干物女と黒の騎士

aki

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セクハラ上司をかわすには……?

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「主任! ほんっとうに、おめでとうございます~!」

今日は私が企画した玩具が今期一番の売上を記録した、その祝いと慰労の席だ。

「ありがとう。でもこれも皆さんが協力してくれたお陰です。こちらこそありがとう!」

シャンパングラスを掲げてニッコリと微笑むと、私の回りでグラスが合わさる綺麗な音と拍手が響いた。

「大野くん、おめでとう」

乾杯が落ち着いた頃、ポンと肩を叩かれ振り向くと、営業部の三浦副部長がニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。

「…ありがとうございます。副部長始め営業部の皆様にもご尽力頂きまして、感謝しております」

ニコッと営業スマイルを浮かべてお礼を述べるものの、実際のところこの人は当初私の企画に大反対だった人なのだ。

やれ我が社のイメージが崩れるだの、予算が掛かり過ぎるだの、重箱の隅をつつくように私を目の敵にしてきたのだ。勿論、会社のイメージを損なってなんかいないし、確かなリサーチと詳細な数値で返り討ちにしてやったけれど。

「実はね、君には前々から一目置いてたんだよ。君の発想力には目を見張るものがある」

よく言う…散々ダメ出しした癖に!

しかも普段から『女は出しゃばるな』的な発言しかしない癖に、大きなヒットを飛ばした途端、掌を返したようにこんなことを言われてもちっとも嬉しくないどころか、逆に嫌悪感しか湧いてこない。

「ありがとうございます」

それでも一応、直属ではないにしろこれでも上司だ。内心、殴ってやりたい気持ちをグッと抑え、顔面に笑顔を貼り付けて答えると、三浦副部長は一歩私に近付き酒臭い息を吐き出しながら、ニヤニヤと私の全身を舐めるように見詰めてきた。

「それで、だな。この後、今後のキミのことについて話があるんだが……」
「ーーッ!」

勿論、この副部長の台詞の“意味”が分からない程子供ではない。

いやいやいや! 有り得ないから!

全身総毛立つ、とは当にこのこと。寒くもないのにブルッと身体が震え気持ち悪いことこの上ない。

「どうだい? 悪いようにはしないぞ? 実は私は人事部長とも懇意でね……」

うっわ! ほんっと殴りたい!

「あ、えーと。すみません。この後私用がありまして…」
「いいじゃないか。デートという訳ではあるまい? キミに恋人がいないことは知ってるよ……」

今にも肩を抱かれそうな距離に近付かれ、更にヤニ臭さと酒臭さの混じった口臭に気が遠くなりかけるが、何とか気力を振り絞る。

どうやってやり過ごそう。親が倒れた…なら既に此処にいるのはおかしいし私の親はとっくにこの世を去っていて、唯一の肉親だった祖父も三年前に他界し他に親戚はいない。他に私用といっても副部長の言うようなデート出来る恋人もいないし……って、そうだこれだ!

「いえ、それが実は……デート、なんです」

オホホホホ、と少し恥じらうように言ってみせる。

普段なら絶対に言わない嘘だけれど(後々面倒なので)緊急事態だ。身を守るためには致し方ない。

「へ……そ、そうなのか?」

予想外の返答だったらしく、目をまん丸にする三浦副部長に、ニッコリ微笑む。ここでバレては元も子もない。

「はい。実はこの後“彼”がお祝いをしてくれることになってまして。すみません、副部長」
「……」

ニコニコニコニコ。

未だ不審そうな目を向けて来る副部長に、全力で笑顔を返す。

「……そう、か。それならば仕方がない、な」
「折角のお誘い、申し訳ありませんでした。それと、何か人事に関する件でしたら、ウチの部長の賀川を通して頂けますでしょうか。私が先にお話を窺う訳にはいきませんし…。それとも明日にでも賀川と営業部にお伺いした方がよろしいですか?」

ペコリ、と丁寧に頭を下げてからちょっと思案顔で付け足すと、副部長は慌てたように顔の前で両手を振った。

「あ、いやいや! まだこれは内々の話なのでね! あー…それじゃ、ワシはこれで。キミも、その恋人とやらと楽しんできたまえ!」
「はい。ありがとうございます」
「……ハァ。ったく…恋人がいるならいると始めから言ってくれよ……」

去り際にブツブツこう言いながら、三浦副部長はイソイソと人混みの中に紛れて行く。

どうして私が副部長に恋人の有無を知らせないとないけないのよ!

そうその丸い背中に吐き捨てると、勢い良く温くなってしまったシャンパンを煽る。

「はぁ…疲れた……」

お祝いの席なのに、何だってこんな目に会うのやら……。

ボーイから、今度はウイスキーが入ったグラスを貰う。本当はビールが飲みたいところだったけれど、このお洒落な祝賀会には残念ながらビールはない。

「主任主任~! 聞きましたよぉ~!」

そこに、キャッキャとした明るい声が後ろから飛んできた。

「……え?」
「この後、“恋人”に祝って貰うんですか~?」
「は、早瀬さん……」

振り向くとそこに立っていたのはウフフと微笑む私の部下、早瀬紀子。

しまった、と小さく舌打ちをする。

実は彼女は社内でも有名な“ゴシップ好き”で、彼女に“秘密”を知られたら最後、半日と経たずに社内中に噂が広まるという厄介な相手なのだ。

仕事はきっちりこなすし、基本はいい子なのだが、いかんせん口が軽い。

これは面倒なことになってしまいそうだと、私は内心盛大な溜め息を吐いた。

こりゃ明日の朝は、大変なことになりそう……。

しかし、そんな予感が吹っ飛ぶ程のもっと“大変なこと”がこの後自分の身に起こるのだけれど。

それはまた、別の話。

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