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15.もう一人の浮気相手(2)

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 そしてアンナリースさんと目が合った。
 私は名前はともかく、ゆっくりと自分の身分をつまびらかにした。自分でもしつこいとは思うけれど、「ご苦労様」の無礼が脳裏にこびりついていたらしい。
 私もなかなかイヤミなところがある。

 が、それでもまぁアンナリースさんの先日の私への不愉快な態度は誤解であってほしいという願いもあったため、「先日は私も知らないような郷土料理の食べ方をご教示して下さってどうもありがとう。珍しい食べ方ね」と彼女の弁解を促すような言い方をした。

 しかし、『不愉快な態度は誤解であってほしい』と願うのはそもそも間違いだった。
 聡明な顔つきでサロンの名だたる人に混じり取り澄まして席についていた彼女だったが、私の言葉に馬鹿にしたような顔で「ぷっ」と笑ったのだ。

 私は思わず目を疑った。
 今日はきちんと身分を明示した上でのこの態度。
 これはもう私に対する嫌がらせだとピンときた。

 その吹き出した笑い方は周囲の人には無邪気な笑い声と聞こえたのだろう。
 悪意などつゆにも疑わないメンバーたちは、「なになにどんな珍しい食べ方だね。そんなに面白い食べ方があるのかね」と興味深そうに話を掘り下げようとした。

 私は慌てて話を切り上げようとした。
 悪意あるアンナリースさんの手にかかれば、私なんてまな板の上のこい。アンナリースさんの会話術を持ってすれば、一気に私はここサロンメンバーの中でアホの烙印らくいんを押されるだろう。

 しかし、「たいした話じゃありません」と私が話を切りあげようとするの彼女はこばんだ。
「私は我が国の伝統料理の歴史をご教授したまでです。歴史をきちんと理解した上でないと外国の方に伝統を伝えることができませんからね。伝統のうわつらの話だけでは何も理解できないのと一緒です。その外国の大使は私の話にようやく納得の顔をしていらっしゃいましたわ」

「ああ」と私は心の中でなげいた。
 この言い方!
 私が我が国の伝統の歴史など全く理解していないかのような言いぶりじゃないの。
 しかも私では外国の大使とお話をする価値がないかのような!

 さすがに一部のサロンメンバーの方はアンナリースさんが言い過ぎだと思ったのだろう、私の立場をおもんばかって、「こりゃアンナリース嬢のご高説だねえ」と茶化ちゃかしてくれた。
 ……大人の対応に感謝する。

 が、一度このように下げられてしまった私の立場は、回復するには何かしらの挽回ばんかいが必要だ。
 かといって早々に都合よく私の評価を押し上げてくれるような話題がのぼるわけでもない。

 結局、ごく普通の話題では私の常識的な意見など人様ひとさまの記憶に残るのは難しく、私は最初の印象よろしく平凡な人として、むなしくこのサロンを退出することになったのだった。

 そんな不満をつらつらと胸にため込んでいたら、その後わりかしすぐに聞きましたよ。
 アンナリースさんがうちの(元)夫と付き合いはじめていたことを。

 なるほど、あれらは露骨ろこつに嫌がらせを意識した態度だったというわけです。

 人の(元)夫と浮気しておいて、その妻にまで嫌がらせをするなんてどんなに性格が悪いかと思う。
 当然のことだけど、私はアンナリースさんを完全に嫌いだと思った。残念だけど、こればっかりはオブラートに包みようがない。

 かといって、(元)夫の浮気はこれが初めてではなかったから、「そのうちまた別れるのかな」とぼんやり思う程度で、もういちいちムキになることもなかった。私はすっかり(元)夫にはあきらめていたので。

 それで、一年はたたない頃でしょうか、(元)夫は案の定アンナリースさんと別れた。理由は知らない。
 ただ、そりゃあ円満に別れたわけではなさそうで、その後もアンナリースさんは何かと機会があるたびに突っかかって来る(私はアンナリースさんを避けていましたけどね)。
 そのあと(元)夫が付き合いだしたマリネットさんにも突っかかっているとこを見かけたこともある(マリネットさんもアレな方なので嫌がらせの効果の方は存じませんけどね)。

 まあ、アンナリースさんが(元)夫と別れた後、あんまり幸せそうではないということだけは確かだった。

 しかし、さてさて。
 そんなアンナリースさんの名前を今日もう一度こんな形で聞くことになるとは思ってもみなかった。
 まさかリリーがアンナリースさんに怪我をさせるなんて!

 あまりアンナリースさんのことが好きではない私でも、さすがに自分の猫が彼女に怪我をさせたというのは看過かんかできる内容ではなく、大変なことになってしまったと思わざるを得なかった。
 状況は分からないけれど、もしリリーのせいなのであれば、申し訳ない!

 私はまず訪問してきた当局の者を応接室に招き入れ、アンナリースさんからの通報の内容を聞くことにした。
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