【完結】婚約破棄を望む王太子から海に突き落とされた悪役令嬢ですが、真実の愛を手に入れたのは私の方です

幌あきら

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1.婚約者に海に突き落とされました

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「アシェッド王太子様。ここはどこですか……」
 豪華な馬車の中から引っ張られるようにして外に降ろされたメリーウェザー・クーデンベルグ公爵令嬢は、自分の手を引くアシェッド王太子にそっと聞いた。
 メリーウェザーは婚約者のアシェッド王太子に誘われて遠出をしてきたのだ。しかし行先は教えてもらっていなかった。

 メリーウェザーの言葉が決してはずんだ調子でなかったのには理由がある。
 メリーウェザーは一抹いちまつの不安を感じていたからだ。
 こんな風に出かけることは、婚約をしてからこの5年ただの一度もなかった。なぜ急に私を連れ出したのだろう?という思いがメリーウェザーにはあった。

 案の定、アシェッド王太子も気乗りしない調子で答えた。
「海だ」

(海なことぐらい、見りゃわかりますけれども)
 メリーウェザーは心の中で突っ込む。

 そこは見晴らしの良い岬のようだった。広大な海は確かによく見える。
 ただ、その岬はやや殺風景で寂しい感じがした。それどころか、岬の一部は崩れ、どうやら崖になっているようだった。不穏な空気を漂わせている。

(決してロマンティックな雰囲気ではない……)
とメリーウェザーは思った。仮にも王太子が婚約者である公爵令嬢をデートで連れてくるような場所ではない。

 メリーウェザーが緊張気味に辺りを見回していると、不意にアシェッド王太子がメリーウェザーの背後に立った。
「おまえを連れ出したのは大事な用件があるからだ。悪いけど、おまえには海に沈んでもらおうと思ってね」

「はい?」
 メリーウェザーはあまりのセリフに呆気あっけにとられて、思わず聞き返した。

 アシェッド王太子はメリーウェザーのポカンとした顔を冷たく見返して、
「俺は真実の愛を見つけてしまったんだ。婚約者のおまえが邪魔だ。だから死んでもらう」
と言い放った。

 メリーウェザーは慌ててかぶりを振る。
「い、いや、ちょっと待って下さい! 何も海に突き落とさなくてもいいじゃありませんか! 普通に婚約破棄してもらえばいいですよ。殺されるくらいなら喜んで婚約破棄に応じますとも!」

 メリーウェザーは、婚約してから5年間、アシェッド王太子が自分のことを好きではないことはよく知っていた。だからいつか婚約破棄されるんじゃないかとは薄々思っていた。真実の愛? 別に、今更そんなことで取り乱したりはしない。
 しかし、海に沈めると言い出したことには驚いた!
 よくあるロマンス小説のように、普通に婚約破棄してもらえれば万事解決のはずだから。

 しかしアシェッド王太子の方は少しも態度を軟化させなかった。
「そんなしおらしいことを口では言うが、いざ婚約破棄を突きつければ女は皆大騒ぎをするだろう? そして婚約破棄が不当であると主張して、俺はマリアンヌと共に『ざまぁ』されるんだ。そんなのは真っ平ごめんだからな」

 メリーウェザーは遠い目をした。
 ああ、マリアンヌさんっておっしゃるの。そんなご令嬢存じ上げませんねえ。平民さんかしら。王宮への出入りが制限されている下級貴族のご令嬢かしら。でも、もはや興味もないわ。
 それよりも、『ざまぁ』されたくないから殺すとか、なんかロマンス小説の読み過ぎじゃございませんこと? まさかアシェッド王太子様がロマンス小説を大真面目に読んでいるとは思えないので、これはマリアンヌさんの入れ知恵でしょうか。

 が、ここは、死にたくないから否定一択!
 メリーウェザーは大きく首を横に振った。
「しませんよ、しませんよ、『ざまぁ』なんか! 殺されるくらいなら文句ひとつ言いませんとも。なんならおとなしく追放されて差し上げます。二度と姿をお見せしませんから!」

 しかしアシェッド王太子は取り付く島もなく、
「あほか。そういっておきながら悪役令嬢たちは『ざまぁ』するんだ。俺は騙されないぞ。殺してしまえば死人に口なし!」
と冷たく言い放った。

「鬼畜ーッ!」
 思わずメリーウェザーは叫んだ。

 アシェッド王太子はさらに続ける。
「婚約破棄の理由なぞ周囲に色々聞かれるのも面倒だ。俺はとにかくマリアンヌと結婚せねばならない。これこそが俺の結婚だ、水を差すような真似をされては興ざめだ」
 アシェッド王太子は断固とした口調だ。
 マリアンヌは王太子妃の座を非常に強く望んでいたからな。結婚しないのなら別れると、そしてもちろんと、はっきり明言しやがった。

 それどころかマリアンヌは、後に禍根かこんを残してはいけない、とメリーウェザーを亡き者にすることも強く主張したのだ。
 一介の令嬢が暗殺も平然と要求するなんてさすがに普通じゃない。本当に厄介な女だよ。まあそれでも、彼女が必要だがな。俺にはもう……。
 アシェッド王太子も心の中で半分くらいはやり過ぎだということを認めつつ、それでも状況には逆らえないと、少しの譲歩も認めない姿勢を貫いていた。

 メリーウェザーは必死で説得を試みる。
「いやいやいや、思いとどまってください! 大丈夫です、決してお邪魔になりませんから! なにも殺さなくてもいいじゃあありませんか。しかもうちは公爵家ですよ!? 私を海に沈めてうちの親が黙っているわけないじゃないですか!」

「安心しろ、これは事故だ」

「事故で済むかあぁーッ」

「それこそ、死人に口なし。そのまま死ね」

「ちょっと待てーッ!」
 アシェッド王太子が問答無用の空気で周囲の従者たちに合図したので、メリーウェザーはとにかくアシェッド王太子を止めようとその手を掴もうとした。

 しかし、合図を受けた従者たちが一斉にメリーウェザーに飛び掛かり、メリーウェザーを縄でがんじがらめにすると縄の先に大きな岩をくくりつけた。男5人でやっと運べるほどの大きさの岩だ。
 メリーウェザーはぞっとした。
 これで海に落とされたら、いくら泳ぎが上手くたって無駄だ。

 メリーウェザーが青い顔をしている横で、アシェッド王太子は薄ら笑いを浮かべている。

(私が死ぬのを喜んで見ている!?)
 メリーウェザーはぎょっとした。
 ダメだ、もはやこいつに言葉は通じまい……。

 やがて従者たちが掛け声を上げながら、縄の先の岩を苦労して崖から海に落とした。
 岩に引っ張られてするすると縄も落ちていく。
 縄の先には、メリーウェザー。

 メリーウェザーも引きずられるようにして崖から落ちそうになった。メリーウェザーは崖から落ちてなるものかと這いつくばり、動かせる手先だけでも必死でそこらへんの草やら土やらを掴もうとしたけれど、岩は重くて結局ずるずるとメリーウェザーは崖の向こうへと引きずられてしまうのだった。
 指を立て爪を立てたが敵わない。メリーウェザーの爪も指の皮もけ血でぬめったような感触があったが、痛みを感じるどころではなかった。

 そして、次の瞬間、地面が見えなくなり、急速な落下感と共に、メリーウェザーは海の中にドボンと落ちた。そのまま水の下へと体が沈んでいく。
 水が冷たい。服が急に重くなる。深く深く沈んでいく。
 顔を上げた先の海面が遠くなる。ゆらゆらと揺れる海面の向こうは明るいのに、沈む体と共に周囲は暗くなるような気がした。

 終わりだ。死ぬんだ。
 ごぼっと口から泡が出た。海水が喉に流れ込む。苦しい。閉塞感。
 肺に水が入り、とてつもない痛みが体を襲い、反射的にむせた反動でまたたくさんの水が気道を塞いだ。

 メリーウェザーの脳も体もパニックを起こし、かといって海の中には救いはない。
 苦しい、苦しい……。早く死ねないものか。

 アシェッド王太子。愛されていないのは知っていたけど、私を殺すほどだとは思わなかった。
 別に殺す必要ないけどな。マリアンヌさんって人との真実の愛? 殺されるくらいなら両手を上げて応援するけどな。
 惨めすぎるでしょ、私。なんで海に沈まなきゃいけないの。

 アシェッド王太子。仮にも5年間婚約者やってたんだから、それなりに楽しく話もしたし、一緒にダンスもしたでしょう? 食事も観劇も一緒にしたし、冗談だって多少は言いあったじゃない。平気な顔して身近だった人間を殺せるって、どれほどの非情? サイコパスか何かかな?

 メリーウェザーは意識が薄らいでいくのを感じた。
 やっと苦しみが終わる……。



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