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7.女奴隷にされた!?
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メリーウェザーが気づくと、そこは見知らぬ部屋だった。
薄着の女たちがけだるそうに座ったり窓から外を眺めたり、化粧をしたり、めいめい自分の好き勝手なことをしていた。
女たちには海竜の角や鱗は見られなかった。ヒト族の女たちだ。
メリーウェザーは久しぶりにヒト族の女たちを見て、少し懐かしい気持ちになった。
が、すぐさま、ほっとした気持ちが湧いてこないことに気付いた。女たちは少しもメリーウェザーに興味を示さなかったし、女たち自身が誰も幸福そうな顔をしていなかったからだ。
メリーウェザーは不審に感じて部屋を見回した。
建物は頑丈に見えた。決して高級な感じはしないが、安普請というわけではなさそうだった。しかしこの建物はひどく威圧的で冷たい感じがした。一番そう思わせるのは、窓にはまった鉄格子かもしれない。
鉄格子。メリーウェザーは嫌な予感がした。部屋をうろつく薄着の女たちもその嫌な予感に拍車をかける。
「ここは、もしかして」
とメリーウェザーが呟くと、すぐ隣にいた女が顔を上げた。
「あんた目が覚めたの」
メリーウェザーは隣の女の声にハッとして振り返った。
隣の女が感情のない目でメリーウェザーをじとっと見る。
「ここは女奴隷を扱っている商人の邸だよ。あんた見目が良かったから、こっち側に連れてこられたんだろう」
「お、おんな奴隷? こっち側?」
メリーウェザーは思わず聞き返した。
隣の女はうんざりした顔をした。
「夜伽用の女はね、飯炊き女とは扱いが別でね。それなりに着飾って売られるのさ」
「よ、夜伽!」
メリーウェザーはぎょっとした。
そして記憶を一生懸命振り返った。えっと、なぜこんなことになっている?
ええと、海竜族の国で舞踏会があった。リカルド殿下が婚約者と踊っている間に、私はひっそりと会場の隅にいたはずだ。そこで、見知らぬ男に何かを嗅がされて、意識を失った。そいつが私を女奴隷としてここに売り飛ばしたのだろう。
私はどれくらい意識を失っていたのだろう……? いや、そんなことより、ここはヒトの国なのかしら?
海竜の国での薄れかけた記憶の中で、「ヒトの国に帰す」と男の声が頭に微かに響いていた。
「ここは、ヒトの国?」
メリーウェザーは震える声で隣の女に聞いた。
女はポカンとした。
「ヒトの国って何さ? 生まれてこの方あたしはずっとこの国で生きてきたよ。最悪な国だし、両親もあたしを売った人でなしだけど、でもちっぽけな女にはどこかに逃げることすらできない。どうしようもないじゃないか」
ヒトの国ってことでいいのかな、とメリーウェザーは思った。
私はヒトの国に戻されたんだ。
にしても。ヒトの国って、こんなに住み心地の悪い国だったっけ? 自分が貴族だったから気が付かなかっただけ? 庶民は相当苦しい思いをしているのかもしれない。
……それは、偏に今の王族の治世が悪いということだ。
メリーウェザーはアシェッド王太子の顔をぼんやり思い返した。確かに、あんなクズ男のいる王宮だ。国が乱れていない方がおかしかったのだわ。
メリーウェザーが何やら難しい顔をしているので、隣の女はメリーウェザーが身の不幸を嘆いているものと勘違いをして、
「あんたも売られて可哀そうにね。でもまあ、売られちゃった以上あきらめるしかないよ。あんたは商品。でも、ご主人に従順にして、夜伽でめいっぱい喜ばせてやったらさ、ご主人が可愛がってくれるかもしれないよ。希望を持ちなよ」
と少しだけ優しい声で言った。
メリーウェザーは嫌だなあと思った。が、すぐに「うん、でも、まあ、そんなもんかしら」と思い直した。
もともと殺されるところだったのだから。生きているだけ儲けものといった具合で。殺されるも奴隷にされるのも一緒のようなものかもしれない。
海竜の国でリカルド殿下が優しくしてくれたから、少し夢を見てしまっただけ。そのリカルド殿下には婚約者がいた。そして私は元の境遇に戻った。これは夢から醒めただけなのだわ。
でも夜伽とかは嫌だなあ。どうせなら飯炊き女の方が良かった。好きでもない男の人とそういうことって、嫌だな。リカルド殿下なら良……あ、いや、違う違う、リカルド殿下には婚約者がいたのだったわ。
メリーウェザーは自嘲気味に笑うしかなかった。
どうもこうして私はリカルド殿下に婚約者がいたということばかり考えてしまう。何か期待していた方が間違いなのに。
そのとき階下がざわついた。
隣の女がパッと顔を上げた。
「あ、お客が来たんじゃない!?」
少し声に張りがあった。
メリーウェザーは小声で聞いた。
「ちょっと待って、あなた買われたいの?」
女はバカにしたような目でメリーウェザーを見た。
「そりゃあそうでしょ。私たちは奴隷よ。一定期間売れなかったら娼館に売られちゃうのよ。不特定多数相手に過酷なサービスを課されるより、一人の身分ある金持ちに売られた方がマシってものよ」
「そういうものなの?」
メリーウェザーはぞっとした。
少しも共感できない。娼館という響きも聞きなれないものだったし、まだ自分が本当に売られるものだと実感がなかったのだ。
隣の女はペロッと舌を出した。
「にしても、何やら空気が変な感じね。よほどの高官が買いに来たと見えるわ。この機を逃す手はないわよ」
「そう、私は、別にどうでもいいわ……。高官だろうがなんだというの。夜伽用に女を買うなんてゲスな男に違いない」
とメリーウェザーが思ったとき、急に重大なことに気付いた。
「ちょっと待って! 高官? 私が知ってる貴族の男とかだったら、王太子殿下とかお父様に私が生きていることがバレる!? 王太子殿下は口封じに絶対に私を殺しに来るでしょうし、お父様は『事故死じゃなかった!? 奴隷として売られてる!? 婚約破棄は何だったんだ!?』なんて大騒ぎするに決まってる!」
メリーウェザーはさらにため息をついた。
「さらに問題を根深くしているのは夜伽用の女奴隷に売られてるということよ。醜聞も甚だしい。女奴隷から上流社会への復帰はスキャンダル過ぎてまず無理。どうせ一般的な令嬢としての人生が歩めないなら、もういっそ私なんて見つからない方がマシじゃない!? 親族もスキャンダルに巻き込まれるのは気の毒だわ!」
よ、よしッ。ここは、顔を隠し、見つかっても知らぬ存ぜずで通そう!
メリーウェザーは腹を決め、できるだけ目立たないよう何でもよいから姿を隠すための布を漁った。
そのとき、部屋の扉が開けられた。
店の主人と思しき男が恭しく頭を下げながら要人を案内する。
部屋の空気が一瞬にして緊張した。
そして、
「あれ~? 見慣れた顔がいるね」
とメリーウェザーにとって最も嫌なセリフが聞こえてきた。
メリーウェザーはぎくっとしたが、すぐに自分を落ち着かせる。
大丈夫、これは自分に向けられたセリフではない。だって私は顔を上げてないもの。私は深窓の令嬢だったのだし(※自分で言う)、たいして貴族連中には顔も覚えられてないはずだから大丈夫!
と、とにかく目を合わせちゃいけないわ!
と思っていたら、その要人は「くっくっ」と喉の奥で笑った。
「やあメリーウェザー。死んだと思っていたらこんなところで会うとはね」
この声! メリーウェザーがバッと顔を上げる。やっぱり! 元婚約者のアシェッド王太子だ。
「なんであなたがこんなところに!」
「しーっ。あんまり噂になるとかっこ悪いだろ。夜伽用の女を囲うのは秘密なんだから、君も静かにしてくれよ」
アシェッド王太子は苦笑いをしながら、そっと自分の唇に指を当てて見せた。
「……」
完全にメリーウェザーが呆れていると、アシェッド王太子は足早にメリーウェザーに近づいてきた。
「メリーウェザー、余計な事言うなよ?」
「ちょっと! マリアンヌ様は!? 私を婚約破棄したのはマリアンヌ様と結婚するためだったんでしょう!? なんでこんなところで女漁りしてるのよ! ってゆか、女漁りで奴隷ってどういうことよっ!?」
メリーウェザーはさすがにこればっかりは聞いてやらなければ気が済まなかった。
アシェッド王太子は正論を言われて少し嫌そうな顔をした。
「君もマリアンヌも貴族の女だからなあ。そうじゃない楽しみだって男には必要ってことだよ」
「どんな楽しみだ―ッ!」
するとアシェッド王太子は何やら楽しそうに笑った。
「なんかメリーウェザーとげとげしくなったね。婚約破棄のときはさめざめと泣いて聞き分けが良さそうだったのにな~」
「さめざめと泣いてません! 殺すくらいなら追放してくれって頼んだまでです」
「ほう。それで本当に追放ごっこで女奴隷にまで落ちぶれちゃったわけ?」
アシェッド王太子は納得顔になった。
メリーウェザーは腹が立った。
いや、岩括りつけて海に突き落としましたよね!? 追放で許してくれってお願いしたのに、聞く耳持たずあっさり殺そうとしましたよね!?
にしても。
メリーウェザーは何だか自分の中の変化に驚いていた。
5年も婚約していた男相手に、しかも自分をこっぴどく裏切った相手に、何だかこの程度にしか怒りが湧いてこない。
理由は何となく分かっていた。リカルド殿下のおかげだと思う。
リカルド殿下にときめいて、もうこんなアホ王子のことはどうでもよくなったのだ。『男は別名保存、女は上書き保存』って言うじゃない?
アシェッド王太子はメリーウェザーの中ですっかり過去の男になっている。
……なんなら、アシェッド王太子に海に突き落とされたおかげでリカルド殿下に会えた、とまで思えるくらい。
しかし、それに気付かないアシェッド王太子はメリーウェザーを見て何やらニヤニヤしている。
「へえ。こんなところで再会するなんて運命的かもね。君は死んだことになっているし。昔の婚約者をこうやって夜伽用の女奴隷にしてしまうのも一興かもしれないな。決めた。おまえを買ってやるよ」
「は!?」
メリーウェザーは思いもかけないセリフに驚いた。
「いやいやいや、そういうのいりませんっ!」
アシェッド王太子はぽかんとしている。
「なんで? 俺たちはもともと結婚する予定だったじゃないか。贅沢させてやるぞ」
「どこまで自分勝手なんですか! 勝手に婚約破棄して殺そうとして、挙句夜伽用の女奴隷ですって? 私の気持ちはどこにあるの。考えたことあって?」
「何をいまさら。俺たちはもともと政略結婚だしさ。おまえは俺のものになることが決まってたんじゃねえの? 夜だけだけど、可愛がってやるよ」
アシェッド王太子はメリーウェザーを理解のない女だと決めつけて、少し憤慨しながら答える。
「ゲスな言い方しないでくださいっ! 私は絶対にごめんです。何だったんですか、あの婚約破棄はーっ!?」
メリーウェザーの方は脳内お花畑のアシェッド王太子にキーっと怒った。
そのとき、不意に隣の女が口を開いた。
「何やら取り込み中なお話だったけどさ。この女は嫌がってるから、あたしでどう?」
その途端、アシェッド王太子はパンっと女を殴った。
「口の利き方に気を付けろ」
部屋中の女たちが息を呑んだ。しんと静まり返る。
「ちょっとーっ! 女殴るとかどこまで鬼畜なんですか!」
メリーウェザーは思わずアシェッド王太子の腕を掴んだ。
するとそのメリーウェザーの手をアシェッド王太子がもう片方の腕で掴み返す。
アシェッド王太子は口の端に下品な笑みを浮かべて楽しそうに言った。
「いいね。俺に触れてくれんの? ぞくぞくする」
薄着の女たちがけだるそうに座ったり窓から外を眺めたり、化粧をしたり、めいめい自分の好き勝手なことをしていた。
女たちには海竜の角や鱗は見られなかった。ヒト族の女たちだ。
メリーウェザーは久しぶりにヒト族の女たちを見て、少し懐かしい気持ちになった。
が、すぐさま、ほっとした気持ちが湧いてこないことに気付いた。女たちは少しもメリーウェザーに興味を示さなかったし、女たち自身が誰も幸福そうな顔をしていなかったからだ。
メリーウェザーは不審に感じて部屋を見回した。
建物は頑丈に見えた。決して高級な感じはしないが、安普請というわけではなさそうだった。しかしこの建物はひどく威圧的で冷たい感じがした。一番そう思わせるのは、窓にはまった鉄格子かもしれない。
鉄格子。メリーウェザーは嫌な予感がした。部屋をうろつく薄着の女たちもその嫌な予感に拍車をかける。
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とメリーウェザーが呟くと、すぐ隣にいた女が顔を上げた。
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隣の女が感情のない目でメリーウェザーをじとっと見る。
「ここは女奴隷を扱っている商人の邸だよ。あんた見目が良かったから、こっち側に連れてこられたんだろう」
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「よ、夜伽!」
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私はどれくらい意識を失っていたのだろう……? いや、そんなことより、ここはヒトの国なのかしら?
海竜の国での薄れかけた記憶の中で、「ヒトの国に帰す」と男の声が頭に微かに響いていた。
「ここは、ヒトの国?」
メリーウェザーは震える声で隣の女に聞いた。
女はポカンとした。
「ヒトの国って何さ? 生まれてこの方あたしはずっとこの国で生きてきたよ。最悪な国だし、両親もあたしを売った人でなしだけど、でもちっぽけな女にはどこかに逃げることすらできない。どうしようもないじゃないか」
ヒトの国ってことでいいのかな、とメリーウェザーは思った。
私はヒトの国に戻されたんだ。
にしても。ヒトの国って、こんなに住み心地の悪い国だったっけ? 自分が貴族だったから気が付かなかっただけ? 庶民は相当苦しい思いをしているのかもしれない。
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メリーウェザーはアシェッド王太子の顔をぼんやり思い返した。確かに、あんなクズ男のいる王宮だ。国が乱れていない方がおかしかったのだわ。
メリーウェザーが何やら難しい顔をしているので、隣の女はメリーウェザーが身の不幸を嘆いているものと勘違いをして、
「あんたも売られて可哀そうにね。でもまあ、売られちゃった以上あきらめるしかないよ。あんたは商品。でも、ご主人に従順にして、夜伽でめいっぱい喜ばせてやったらさ、ご主人が可愛がってくれるかもしれないよ。希望を持ちなよ」
と少しだけ優しい声で言った。
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海竜の国でリカルド殿下が優しくしてくれたから、少し夢を見てしまっただけ。そのリカルド殿下には婚約者がいた。そして私は元の境遇に戻った。これは夢から醒めただけなのだわ。
でも夜伽とかは嫌だなあ。どうせなら飯炊き女の方が良かった。好きでもない男の人とそういうことって、嫌だな。リカルド殿下なら良……あ、いや、違う違う、リカルド殿下には婚約者がいたのだったわ。
メリーウェザーは自嘲気味に笑うしかなかった。
どうもこうして私はリカルド殿下に婚約者がいたということばかり考えてしまう。何か期待していた方が間違いなのに。
そのとき階下がざわついた。
隣の女がパッと顔を上げた。
「あ、お客が来たんじゃない!?」
少し声に張りがあった。
メリーウェザーは小声で聞いた。
「ちょっと待って、あなた買われたいの?」
女はバカにしたような目でメリーウェザーを見た。
「そりゃあそうでしょ。私たちは奴隷よ。一定期間売れなかったら娼館に売られちゃうのよ。不特定多数相手に過酷なサービスを課されるより、一人の身分ある金持ちに売られた方がマシってものよ」
「そういうものなの?」
メリーウェザーはぞっとした。
少しも共感できない。娼館という響きも聞きなれないものだったし、まだ自分が本当に売られるものだと実感がなかったのだ。
隣の女はペロッと舌を出した。
「にしても、何やら空気が変な感じね。よほどの高官が買いに来たと見えるわ。この機を逃す手はないわよ」
「そう、私は、別にどうでもいいわ……。高官だろうがなんだというの。夜伽用に女を買うなんてゲスな男に違いない」
とメリーウェザーが思ったとき、急に重大なことに気付いた。
「ちょっと待って! 高官? 私が知ってる貴族の男とかだったら、王太子殿下とかお父様に私が生きていることがバレる!? 王太子殿下は口封じに絶対に私を殺しに来るでしょうし、お父様は『事故死じゃなかった!? 奴隷として売られてる!? 婚約破棄は何だったんだ!?』なんて大騒ぎするに決まってる!」
メリーウェザーはさらにため息をついた。
「さらに問題を根深くしているのは夜伽用の女奴隷に売られてるということよ。醜聞も甚だしい。女奴隷から上流社会への復帰はスキャンダル過ぎてまず無理。どうせ一般的な令嬢としての人生が歩めないなら、もういっそ私なんて見つからない方がマシじゃない!? 親族もスキャンダルに巻き込まれるのは気の毒だわ!」
よ、よしッ。ここは、顔を隠し、見つかっても知らぬ存ぜずで通そう!
メリーウェザーは腹を決め、できるだけ目立たないよう何でもよいから姿を隠すための布を漁った。
そのとき、部屋の扉が開けられた。
店の主人と思しき男が恭しく頭を下げながら要人を案内する。
部屋の空気が一瞬にして緊張した。
そして、
「あれ~? 見慣れた顔がいるね」
とメリーウェザーにとって最も嫌なセリフが聞こえてきた。
メリーウェザーはぎくっとしたが、すぐに自分を落ち着かせる。
大丈夫、これは自分に向けられたセリフではない。だって私は顔を上げてないもの。私は深窓の令嬢だったのだし(※自分で言う)、たいして貴族連中には顔も覚えられてないはずだから大丈夫!
と、とにかく目を合わせちゃいけないわ!
と思っていたら、その要人は「くっくっ」と喉の奥で笑った。
「やあメリーウェザー。死んだと思っていたらこんなところで会うとはね」
この声! メリーウェザーがバッと顔を上げる。やっぱり! 元婚約者のアシェッド王太子だ。
「なんであなたがこんなところに!」
「しーっ。あんまり噂になるとかっこ悪いだろ。夜伽用の女を囲うのは秘密なんだから、君も静かにしてくれよ」
アシェッド王太子は苦笑いをしながら、そっと自分の唇に指を当てて見せた。
「……」
完全にメリーウェザーが呆れていると、アシェッド王太子は足早にメリーウェザーに近づいてきた。
「メリーウェザー、余計な事言うなよ?」
「ちょっと! マリアンヌ様は!? 私を婚約破棄したのはマリアンヌ様と結婚するためだったんでしょう!? なんでこんなところで女漁りしてるのよ! ってゆか、女漁りで奴隷ってどういうことよっ!?」
メリーウェザーはさすがにこればっかりは聞いてやらなければ気が済まなかった。
アシェッド王太子は正論を言われて少し嫌そうな顔をした。
「君もマリアンヌも貴族の女だからなあ。そうじゃない楽しみだって男には必要ってことだよ」
「どんな楽しみだ―ッ!」
するとアシェッド王太子は何やら楽しそうに笑った。
「なんかメリーウェザーとげとげしくなったね。婚約破棄のときはさめざめと泣いて聞き分けが良さそうだったのにな~」
「さめざめと泣いてません! 殺すくらいなら追放してくれって頼んだまでです」
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リカルド殿下にときめいて、もうこんなアホ王子のことはどうでもよくなったのだ。『男は別名保存、女は上書き保存』って言うじゃない?
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しかし、それに気付かないアシェッド王太子はメリーウェザーを見て何やらニヤニヤしている。
「へえ。こんなところで再会するなんて運命的かもね。君は死んだことになっているし。昔の婚約者をこうやって夜伽用の女奴隷にしてしまうのも一興かもしれないな。決めた。おまえを買ってやるよ」
「は!?」
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「いやいやいや、そういうのいりませんっ!」
アシェッド王太子はぽかんとしている。
「なんで? 俺たちはもともと結婚する予定だったじゃないか。贅沢させてやるぞ」
「どこまで自分勝手なんですか! 勝手に婚約破棄して殺そうとして、挙句夜伽用の女奴隷ですって? 私の気持ちはどこにあるの。考えたことあって?」
「何をいまさら。俺たちはもともと政略結婚だしさ。おまえは俺のものになることが決まってたんじゃねえの? 夜だけだけど、可愛がってやるよ」
アシェッド王太子はメリーウェザーを理解のない女だと決めつけて、少し憤慨しながら答える。
「ゲスな言い方しないでくださいっ! 私は絶対にごめんです。何だったんですか、あの婚約破棄はーっ!?」
メリーウェザーの方は脳内お花畑のアシェッド王太子にキーっと怒った。
そのとき、不意に隣の女が口を開いた。
「何やら取り込み中なお話だったけどさ。この女は嫌がってるから、あたしでどう?」
その途端、アシェッド王太子はパンっと女を殴った。
「口の利き方に気を付けろ」
部屋中の女たちが息を呑んだ。しんと静まり返る。
「ちょっとーっ! 女殴るとかどこまで鬼畜なんですか!」
メリーウェザーは思わずアシェッド王太子の腕を掴んだ。
するとそのメリーウェザーの手をアシェッド王太子がもう片方の腕で掴み返す。
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乙女ゲームの悪役令嬢イザベラに転生した私の夢は、破滅フラグを回避して「悠々自適なニート生活」を送ること!そのために王太子との婚約を破棄しようとしただけなのに…「疲れたわ」と呟けば政敵が消え、「甘いものが食べたい」と言えば新商品が国を潤し、「虫が嫌」と漏らせば魔物の巣が消滅!? 私は何もしていないのに、超有能な側近たちの暴走(という名の忠誠心)が止まらない!やめて!私は聖女でも策略家でもない、ただの無能な怠け者なのよ!本人の意思とは裏腹に、勘違いで国を救ってしまう悪役令嬢の、全力で何もしない救国ファンタジー、ここに開幕!
離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる!
前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。
「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。
一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……?
これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!
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