滑って転んで突き刺して

とえ

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第1章

戦闘開始だよ

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「……誰ですか、あなたは」

 突然現れた黒衣の男に、僕は面食らっていた。
もし襲撃に来るのなら確実にセリカだと思っていた。
次点候補でスコイルのメンバー。これはジーク
さんの口ぶりからおそらく当たり。じゃあこいつは
一体誰なんだ?セリカを警戒するあまり、予想外の
攻撃を受けてしまった。壁を背にしていれば仮に家の
外から狙いをつけられたとしても棘の直撃は免れる
想定だった。でもそれはなんの意味もなさなかった。

「ふむ。妥当な反応ですね。でも言ったはずです。
お見知り置きは必要ありません。我々……いえ、私は
必要なモノさえ確保できれば良いのです」

 転がっていたタンブルがムクリと起き上がり、鼻血
をボタボタと垂らしながら黒衣の男に言う。

「旦那ァ!俺ァもう良いだろォ!?」

「ああ、頭首君。君はいい仕事をしました。転移
は妥当に済みましたので、別にもう帰っても
構いませんよ」

 おそらくタンブルの役割は、人をここに集めるため
の出口を設置する事。よろよろと庭を歩いていたのは
そこかしこに羊皮紙とナイフを投げ刺していた為
だろう。じたばたと逃げ出そうとするが、庭の
仕掛けから伸びたロープに足を引っ掛け転倒する。
鳴子の音がその滑稽さを嘲笑うかのように響いた。

 向こうからすればこの状態は余裕だ。周りを全て
取り囲み数も圧倒的に多い。屍人も何かで操作されて
いるのか知らないが、無秩序に襲いかかる訳ではない
ようだ。状況を把握するためにももう少し余裕に
浸っていてほしい。僕が何か手はないかと周りを
見回しているとジークさんが口を開いた。

「前に言った依頼主マルトのお抱え魔術師、覚えて
るか?あいつがそうだ。いつも屋敷の中に控えてて、
薄気味悪い雰囲気を放ってる」

「屍人のほうは心当たりありますか?」

「状況からしてあいつの術で作られたモノだろうな。
だが、それよりも……」

 ジークさんの表情が酷く険しくなっていることに
気づいた。怒りとも絶望とも取れるその眼差しは
1体の屍人に刺さっていた。

「屍人の何人かは……確実にスコイルの連中だ。
あの背の高い屍人、顔立ちといい体型といい、
確実に、フォルト。オレのダチだ……!」

「……!」

 言葉を飲んだ。友人の変わり果てた姿を直視する
ジークさんは、奥歯ギリギリと鳴らしている。

『デニス。感傷に浸るのは後じゃ。役立たずの助言
で悪いが、色々とおかしい』

 屍人の魂を感知できなかった事を言っているの
だろうか。ダガーはやや自虐的に言った。

(僕もそう思います。屍人の中に半端な数スコイル
構成員の死体が含まれている意味がわからない。
無関係な死体で屍人を用意し、構成員は全員生身
で使えばいいはずなのに)

『あのタンブルとかいう下賎な男も妙じゃな。
……とても人を率いる器には見えんのう。なんじゃ
あのみっともない奴は。名ばかりの頭首かのう』

 確かにリーダーの器、とは言い難く見える。だが
あの一目見ただけでわかる生き汚く足掻く様子は、
セリカからすれば脚のもげた虫を観察する様な愉悦
があったのかもしれない。

『直接話してみても良いかもな。……お主聞こえて
おるのじゃろ?クローケ、じゃったか』

 ダガーの声が黒衣の男に投げかけられる。聞こえ
るのか、あいつは。

「これはこれは刃物殿。あのイカれ……いえ、セリカ
から聞き及んでおります。ガラクタと言葉を交わせる
なんて光栄ですよ」

『そりゃ結構な事じゃ。まぁ、そう肩肘張らずに
自分の墓だとでも思って寛ぐがよいぞ』

 陣営からしてセリカと繋がっているのは察しが
つく。そして今のやり取りで、同陣営ながら仲間意識
が希薄である事もわかった。この屍人達は明らかに
ダガーの魂感知"対策"だ。これをするにはダガーに
そのような能力があると知っていなければならない。
離れたところにいるジークさんの安否をダガーが
読み取ったところを、セリカは目撃している。それを
同陣営に共有するのは当然だ。……彼女はダガーの
詳しい能力までは知らないはずなのに、抜け目ない
考察力だ。

「私……いえ、依頼主が必要なのは、そこの小さな
坊ちゃん1人です。他の肉塊と骨董品には興味が
無いので、大人しく引き渡してくだされば危害は
加えませんよ」

 エディが父さんの小脇の中で身体を竦める。全員が
各自の得物を握り直し、抵抗の意志を伝えた。

 とは言うものの、この状態では動きようがない。
たとえ数人滑らせて転ばせたところで、効果の程は
たかが知れている。使える物、何か使える物は……

『しかしまぁ大所帯じゃな。童1人拐うのに随分と
雁首揃えたのう。どれだけいるかは知らんが屍人
なんてモノまで用意するとは、さぞ無能な面々が
徒党を組んでおるらしい。のう、クローケ。お主
も例外ではあるまい?……術に魂が篭っとらんな。
才能ではなく努力と修練の成果か。涙ぐましいのう」

「……あぁ?」

 ダガーの挑発にクローケがビキリと青筋を立てる。
小さなナイフを弄んでいたスコイルのメンバーは
先程から独り言のようにダガーに話しかけるクローケ
を不思議そうに見ている。……この集団、数は多いが
おそらく結束はガタガタだ。僕も少し探りを入れる。

「……エディに一体なんの用があるのですか。この子は
まだ幼いただの子供です。何をそんな躍起になるのか
理解しかねます」

「デニス君、でしたかね。あなたの事もあのアマ
から聞いてますよ。なんでも彼女のお気に入り
だとか。不運ですね。あんなのに目を付けられて。
私の用事、ですか……それをツラツラと語る程、
私は無能では無いのですよ。ご理解頂けますかね」

 返答自体に大した意義はない。それはそうか。
如何に優位と言えど安易に内情を漏らすのはだいぶ
問題だ。だが、また確信した。子供、つまりエディ
を強く欲しているのは、依頼主よりも彼自身だ。
でなければ僕の質問の"なんの用?"に対して
"私の用事"などと返すはずがない。マルトは半分傀儡
である可能性もある。少なくともただの雇用主と
魔術師という立場とは考えにくい。

 スコイルの面々がクローケとダガーの会話を
察せていないところから、末端への情報共有は
徹底されていない。さしづめ使い捨ての駒程度の
認識なのだろう。

 質問をしながらジークさんの様子を伺う。彼は
善悪は別として一度はスコイルに居心地の良さを
覚えた人間だ。ならここでその仲間と敵対する事に
思う所が無いはずがない。父さんや母さんもそれを
察している為か、絶妙なやりづらさを感じている
はずだ。ある意味でこの場にゴーサインを出すのは、
ジークさんに他ならない。

「ジークさん……」

「わかってる。これはオレのしがらみだ。だから
オレ自身が断ち切らなきゃならない。でも、ひとつ、
あいつに聞いておきたいことがある」

 普段の人当たりの良い顔が嘘のように激情のまま
クローケを睨みつけるジークさん。そのままの勢いで
言葉を投げつけるように言った。

「フォルトをこんなんにしやがったのはあんたか?
オレは今まであんたと大して話もした事ねぇが、
もしそうならあんたをぶん殴る。ついでに、仲間が
こんな風にされててもなおマヌケヅラ晒して、
良いように使われてるスコイルの連中も、同じく
ぶん殴る」

 何人かの構成員が、ぴくりと反応する。表情を
見るに、全員が全員望んで事に及んでいる訳では
無いようだ。中には迷いを浮かべる者もいる。

「んー、君は……まぁ、確かに、見た事はある、
程度の印象しかありませんね。妥当な怒りです。
君たち青年団はどうにも信念が無い。皆で同じ
方向を見て進むという強い意志が無いのです。
だから内部分裂もするし、抜けたいなどと宣う
輩が出る。ですが私は違いますよ。私は、仲間には・・・・
寛容です。こうやって皆で協力して確りと目標を
達成する為に、努力は惜しみません。……もっとも」

 わざとらしく言葉を切り、明らかに蔑みの目を
向けるクローケ。

「仲間、でなければ、ただの素材・・ですがね」

 言い終わると同時に、駆け出そうとするジークさん
を、僕と父さんが止めた。その衝動は痛い程わかる。
だが、それだけで突っ込むのは危険だ。

「ジークさん。屍人の中にはあなたの友人が含まれ
ます。ここで武器を振り上げるという事は、当然
友人にも当たる事を意味します。……大丈夫ですか?」

 なんて酷な質問だ。自分で言っておいて胸糞悪い。
全身が震えるジークさんは下を向いたまま言った。

「わかってる。でも、あれはもうダメなんだ。屍人
ってのはな。死んだ者を呪いの類で操り人形みたい
に扱うモノ……どうやっても元には戻らねぇ」

 僕はゆっくりと頷いた。これは開戦の狼煙だ。
彼は腹を括ろうとしている。目の前の理不尽を
殴り付ける覚悟を固めているのだ。

 フォルトさんを含めた、穏健派なメンバーが
クローケにより屍人にされた。残ったスコイルは
過激派、あるいはセリカやクローケに表面上でも
従う者たち。各屍人の損傷具合から、全部が全部
メンバーの身体ではないと思う。明らかに"時期"
が違うものが混じっている。僕は頭の整理を終え、
ジークさんに負けず劣らず怒りに震えている父さんに
静かに言った。

「父さん。……戦闘開始だよ」

「ああ、デニス。ここには守るべき者が2人いる。
わかっているな」

 当然わかっている。相手の目的であるエディ、
そして戦うことと縁遠い母さん。僕は父さんの目を
見て頷く。

「エディ。お前は可能ならでいい。父ちゃんを手伝ってくれ。怖ければ目を瞑っていなさい。あまりお前
に見せたい光景じゃないからな」

「大丈夫だよ。ぼくだってやれるもん」

 エディが勇ましく両手をかざす。動作に呼応して
正面の一郭に巨大な火柱が上がった。……我が弟
ながら毎度驚かされる。火は庭木と変わらぬ高さ
まで燃え上がり屍人のいくらかを瞬く間に灰にした。
駆け出しかけた生身の者達はギョッとして怯み
その脚を止めた。

 初撃に飛び退く形でクローケは距離をとる。その顔
は賞賛か焦りか、ぎこちなく笑っている。

「素晴らしいッ!とても幼子の魔法とは思えません!
妥当を遥かに越えていますね!」

 意思ある人間は危機感で固まる。だが屍人はそんな
事には動じない。焦点の定まらない目をひん剥き、
四方から襲い来る。

 僕は鳴子の柱を1本掴み《滑れ》と念じて引き
抜いた。ロープの片側をダガーで切り飛ばし、
「父さん!」と呼びかけ、投げ渡す。僕の意図を
察した父さんは斧を足元に突き立てるとそれを
受け取った。

「しゃがめ!」

 父さんは叫ぶと、ロープの端を強く握り、頭の上で
大きく振り回す。簡易的ながらリーチの長いフレイル
として、その棍棒は屍人の頭を幾つもまとめて叩き
潰した。だが所詮は薪用の木材。直ぐに砕けて打撃部
を失ってしまった。

 フレイルの範囲攻撃終了とともに、ジークさんが
走り出す。ナイフは左手に持ち替え、力いっぱい
握りこんだ右拳が生身の敵顔面に炸裂する。吹き
飛んだ者をかまわず踏み付けるように屍人が前進し、
ジークさんに向かって飛び掛ろうとする。

《滑れ》

 足元の摩擦が抜けバランスを崩す屍人。その隙を
逃さずジークさんのナイフが腐敗しかけた頭蓋を
穿いた。僕は先程の壊れたフレイル先端を持ち、
ダガーの柄にからませる。自らの足元に滑りを
付与して、隙間の空いた敵陣に滑り込んだ。
1人包囲網の外に出た僕を、屍人は大して追って
こない。たった1人の術師に操られている大勢の屍人
は、当然のように複雑な動きはできないと見える。
……なるほど。屍人だけで襲撃をかけた場合、
目的であるエディだけを連れ出すような精密な
動きができずグズグズになるリスクがあった訳か。

 慌ててクローケが何やら手振りをし、いくらかの
屍人がこちらに向き直る。僕はその振り向いた屍人の
区画をぐるりと周回するように滑走し、最後に
ダガーを高い庭木の枝に向けて投げ飛ばした。
ロープに《滑れ》と念じつつ叫ぶ。

「ダガー!重くなれ!」

 枝を越えて向こうに落ちかけたダガーは、その枝を
支点とし、空気抵抗を突き破って一気に落下加速、縄
に絡んだ屍人の胴を束ね、巻き上げ、締め上げ、両断
した。バラバラと散る屍人の破片が落ち切り、地面に
突き刺さったダガーを拾い上げると、

『刃物使いが荒くなってきたのう』

 という小言が頭に響く。だが、声から漏れ出る本音
は隠せない。彼女も満更でもない様子だ。

「……頼りにしてますので!」

 僕は改めて、ダガーを正面に構え直した。

 
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