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しろのおめかし
しおりを挟む「どうした、しろ。誰か来るのか。」
からから、きいきい
窓があいた。
わたしの名前はしろ。
いまはちょっと、土が付いて茶色がかっているけど。
いつもは真っ白な毛がつやつやして、
くるんとつぶらなおめめと、ころんとちっちゃな黒いお鼻がかわいいわんちゃん。
わたしに声をかけたのはお父さん。
まわりのヒトは、おじいさんってお父さんを呼ぶ。
お父さんはヒトで、わたしはイヌ。
わたしはわんちゃんだから、おうちのなかで一緒に暮らせない。
おうちのなかでは、お父さんとお母さんとネコのたまねえさんが暮らしている。
わたしもネコに生まれたかったって、よく思うの。
でもお父さんとわたしはいつだって近くにそばにいる。
お父さんがいつも座ってる場所の窓を開けたらその下に、わたしの部屋。
赤い屋根と白い小屋がある。
入口から顔を出せば、すぐにお父さんの真っ白頭が見える。
わたしはしっぽをぶんぶんふって、わん!っと明るく返事をした。
「お客さんでもくるのか、嬉しそうだな。」
わたしは窓わくに前あしをかけて、口にくわえたあるものを、お父さんの方へ放り投げた。
お父さんは少し驚いたあと、豪快にわっはっはと笑った。
「わかった。いますぐ、きれいにブラッシングするよ。そんなに大切なお客さんかい。」
ええ、とっても楽しみ。
とっても大好きなお友達なの。
だけどちょっとわたしの毛、土が多いと思うのよ。
まさか最近、わたしのお手入れをさぼってるって、責めてるわけじゃないのよ。
でもね、ほら、お父さん。
自分の髪の毛はいつもとかして、つやつやさせているじゃない。
わたしだってつやつやに、ぴかぴかにブラッシングしてほしいの。
いますぐよ、いまよいま。
わんわん、わんわんとブラシを鼻で押してせがむと、
がしがしと頭をなでてお父さんは言った。
「すまなかった、しろ。そうだよな、一番キレイな自分で会いたいよな。」
もちろんよ。
わたしは気持ちが伝わったことが嬉しくて、耳を垂らし、首をすくめた。
そのときだった。
「じいちゃーん!しろー!こんにちはー!」
背後から、大好きなマスミくんの声がした。
ああ、
間に合わなかった。
もっと早く、彼の気配を感じ取れたら、よかった。
ああ、きのう、
お散歩のあと、水浴びさせてもらえば、よかった。
ああ、こんなみっともない姿で、はずかしい。
どうしよう。
わたしは尻尾をくるんとまいて、部屋に逃げた。
「おお、マスミ、よくきたな。いらっしゃい。」
マスミくんが走って駆け寄ってくる。
はあ、はあと息をきらして、小屋に近づいてくる。
「しろ。ひさしぶり。どうしたの?ぼくだよ、マスミだよ?」
小屋を覗き込むマスミくん。
わたしは目をあわせるのも、うまくできなくて、マスミくんにお尻をむけてしまった。
尻尾はくるん。どうしよう。
その様子を見て、お父さんは豪快にわらった。
「おや、マスミじゃないか。いらっしゃい。」
「ばあちゃん、こんにちは。」
「ほら、手を拭いて、喉を潤しなさい。檸檬水だよ。」
小屋の前にしゃがみこんでいたマスミくんの気配がなくなる。
そっと覗きこんでみると、窓の奥からお母さんがお盆にコップとおしぼりをのせて出てくるところだった。
お母さんはお父さんのとなりに腰を下ろす。
「ありがとう!いただきます!」
「はい、召し上がれ。」
ごくごくと飲みほして、マスミくんは言った。
「ぷはー、おいしい!走ったあとの、ばあちゃんの檸檬水は最高だね。」
「そうかい、よかった。おやおや。」
「たま!こんにちは。」
にっこり微笑むお母さんの膝に、ぽんっとおさまるたまねえさん。
黒と白の毛がうっとりするほどキレイなネコさん。
にゃあと、可憐に鳴くねえさんの声もとってもうらやましい。
「ボク、しろにきらわれてるのかな?」
「はずかしいだけさ。ほら、最近父さんが手入れをさぼっていたから、ちょっと埃っぽいままなんだよ。」
「やっぱり、わしのせいかなあ。」
お父さんがはっはっはっとのんびり笑う。
「しろは女の子だからねえ。みだしなみを整えて、マスミに会いたかったんだよ。」
お母さんの優しい声にわたしはちょこんと部屋から顔を出す。
うらめしそうに見上げるわたしに気づいて、お父さんがぽりぽりと頭をかいた。
「すまない、しろ。かんべんしてくれ。すまん。そんな目でみないでおくれ。」
「しろ。ボクはそんなこと気にしないよ。」
マスミくんはわたしの部屋の前でしゃがむと、両手を広げてにっこり笑った。
わたしはそんなマスミくんが大すきだ。
わたしがヒトに撫でられるのが本当は苦手はことを、マスミくんはわかってくれている。
差し出されたマスミくんの手の指をペロッとなめると、マスミくんはくすぐったそうにした。
「じゃあ、しろ。一緒にお散歩に行こう!そのあと、ボクがブラッシングして、しろを綺麗にしてあげるよ。」
わん、わんっと私は部屋からでて、マスミくんに飛びついた。
「まあ、よかった。しろが、とっても嬉しそうだわ。」
「ああ、そうだな。なんだか今日はいつにもまして、かわいい女の子にみえるよ。」
「にゃあ。」
「マスミ、お散歩の前に、みんなでおやつにしましょう。」
「お、いいね、わしもあまいものが食べたいなあと。」
「マスミが来る少し前からしろがそわそわして、じいさんとすったもんだしてるもんだから、その間にいろいろ拵えたんだよ。玄関へ回って、なかへお上がり。」
「はーい。」
部屋から出ると、マスミくんがいて、お父さんがいて、お母さんがいて、たまねえさんがいる。
景色がぱあっと明るくなって、どきどきして、わくわくして、ふわふわして、ぽかぽかする。
なんだろう、この気持ち。
なんて言うんだろう、この気持ち。
気持ちがいっぱいありすぎて、上手に言葉にできないけれど。
大好きなみんながにこにこして、
にこにこ、にこにこわたしをみていて、
わたしもにこにこ、にこにこ、みんなを見上げる。
みんなで食べるおやつも、なんだか今日はいつもよりとびきりおいしい。
こんな時間がいつまでもずっと続きますように。
~ 了 ~
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