離縁された悪妻の肩書きに縛られて生きてきましたが、私に流れる高貴な血が正義と幸せな再婚を運んできてくれるようです

幌あきら

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【7.夜会にて③】

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「マクリーン子爵よ、ハンナと離縁した理由だったがね」
 皇帝は不愉快そうな目でマクリーン子爵を見下ろしていた。

 マクリーン子爵は蛇に睨まれた蛙のように縮こまっている。
「は、はい! あ、あの、それは、ハンナが我が家の財産を勝手に処分しましたし、政治犯をかくまっていたもので……」

「政治犯ね。当時一部貴族――ブライドン公爵らの一派がデイヴィッドは政治犯だと騒いでいた件についてのことだと思うが。今は政治犯ではなかったことは明らかだな?」

「で、ですが、当時はそんなこと分からないではありませんか……!」
 マクリーン子爵は涙目で訴えた。

 皇帝はうんざりした顔になった。
「私がデイヴィッドにブライドン公爵はじめ、一部貴族の調査を頼んだのだ」

 マクリーン子爵は皇帝の真意がわからず困った顔をした。
「皇帝陛下が頼んだ……それはいったいどういうことでしょうか……?」

「隣国の戦争のことで、我が国に同調するよう隣国から圧力があった。それに関して隣国の肩を持つようなことを言ったり、私になんやかんや進言してくる者もいたのでね、隣国とつながることで利益を享受きょうじゅする貴族がいると思ったのだ。実際には、私の隣でもっともらしく私の話を聞きながら、それとなく私を誘導しようとしていたのは、大臣職を歴任するブライドン公爵だった。彼は分かりやすく戦争利権者だったのだ。ね、デイヴィッド」

 そう皇帝がデイヴィッドに確認すると、
「そうですね」
とデイヴィッドは答えた。

 皇帝は小さく頷くと、
「そして、そのブライドン公爵が、自分のことは棚に上げてデイヴィッドは隣国のスパイだ、政治犯だ、と言い出したのだ。ブライドン公爵はスパイしか知りえないような情報を小出しにして、あたかもそれがデイヴィッドから漏れたかのように細工した。それが真実だ。デイヴィッドの無実を証明するのに少し時間がかかってしまったがね」
と申し訳なさそうに言った。

「それは今となっては私もさすがに知っています! しかし、あのときは――」
 マクリーン子爵はひたいに汗を浮かべながら必死で弁解した。

 しかし皇帝は言い訳を聞く気はない。
「ハンナはデイヴィッドをかくまったではないか。ハンナはデイヴィッドが政治犯でないとの確信があったのだろう? なぜおまえはハンナの話に耳をかたむけなかった?」

かたむけませんよ! 大臣を務めるブライドン公爵が政治犯だと言ったのですから。我が領地でその政治犯をかくまっていると聞いたとき、耳を疑いましたよ! ブライドン公爵の手の者が武器を片手に我が領地に入ってくるというのですから! ハンナを叱責しっせきするのは当然です! そしてハンナは事前にその情報を察知し、デイヴィッド殿と逃がしているのですから。私があの後どれだけブライドン公爵の警備兵に怒られたか!」

「だが、ふたを開けてみれば真実は違ったであろう? デイヴィッドの無実が晴れ、むしろ私の側近として戻ってきてくれた今になっても、それでもおまえはハンナとの離縁について『政治犯をかくまったから当然だ』とうそぶく。実際はハンナはかくまってはいなかったのに」
 皇帝が侮蔑ぶべつを込めた目でマクリーン子爵を見下ろすと、マクリーン子爵は言い逃れできなくて打ちひしがれた。

 しかし、ハンナは逆に驚いていた。
「皇帝陛下。なぜ私の離縁の話があなたのお耳に入っているのですか? そんな……私など、たいした身分でもございませんのに……」

「隣国の件が落ち着いたので、私はデイヴィッドにマクリーン子爵とハンナの離婚の理由を調べさせたのだよ」
 皇帝の目は慈愛に満ちていた。

「え? なぜ私など……」

「女帝の血を引く者は、女帝が子だくさんだったのでそこそこいるが、『女帝のこう』を調合できるのはハンナだけだ。ひ孫の代ともなれば女帝にゆかりのあるものはどんどん失われていくのに、ハンナと、その母と祖母は、『女帝のこう』をずっと伝えていってくれたのだ。公式なものでもなく売り物でもない、ただの女帝の趣味的な好みを……。私はその事実がありがたいのだ。女帝を敬愛する者として」
 皇帝は遠い思い出になつかしくなりながら、しっとりと言った。

 マクリーン子爵夫妻は、ハンナを敵に回して自分たちが許してもらえる道はないのだと完全に悟った。

 そして皇帝は続けた。
「なんだったかな。あとはマクリーン子爵家の財産を勝手に処分したのだっけ? あまりにマクリーン家の経済状況が悪かったので、ハンナが仕方なく処分したのだろう? 宮廷ではよくマクリーン子爵家の経済状況が悪いことが話題になっていた。借金が多すぎて自転車操業みたいになっていると。何より金貸したちが大騒ぎをして、その噂が宮廷まで聞こえてきた。あまりに良くない状況なので統治権を見直すような話まで出ていたのだ」

 するとマクリーン子爵は苦しそうな顔で汗をきながら、
「しかし、あれは土地価格の暴落がもたらしたもので……。土地を担保に借金していたものですから。でも、別にうちは金貸しとちゃんと契約書を交わして金を借りたわけですから、後出しで担保が足りないなどと言われる筋合いはないのですよ。土地価格だって放っておけば戻ります。それをハンナは勝手に……」
と説明した。

「だが、金貸しは債権売却の話を進めようとしていた。手を挙げた貴族もいたようだ。そのような状況は見過ごせまい?」

「そりゃそうですが! しかし、金貸しは自分たちが損をすると分かって、それを回避するためにわざと仰々ぎょうぎょうしく騒いだんです! 宮廷にアピールすればうちが動かざるを得ないと考えたんです。とはいえ、うちに落ち度はなく……!」

「金貸しがわざと騒いだ、落ち度がないからと言い張っているだけで、問題が解決するかね? 金を返せばよかったのだ。だが金がなかった、結局それだけのことだったのだろう?」
 皇帝がぴしっと言い放ったので、マクリーン子爵は黙った。

 しかし、言い訳体質のマクリーン子爵はすぐに口を開いた。
「それはおっしゃる通りですが。ハンナが勝手に家の財産を処分したことはまぎれもなく事実なのです! 勝手にというのはさすがに当主として許すわけには参りません」

「結果、統治権剥奪をまぬがれてもか? おまえは今ハンナのおかげで子爵でいられる。しかし、財産問題の責任を取らされたのはハンナだ」
 皇帝はゆっくりと噛み含めるような言い方をした。

「責任を取らせたわけではありません……。金貸しを納得させるのに、他にやり方があったのは否定できないでしょう?」

「おまえは本当にひどい理屈を言うね。それならおまえ自身がその『他のやり方』とやらを実行すればよかったのでは?」

「そ、それは……」
 マクリーン子爵はまごつく。

 その様子を皇帝はあきれ返って見ていた。
「他のやり方など絵に描いた餅だったのだろう? それを全てハンナのせいにして押し付けた」

「そ、それは……」

「とはいえね、マクリーン子爵。確かに、ハンナが子爵家の財産を勝手に処分したという事実はあるのだろう。デイヴィッドをかくまって混乱を招いた事実もね。まあ離縁の理由にはかろうじてなるとは思うよ、正しいかどうかは別にしてね」
 皇帝はぽつんと冷静に言った。

 とたんにマクリーン子爵がほっとした顔になる。
「陛下、ありがとうございます!」

 しかし、皇帝はぎらっと目を光らせた。
「だが、離婚の理由として厳然としてあったのは、君の浮気だね、マクリーン子爵」

「!」
 マクリーン子爵夫妻は青ざめた。

「おまえは、ハンナと結婚しているときからこの女と付き合っていたんだってね。デイヴィッドがきっちり調べた」

「そ、それは! でも、浮気くらい誰でも……」

 マクリーン子爵がそう言い返すと、皇帝は心底しんそこ不愉快そうに眉をひそめた。

「おまえの言い分には気分が悪くなる。まあね、浮気は法律違反じゃない。だから私もこれまで黙っていた。女帝の血を引くハンナがこのような仕打ちを受けていても。だが、女帝の指輪の件では少々――、私もだいぶ不快でね。女帝が毎日身に着けていた指輪をよく分からん女がにやにや身に着けているなど――」

 皇帝がじろりとエマを睨んだので、エマは恐ろしくなって「ひっ」と後退あとずさった。

 皇帝はそんなエマの様子を黙って見ていたが、やがて言った。
「指を切り落とせ」

「え……ゆ、指ですか!? い、いやーーーっ!」
 エマは恐怖で足ががくがく震え、その場にへたり込んだ。

 皇帝は冷たく見下ろす。
「女帝のゆかりの品を奪った罪」

「そ、そんな大事なものだと思わなかったのです!」
 エマは肩を震わせ、目にいっぱい涙を溜めている。

 しかし皇帝はそんな嘘を信じるはずがない。
「大事なものだと知っていただろう。だから欲しがった。夜会にもこれみよがしにつけてきて。この指輪は自分のものだと知らしめるのだっけ?」

「も、申し訳ございません!!!」
 エマは言い訳できずについにぎゃーぎゃーと泣き出した。

 皇帝は微動だにしない。
「連れていけ」

 エマは皇帝の護衛騎士たちにひっ捕らえられ引きられて行った。

 そして皇帝はくるりと向きを変え、マクリーン子爵の真正面に立った。マクリーン子爵は思わずひざまずく。
「で、マクリーン子爵。爵位は剥奪」

「そ、そんな! どうかお許しを!」
 マクリーン子爵が真っ青になって皇帝にすがりついた。

「そもそもハンナがいなければとっくに剥奪されていたものだろう」
 皇帝は強い口調で断じた。

「すみません、でも、ハンナを離縁した理由はちゃんとあり……」

「今話しているのは、指輪を盗んだことについてだ!」
 皇帝は苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

「盗んだわけでは……」
「脅し取った、が正解かな?」
「ああ……。どうか……」
 マクリーン子爵は許しをうように頭を床にこすり付けた。

 しかし皇帝は静かに言った。
「許さぬ。観念しろ」

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