家政魔術部の放課後は、甘いーー家事スキル高め男子は、なぜか好かれがち

葉月百合

文字の大きさ
5 / 9

髪を結わなかった日~紅茶~(レリーナ)

しおりを挟む

 今日は、髪をまとめなかった。
 正確には、結ってもらわなかった。
 朝、椅子に座って鏡を見る。
 背後に立つメイドが、櫛を手にしたまま、少しだけ待っている。

「今日は、どうなさいますか」

 声は静かで、毎朝と同じ調子。

「……このままで、お願い」

 そう言うと、櫛が止まる。
 ほんの一瞬。
 見逃してしまいそうなくらい。

「承知しました」

 それ以上は、何も聞かれない。
 本当は、結ってもらってもよかった。
 編み込みも、低い位置でまとめるのも、嫌いじゃない。
 でも今日は、何も思いつかなかった。
 櫛が動き出す。
 髪を整えるだけで、結ばない。
 鏡の中で、髪が肩に落ちた。

 この髪色は、家の中で私だけだ。外でも珍しい色だった。

 制服の最後の確認が終わると、メイドは一歩下がって、軽く頭を下げた。

「では、玄関までお送りいたします」

 玄関には、すでに馬車が来ている。

 扉を出ると、御者と使用人が並んで、同じ角度で頭を下げる。

「いってらっしゃいませ、レリーナ様」
「……いってきます」

 馬車に乗り込むとき、自然に手が添えられる。
 扉が閉まる音で、外の空気が切り離される。
 馬車の中は静かだ。
 揺れは一定で、音も少ない。
 学校に着くと、また同じように扉が開かれ、送り出される。

「お気をつけて」
「ありがとう」

 家の中の作りは覚えているのに、校舎の中は相変わらずわからない。
 似たような廊下。
 似たような柱。
 曲がったつもりで、違う場所に出る。
 立ち止まって、少し考える。
 戻るのも面倒で、そのまま進む。
 結果、遠回りになる。
 それでも無事に教室に到着できたことが素晴らしい。



 放課後の廊下は、人が多い。
 声も多い。
 その中を歩くのは、少しだけ楽だ。
 賑やかすぎて、私の存在が薄くなる。

「レリーナ様」

 軽く声を掛けられる。
 振り向くと、知らない男子生徒だった。
 いや、顔は見たことがあるかもしれない。
 もちろん、名前は知らない。

「今日も、その髪はとても――」

 最後まで聞かずに、頭を下げる。

「私、急いでおりますの」

 嘘じゃない。
 私は放課後、いつも急いでいる。
 目的地があるときだけ、ちゃんと歩ける。
 家政魔術部の扉の前に立つと、息が少し整う。

 以前、ここに来るまで、数日かかった。
 道に迷ったわけではなくて。
 入部届を持って、廊下を行ったり来たりして。
 扉の前で立ち尽くして、そのまま帰った日もある。
 家に帰るより、ここに入るほうが、その時は怖かった。

 ノックをする前に、扉が内側から開く。

「レリーナさん」

 ウィン先輩の声。
 穏やか。それだけで、肩の力が抜ける。

「こんにちは」

「こんにちは。僕も、今来たところ」

 たぶん、嘘じゃない。でも、本当でもないと思う。
 部室の中は静かだった。
 外の音が、遠くに感じる。

 机の上には、布と瓶と札。
 途中で止めたまま、きちんと揃っている。

「今日も備品の整理をするね」

 ウィン先輩が机を示す。

「防汚加工前と後が混ざってるから、分け直したいんだ」

 少し考えてから、続ける。

「ややこしいのは僕がやるね。レリーナさんは、布の方をお願い」

「はい!」

 ここでは返事がつい早くなる。
 そんな自分がいる。
 棚の奥に、布が詰め込まれている。
 色も厚みも、微妙に違う。
 触ると、違いがわかる。
 防汚加工前と後では、ほんの少し、纏う空気が違う。
 集中していると、時間の進み方が変わる。

「それ、裏。加工前」

 低い声。
 顔を上げると、カイル先輩が近くにいた。
 いつ来たのか、わからなかった。

「あ……ありがとうございます」

「…….」

 布をひっくり返す。

「そっちの棚は、後でいい」

 カイル先輩の短い指示。

「はい」

 作業を続けながら、つい口が動く。

「私、方向感覚はまったくなくて、魔法もうまく使えないんです」

 手は止めない。

「この棚も、毎回どれがどこに何があるかわからなくて」

 言ってから、少し後悔する。うじうじしている自分。

「気にしないで。僕もいるし、カイルさんもいるし。魔法も大丈夫」

 ウィン先輩が、記録を取りながら言う。

「そもそも、今日の備品整理だって、間違えても何も問題ないよ。使えなくなるわけじゃないしね」

「……そうですか?」

「うん」

 その言い方が、やさしい。
 家では、そんな言い方をされない。
 間違えたら、間違い。
 できなければ、できない。
 だから、ここにいると不思議と気持ちが柔らかくなる。
 カイル先輩が、何も言わずに棚の備品の位置を変える。
 私が取りやすい高さ。    
 視線も、言葉もない。
 でも、わかる。
 見られていても、怖くない。
 それは評価じゃなくて、気にしてくれているから。
 家や外とは違う。全然、嫌じゃない。
 ウィン先輩も、カイル先輩も。

「レリーナさん」

 ウィン先輩に名前だけ呼ばれて、顔を上げる。

「今日は、帰り急ぐ?」

 少し、言葉に詰まる。

「……少し、ゆっくりしてから帰ります」

「うん、わかった」

 それ以上、聞かれない。
 備品が片付くと、棚の中の雰囲気がまったく別のものに変わっていた。

「じゃあ、ここまでかな」

 ウィン先輩が袖をまくる。

「あ、私、お茶――」

「大丈夫。僕がやるから」

 穏やかに、当然みたいに。

 私は、お茶を淹れるのが下手だ。
 ウィン先輩の淹れる紅茶は、他とはひとあじ違う。
 香りが先に来て、あとから味が残る。
 あと、温かい。

「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

「カイルさんも、はいどうぞ」

「……ああ」

 受け取って一口飲む。
 やっぱり、おいしい。

「毎日、来なくてもいいんだよ」

 唐突に、ウィン先輩が言う。

「無理して足を運ぶ場所じゃないし。気が向いたときでいいよ」

 カイル先輩は、静かに紅茶を口にしている。

「…はい……」

 私は笑顔で返した。
 上手に笑えてますように。



 そろそろ、迎えの時間だ。
 部室を出ると、廊下の音が大きく感じた。
 迎えの馬車は、いつもの場所にある。
 使用人が気づいて、頭を下げる。

「お帰りなさいませ、レリーナ様」

「……ただいま」

 馬車の中は、朝と同じ静けさ。
 窓に映る髪が、揺れる。
 それでも、帰りの私には、部室の時間が、ちゃんと残っている。

 布の手触り。
 紅茶の温もり。
 名前を呼ばれた声。

 窓の外が、もう見覚えのある景色に変わっていた。



~~~~~~



レリーナちゃんの笑顔はとても可愛いと思います。


葉月百合


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...