離縁された悪妻の肩書きに縛られて生きてきましたが、私に流れる高貴な血が正義と幸せな再婚を運んできてくれるようです

幌あきら

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【10.愚か者の末路②】

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「入るわよ、ハンナ。トニーマクリーン元子爵が迷惑をかけていないかしら」
 それはマクリーン元子爵の母、ヘレン夫人だった。

「大奥様!」
 ハンナが驚いてヘレン夫人の方を振り返ると、ヘレン夫人は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

「使用人からトニーがハンナの家に行ったと聞いたものですから。余計なことを言いやしないかと慌てて追ってきたんですよ」

「大奥様。お気遣いすみません」

「トニー! もうハンナに関わるのはおしなさい。私の反対を押し切ってハンナと離縁したのはトニーよ。ハンナの新しい結婚にあーだこーだ言える立場じゃないでしょう」

「別にハンナの結婚を邪魔しにきたわけでは……! ハンナから皇帝陛下にマクリーン家の再興を頼んでもらおうと思いまして」
 トニーが冷や汗をかきながらそう答えると、ヘレン夫人は目をり上げた。

「バカなことを言うんじゃありません! もう本当にあなたときたら、我が子であることをなげきたくなるほど! これまでは可愛かわいい息子と思ってかばう気持ちもありましたが、さんざんつらい目に遭わせたハンナ本人に、爵位の復活を頼むんですか? どれだけつらの皮が厚いのか……」

「母上はどちらの味方ですか!」
 マクリーン元子爵は母親が自分を叱るので嫌そうな顔をした。父が他界し自分が爵位を継いでから、母は一歩下がった立場を取り、自分のやることに極力口を挟んでくることはしなかったのに。
 ここでハンナの味方をする?

 そういえば、エマも以前「お義母様かあさまがあたくしよりもハンナの肩ばっかり持つのよ」と不満を漏らしていたっけ。こういうことだったのか。
 とはいえ、自分はエマとは違って血のつながる実の息子だ。ちゃんと説明すれば自分の味方をするはずだ……。

 マクリーン元子爵は甘い考えでニヤニヤしながら母親の方を向いた。
「母上だって今までの暮らしを失うのは怖いでしょう? 皇帝陛下だってあのときは勢いに任せて爵位剥奪なんて言い出しましたが、本当のところはそんな厳しく考えてなかったと思いますよ。だからお気に入りのハンナが頼めば……」

「ああ、もう! そうやって自分に都合よく考えるところがあなたの父親そっくりよ! 『そんな心配することではない』『問題が起こったがたいしたことではない』そんなことばっかり言って、結局にっちもさっちもいかなくなるまで問題を放置するんです! こちらがどれだけ助言しても聞かない。どれだけ似ているの。そういうところは本当にうんざりよ!」
 ヘレン夫人が上品な顔を思いっきり歪めて睨むので、マクリーン元子爵はぎょっとした。

「え? 母上は、父上のこと……?」
 マクリーン元子爵は混乱している。母は父にたいしても控えめだったのに、心の中ではそんなことを思っていたのか?

「私はハンナほど行動力が無かったし、まだ夫の代のときはここまで経済的にも追い詰められていなかったから、何もできなかった。頭では思うことがいっぱいあったけど。助言しても『女のくせに』とか『何も分かっていないくせに』とか言われて夫には聞く耳を持ってもらえなかったから、あのときの私はあっさりあきらめてしまった。でもそれを後悔していたの」

『後悔していた』と母が言い出したのでマクリーン元子爵はまずい流れになったなと思った。

 ヘレン夫人はもう全部言ってしまおうと、大きく息を吸った。
「ハンナがあのとき、マクリーン子爵夫人として、我が家の財産問題や宮廷での評判をなんとかしてくれようとしていたとき、私は相談に乗り、助言もし、ハンナの背中も押しました! ハンナが責められるなら私も共犯、むしろ立場的には私が首謀者です。結果あなたがぎゃーぎゃー文句を言い出したので、私は『自分の責任だ』と名乗り出ようとしました。しかし、ハンナが止めたのです。『お義母様が表に出てはダメです、自分が責任を取ります』と。実母に責任を押し付けたとなると、あまりにマクリーン家当主の、そして家自体の外聞が悪くなるから、と!」

「大奥様は孤独を感じがちだった私に大変良くしてくださいました。母を亡くした私は、大奥様に母のような親しみを感じていたんです。それなのにそんな汚名を大奥様に押し付けるわけには参りませんわ!」
 ハンナは慌てて言った。

「でも、ハンナ。私はずっとあなたに悪いと思っていて……」

「大奥様がご自分を強く責めているのを感じていました。それもあって大奥様のそばから離れがたかったのです、大丈夫とお伝えしたくて。体調も心配でしたし、私が寂しかったのもありますけど……」

 ヘレン夫人はそんなハンナの言葉に少しほっとしたような顔をした。
「私もあなたのような義娘むすめができてよかったわ」

 それで、ハンナは言いにくいなと思っていたことを今このタイミングで伝えてみようと思った。
「大奥様。よろしければ、その……。変な話ですけど……一緒にシュナイダー領に行きませんか?」

「え?」
「は?」
 ヘレン夫人とマクリーン元子爵は二人とも驚いた顔をした。

 ハンナは、そういう反応になるよなと心で思いながら、説得するように続けた。
「実はデイヴィッドにもそのことはちょっと相談しておりまして。大奥様の体調も心配だし、ずっと私のよき理解者でいてくださってた方だと説明したら、ぜひシュナイダー領にいらしくてくださいって言ってくださったの。『女帝の薬』も必要な期間ずっと続けてもらえるといいよねって。あと……ほら、マクリーン家も暮らし向きが変わって大変になるでしょうし……」

「まあ……。それは……。なんか元姑がそんなふうに押しかけていいものかしら。変じゃなくて?」
 ヘレン夫人は大きくかぶりを振って遠慮しようとした。

「変かもしれませんけど。でも、そういう話もたまにはあってもいいんじゃないかと思うんです」

「そう? それなら甘えてもいいかしら……」
とヘレン夫人が少し考えてから答えると、マクリーン元子爵が「はあ!?」と不満そうな声を上げた。
「母上、何を勝手に決めているんです!」

 それに対してヘレン夫人は躊躇ためらいがちに言った。
「……あなたのことは我が子なりに心配ですけど、夫の嫌だったところが思い出されて悲しくなるときがあるし……。新たに生活を立ち上げるのに『自分のことでも手一杯なのに母上のことまで面倒を見るのか』みたいなことを陰で言ってるのも聞きましたしね……。それなら自分のことは自分でさせてもらおうかしらと。デイヴィッド殿のご厚意こういには本当感謝しかありませんが、シュナイダー領で受け入れてくださるというなら」

 それを聞くと、マクリーン元子爵は母にひどい言い方をしてしまったことや、自分より他人を頼りにするのかということを情けなく感じて下を向いてしまった。母にも見放されている……?

 するとそこへ、
「ハンナ?」
と声がして、デイヴィッドがひょいっと顔を出した。

 マクリーン元子爵がいるので途端とたんに眉をぎゅっとしかめたが、そばにヘレン夫人がいるのが分かると何か合点がてんがいったようで、表情をやわらげ、
「大事な話は済んだかな?」
と聞いた。

「ええ」
とハンナは言った。
「大奥様は一緒にシュナイダー領の方へ来るのを了承してくださったわ」

 それを聞いてデイヴィッドはヘレン夫人に向かってにっこりした。
「ええ! ぜひ遠慮なく! 私にできる限りのことはしますよ。今までハンナの側で見守ってくださってありがとうございます! これからもそばにいてやってくださいね。離縁した後も、実家に帰るよりヘレン夫人の側にいるのを望んでいたハンナなのですから」

 それから、デイヴィッドはマクリーン元子爵の方を向いて、
「お母上はちゃんとお世話いたしますよ。会いたくなったらいつでもいらしてください。でも、あなたがうちの領内に住みつくのは勘弁かんべんなので、ご自分の暮らしはどこか別のところで立ててくださいね」
と言った。

 マクリーン元子爵は「むぐぐ……」となったが、味方が一人もいない状態では何を言ってもむなしいばかりで、不機嫌そうに黙ってハンナの家を出て行った。

 しばらくして、ハンナとヘレン夫人はそろってシュナイダー公爵領へ移り、手厚い歓迎を受けた。
 ハンナとデイヴィッドの結婚の日取りも決まり、皇帝は女帝のティアラを職人に磨かせたと聞いた。

 ハンナはデイヴィッドと二人きりで夜風に当たりながら、結婚したら子どもは何人欲しいかなどたわいもない話をしていた。

 ハンナはデイヴィッドに向かって微笑んだ。
「私は人生で今一番幸せを感じています」

 デイヴィッドは嬉しそうにハンナの手をとった。
「ええ。私もです。一緒に生きていきましょう」

 デイヴィッドはそっとハンナに唇を寄せたのだった。
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