宝石少年の旅記録(29日更新)

小枝 唯

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【宝石少年と芸術の国】

彼だけの駒

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 ルルは玄関までアルナイトを見送り、アウィンの手を借りてソファに戻った。すると、リッテが声を顰めるようにして、懐からひと欠片の岩を取り出す。匂いからして、アルティアルの土台となっている鉱石の一部だと分かる。

「宝というのは……もしや金の事ではないかと」
「金ですって?」
「ああ。この鉱石の成分の中に、金を生成できるものが含まれている」

 リッテはルルから宝について聞かれた日から、気になって仕方なく、ずっと探っていた。最初はアヴィダンの尾行もしたそうだが、商人としての顔しか見られない。他と言えば、ただ何かを探している事くらいだ。
 だから自分で考えた。人間が宝と称するならば、真っ先にルナーが浮かぶ。だがルナーは人工石で、アヴィダンの探すという行動には繋がらない。それでもルナー関連で考えるとすれば、変換できる高価な鉱石。

「そこでこの土地の鉱石に目を向けました。少し珍しい石でしたので。口に入れて感じる成分は、間違いなく金を生成するものが含まれている。ルル様のご意見を頂きたくて……」
『うん、金だよ』

 あっさりとした即答に、リッテとアウィンは顔を見合わせる。この鉱石からは金を生成する成分があるが、香りまではしない。しかしルルは食べて確かめる事もしない。
 ルルはアルティアルを守るため、2人も知っておいていいだろうと、穴を通じた洞窟での出来事を語った。2人は、アルティアルを支えるのが金でできた大木だと知ると、持って来た石の欠片に思わず視線を落とす。そんな大量な金にも驚きだが、思った以上の大冒険をしていた事にも衝撃だ。
 リッテは気が気じゃなさそうに深く息をつく。アウィンにも言われたが、こんなにヤンチャな世界の王は後にも先にもないだろう。まあ無事だったから、小言は言わないでおく。

「やはりあの女神像の下ですか。少し気になっていた場所です」
『あの大木は、長い年月をかけて、アルティアルを生成した。でも僕以外、行く事はできない。万が一のため、 鉱石で塞いだから』

 そして現王へ向けての資料も、もうマグマが喰らって存在しない。知っているのはこの3人と、アルナイトだけ。彼女はそう簡単に喋るような人ではない。金について注意すれば、すぐ理解してくれた。

『それに、アルナイトはここを、とても愛している』
「ふむ……まあ、ルル様がそう仰るのなら」
「それに、もう塞いだのでしょう? あと警戒するのは、アヴィダンの行動だけです」
『そうだね』

 ルルは穏やかな表情で頷いたあと、虹の目を半分目蓋で隠し、口元に手を添えた。考え込んでいる様子に、アウィンはどうしたのかと首をかしげる。

『2人はもし、欲しいものが手に、できなかったら……どうする?』
「私なら諦めますかね」
「うむ、他を当たるか、別のものに視点を向けますね」

 ルルは逡巡するように目を閉じる。アヴィダンの行動は、果たして彼の欲求を満たすために、彼だけが考えたものなのだろうか。混乱を稼ぎ、探すのは作戦としていい。実際、そこにそれ以上の意図はないかもしれない。しかしルルの胸の奥底で何かが引っ掛かっている。これは王による本能だろうか。まだ確信するには早い気がした。

『彼の……アヴィダンの事が、知りたい。リッテ、あるだけでいいから、彼自身の資料が、欲しい』
「承知いたしました。手元にあるだけ、全てお持ちしましょう。しかし何かあっても、今日は行動なさらないでくださいね」
『何故?』
「足の怪我をお忘れですか?」

 ルルは「足?」と首をかしげたがすぐ思い出したようにハッとする。重い程度で痛みが無いし、話に集中していてすっかり忘れていた。ちょっと散歩しようとでも思っていたくらいだ。
 ルルは足をぷらぷらさせて、小さく『退屈』と呟く。

「王の体は無敵ではないのですよ?」

 そんな事分かっている。それでも、ただベッドで休むのなんてもったいない。
 ぷくっと頬を膨らませて見せても「そんな顔してもダメです」と、リッテは胸の前で腕組みをした。そんな2人を見ていたアウィンは可笑しそうに笑う。

「ではルル、今日は音楽鑑賞なんていかがですか?」
「?」
「我々の音の審査員になってください。やはり観客が居た方がいい練習となります。手伝ってくれますか?」

 ルルは丸い目をパチクリさせ、不服に膨らんだ頬から空気を抜いた。それはとても有意義な時間になりそうだ。ルルは『もちろん』と嬉しそうに頷く。リッテはやれやれと息をつき、腰を上げるとオーアトーン用の椅子に座る。ソファから1人の観客の小さな拍手から、鮮やかな音楽が広がった。

~               **              ~               **                 ~

 画材屋に寄って少し絵の具を買い足し、アルナイトは工房に帰った。実を言うと、別に絵の具は買わずとも、まだ充分量は残っている。
 早く工房に戻って絵の続きを描かないといけないと分かっている。それでも、寄り道する口実が欲しかった。足がこんなに工房に行きたくないと訴えるのは初めてだ。どれだけスランプになっても、いつもすぐに工房に行こうとするのに。
 なんだか怖い。いろんな秘密を胸にしまって、いつも通り接する自信がないのだ。もしドアを開けて、フロゥに何かあったら? もし何かをしていたら?

(……ルルがくれたお守りがあるんだ。大丈夫だ。すぐいつものフロゥに戻る。それに、明日ルルが来てくれる)

 自分が出来ることは、悔しいが何もない。かろうじて近くで見守る事だけ。何かあれば、必死に意識を逸らす事だけ。
 アルナイトは居た堪れなく、珍しくため息を吐く。だがすぐ、気合いを入れるように両頬をパチンと叩いた。

「オレはオレが出来る事を、頑張ってする!」

 限られているのなら、それをする。そしてルルに繋ぐのだ。姿勢を正し、工房のドアを開ける。中に入れば、壁に染み込んだ絵の具の匂いが緊張感を少しばかり解いてくれる。
 意を決して階段をのぼり、そっと工房に顔を見せた。

「あれ? フロゥ?」

 想像していた彼の姿が無かった。道具の買い足しだろうか。しかしこの前買ったばかりだったような気がする。
 荷物を入れた袋を自分のスペースに置き、壁で少し区切っているフロゥの場所を覗いた。途中になっている絵には、埃避けの布がかぶさっていて、今日はまだ手をつけていないのだと分かる。

「あ、道具箱開いてる」

 重厚で様々な道具が所狭しと並んでいる道具箱。物は多いが、整頓されていて一瞬でどこに求めているのが見つけられる。しかしフロゥにしては不用心だ。
 アルナイトは少し迷ったが、失礼して中を見る事にした。もしかしたら、これはフロゥからアヴィダンの道具を隠せるチャンスだから。しかしすぐ彼女は残念そうに肩を落とす。ちょうどその画材だけが持ち出されているのだ。

(っていうか、外に画材って必要か?)

 スケッチブックは、棚から1冊も抜かれずきっちり埋まっている。つまりはスケッチをしに行ったわけではないようだ。ではなんのために?

「……大丈夫、だよな?」

 きっと大丈夫だ。なんの根拠も無ければ、ただの願いでしかないが。
 アルナイトは自分の工房をチラリと見てから、階段を急いで降りた。こんな状況で、自分の作品なんて描けない。彼女はフロゥを探して、外へ駆け出した。

~               **              ~               **                 ~

 机の上に転がる、小指の爪ほども無い小さな宝石。器もなく、無機質でもまるでこちらを見つめているように見えるのは、きっと元は人形の目となっていたからだろう。この木偶の目は優秀だと、アヴィダンは感心していた。
 おかげで有力な情報が手に入った。水晶玉が映す光景に、彼はシワのある小さな目を疑ったものだ。人形の目を通して少し歪んだ、水の中のような映像にはルルとアルナイトが映る。そしてルルが石像を戻す直前に、その手で石を生み出すのも。
 アヴィダンは変装していないルルを知らない。ただ服装からして他国民であるのは理解した。そして彼がオリクトの民であり、その石像は彼らにしか開けられない事も。本当に、運がいい。

「ふふふ……これは計画を少し変更させるか」

 あそこに、金塊がある。声は残念ながら分からないが、これは長年の勘だ。しかし場所が分かっても、オリクトの民の手が無ければいけない。普通ならこれで諦める事になる。だがアヴィダンには使える『駒』があるのだ。

私のために役立ってくれよ」

 彼の指が、人形の目を乱暴に弾き飛ばした。
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