかがです?」
『……美味しい』
頭の声は相変わらずだが、表情はとろけている。細くなった虹の目がより一層鮮やかに輝き、とても堪能しているのが分かった。
三枚のクッキーはあっという間に無くなった。残ったミルクを飲み干すと、ルルは紅茶を優雅に嗜むアウィンを見つめる。
『ねえアウィン』
「なんでしょう?」
『発表会出るの、嫌?』
「何故そのように思ったのですか?」
『さっき、歌っていたでしょ? その声が、いつもと違うように、聞こえたの』
黙っていようかとも思ったが、やはり聞いた方がいい。そうしなければ何事も前に進まないものだから。
一方でアウィンは驚いたようだった。確かに、とある理由によって抵抗があった。しかしいつも通り歌ったはずなのだ。まさか自分にすら気付けない調子を指摘されるなんて、思っていなかった。
これは自分にとって少し恥のある過去なのだが、こうなれば黙っている方が気が引ける。
「人前で歌うのは、ルルも知っての通り好きです。ですが……実は、リベルタでもここと同じように発表会のような催し物があったのです」
リベルタはアウィンの故郷。そこはアルティアルのように、様々なイベントが用意されて毎日が賑わう国だ。
そのイベントは音楽を愛する者がこぞって参加する。そこにアウィンは嬉々として出場した。
「毎日のように歌に励み、喉の調子を万全にしていました。ですが……私は辞退したのです」
『辞退? アウィンは五大柱だから、そのせい?』
「そうですね……ある意味、それもあるかもしれません」
しかしルルが想像しているものとは違う。彼はおそらく、柱としての役目があったから辞退したと思っているだろうから。
「歌えなくされたのです」
『喉を、潰されたの?』
「ふふ、ええ」
濁した言葉を直訳され、アウィンは思わず笑った。
当時、若くして五大柱である事と魔法を巧みに扱う事などで、彼は目立つ存在だった。さらにそこに音楽の技術まで備わった事で、周囲の人間の目の色が変わった。アウィン自体は高飛車な態度ではなく優しく柔軟な考え。だからか、より視線は鋭く痛いものに変化していた。
ルルは濁った色を混ぜた目元を小さくしかめる。
『そんなもの、醜い嫉妬だ』
「その通りです。だから私は気にしませんでした。相手は反応を望んでいる。分かっていて泣く事はしません」
数年間、陰湿な嫌がらせは続いた。衣服や装飾品の損傷、事故に見せかけた傷害なんてものもあった。それでも彼が立っていられたのは、歌があったから。
「私が催しに参加する噂を聞いて……相手は焦ったのでしょうね」
喉を傷つけないように。それでも鍛錬は毎日長時間に及ぶ。それを長く続けるために、彼はいつも喉にいい茶葉から淹れた紅茶を愛用していた。
その日もいつものように、それを用意しながら歌に励んだ。
「ですがその日以降、声が出なくなった」
喉の焼ける痛みに倒れ、数日は高熱にうなされた。医師に寄れば治る見込みがないとの事。アウィンはそこで、初めて絶望を顔に描いた。
明らかに原因は紅茶。愛用していたものに手を出せるとなれば、身近な存在の犯行だと分かる。思わずそれが口に出そうになったルルは、急いで口を閉じた。それを尋ねるほど無神経ではない。
『今、声が出るのは……?』
「以前に少し話した、友のおかげです。どうやったかは教えてもらえませんでしたが、古書などを読み漁っていたそうですよ」
アウィンは嬉しそうに、クスクス笑う。今は親友と呼べるが、その頃はまだ名前を知っているだけの仲だった。互いの関係が深くなったのは、これがきっかけだと言って間違いないだろう。しかし、青い瞳は不安気に揺れる。
「それから、あまり形式のある舞台には立てなくなったのです。不思議と、声が霞んでしまって」
形式のない、自由な場でなら体は伸び伸びと音を発する。しかし取り決まった舞台となると、思い出したかのように喉が掠れてしまう。今日の歌も、待っている舞台に体が怯んでいたのだろう。
『そうだったんだ……。事情を聞かないで、勝手に決めて、ごめんね』
「いいんですよ」
『やっぱり、他の方法探そう』
「いえ、参加します」
『え、でも』
「確かにまだ、自分は恐れているでしょう。ですがいい機会だとも思います。この国に来て、発表会に参加する……これは運命でしょう。偶然なんて、ありませんものね?」
アウィンはそう言って面白おかしく微笑んだ。しかしきっとこれが一人旅だったら、無意識に避けていただろう。誰かに誘われ、ようやく差し出された手を取れた。
「ルルは何で参加するか、決めましたか?」
『ん……絵にしようとは、思うけど……いまいちピンとしないの。だからまた、いろんな人を見て回るよ』
芸術は絵だけじゃない。アルナイトのあの言葉が頭に残っている。絵で参加しようという意思に、どうしても納得させてくれなかった。だから、多種多様な芸術が集まった国の人々の姿を知ってから決めるのも、きっと遅くない。
ティータイムを終え、二人は早速家を出た。アルティアルは明るい時間が少ない。だから思い立ったらすぐ行動した方が吉なのだ。
しかしまだ日中だというのに、思ったより人とすれ違わない。おそらく発表会へ向けて、家に篭っている者が多いのだろう。やはり、外で見られる芸術というのは限られているのだろうか。
「──さあ、次はこの人形にご注目!」
近くで、聞き覚えのある声が二人を引き寄せた。向かった先は公園。小さなそこは、老若男女種族も問わず人混みができている。
平均よりも頭が一つ高いアウィンは、全員が注目している存在を見つけた。
「ああ、やはりマリン殿です」
『何してるの?』
「近くに行ってみましょうか」
顔は分かっても、流石に手元は見えない。少し道を開けてもらって、人混みに紛れる。しかし背の低いルルは、結局何をしているのか、気配すら理解できないでいた。苦し紛れに、軽く跳ねてみるが意味はない。
「ルル、杖を代わりに持っていてくれますか?」
『いいよ』
「では、失礼」
「?」
杖を受け取った瞬間、アウィンの腕が体に回る。その瞬間、ふわっと持ち上げられた。驚きに、ルルの喉からハッと息を大きく吸う音がする。長身のアウィンが抱き上げてくれたおかげで、周囲を見渡せるほどに目線が高くなった。
『重くない?』
「ええ、全く」
『ありがとう』
ルルは言葉に甘え、マリンを探した。中心に居る彼の隣に、何か別の物がある。有機物ではなく無機物の気配なのだが、まるで人間のような動きをしていた。一体何か分からないでいると、マリンと目が合った。
「やあ、そこの居るのは親愛なるご友人!」
嬉しそうな声に、今度は視線がルルとアウィンに注がれる。すると、前へ促すように観客が道を開けた。
「おや、ありがとうお客様方。お二人とも、前へどうぞ」
促すように差し伸べられた手に、二人は顔を見合わせる。こんな事になるとは思わなかったが、これ以上舞台を止めるのも申し訳ない。
ルルは地面に降りてアウィンと前に出た。すると、迎えてくれたのはマリンだけではなかった。優雅に腰を折る彼と同じ動きを目の前でしたのは、人形。よく見ると糸でマリンの指先と繋がる、操り人形だった。
「ルル、良ければこの子と、踊ってはくれないかい?」
『僕が?』
少年の形をした操り人形は、片膝をついて跪くと手を差し伸べてきた。ルルはそれに、小さく笑ったような息を吐くと、硬く冷たい手の平に薄青い手を重ねた。
マリンはチラリとアウィンへ視線を向ける。
「素敵なダンスには、素敵な歌が必要だと思わないか?」
アウィンは目を瞬かせると可笑しそうに笑い、一つ咳払いをする。そして口を開き、望み通り歌を口ずさんだ。
それを合図に人形は薄青い小さな手を握ると、音に合わせて足を軽やかに踊らせた。ルルはダンスには不慣れだが、複雑ではなく簡単なリズムでリードしてくれる。そのおかげで、必死にしがみつかずに楽しんでついていく事ができそうだ。
少しずつ、愉快さが移ったかのように、観客から手拍子が来た。いつの間にか隣同士で手を取り合い、音に合わせて皆も踊り始める。やがて平凡な公園は、どこよりも賑やかな舞踏会となった。
高音は空に溶けそうなほど透き通り、低音は骨に響く。聴いていて心地良く、また眠ってしまいそうだ。ルルは歌に優しく眠気を促しながらも、ベッドから起き上がる。美しい事は変わらず確かなのだが、どうしてか違和感を覚えた。
(喉の調子、良くないのかな)
いつもと声の伸びが違う。どこか緊張気味だ。
そういえば一昨日も、発表会に参加するという提案に少し戸惑っていたのを思い出す。アウィンは人前で歌うのが好きだ。だったらどうして渋っていたのだろう。急だったから? それとも他に理由があるのか。
いつの間にか歌は止んでいた。代わりに足音が部屋の前まで近づいてくるのが聞こえる。直後、ドアが軽くノックされ、そっと開かれた。寝ていると思っているのだろう。
「あぁ、起きていましたか。おはようございます」
『おはよう』
「朝食にしましょう」
二人でダイニングに行き、キッチンにはアウィンが立った。ルルは主に、皿を用意したり材料を渡したりと言った役割だ。
今日は冷水スープとパン、干し肉だ。人にとって干し肉は硬いが、宝石を噛んでも割れないルルの歯には柔らかい。そのため、パンの柔らかさは比べ物にならないほどだ。それでもルルは、スープやミルクなどに浸して食べるのが好きだ。
朝食を終え、いつものように小袋から適当に選んだ宝石を口に入れる。飴玉のように転がす姿に、アウィンは思い出したように提案した。
「そうだ、今日はデザートを食べましょうか。昨日、マリン殿にクッキーを貰ったんです」
『そうなの? じゃあ、飲み物淹れよう。僕はミルクにするけど、アウィンは?』
「ありがとうございます。紅茶を頂けますか?」
残念だが、料理はあまりさせてもらえない。集中すれば大丈夫なのだが、どうやら見守る相手の精神を無意識に削ぐほど心配させるようなのだ。やりたい事ではあるが、その都度心を削らせるほど無常ではない。
それでも、一緒に旅をしているのだから、生活を任せっきりにしたくはない。そのため、お茶を淹れるのはいつの間にかルルが担当するようになった。
アウィンが普段から愛用しているティーセット。端の銀と中央のアウイナイトがアクセントになったトランクケースを開ける。中で役目を待っているカップを慣れた手つきで選び、茶葉とミルクの入った小瓶を取り出した。
出来上がった紅茶を、ガラスの透き通るカップに注ぐ。この瞬間がルルは好きだ。閉じ込められていた香りが一気に弾け、幸せな気分になる。保存用に固めたミルクもお湯で溶かし、程よい濃さにしてテーブルへ並べた。
「ありがとう。そのミルク、すっかり気に入りましたね」
ルルは旅の道中で貰ったミルクに夢中になっていた。アウィンも美味しいと言っていたが少し濃かったようで、残りは全て譲ってくれた。
きっと、これに浸したクッキーは最高だろう。そう思って半分、少し柔らかくなるまで浸して口へ含む。
「いかがです?」
『……美味しい』
頭の声は相変わらずだが、表情はとろけている。細くなった虹の目がより一層鮮やかに輝き、とても堪能しているのが分かった。
三枚のクッキーはあっという間に無くなった。残ったミルクを飲み干すと、ルルは紅茶を優雅に嗜むアウィンを見つめる。
『ねえアウィン』
「なんでしょう?」
『発表会出るの、嫌?』
「何故そのように思ったのですか?」
『さっき、歌っていたでしょ? その声が、いつもと違うように、聞こえたの』
黙っていようかとも思ったが、やはり聞いた方がいい。そうしなければ何事も前に進まないものだから。
一方でアウィンは驚いたようだった。確かに、とある理由によって抵抗があった。しかしいつも通り歌ったはずなのだ。まさか自分にすら気付けない調子を指摘されるなんて、思っていなかった。
これは自分にとって少し恥のある過去なのだが、こうなれば黙っている方が気が引ける。
「人前で歌うのは、ルルも知っての通り好きです。ですが……実は、リベルタでもここと同じように発表会のような催し物があったのです」
リベルタはアウィンの故郷。そこはアルティアルのように、様々なイベントが用意されて毎日が賑わう国だ。
そのイベントは音楽を愛する者がこぞって参加する。そこにアウィンは嬉々として出場した。
「毎日のように歌に励み、喉の調子を万全にしていました。ですが……私は辞退したのです」
『辞退? アウィンは五大柱だから、そのせい?』
「そうですね……ある意味、それもあるかもしれません」
しかしルルが想像しているものとは違う。彼はおそらく、柱としての役目があったから辞退したと思っているだろうから。
「歌えなくされたのです」
『喉を、潰されたの?』
「ふふ、ええ」
濁した言葉を直訳され、アウィンは思わず笑った。
当時、若くして五大柱である事と魔法を巧みに扱う事などで、彼は目立つ存在だった。さらにそこに音楽の技術まで備わった事で、周囲の人間の目の色が変わった。アウィン自体は高飛車な態度ではなく優しく柔軟な考え。だからか、より視線は鋭く痛いものに変化していた。
ルルは濁った色を混ぜた目元を小さくしかめる。
『そんなもの、醜い嫉妬だ』
「その通りです。だから私は気にしませんでした。相手は反応を望んでいる。分かっていて泣く事はしません」
数年間、陰湿な嫌がらせは続いた。衣服や装飾品の損傷、事故に見せかけた傷害なんてものもあった。それでも彼が立っていられたのは、歌があったから。
「私が催しに参加する噂を聞いて……相手は焦ったのでしょうね」
喉を傷つけないように。それでも鍛錬は毎日長時間に及ぶ。それを長く続けるために、彼はいつも喉にいい茶葉から淹れた紅茶を愛用していた。
その日もいつものように、それを用意しながら歌に励んだ。
「ですがその日以降、声が出なくなった」
喉の焼ける痛みに倒れ、数日は高熱にうなされた。医師に寄れば治る見込みがないとの事。アウィンはそこで、初めて絶望を顔に描いた。
明らかに原因は紅茶。愛用していたものに手を出せるとなれば、身近な存在の犯行だと分かる。思わずそれが口に出そうになったルルは、急いで口を閉じた。それを尋ねるほど無神経ではない。
『今、声が出るのは……?』
「以前に少し話した、友のおかげです。どうやったかは教えてもらえませんでしたが、古書などを読み漁っていたそうですよ」
アウィンは嬉しそうに、クスクス笑う。今は親友と呼べるが、その頃はまだ名前を知っているだけの仲だった。互いの関係が深くなったのは、これがきっかけだと言って間違いないだろう。しかし、青い瞳は不安気に揺れる。
「それから、あまり形式のある舞台には立てなくなったのです。不思議と、声が霞んでしまって」
形式のない、自由な場でなら体は伸び伸びと音を発する。しかし取り決まった舞台となると、思い出したかのように喉が掠れてしまう。今日の歌も、待っている舞台に体が怯んでいたのだろう。
『そうだったんだ……。事情を聞かないで、勝手に決めて、ごめんね』
「いいんですよ」
『やっぱり、他の方法探そう』
「いえ、参加します」
『え、でも』
「確かにまだ、自分は恐れているでしょう。ですがいい機会だとも思います。この国に来て、発表会に参加する……これは運命でしょう。偶然なんて、ありませんものね?」
アウィンはそう言って面白おかしく微笑んだ。しかしきっとこれが一人旅だったら、無意識に避けていただろう。誰かに誘われ、ようやく差し出された手を取れた。
「ルルは何で参加するか、決めましたか?」
『ん……絵にしようとは、思うけど……いまいちピンとしないの。だからまた、いろんな人を見て回るよ』
芸術は絵だけじゃない。アルナイトのあの言葉が頭に残っている。絵で参加しようという意思に、どうしても納得させてくれなかった。だから、多種多様な芸術が集まった国の人々の姿を知ってから決めるのも、きっと遅くない。
ティータイムを終え、二人は早速家を出た。アルティアルは明るい時間が少ない。だから思い立ったらすぐ行動した方が吉なのだ。
しかしまだ日中だというのに、思ったより人とすれ違わない。おそらく発表会へ向けて、家に篭っている者が多いのだろう。やはり、外で見られる芸術というのは限られているのだろうか。
「──さあ、次はこの人形にご注目!」
近くで、聞き覚えのある声が二人を引き寄せた。向かった先は公園。小さなそこは、老若男女種族も問わず人混みができている。
平均よりも頭が一つ高いアウィンは、全員が注目している存在を見つけた。
「ああ、やはりマリン殿です」
『何してるの?』
「近くに行ってみましょうか」
顔は分かっても、流石に手元は見えない。少し道を開けてもらって、人混みに紛れる。しかし背の低いルルは、結局何をしているのか、気配すら理解できないでいた。苦し紛れに、軽く跳ねてみるが意味はない。
「ルル、杖を代わりに持っていてくれますか?」
『いいよ』
「では、失礼」
「?」
杖を受け取った瞬間、アウィンの腕が体に回る。その瞬間、ふわっと持ち上げられた。驚きに、ルルの喉からハッと息を大きく吸う音がする。長身のアウィンが抱き上げてくれたおかげで、周囲を見渡せるほどに目線が高くなった。
『重くない?』
「ええ、全く」
『ありがとう』
ルルは言葉に甘え、マリンを探した。中心に居る彼の隣に、何か別の物がある。有機物ではなく無機物の気配なのだが、まるで人間のような動きをしていた。一体何か分からないでいると、マリンと目が合った。
「やあ、そこの居るのは親愛なるご友人!」
嬉しそうな声に、今度は視線がルルとアウィンに注がれる。すると、前へ促すように観客が道を開けた。
「おや、ありがとうお客様方。お二人とも、前へどうぞ」
促すように差し伸べられた手に、二人は顔を見合わせる。こんな事になるとは思わなかったが、これ以上舞台を止めるのも申し訳ない。
ルルは地面に降りてアウィンと前に出た。すると、迎えてくれたのはマリンだけではなかった。優雅に腰を折る彼と同じ動きを目の前でしたのは、人形。よく見ると糸でマリンの指先と繋がる、操り人形だった。
「ルル、良ければこの子と、踊ってはくれないかい?」
『僕が?』
少年の形をした操り人形は、片膝をついて跪くと手を差し伸べてきた。ルルはそれに、小さく笑ったような息を吐くと、硬く冷たい手の平に薄青い手を重ねた。
マリンはチラリとアウィンへ視線を向ける。
「素敵なダンスには、素敵な歌が必要だと思わないか?」
アウィンは目を瞬かせると可笑しそうに笑い、一つ咳払いをする。そして口を開き、望み通り歌を口ずさんだ。
それを合図に人形は薄青い小さな手を握ると、音に合わせて足を軽やかに踊らせた。ルルはダンスには不慣れだが、複雑ではなく簡単なリズムでリードしてくれる。そのおかげで、必死にしがみつかずに楽しんでついていく事ができそうだ。
少しずつ、愉快さが移ったかのように、観客から手拍子が来た。いつの間にか隣同士で手を取り合い、音に合わせて皆も踊り始める。やがて平凡な公園は、どこよりも賑やかな舞踏会となった。
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