14 / 22
14.もう一人の浮気相手(1)
しおりを挟む
私は眩暈がした。
元夫も真っ青になっている。
「リリーちゃんがまた行方不明だと!? さらには他人に怪我まで。当局に捕まって処分を受けたらどうしよう!」
「そ、それで、怪我をさせたお相手の方はどなたなの?」
私の声は震えていた。
スカイラー様がそっと私の肩を支えてくれる。
「それが」
執事は言いにくそうな顔をして、ちらりと元夫の顔を見た。
「アンナリース様です」
「は!?」
元夫は目を白黒させた。
私も愕然とした。だってその名前……!
元夫は気まずそうにちらりと私を見る。
私は睨み返してやった。
ええ、知っていますよ。
アンナリース・テルマン子爵令嬢様ですよね。元夫がマリネットさんの前に長くお付き合いしていた女性!
おバカ系令嬢がお好きな元夫にしては珍しく知的系の令嬢だったはず。それまでとはあんまりタイプが違ったから「運命の相手だ!」とだいぶ息巻いていらっしゃったわよねえ。
アンナリース・テルマン子爵令嬢は私から見てもたいそうよくできた女性に見えた。
まさか元夫の浮気相手をお勤めなさるまでは。
アンナリースさんはまずたいへんな勉強家との噂だった。
幼い頃から周辺国の言葉は数カ国くらいマスターしたと聞いたしね。
なので周辺国からお客様がいらっしゃったときには、お客様とそちらの言葉で話ができるので、どのお客様もそりゃあ特別感激されてたわね。
しかもとてもウィットに富んだお話も得意なようで、各国の大使の賑やかな輪の中でひときわ目立つ存在だった。
私は外国語をマスターするのがとても苦手だったので、アンナリースさんを素直に尊敬していたっけ。
そして、あれは何かの晩餐会のことだった。
その会にもたくさんの外国の大使が出席していて、独特の空気が流れていたのを覚えている。
それでもまぁ私だって多少はおもてなしの気持ちもあるし、たまたま同じテーブルの新任の外国の大使がわが国独自の食べ物に困っているように見えたので、食べ方を教えてさしあげた。
私はささやかながらもわが国の文化を外国の方に紹介できたことを少し誇らしく思っていたし、その縁でその大使ご夫妻とは少し仲良くなることができたのを嬉しく思っていたのだけど。
そこへ、ふと寄ってきたアンナリースさんが、いきなり話に割って入ってきたかと思うと、私の食べ方をごく初歩的なものだと紹介し、さらに『上級者はこんな食べ方をする、これでこそ通だ』といったことを得意の言語でペラペラペラペラ喋りだしたのだった。
しかもなんだかこれ見よがしな態度で。
私はすっかりお株を奪われた形になり、なんだか気分が萎えてしまった。
それで、少し意固地な気持ちにもなったから、「私はもう必要ないでしょう」とばかりに少しつっけんどんな挨拶をして、言葉少なにその場を立ち去ろうとした。
外国の大使夫妻はその空気を感じ取り、慌てて私に謝ろうとした。
「どうぞここにいてください! あなたはとても親切な方です」と丁寧に引き留めても下さった。
しかしアンナリースさんの方は、わざとなのか、そんな私に遠慮するようなそんな空気を是とはしなかった。
「用無しは立ち去れ」とばかりに口の端で笑いながら、私に向かって「ご苦労様」と言ったのだ。
「ご苦労様」って?
どんな立場の人が私に「ご苦労様」と言うだろう。
あ、いや、王妃様を始め、結構たくさんの人が言うか……。
しかし、仮にも侯爵夫人の私に、残念ながら格下の子爵令嬢が言うのは少々いただけない。
いやわかってますよ、能力は彼女の方が上だってことくらい。(彼女を前に私が誇れるのは身分くらいだってことも重々承知してますとも!)
それに、『そもそも身分が全てじゃない』という最近の新しい風潮のこともよく分かっている。その風潮については、私も納得する部分は多大にあるしね。
でも、そういうことじゃない。あの場でのアンナリースさんの態度。
ね、さすがに「ご苦労様」はないんじゃないかと思いません?
しかもそれだけではなかった。
どこぞのサロンに呼ばれた時の話。
まぁ当時は私もそんなに自分に悪意を持った人がいるとは思っていなかったから、私を呼んでくれるサロンの主催者様には感謝の念を込めて出来る限り出席するようにしていた。
そのたまたま呼ばれたサロンにいたのだ、アンナリースさんが。
先日の晩餐会では散々な印象だったので、私は正直嬉しくなかった。微妙な顔をしたと思う。
ただ、まぁあの時は所詮食べ物の話だし(※ちょっと違う)、あの晩餐会では特別感じ悪かったように感じられただけで、きっと今日はアンナリースさんもまともなんじゃないかと思い込むことにした。
まあ先日は言語だとか文化だとか、確かに私の拙い部分があった事は否めないし、私もきっと落ち度があったのだろう、と。
まぁ何せ先日が最悪だったから、今日はあれ以上に悪い気分になる事はないだろうと自分に言い聞かせて。
そんな感じで私は自分を落ち着かせ、サロンに顔を出していたご婦人やら名士の方々に一人一人丁寧に挨拶をはじめたのだった。
元夫も真っ青になっている。
「リリーちゃんがまた行方不明だと!? さらには他人に怪我まで。当局に捕まって処分を受けたらどうしよう!」
「そ、それで、怪我をさせたお相手の方はどなたなの?」
私の声は震えていた。
スカイラー様がそっと私の肩を支えてくれる。
「それが」
執事は言いにくそうな顔をして、ちらりと元夫の顔を見た。
「アンナリース様です」
「は!?」
元夫は目を白黒させた。
私も愕然とした。だってその名前……!
元夫は気まずそうにちらりと私を見る。
私は睨み返してやった。
ええ、知っていますよ。
アンナリース・テルマン子爵令嬢様ですよね。元夫がマリネットさんの前に長くお付き合いしていた女性!
おバカ系令嬢がお好きな元夫にしては珍しく知的系の令嬢だったはず。それまでとはあんまりタイプが違ったから「運命の相手だ!」とだいぶ息巻いていらっしゃったわよねえ。
アンナリース・テルマン子爵令嬢は私から見てもたいそうよくできた女性に見えた。
まさか元夫の浮気相手をお勤めなさるまでは。
アンナリースさんはまずたいへんな勉強家との噂だった。
幼い頃から周辺国の言葉は数カ国くらいマスターしたと聞いたしね。
なので周辺国からお客様がいらっしゃったときには、お客様とそちらの言葉で話ができるので、どのお客様もそりゃあ特別感激されてたわね。
しかもとてもウィットに富んだお話も得意なようで、各国の大使の賑やかな輪の中でひときわ目立つ存在だった。
私は外国語をマスターするのがとても苦手だったので、アンナリースさんを素直に尊敬していたっけ。
そして、あれは何かの晩餐会のことだった。
その会にもたくさんの外国の大使が出席していて、独特の空気が流れていたのを覚えている。
それでもまぁ私だって多少はおもてなしの気持ちもあるし、たまたま同じテーブルの新任の外国の大使がわが国独自の食べ物に困っているように見えたので、食べ方を教えてさしあげた。
私はささやかながらもわが国の文化を外国の方に紹介できたことを少し誇らしく思っていたし、その縁でその大使ご夫妻とは少し仲良くなることができたのを嬉しく思っていたのだけど。
そこへ、ふと寄ってきたアンナリースさんが、いきなり話に割って入ってきたかと思うと、私の食べ方をごく初歩的なものだと紹介し、さらに『上級者はこんな食べ方をする、これでこそ通だ』といったことを得意の言語でペラペラペラペラ喋りだしたのだった。
しかもなんだかこれ見よがしな態度で。
私はすっかりお株を奪われた形になり、なんだか気分が萎えてしまった。
それで、少し意固地な気持ちにもなったから、「私はもう必要ないでしょう」とばかりに少しつっけんどんな挨拶をして、言葉少なにその場を立ち去ろうとした。
外国の大使夫妻はその空気を感じ取り、慌てて私に謝ろうとした。
「どうぞここにいてください! あなたはとても親切な方です」と丁寧に引き留めても下さった。
しかしアンナリースさんの方は、わざとなのか、そんな私に遠慮するようなそんな空気を是とはしなかった。
「用無しは立ち去れ」とばかりに口の端で笑いながら、私に向かって「ご苦労様」と言ったのだ。
「ご苦労様」って?
どんな立場の人が私に「ご苦労様」と言うだろう。
あ、いや、王妃様を始め、結構たくさんの人が言うか……。
しかし、仮にも侯爵夫人の私に、残念ながら格下の子爵令嬢が言うのは少々いただけない。
いやわかってますよ、能力は彼女の方が上だってことくらい。(彼女を前に私が誇れるのは身分くらいだってことも重々承知してますとも!)
それに、『そもそも身分が全てじゃない』という最近の新しい風潮のこともよく分かっている。その風潮については、私も納得する部分は多大にあるしね。
でも、そういうことじゃない。あの場でのアンナリースさんの態度。
ね、さすがに「ご苦労様」はないんじゃないかと思いません?
しかもそれだけではなかった。
どこぞのサロンに呼ばれた時の話。
まぁ当時は私もそんなに自分に悪意を持った人がいるとは思っていなかったから、私を呼んでくれるサロンの主催者様には感謝の念を込めて出来る限り出席するようにしていた。
そのたまたま呼ばれたサロンにいたのだ、アンナリースさんが。
先日の晩餐会では散々な印象だったので、私は正直嬉しくなかった。微妙な顔をしたと思う。
ただ、まぁあの時は所詮食べ物の話だし(※ちょっと違う)、あの晩餐会では特別感じ悪かったように感じられただけで、きっと今日はアンナリースさんもまともなんじゃないかと思い込むことにした。
まあ先日は言語だとか文化だとか、確かに私の拙い部分があった事は否めないし、私もきっと落ち度があったのだろう、と。
まぁ何せ先日が最悪だったから、今日はあれ以上に悪い気分になる事はないだろうと自分に言い聞かせて。
そんな感じで私は自分を落ち着かせ、サロンに顔を出していたご婦人やら名士の方々に一人一人丁寧に挨拶をはじめたのだった。
48
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる