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ビー玉の夏
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蒼(あおい)… 無汗症を患った女の子。海と透明な物が好き。ラムネのビー玉を集めていた。
祐希(ゆうき)… 蒼の幼なじみ。素直じゃないが根は優しい。
望(のぞむ)… 祐希の弟。いたずら好き。
**
ラムネのおごりをかけてじゃんけんをしていたあの夏。
「えーーっまた負けたぁあ…」
これで3連敗だった。
「お前弱すぎ笑笑 じゃ、今日のラムネもお前のおごりな」
そう言って笑う祐希に、私は口をとがらせる。
「来年は絶対負けないし!!」
「はいはい笑」
近所で催される小さな夏祭りは、昼に始まりタ方には終わる。全部で3日間の祭りで、私達は3日ともラムネを買うことにしていた。じゃんけんで負けた方の奢りで。財布を出して小銭を探す。2本で300円。
「蒼ちゃん、今年も負けたんか」
ラムネ売りのおじさんにからかわれた。祐希の家の向かいの、ゴールデンレトリバーを飼っている家のおじさんだった。私にはよく懐いていたが、祐希にはあまり懐いていなかった。
「いや、来年は勝つんで。」
真剣な顔で告げる私に、おじさんは笑った。
「どうだろうなあ。祐希くんはじゃんけん強いからな。はい、負けっぱなしの蒼ちゃんに飴をプレゼント」
「負けっぱなしは余計です!…ありがとうございます」
受け取った飴をポケットに入れて、ラムネを開けた。夏の音がする。
口をつけて瓶を傾ける。カラカラ、とビー玉の転がる音がした。冷たいラムネは、この暑い日には特別においしかった。
滴る汗とじりじりとしたこの気温を噛み締めて、喉の奥に炭酸を流し込む。
「そんでお前飲むのはえーよな」
祐希のはまだ半分以上残っている。
「祐希が遅いんだよ」
「炭酸っておいしいけどそんな一気に飲めるもんじゃねえだろ…」
「そーかな」
水道のそばで瓶を逆さにしてビー玉を取り出す。
…あの日空に透かしたビー玉に、私の夏は閉じ込められた。
祭りの次の日、祐希の家族と私の家族で海に行った。夏の太陽の光を受けた砂浜は焼けるように熱く、私はサンダルを脱がずに砂浜を走り回っていた。祐希の弟の望くんに水鉄砲を当てられる。
「あっ、やったな~待て~!」
私がそう言って駆け寄ると、望くんは笑いながら逃げ回り、 祐希の後ろに隠れた。
「お前ら元気すぎないか」
「そういう祐希は元気が足りない!おりゃっ」
祐希に水鉄砲を食らわせる。
「うわっ!おいやめろって」
祐希が私を追いかける。
やけに暑い日だった。最高気温は38度、真夏の気温。しばらく走っていて、汗をほとんどかいていないことに気がついた。違和感を感じたときにはもう遅く、視界が揺れる。足元がふらつく。頭痛がする。ついには立っていられなくなり、 私は気を失って倒れた。
「蒼…?おい、蒼!」
遠くで祐希の呼ぶ声がした。
目を覚ましたのは病院で、倒れたのは熱中症が原因ということだった。
でもそれよりも、先生が次に発した一言が私を困惑させたのだ。
「特発性後天性全身性無汗症ですね」
「え、なんて…?」
「汗をかけない病気です。原因がはっきりしていないので、れっきとした治療法も見つかっていないんです」
全身から血の気が引いた。目眩がする。海。お祭り。ラムネ。頭の中で色々な思考が駆け巡った。
「そんな…どうして…」
「私の夏」はそこで終わった。
**
「なあ、…なあってば」
「え?」
「話聞けよ笑 今日どこ行く?」
毎年のように、私は祐希の家で夏休みの課題をやっていた。 1人でやるとどうにも途中で脱線してしまうからだ。
「ああ…どこ、いこっか…」
祭りが開催される日は大抵、午前中は海やプールで遊び、昼過ぎから祭りに行っていた。もっとも、一昨年までの話だけれど。今年は朝から課題をし、出かけたあとに祭りに行き、祐希の家で夕飯をご馳走になって帰る予定だった。
「新しくできたカフェあるじゃん、あそこのパフェおいしいらしいぜ」
「じゃあそこにしよ、気になる」
ほとんど手が止まりかけていた課題を置いて、鞄に財布とスマホを突っ込んで靴を履いた。
2年前の夏、無汗症を患った。汗をかけず、体温を下げられなくなった私は、医者に海やプールなどのレジャーを禁じられていた。そんな私を気遣って、祐希はエアコンの効いた図書館やカフェなどを提案してきた。
去年から、「いつもの夏」じゃなくなった。海もプールも行けない。炎天下に長くいられない。こまめに水分を取らなきゃいけない。祐希もきっと、前のように私の家族と海に行きたいだろう。それを口に出さずにいてくれるのは祐希の優しさだった。
「ごめん」
「は?何が?あ、今年もあそこの出店でラムネ買うか?」
「…うん」
去年も今年も、なぜか気づいたら祐希がお金を出してくれていた。
「ねぇ、今年はじゃんけんしないの」
「ん…?あぁ、別にいいよ、こんくらい」
「…なにそれ。」
一昨年はあれだけ奢りに執着していたのに。
「え、やっぱりじゃんけんしようよ」
「どうしたんだよ笑」
「さいしょはぐー」
「「じゃんけんぽいっ」」
私はパー、祐希はグーだった。
「勝った…!」
「結局俺の奢りに変わんないじゃん笑」
「たしかに笑」
祐希からラムネを受け取り、蓋を取って輪っかを外し、ビー玉に押し当てる。プシュ、と音を立ててビー玉が落ちた。
「この音も夏の風物詩かなぁ」
「そうだな」
祐希もラムネを開けた。
「あー、やっぱ夏はラムネありきだな」
「夏と言えばラムネ、ラムネと言えば夏」
「はは、だよな」
ラムネを飲みながら、出店から祐希の家へと歩いた。部屋に戻り、机の上の開きっぱなしの課題を閉じて端に寄せる。先にラムネを飲み終わった私は、ビー玉を瓶から取り出し、窓越しに太陽に透かして見ていた。ビー玉を通して見る太陽は、普段より綺麗で、眩しくて、だけど何かが物足りなかった。
「………。」
「何してんの?…てか、やっぱお前飲むの早くないか」
「そんなことないって」
「あーあ…あの夏に戻りたいなぁ」
海で走り回ってふざけあって、汗をかいて冷たいラムネを飲んで。
ローテーブルに置かれたジュースと、食べ終わったアイスの棒、積まれた課題を見ながら呟いた。
「私の夏から海が消えた。ラムネまでなくなったら、もう私の夏は消えたも同然だなぁ」
すかさず祐希が口を挟む。
「ラムネがなくなることはないだろ」
「あのお祭りだっていつやらなくなるかわかんないじゃん」
「祭りがなくなったってラムネは買えるだろ」
「買いに行くの面倒になるじゃん」
「そこ面倒くさがるなよ」
「…まあ、祭りがなくなったら毎年俺がラムネ買ってきてやるよ」
「まじ?」
「おう」
「楽しみにしてる」
「祭りがなくなったらな」
**
冷房の効いた涼しい場所で過ごす夏。
今日もいつものように祐希の家に居る。
「見ろよ、入道雲でけぇ」
「うん」
「…ほら、あそこにカブトムシいる」
「うん。」
「…どうした?」
生返事ばかりの私に気づき、祐希は窓の外に向けていた視線を私のほうに向けた。
「ねぇ、…」
言いかけてやめた。急に心配そうな顔をした祐希に、言いかけていた口を閉じて、精一杯の笑顔を作る。
「…望くんとプールでも行けば?ほら、外はあんなに暑いのにこんな冷房ガンガンの部屋に居たら体悪くするよ?笑」
「…は?」
祐希は急に不機嫌な顔をした。
「なんだよそれ。俺とは遊びたくねーってことかよ」
「いや、そうじゃなくて。そうじゃ、なくて…」
涙が出てきた。祐希は急に泣き出した私にぎょっとして固まってしまった。
「だって、祐希は夏もプールもお祭りも走り回るのも好きじゃん。私なんかとこんな涼しい所にいないで祐希は祐希の好きなことしなよ」
堰を切ったように言葉が出てくる。
「祐希には私と一緒にいるメリットなんかひとつもないじゃん。海も行けない、走り回るのも無理だし夏らしいことなんかなんにもできない……別に私は気遣ってほしいわけじゃないのに!!」
言い終わって祐希を見ると、泣きそうな、悔しそうな、複雑な表情をしていた。
「…帰る」
無言で机を片付けて部屋を出た。涙が止まらなかった。私はこんなことを言いたいわけじゃないのに。
なにもかもが上手くいかない。あの日からずっと、私の時間は止まっていた。
家の前の公園のブランコに座る。夕暮れ時でそろそろ涼しかった。
「………」
こんな自分が嫌になった。
ひっきりなしに鳴るスマホを鞄の奥に押し込む。
少しずつ夜に変わりつつある空を眺めながら溜め息をついた。
「蒼…っ」
祐希が息を切らしながら公園に入ってくる。
私は祐希に合わせる顔がなくて俯いていた。
「蒼」
「……」
「お前がそんなふうに思ってるなんて知らなかった」
「……」
「気を遣ってるとかそういうのじゃなくてさ」
「…お前がいない夏なんてつまんないだろ」
「え?」
「俺は…………俺は、お前がいるなら別に海も夏もいらないよ」
「…?」
「さっきはごめん。ほら、帰るぞ。おばさん心配してんだから」
**
次の日、珍しく祐希が私の家に遊びに来た。
しばらく勉強をして、私はずっと気になっていたことを聞いた。
「昨日のってどういうこと?」
「は!?」
「だってほら、海大好きな祐希があんなこと言うなんて」
「………。」
祐希は私を見て大きな溜め息をついた。
「…お前おもしれーからな。」
「はぁ!?どういうこと!?」
「別に。」
「ねぇ!!!!」
「…あ、そうだ。いつものカフェの期間限定メニューでラムネパフェあるって」
「嘘!?!?行こうよ!!今すぐに!!」
「切り替えはっや……」
**
一昨年までの夏は、照りつける夏の日差しと、私の汗と一緒にラムネのビー玉に閉じ込められた。私はあのビー玉を、今でも大切に保管している。
このビー玉は、私の夏だ。
夏の暑さを数字でしか感じられなくなった私の耳に、今年は蝉の声がやけにうるさく響いた。
祐希(ゆうき)… 蒼の幼なじみ。素直じゃないが根は優しい。
望(のぞむ)… 祐希の弟。いたずら好き。
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ラムネのおごりをかけてじゃんけんをしていたあの夏。
「えーーっまた負けたぁあ…」
これで3連敗だった。
「お前弱すぎ笑笑 じゃ、今日のラムネもお前のおごりな」
そう言って笑う祐希に、私は口をとがらせる。
「来年は絶対負けないし!!」
「はいはい笑」
近所で催される小さな夏祭りは、昼に始まりタ方には終わる。全部で3日間の祭りで、私達は3日ともラムネを買うことにしていた。じゃんけんで負けた方の奢りで。財布を出して小銭を探す。2本で300円。
「蒼ちゃん、今年も負けたんか」
ラムネ売りのおじさんにからかわれた。祐希の家の向かいの、ゴールデンレトリバーを飼っている家のおじさんだった。私にはよく懐いていたが、祐希にはあまり懐いていなかった。
「いや、来年は勝つんで。」
真剣な顔で告げる私に、おじさんは笑った。
「どうだろうなあ。祐希くんはじゃんけん強いからな。はい、負けっぱなしの蒼ちゃんに飴をプレゼント」
「負けっぱなしは余計です!…ありがとうございます」
受け取った飴をポケットに入れて、ラムネを開けた。夏の音がする。
口をつけて瓶を傾ける。カラカラ、とビー玉の転がる音がした。冷たいラムネは、この暑い日には特別においしかった。
滴る汗とじりじりとしたこの気温を噛み締めて、喉の奥に炭酸を流し込む。
「そんでお前飲むのはえーよな」
祐希のはまだ半分以上残っている。
「祐希が遅いんだよ」
「炭酸っておいしいけどそんな一気に飲めるもんじゃねえだろ…」
「そーかな」
水道のそばで瓶を逆さにしてビー玉を取り出す。
…あの日空に透かしたビー玉に、私の夏は閉じ込められた。
祭りの次の日、祐希の家族と私の家族で海に行った。夏の太陽の光を受けた砂浜は焼けるように熱く、私はサンダルを脱がずに砂浜を走り回っていた。祐希の弟の望くんに水鉄砲を当てられる。
「あっ、やったな~待て~!」
私がそう言って駆け寄ると、望くんは笑いながら逃げ回り、 祐希の後ろに隠れた。
「お前ら元気すぎないか」
「そういう祐希は元気が足りない!おりゃっ」
祐希に水鉄砲を食らわせる。
「うわっ!おいやめろって」
祐希が私を追いかける。
やけに暑い日だった。最高気温は38度、真夏の気温。しばらく走っていて、汗をほとんどかいていないことに気がついた。違和感を感じたときにはもう遅く、視界が揺れる。足元がふらつく。頭痛がする。ついには立っていられなくなり、 私は気を失って倒れた。
「蒼…?おい、蒼!」
遠くで祐希の呼ぶ声がした。
目を覚ましたのは病院で、倒れたのは熱中症が原因ということだった。
でもそれよりも、先生が次に発した一言が私を困惑させたのだ。
「特発性後天性全身性無汗症ですね」
「え、なんて…?」
「汗をかけない病気です。原因がはっきりしていないので、れっきとした治療法も見つかっていないんです」
全身から血の気が引いた。目眩がする。海。お祭り。ラムネ。頭の中で色々な思考が駆け巡った。
「そんな…どうして…」
「私の夏」はそこで終わった。
**
「なあ、…なあってば」
「え?」
「話聞けよ笑 今日どこ行く?」
毎年のように、私は祐希の家で夏休みの課題をやっていた。 1人でやるとどうにも途中で脱線してしまうからだ。
「ああ…どこ、いこっか…」
祭りが開催される日は大抵、午前中は海やプールで遊び、昼過ぎから祭りに行っていた。もっとも、一昨年までの話だけれど。今年は朝から課題をし、出かけたあとに祭りに行き、祐希の家で夕飯をご馳走になって帰る予定だった。
「新しくできたカフェあるじゃん、あそこのパフェおいしいらしいぜ」
「じゃあそこにしよ、気になる」
ほとんど手が止まりかけていた課題を置いて、鞄に財布とスマホを突っ込んで靴を履いた。
2年前の夏、無汗症を患った。汗をかけず、体温を下げられなくなった私は、医者に海やプールなどのレジャーを禁じられていた。そんな私を気遣って、祐希はエアコンの効いた図書館やカフェなどを提案してきた。
去年から、「いつもの夏」じゃなくなった。海もプールも行けない。炎天下に長くいられない。こまめに水分を取らなきゃいけない。祐希もきっと、前のように私の家族と海に行きたいだろう。それを口に出さずにいてくれるのは祐希の優しさだった。
「ごめん」
「は?何が?あ、今年もあそこの出店でラムネ買うか?」
「…うん」
去年も今年も、なぜか気づいたら祐希がお金を出してくれていた。
「ねぇ、今年はじゃんけんしないの」
「ん…?あぁ、別にいいよ、こんくらい」
「…なにそれ。」
一昨年はあれだけ奢りに執着していたのに。
「え、やっぱりじゃんけんしようよ」
「どうしたんだよ笑」
「さいしょはぐー」
「「じゃんけんぽいっ」」
私はパー、祐希はグーだった。
「勝った…!」
「結局俺の奢りに変わんないじゃん笑」
「たしかに笑」
祐希からラムネを受け取り、蓋を取って輪っかを外し、ビー玉に押し当てる。プシュ、と音を立ててビー玉が落ちた。
「この音も夏の風物詩かなぁ」
「そうだな」
祐希もラムネを開けた。
「あー、やっぱ夏はラムネありきだな」
「夏と言えばラムネ、ラムネと言えば夏」
「はは、だよな」
ラムネを飲みながら、出店から祐希の家へと歩いた。部屋に戻り、机の上の開きっぱなしの課題を閉じて端に寄せる。先にラムネを飲み終わった私は、ビー玉を瓶から取り出し、窓越しに太陽に透かして見ていた。ビー玉を通して見る太陽は、普段より綺麗で、眩しくて、だけど何かが物足りなかった。
「………。」
「何してんの?…てか、やっぱお前飲むの早くないか」
「そんなことないって」
「あーあ…あの夏に戻りたいなぁ」
海で走り回ってふざけあって、汗をかいて冷たいラムネを飲んで。
ローテーブルに置かれたジュースと、食べ終わったアイスの棒、積まれた課題を見ながら呟いた。
「私の夏から海が消えた。ラムネまでなくなったら、もう私の夏は消えたも同然だなぁ」
すかさず祐希が口を挟む。
「ラムネがなくなることはないだろ」
「あのお祭りだっていつやらなくなるかわかんないじゃん」
「祭りがなくなったってラムネは買えるだろ」
「買いに行くの面倒になるじゃん」
「そこ面倒くさがるなよ」
「…まあ、祭りがなくなったら毎年俺がラムネ買ってきてやるよ」
「まじ?」
「おう」
「楽しみにしてる」
「祭りがなくなったらな」
**
冷房の効いた涼しい場所で過ごす夏。
今日もいつものように祐希の家に居る。
「見ろよ、入道雲でけぇ」
「うん」
「…ほら、あそこにカブトムシいる」
「うん。」
「…どうした?」
生返事ばかりの私に気づき、祐希は窓の外に向けていた視線を私のほうに向けた。
「ねぇ、…」
言いかけてやめた。急に心配そうな顔をした祐希に、言いかけていた口を閉じて、精一杯の笑顔を作る。
「…望くんとプールでも行けば?ほら、外はあんなに暑いのにこんな冷房ガンガンの部屋に居たら体悪くするよ?笑」
「…は?」
祐希は急に不機嫌な顔をした。
「なんだよそれ。俺とは遊びたくねーってことかよ」
「いや、そうじゃなくて。そうじゃ、なくて…」
涙が出てきた。祐希は急に泣き出した私にぎょっとして固まってしまった。
「だって、祐希は夏もプールもお祭りも走り回るのも好きじゃん。私なんかとこんな涼しい所にいないで祐希は祐希の好きなことしなよ」
堰を切ったように言葉が出てくる。
「祐希には私と一緒にいるメリットなんかひとつもないじゃん。海も行けない、走り回るのも無理だし夏らしいことなんかなんにもできない……別に私は気遣ってほしいわけじゃないのに!!」
言い終わって祐希を見ると、泣きそうな、悔しそうな、複雑な表情をしていた。
「…帰る」
無言で机を片付けて部屋を出た。涙が止まらなかった。私はこんなことを言いたいわけじゃないのに。
なにもかもが上手くいかない。あの日からずっと、私の時間は止まっていた。
家の前の公園のブランコに座る。夕暮れ時でそろそろ涼しかった。
「………」
こんな自分が嫌になった。
ひっきりなしに鳴るスマホを鞄の奥に押し込む。
少しずつ夜に変わりつつある空を眺めながら溜め息をついた。
「蒼…っ」
祐希が息を切らしながら公園に入ってくる。
私は祐希に合わせる顔がなくて俯いていた。
「蒼」
「……」
「お前がそんなふうに思ってるなんて知らなかった」
「……」
「気を遣ってるとかそういうのじゃなくてさ」
「…お前がいない夏なんてつまんないだろ」
「え?」
「俺は…………俺は、お前がいるなら別に海も夏もいらないよ」
「…?」
「さっきはごめん。ほら、帰るぞ。おばさん心配してんだから」
**
次の日、珍しく祐希が私の家に遊びに来た。
しばらく勉強をして、私はずっと気になっていたことを聞いた。
「昨日のってどういうこと?」
「は!?」
「だってほら、海大好きな祐希があんなこと言うなんて」
「………。」
祐希は私を見て大きな溜め息をついた。
「…お前おもしれーからな。」
「はぁ!?どういうこと!?」
「別に。」
「ねぇ!!!!」
「…あ、そうだ。いつものカフェの期間限定メニューでラムネパフェあるって」
「嘘!?!?行こうよ!!今すぐに!!」
「切り替えはっや……」
**
一昨年までの夏は、照りつける夏の日差しと、私の汗と一緒にラムネのビー玉に閉じ込められた。私はあのビー玉を、今でも大切に保管している。
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