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第四夜
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どうやら私はとんでもない状況にあるらしい。
ふう、とため息をついて読書感想文を書くために読んでいた本をぱたんと閉じた。
あれから沙夜にしつこい、うるさいと言われながらも昨晩の話をあれこれ聞いてわかったことはたったひとつだった。
あの時出会った彼を覚えているのは私だけ。沙夜はすっぽり彼のことに関する記憶が抜け落ちていたのだ。自分だってあんなに元気に自己紹介をしていたくせに、
「昨日男の人になんて会ってないよ。あそこには誰もいなかったってば。本当にいい加減にしてよ、お姉ちゃん怖いって」
と最後には私のことを気味悪がって自分の部屋に引きこもってしまった。
だとしたら、あの男の子は何だったんだろうか?
「…………」
私は自由研究用のクロッキー帳と色鉛筆を引っ掴んでトートバッグに入れると、ばたばたと玄関へ向かった。わからないのなら、この目でもう一度確認すればいい。もう一度言葉を交わせばいい。
私の騒々しい足音に気付いたばあばが声を掛けてきた。
「あーちゃん、そんなに慌ててどうした? どこに行くの?」
「あ……。えと、自由研究の絵、描いてこようかなって思って。きれいなお花見つけたから」
「そうかいそうかい。夕飯までには戻っておいでね」
うん、と笑って私は玄関を出る。悪いことをしているわけではないのに、なぜか胸がどきどきしている。
自転車にまたがり、誰も見ていないことを確認した私は思いっきり立ち漕ぎをした。早く、一分一秒でも早く彼のことを確かめたい。その一心でペダルを力強く踏み込む。
はっはっと息のあがる私に呼応するようにギッギッとチェーンの軋む音がする。
太陽の光に透けて瑞々しく、真っ赤に咲き誇る百日紅。抜けるような青空とのコントラストが美しいこの木が目印だ。
私は滴る汗を拭い、ひとつ深呼吸をすると自転車をひいて脇の小道へ歩みを進めた。
昨晩は暗かったのとホタルに気を取られてあまり気にしていなかったが、ちょっとした森のように鬱蒼と生い茂る草木に囲まれた小道は日中でもひんやりとした空気をまとっていた。
獣道に変わるところで自転車を置いていき、さらに奥へ進む。なんとなく木々や雑草が踏み分けられているところを選んで歩いていくと、程なくしてあの小さな泉にたどり着いた。
――ヒカルだ。
彼は、ちゃんと泉のほとりにいた。やはり昨日の記憶は正しかったのだ。泉に射し込む木洩れ日がヒカルの肌や髪を透かす。そのまま光の粒になって消えてしまいそうなくらいに美しかった。
その姿に見惚れていると、ヒカルがこちらに気付いた。その顔はひどく驚いていて、まるで幽霊でも見たかのような、そんな表情だった。
ヒカルは数歩後ずさったあとにおそるおそる口を開いた。その声は微かに震えている。
「ぼくを覚えているの?」
ふう、とため息をついて読書感想文を書くために読んでいた本をぱたんと閉じた。
あれから沙夜にしつこい、うるさいと言われながらも昨晩の話をあれこれ聞いてわかったことはたったひとつだった。
あの時出会った彼を覚えているのは私だけ。沙夜はすっぽり彼のことに関する記憶が抜け落ちていたのだ。自分だってあんなに元気に自己紹介をしていたくせに、
「昨日男の人になんて会ってないよ。あそこには誰もいなかったってば。本当にいい加減にしてよ、お姉ちゃん怖いって」
と最後には私のことを気味悪がって自分の部屋に引きこもってしまった。
だとしたら、あの男の子は何だったんだろうか?
「…………」
私は自由研究用のクロッキー帳と色鉛筆を引っ掴んでトートバッグに入れると、ばたばたと玄関へ向かった。わからないのなら、この目でもう一度確認すればいい。もう一度言葉を交わせばいい。
私の騒々しい足音に気付いたばあばが声を掛けてきた。
「あーちゃん、そんなに慌ててどうした? どこに行くの?」
「あ……。えと、自由研究の絵、描いてこようかなって思って。きれいなお花見つけたから」
「そうかいそうかい。夕飯までには戻っておいでね」
うん、と笑って私は玄関を出る。悪いことをしているわけではないのに、なぜか胸がどきどきしている。
自転車にまたがり、誰も見ていないことを確認した私は思いっきり立ち漕ぎをした。早く、一分一秒でも早く彼のことを確かめたい。その一心でペダルを力強く踏み込む。
はっはっと息のあがる私に呼応するようにギッギッとチェーンの軋む音がする。
太陽の光に透けて瑞々しく、真っ赤に咲き誇る百日紅。抜けるような青空とのコントラストが美しいこの木が目印だ。
私は滴る汗を拭い、ひとつ深呼吸をすると自転車をひいて脇の小道へ歩みを進めた。
昨晩は暗かったのとホタルに気を取られてあまり気にしていなかったが、ちょっとした森のように鬱蒼と生い茂る草木に囲まれた小道は日中でもひんやりとした空気をまとっていた。
獣道に変わるところで自転車を置いていき、さらに奥へ進む。なんとなく木々や雑草が踏み分けられているところを選んで歩いていくと、程なくしてあの小さな泉にたどり着いた。
――ヒカルだ。
彼は、ちゃんと泉のほとりにいた。やはり昨日の記憶は正しかったのだ。泉に射し込む木洩れ日がヒカルの肌や髪を透かす。そのまま光の粒になって消えてしまいそうなくらいに美しかった。
その姿に見惚れていると、ヒカルがこちらに気付いた。その顔はひどく驚いていて、まるで幽霊でも見たかのような、そんな表情だった。
ヒカルは数歩後ずさったあとにおそるおそる口を開いた。その声は微かに震えている。
「ぼくを覚えているの?」
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