2 / 2
2.婚約破棄騒動とあざやかな解決
しおりを挟む
さて、私がオーブリー様の浮気を知ってから数日後のことだった。
今日はスタントン公爵家主催のお茶会が催される日。
スタントン公爵といえば、オーブリー様の叔母の嫁ぎ先。
そのため、王家縁の者がたくさん参加することになっていた。
スタントン公爵家の、手入れの行き届いたひろ~いお庭。
一点のシミもない、張りのある真っ白なテーブルクロス。
目を見張るような色とりどりのオードブル。
磨き抜かれた銀食器に、曇り一つないグラス。
そんな中、遠目にオーブリー様がピンクブロンドの可愛らしい女性を連れて到着したのが見えた。
私は思わず緊張した。
あの娘、ですのね?
なるほど。
私とは正反対のタイプでしょうか。
ふわっふわの髪、ぷっくりした唇、垂れ目、バラ色の頬。
愛嬌の塊のような笑顔。
でも、オーブリー様からの貢ぎ物は、愛嬌で済ませられるほどの金額ではありませんわ。
私はむかむかしたけれど、そこは王太子妃候補としての威厳、顔には出さないように努めた。
周りに不審がられないように極力自然な仕草で私はすっと席を離れた。
スタントン公爵のお茶会は人々の笑顔と陽気な喋り声に包まれて進んでいった。
人懐っこく恰幅の良いスタントン公爵は、あちこち挨拶に渡り歩いては冗談を言って訪問客を楽しませていた。
スタントン公爵夫人は控えめな性格だったが、それでも執事や侍従たちにあれやこれやと指図して、お茶会が円滑に進むように気を配っていた。
本当に楽しいお茶会だわ。
オーブリー様が変な女を連れ込んだこと以外は。
そのオーブリー様は私の前にはやってきませんけど。
ええ。知っていますよ。オーブリー様が今日何をしようとなさっているか。
ここ数日で、調べましたもの。
さて、宴もたけなわといった頃、急にオーブリー王太子がチンチンと銀食器でグラスを叩いた。
参加者たちは「あら、なあに?」とオーブリー王太子の方を見やる。
オーブリー王太子は、畏まって一礼をすると、
「私事で恐縮ではございますが、今日は皆さまにお伝えしたいことがございます! 私はここに、アネット・オールセン公爵令嬢との婚約を破棄いたします!」
と宣った。
「!!!」
「は?」
「ええ!?」
参加者たちの表情が凍り付く。
スタントン公爵夫妻も口をあんぐり開けて、ポッカ~ンだった。
私はオーブリー様の宣言を聞いて、始まったかと覚悟を決めると、すっと群衆から歩み出た。
「一応理由をお聞きしましょうか」
「アネット……」
オーブリー王太子は私の顔を見るや否や、みるみる罪悪感でいっぱいの顔になった。
「すまない! 申し訳ない! 君にはどんな償いでもする! だが、他に好きな人ができてしまったんだ!」
私は、はあっとため息をついた。
「それは、今日オーブリー様がお連れなさった、ふわふわのピンクブロンドのお嬢さんかしら?」
「そ、そうだ……」
オーブリー王太子はごくりと息を呑んで頷いた。
「で、その方は、今どちらに?」
私は冷静に聞いた。
「ん? あ……あれ? 私の側にいるはずだが」
オーブリー王太子は驚いてキョロキョロとあたりを見渡した。
私はしばらく様子を見ていたが、何も起こらないので、オーブリー様にぼそっと言った。
「……たぶん逃げ出したと思いますわよ、オーブリー様」
「え? は? に、逃げ出した??」
オーブリー王太子は目に見えて狼狽し、もう一度目で周りを捜す。
「はい。先ほどオーブリー様がお忙しく挨拶に回っているときに、ちょっと彼女とお話をいたしましたの。『オーブリー様は今日あなたとの婚約を宣言するおつもりです』とお伝えしたら、彼女、真っ青になっていらしたわ。だから逃げることにしたんでしょうね」
私は淡々と言った。
「は? 彼女と話した? い、いや、で、なんで……逃げるのだ……?」
オーブリー王太子は、一人滑稽なほど取り乱している。
「オーブリー様、簡単に申しますと、『デート商法』ですわ」
私は仕方なく言った。
ぷっ、ぷぷぷっ
くくくくくっ
ふはっ
お茶会の招待客たちから笑い声が漏れ出した。
笑いごとではないのだけど、非の打ち所がないと思われていた王太子があまりにも情けない顔で佇んでいるので、皆、笑いが堪えられなかったのだ。
「デ、デート商法……?」
オーブリー王太子は掠れた声で聞き返した。
「はい。……ねえ、彼女、ティルマン男爵家のバーバラと名乗ったのでしょう?」
私はすっと振り返り、名を呼んだ。
「バーバラ?」
「はい」
呼応するように一人の黒髪の聡明そうな令嬢が前に出た。
「私がバーバラ・ティルマンでございます」
「オーブリー様、こちらが本物のバーバラ・ティルマン様よ。バーバラ様、領地から、わざわざご足労、申し訳ございませんでした」
私はバーバラに深く礼をした。
「いえいえ、アネット様。このように親しくお声がけいただいて、ありがたく思っておりますわ」
バーバラはにこやかに返す。
オーブリー王太子は本物のバーバラ・ティルマン男爵令嬢を虚ろな目で眺めた。
「ピンクブロンドさんへの高額な貢ぎ物もすぐに売りに出されていましたわよ。あんな高額な物を取り扱える業者さんなんて限られておりますからね。すぐ見つかりました」
私はにっこりした。
そのとき、私の傍に、警備兵に拘束されたピンクブロンドちゃんが引き出されてきた。
私はそっと問いかけた。
「本当に恋愛関係でしたら罪には問えないかもと思ったんですけれども、こうして『婚約』と聞いて逃げ出すようでは、『ロマンス詐欺』確定ですわよねえ?」
今日はこうなるだろうと思って、私は自分の屋敷の警備兵を連れてきていたのだ。
もしピンクブロンドちゃんが逃げ出すようなら拘束しなさいと命令しておいた。
ピンクブロンドちゃんは悔しさで唇を噛んでいた。血が滲んでいる。
「くそっ! 引き際を間違えたわ! できた王子だし、婚約破棄するまで思い詰めてたなんて思いもしなかった。そこそこのところで手を打って、さっさと手を引けばよかったわ! ああ、こんなところで捕まるなんて。悔しい!!!」
オーブリー王太子は、もう言葉もなかった。
真っ赤になりながら顔を背ける。
さすがにこの深刻な状況に、もう招待客から笑い声は起こらなかった。
私もちょっと気まずさを感じた。
だから敢えて明るい声を出した。
「さ、皆さまもデート商法にはお気をつけあそばせ! 彼女たちはプロですからね」
「アネット、すまなかった……」
オーブリー王太子は頭を垂れ、謝った。
「オーブリー様。なんて顔しているの」
私は笑った。
「一気に目が覚めたでしょう? もうこれ以上は何も申しませんわ!」
スタントン公爵夫妻はピンクブロンドちゃんを警備兵たちに連行させた。
「私どもの甥っ子がたいへん可笑しな余興を披露したようで!」
スタントン公爵は額に汗を浮かべてはいたが、大きな笑顔を作って腕を振り上げた。
「ささ、気を取り直して、どうぞご歓談ください!」
こんな事案が起こったにもかかわらず、ピンクブロンドちゃんが目の前からいなくなると、「解決したならいいのかしら」「甥っ子さんですものね、何事もなかったことになさりたいのよね」「スタントン公爵のお顔も立ててやろうか」と招待客たちは何事もなかったようにお茶会を継続することにしたようだ。
しかし、すっかりこのお茶会での話題はロマンス詐欺一色になった。
「そういえば、儂にも色目を使ってくる女がいたかな」
「わはははは、おたくみたいな醜い男に言い寄って来るのは、完全に詐欺ですなあ!」
「詐欺と言うな、『金目当て』と言ってくれないか!」
「それ、何が違うんだ」
「わたくし、若くていい男だったら、お金払ってでもデートしてもらいたいわ!」
「でも本気になちゃあいけませんわよ~」
お茶会は驚くほど何事もなかったかのように、人々の笑顔と明るいお喋りの声で楽しく過ぎて行った。
私は、気まずそうなオーブリー王太子にぴったりと寄り添っている。
「このこと一生言ってやりますからね」
私は冗談のように笑って見せた。
「とりあえず、場の空気を乱しましたもの、スタントン公爵夫妻に謝りにまいりましょうか。わたくしも一緒に謝りますから」
今日はスタントン公爵家主催のお茶会が催される日。
スタントン公爵といえば、オーブリー様の叔母の嫁ぎ先。
そのため、王家縁の者がたくさん参加することになっていた。
スタントン公爵家の、手入れの行き届いたひろ~いお庭。
一点のシミもない、張りのある真っ白なテーブルクロス。
目を見張るような色とりどりのオードブル。
磨き抜かれた銀食器に、曇り一つないグラス。
そんな中、遠目にオーブリー様がピンクブロンドの可愛らしい女性を連れて到着したのが見えた。
私は思わず緊張した。
あの娘、ですのね?
なるほど。
私とは正反対のタイプでしょうか。
ふわっふわの髪、ぷっくりした唇、垂れ目、バラ色の頬。
愛嬌の塊のような笑顔。
でも、オーブリー様からの貢ぎ物は、愛嬌で済ませられるほどの金額ではありませんわ。
私はむかむかしたけれど、そこは王太子妃候補としての威厳、顔には出さないように努めた。
周りに不審がられないように極力自然な仕草で私はすっと席を離れた。
スタントン公爵のお茶会は人々の笑顔と陽気な喋り声に包まれて進んでいった。
人懐っこく恰幅の良いスタントン公爵は、あちこち挨拶に渡り歩いては冗談を言って訪問客を楽しませていた。
スタントン公爵夫人は控えめな性格だったが、それでも執事や侍従たちにあれやこれやと指図して、お茶会が円滑に進むように気を配っていた。
本当に楽しいお茶会だわ。
オーブリー様が変な女を連れ込んだこと以外は。
そのオーブリー様は私の前にはやってきませんけど。
ええ。知っていますよ。オーブリー様が今日何をしようとなさっているか。
ここ数日で、調べましたもの。
さて、宴もたけなわといった頃、急にオーブリー王太子がチンチンと銀食器でグラスを叩いた。
参加者たちは「あら、なあに?」とオーブリー王太子の方を見やる。
オーブリー王太子は、畏まって一礼をすると、
「私事で恐縮ではございますが、今日は皆さまにお伝えしたいことがございます! 私はここに、アネット・オールセン公爵令嬢との婚約を破棄いたします!」
と宣った。
「!!!」
「は?」
「ええ!?」
参加者たちの表情が凍り付く。
スタントン公爵夫妻も口をあんぐり開けて、ポッカ~ンだった。
私はオーブリー様の宣言を聞いて、始まったかと覚悟を決めると、すっと群衆から歩み出た。
「一応理由をお聞きしましょうか」
「アネット……」
オーブリー王太子は私の顔を見るや否や、みるみる罪悪感でいっぱいの顔になった。
「すまない! 申し訳ない! 君にはどんな償いでもする! だが、他に好きな人ができてしまったんだ!」
私は、はあっとため息をついた。
「それは、今日オーブリー様がお連れなさった、ふわふわのピンクブロンドのお嬢さんかしら?」
「そ、そうだ……」
オーブリー王太子はごくりと息を呑んで頷いた。
「で、その方は、今どちらに?」
私は冷静に聞いた。
「ん? あ……あれ? 私の側にいるはずだが」
オーブリー王太子は驚いてキョロキョロとあたりを見渡した。
私はしばらく様子を見ていたが、何も起こらないので、オーブリー様にぼそっと言った。
「……たぶん逃げ出したと思いますわよ、オーブリー様」
「え? は? に、逃げ出した??」
オーブリー王太子は目に見えて狼狽し、もう一度目で周りを捜す。
「はい。先ほどオーブリー様がお忙しく挨拶に回っているときに、ちょっと彼女とお話をいたしましたの。『オーブリー様は今日あなたとの婚約を宣言するおつもりです』とお伝えしたら、彼女、真っ青になっていらしたわ。だから逃げることにしたんでしょうね」
私は淡々と言った。
「は? 彼女と話した? い、いや、で、なんで……逃げるのだ……?」
オーブリー王太子は、一人滑稽なほど取り乱している。
「オーブリー様、簡単に申しますと、『デート商法』ですわ」
私は仕方なく言った。
ぷっ、ぷぷぷっ
くくくくくっ
ふはっ
お茶会の招待客たちから笑い声が漏れ出した。
笑いごとではないのだけど、非の打ち所がないと思われていた王太子があまりにも情けない顔で佇んでいるので、皆、笑いが堪えられなかったのだ。
「デ、デート商法……?」
オーブリー王太子は掠れた声で聞き返した。
「はい。……ねえ、彼女、ティルマン男爵家のバーバラと名乗ったのでしょう?」
私はすっと振り返り、名を呼んだ。
「バーバラ?」
「はい」
呼応するように一人の黒髪の聡明そうな令嬢が前に出た。
「私がバーバラ・ティルマンでございます」
「オーブリー様、こちらが本物のバーバラ・ティルマン様よ。バーバラ様、領地から、わざわざご足労、申し訳ございませんでした」
私はバーバラに深く礼をした。
「いえいえ、アネット様。このように親しくお声がけいただいて、ありがたく思っておりますわ」
バーバラはにこやかに返す。
オーブリー王太子は本物のバーバラ・ティルマン男爵令嬢を虚ろな目で眺めた。
「ピンクブロンドさんへの高額な貢ぎ物もすぐに売りに出されていましたわよ。あんな高額な物を取り扱える業者さんなんて限られておりますからね。すぐ見つかりました」
私はにっこりした。
そのとき、私の傍に、警備兵に拘束されたピンクブロンドちゃんが引き出されてきた。
私はそっと問いかけた。
「本当に恋愛関係でしたら罪には問えないかもと思ったんですけれども、こうして『婚約』と聞いて逃げ出すようでは、『ロマンス詐欺』確定ですわよねえ?」
今日はこうなるだろうと思って、私は自分の屋敷の警備兵を連れてきていたのだ。
もしピンクブロンドちゃんが逃げ出すようなら拘束しなさいと命令しておいた。
ピンクブロンドちゃんは悔しさで唇を噛んでいた。血が滲んでいる。
「くそっ! 引き際を間違えたわ! できた王子だし、婚約破棄するまで思い詰めてたなんて思いもしなかった。そこそこのところで手を打って、さっさと手を引けばよかったわ! ああ、こんなところで捕まるなんて。悔しい!!!」
オーブリー王太子は、もう言葉もなかった。
真っ赤になりながら顔を背ける。
さすがにこの深刻な状況に、もう招待客から笑い声は起こらなかった。
私もちょっと気まずさを感じた。
だから敢えて明るい声を出した。
「さ、皆さまもデート商法にはお気をつけあそばせ! 彼女たちはプロですからね」
「アネット、すまなかった……」
オーブリー王太子は頭を垂れ、謝った。
「オーブリー様。なんて顔しているの」
私は笑った。
「一気に目が覚めたでしょう? もうこれ以上は何も申しませんわ!」
スタントン公爵夫妻はピンクブロンドちゃんを警備兵たちに連行させた。
「私どもの甥っ子がたいへん可笑しな余興を披露したようで!」
スタントン公爵は額に汗を浮かべてはいたが、大きな笑顔を作って腕を振り上げた。
「ささ、気を取り直して、どうぞご歓談ください!」
こんな事案が起こったにもかかわらず、ピンクブロンドちゃんが目の前からいなくなると、「解決したならいいのかしら」「甥っ子さんですものね、何事もなかったことになさりたいのよね」「スタントン公爵のお顔も立ててやろうか」と招待客たちは何事もなかったようにお茶会を継続することにしたようだ。
しかし、すっかりこのお茶会での話題はロマンス詐欺一色になった。
「そういえば、儂にも色目を使ってくる女がいたかな」
「わはははは、おたくみたいな醜い男に言い寄って来るのは、完全に詐欺ですなあ!」
「詐欺と言うな、『金目当て』と言ってくれないか!」
「それ、何が違うんだ」
「わたくし、若くていい男だったら、お金払ってでもデートしてもらいたいわ!」
「でも本気になちゃあいけませんわよ~」
お茶会は驚くほど何事もなかったかのように、人々の笑顔と明るいお喋りの声で楽しく過ぎて行った。
私は、気まずそうなオーブリー王太子にぴったりと寄り添っている。
「このこと一生言ってやりますからね」
私は冗談のように笑って見せた。
「とりあえず、場の空気を乱しましたもの、スタントン公爵夫妻に謝りにまいりましょうか。わたくしも一緒に謝りますから」
応援ありがとうございます!
4
お気に入りに追加
13
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる