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第1章
実利主義
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「妥当な消耗具合ですが……しかし酷い醜態だ」
僕ら少人数の躍進に、混戦から少し引いた位置で
クローケが呟いた。焦りより苛立ちが目立つ。
エディの火魔法が煌めく。父さんの斧が閃く。
ジークさんの手からは拳打の反動で血が滲んでいる。
母さんの正眼に構えた包丁は敵の1人を牽制し、
僕は場を荒らした後すぐ司令塔であるクローケを
横目で観察していた。
魔術師、と彼は自称した。既に披露された術
の類は2つ。屍人の生成及び操作と、ルールの
よく分からない転移。まだ他にどんな手札を持って
いるのかは不明。でもひとつ推測はできた。彼は
遠距離攻撃出来る術は持ち合わせていない、あるいは
あったとしても個人を狙って放てる様な器用な攻撃
手段が無いと想像できる。
クローケは味方であるはずの屍人や青年団にさほど
執着はない。先程の呟きやそれより前の言動から
それは明らかだ。であれば、味方を巻き込んででも
離れたところから敵を一掃する攻撃を撃っても
おかしくは無い。だがそれをしない。もし手段が
あるにも関わらずあえて使わないのであれば、それは
目的であるエディを巻き込む事を危惧してという
事になる。
でも今、僕は1人やや味方陣営から離れている。
先程苛立ちなんかを呟いていた事から、何かを詠唱
している様子もない。予備動作等の隙を警戒している
にしても、そもそもこちらの陣営は一足飛びで彼を
攻撃出来るような位置にはいないのだ。それでも
僕を狙って何か術を行使する気配がない理由、可能性
としては、この程度離れている位ではエディまで
巻き込むほどの広範囲攻撃しかない、もしくは
"そもそも遠距離攻撃の手段がない"の二択まで
絞れる。そのどちらだとしても、僕らにとっては
好都合だ。
(ダガー。クローケはおそらくこの距離感なら
大きな行動はしないと予想できます。何かの機会を
伺ってる可能性があります)
『ふむ。なら先ずは周りの掃除じゃな。ワシには屍人
が見えん。状況の把握は困難じゃ』
声の範囲を絞ったダガーが応える。屍人に関しては
かなり厄介だ。どうする。斧を振り回していた父さん
が叫ぶ。
「エディ!人はダメだ!直接火をつけるんじゃない!」
……確かに、5歳の子供に背負わせる業ではない。
正当防衛ではあるが、情操教育に大変好ましくない
状況だ。父さん的に屍人はギリギリ許容という事か。
だがエディを抱えている父さんの周りは、人間の
敵が多い。確実にエディに向かって人間が流れて
いる。ジークさんが素手で対処をしているが、まだ
数は多い。皆細かい傷はちらほらあるものの、動け
なくなる程の大怪我は無さそうだ。僕は観察を
続けながら屍人の口に鞘を咬ませ捩じ切るように
回してようやく仕留めた。僕単体での火力はやはり
無に等しい。
ふと、敵の1人がクローケの元に走り寄るのが
目に入る。手には何か小さな……紙?羊皮紙か……?
クローケはそれを受け取り、手でしっかりと握った。
頭の中で嫌な予想が組上がる。羊皮紙、タンブル
の役割、赤い魔法陣、小さな傷……
「エディーーッ!!」
僕が叫ぶと同時に父さんの腕からエディが消えた。
突然重量が抜けた父さんは自らの腕を見て焦り、
母さんとジークさんはエディが居たはずの所に
慌てて振り返っている。僕は1人予測の場所に目を
向けた。
クローケの細い腕が、エディを乱雑に抱えている。
エディ本人も何が起きたか事態を把握していない。
キョロキョロと辺りに顔ごと目を走らせている。
「対象の血をつけた箇所に対象そのものを転移させる。
我ながら実に"涙ぐましい研究成果"ですよ。ねぇ、
刃物殿。効果の程は妥当に良好ですがね」
血液。それを付着させた羊皮紙だったんだ。
クローケやスコイルが転移してきた時に使われた
紙にあった赤黒い魔法陣は、媒介とするため各自から
採った血液だったに違いない。遠距離攻撃は無いと
踏んで距離を確保していたのが仇になった。混戦の中
エディの血を採取されてしまったのか。
『ただの臆病者だと思っておったのじゃが、なかなか
どうして厄介な男じゃのう……!』
クローケはニヤリと嗤うとエディの首元に手刀を
打ち込み気絶させた。
「光栄ですよ、刃物殿。"合理的"なのでね、私は。
では、これにて失礼。御機嫌よう、善良なるモノ共」
ダガーの挑発も虚しく、クローケの身体が消え
始める。隣に居た青年が慌てて叫ぶ。
「おい旦那!待ってくれよ!あんたが居なきゃこの
屍人達は……!!」
「ええ。単純な動きしか出来ませんね。安心して
ください。今、"人間を喰え"という簡単な命令に
変更しておきましたので」
足に縋る青年を蹴飛ばし、クローケの姿が完全に
消える。……やられた。完全に出し抜かれた。
エディを攫われたことに対する責任感が少し高揚して
いた心を握り潰す。言葉を失った家族、ジークさんが
愕然としている。
「ああ、エディ……!」
母さんがその場にへたり込む。そこに襲いかかる
屍人を父さんが薙ぎ払った。目は赤く血走り、
唇を噛み締め、隠し難い怒りに震えている。
途端に狼狽え始めるスコイルの面々。残った
者たちは屍人を掻き分け逃走を図る。1人、2人と
動き回る死体に足を捕まれ、その爪牙にかかった。
「おい!こいつらどうなってんだ!なんでお前らが
襲われてんだよ!」
突然標的がランダム化した屍人に思わずジークさん
が叫ぶ。今まで左手に持つだけだったナイフを右に
構え直した。
「あいつ、1人で逃げやがった!聞いてねぇよ!」
「全員で脱出する手筈だったじゃねぇかよぉ!」
悲痛な叫びが所々から上がる。完全に捨て駒として
放置されたと理解した者から順に絶望が広がって
いった。その悲鳴に呼応する様に僕自身も自責の念が
じっとりと増大し腹と背中を焼く感覚を覚えた。
エディを、奪われた。その事実の重さが、遅れて
のしかかって来る。
ふと、庭の外の少し離れた道に灯りが見えた。
ゆらゆらと揺れる朧気な光は、周囲を照らしながら
こちらに向かって移動してくる。2人組み、夜の
見廻り担当だ。エディの残り火が庭を明るく照らして
いる。深夜の光を目にして駆けつけたのだろう。
僕にはエディの様な火力は見込めない。だが
人が来る前に何とかしなければ被害が増えてしまう。
屍人はざっと数えて十数体。スコイルの構成員は
伸びているタンブルを含め数人と言ったところか。
僕の判断より早く、ジークさんが声を上げる。
「お前ら!周りを見ろ!これは俺達の罪の権化だ!
……本来なら受け入れ、地に伏すのが俺達の贖いだ。
だが!生きて償う気のある奴は手伝え!他人事に
するな!立って抗え!!」
……これはジークさんだからできる号令だ。共に
罪を背負った者故の奮起。今まで狼狽に染まっていた
顔達がみるみる後悔と決意を帯びる。僕には出来ない
再起の咆哮。腰の引けていた青年達は、腰を入れ直し
各々の得物を構えた。自らの罪を正面に捉え、覚悟
の決まった者から雄叫びと共に挑み掛かる。
半分首の折れかけた屍人が、見回りの来訪者を
捕捉した。猛然と標的にかけ出す人形の獣は、状況
を把握していない無防備な獲物目掛け飛びかかる。
「ちぃっ!!」
父さんが手斧を振りかぶり、横暴な死者を狙い
澄まし投擲した。回転運動を伴った薪割り武器は
屍人の頭を割飛ばし、村人2人の間をすり抜けて
遥か遠方の地面に突き刺さった。だが、これでは
父さんは丸腰だ。腕っ節が強いとはいえ、この数
相手では分が悪すぎる。
「父さん!!」
待ち構えていたかのように、5体ほどの屍人が
歯牙を突き立てる。首、肩、脇腹、太腿、足首、
全身への同時攻撃に為す術なく白目を剥く。父さん
の身体は瞬間宙に浮き、そのままどすんと音を立てて
地面に叩きつけられた。
「あなた!!」
父さんの身体に食い込む歯の主を母さんが包丁で
突き刺す。噛み付いている為動かない標的は、非力な
女性の細腕でも体重を乗せなんとか穿くに至る。僕は
あの強い父さんが倒れるさまを見て、完全に思考が
停止してしまった。エディが攫われ、父が倒れ、
僕は一体何をしていたんだ……?
思考が白く霞む。集中力がほつれ、細糸1本を残し
引き千切れんとするその刹那。ダガーの声が頭に
谺する。
『途切れるなッ!まだ終わっとらん!』
我に返り、眼前に広がるは大口を開けた屍人。
口内の漆黒は今にも視界全てを覆う勢いで拡大し、
意識なき悪意が牙を剥く。鼻を突く腐臭、迫る風圧。
僕はダガーを逆手に持ち替え、自らの右腕全体に向け
《滑れ》と念じ屍人の右頬を掠めるように突き出した。
ずるりと肉が表皮を滑る感覚。屍人の頭は
軌道を反らされ僕の右肩に向かって滑り抜ける。
逆手の刃先は、勢いのまま滑り抜ける屍人の
後頭部を向いている。
(ダガー、ごめんなさい……!)
僕は肘を引くように、一気に敵の頭蓋を穿いた。
ベッタリと付着する正体不明の液体に、僕の右半身が
酷く汚れ黒ずんだ。
やや放心気味にジークさんを見る。彼は最後の
屍人の首を抑え、俯いている。彼の周りには
生き残ったスコイルの構成員が集まり皆その屍人
の顔を見ている。
「フォルト……すまねぇ。オレにはお前を救えねぇ。
誘ってきたのはお前だが……だからってこんなの、
あんまりだよな……」
相手の爪が腕に食い込むのも意に介さず、暴れる
屍人を制するジークさん。まだ完治していない腕の
包帯は痛々しい血を滴らせながらボロボロに刻み
散らされていた。
「せめて、神様の元でオレ達を恨み続けてくれ」
空いている手に握られたナイフが、かつてフォルト
であった者の顳かみを穿いた。目を背ける者、俯く
者、ジークさんを凝視する者、放心する者、各々が
思い思いの感情に押し潰されていた。
はっと思い出し、倒れた父さんの方に振り返る。
既に張り付いた屍人は駆逐され、見回りの1人と
母さんが止血を試みている。「今神官さん来るから!」
と、叫ぶ母さん。こんなに声を張り上げる母さんは
初めて目にする。村人の1人が居なかった事から、
多分事情を理解して神官を呼びに走ったのだろう。
足の力が抜ける。眠気に似た疲労に全身が支配
されている。手からダガーが抜け落ちる。集中力の
最後の糸が、プツリと音を立てて切れた。地面に
刃が刺さる軽い音と共に、僕は膝から崩れ落ちた。
僕ら少人数の躍進に、混戦から少し引いた位置で
クローケが呟いた。焦りより苛立ちが目立つ。
エディの火魔法が煌めく。父さんの斧が閃く。
ジークさんの手からは拳打の反動で血が滲んでいる。
母さんの正眼に構えた包丁は敵の1人を牽制し、
僕は場を荒らした後すぐ司令塔であるクローケを
横目で観察していた。
魔術師、と彼は自称した。既に披露された術
の類は2つ。屍人の生成及び操作と、ルールの
よく分からない転移。まだ他にどんな手札を持って
いるのかは不明。でもひとつ推測はできた。彼は
遠距離攻撃出来る術は持ち合わせていない、あるいは
あったとしても個人を狙って放てる様な器用な攻撃
手段が無いと想像できる。
クローケは味方であるはずの屍人や青年団にさほど
執着はない。先程の呟きやそれより前の言動から
それは明らかだ。であれば、味方を巻き込んででも
離れたところから敵を一掃する攻撃を撃っても
おかしくは無い。だがそれをしない。もし手段が
あるにも関わらずあえて使わないのであれば、それは
目的であるエディを巻き込む事を危惧してという
事になる。
でも今、僕は1人やや味方陣営から離れている。
先程苛立ちなんかを呟いていた事から、何かを詠唱
している様子もない。予備動作等の隙を警戒している
にしても、そもそもこちらの陣営は一足飛びで彼を
攻撃出来るような位置にはいないのだ。それでも
僕を狙って何か術を行使する気配がない理由、可能性
としては、この程度離れている位ではエディまで
巻き込むほどの広範囲攻撃しかない、もしくは
"そもそも遠距離攻撃の手段がない"の二択まで
絞れる。そのどちらだとしても、僕らにとっては
好都合だ。
(ダガー。クローケはおそらくこの距離感なら
大きな行動はしないと予想できます。何かの機会を
伺ってる可能性があります)
『ふむ。なら先ずは周りの掃除じゃな。ワシには屍人
が見えん。状況の把握は困難じゃ』
声の範囲を絞ったダガーが応える。屍人に関しては
かなり厄介だ。どうする。斧を振り回していた父さん
が叫ぶ。
「エディ!人はダメだ!直接火をつけるんじゃない!」
……確かに、5歳の子供に背負わせる業ではない。
正当防衛ではあるが、情操教育に大変好ましくない
状況だ。父さん的に屍人はギリギリ許容という事か。
だがエディを抱えている父さんの周りは、人間の
敵が多い。確実にエディに向かって人間が流れて
いる。ジークさんが素手で対処をしているが、まだ
数は多い。皆細かい傷はちらほらあるものの、動け
なくなる程の大怪我は無さそうだ。僕は観察を
続けながら屍人の口に鞘を咬ませ捩じ切るように
回してようやく仕留めた。僕単体での火力はやはり
無に等しい。
ふと、敵の1人がクローケの元に走り寄るのが
目に入る。手には何か小さな……紙?羊皮紙か……?
クローケはそれを受け取り、手でしっかりと握った。
頭の中で嫌な予想が組上がる。羊皮紙、タンブル
の役割、赤い魔法陣、小さな傷……
「エディーーッ!!」
僕が叫ぶと同時に父さんの腕からエディが消えた。
突然重量が抜けた父さんは自らの腕を見て焦り、
母さんとジークさんはエディが居たはずの所に
慌てて振り返っている。僕は1人予測の場所に目を
向けた。
クローケの細い腕が、エディを乱雑に抱えている。
エディ本人も何が起きたか事態を把握していない。
キョロキョロと辺りに顔ごと目を走らせている。
「対象の血をつけた箇所に対象そのものを転移させる。
我ながら実に"涙ぐましい研究成果"ですよ。ねぇ、
刃物殿。効果の程は妥当に良好ですがね」
血液。それを付着させた羊皮紙だったんだ。
クローケやスコイルが転移してきた時に使われた
紙にあった赤黒い魔法陣は、媒介とするため各自から
採った血液だったに違いない。遠距離攻撃は無いと
踏んで距離を確保していたのが仇になった。混戦の中
エディの血を採取されてしまったのか。
『ただの臆病者だと思っておったのじゃが、なかなか
どうして厄介な男じゃのう……!』
クローケはニヤリと嗤うとエディの首元に手刀を
打ち込み気絶させた。
「光栄ですよ、刃物殿。"合理的"なのでね、私は。
では、これにて失礼。御機嫌よう、善良なるモノ共」
ダガーの挑発も虚しく、クローケの身体が消え
始める。隣に居た青年が慌てて叫ぶ。
「おい旦那!待ってくれよ!あんたが居なきゃこの
屍人達は……!!」
「ええ。単純な動きしか出来ませんね。安心して
ください。今、"人間を喰え"という簡単な命令に
変更しておきましたので」
足に縋る青年を蹴飛ばし、クローケの姿が完全に
消える。……やられた。完全に出し抜かれた。
エディを攫われたことに対する責任感が少し高揚して
いた心を握り潰す。言葉を失った家族、ジークさんが
愕然としている。
「ああ、エディ……!」
母さんがその場にへたり込む。そこに襲いかかる
屍人を父さんが薙ぎ払った。目は赤く血走り、
唇を噛み締め、隠し難い怒りに震えている。
途端に狼狽え始めるスコイルの面々。残った
者たちは屍人を掻き分け逃走を図る。1人、2人と
動き回る死体に足を捕まれ、その爪牙にかかった。
「おい!こいつらどうなってんだ!なんでお前らが
襲われてんだよ!」
突然標的がランダム化した屍人に思わずジークさん
が叫ぶ。今まで左手に持つだけだったナイフを右に
構え直した。
「あいつ、1人で逃げやがった!聞いてねぇよ!」
「全員で脱出する手筈だったじゃねぇかよぉ!」
悲痛な叫びが所々から上がる。完全に捨て駒として
放置されたと理解した者から順に絶望が広がって
いった。その悲鳴に呼応する様に僕自身も自責の念が
じっとりと増大し腹と背中を焼く感覚を覚えた。
エディを、奪われた。その事実の重さが、遅れて
のしかかって来る。
ふと、庭の外の少し離れた道に灯りが見えた。
ゆらゆらと揺れる朧気な光は、周囲を照らしながら
こちらに向かって移動してくる。2人組み、夜の
見廻り担当だ。エディの残り火が庭を明るく照らして
いる。深夜の光を目にして駆けつけたのだろう。
僕にはエディの様な火力は見込めない。だが
人が来る前に何とかしなければ被害が増えてしまう。
屍人はざっと数えて十数体。スコイルの構成員は
伸びているタンブルを含め数人と言ったところか。
僕の判断より早く、ジークさんが声を上げる。
「お前ら!周りを見ろ!これは俺達の罪の権化だ!
……本来なら受け入れ、地に伏すのが俺達の贖いだ。
だが!生きて償う気のある奴は手伝え!他人事に
するな!立って抗え!!」
……これはジークさんだからできる号令だ。共に
罪を背負った者故の奮起。今まで狼狽に染まっていた
顔達がみるみる後悔と決意を帯びる。僕には出来ない
再起の咆哮。腰の引けていた青年達は、腰を入れ直し
各々の得物を構えた。自らの罪を正面に捉え、覚悟
の決まった者から雄叫びと共に挑み掛かる。
半分首の折れかけた屍人が、見回りの来訪者を
捕捉した。猛然と標的にかけ出す人形の獣は、状況
を把握していない無防備な獲物目掛け飛びかかる。
「ちぃっ!!」
父さんが手斧を振りかぶり、横暴な死者を狙い
澄まし投擲した。回転運動を伴った薪割り武器は
屍人の頭を割飛ばし、村人2人の間をすり抜けて
遥か遠方の地面に突き刺さった。だが、これでは
父さんは丸腰だ。腕っ節が強いとはいえ、この数
相手では分が悪すぎる。
「父さん!!」
待ち構えていたかのように、5体ほどの屍人が
歯牙を突き立てる。首、肩、脇腹、太腿、足首、
全身への同時攻撃に為す術なく白目を剥く。父さん
の身体は瞬間宙に浮き、そのままどすんと音を立てて
地面に叩きつけられた。
「あなた!!」
父さんの身体に食い込む歯の主を母さんが包丁で
突き刺す。噛み付いている為動かない標的は、非力な
女性の細腕でも体重を乗せなんとか穿くに至る。僕は
あの強い父さんが倒れるさまを見て、完全に思考が
停止してしまった。エディが攫われ、父が倒れ、
僕は一体何をしていたんだ……?
思考が白く霞む。集中力がほつれ、細糸1本を残し
引き千切れんとするその刹那。ダガーの声が頭に
谺する。
『途切れるなッ!まだ終わっとらん!』
我に返り、眼前に広がるは大口を開けた屍人。
口内の漆黒は今にも視界全てを覆う勢いで拡大し、
意識なき悪意が牙を剥く。鼻を突く腐臭、迫る風圧。
僕はダガーを逆手に持ち替え、自らの右腕全体に向け
《滑れ》と念じ屍人の右頬を掠めるように突き出した。
ずるりと肉が表皮を滑る感覚。屍人の頭は
軌道を反らされ僕の右肩に向かって滑り抜ける。
逆手の刃先は、勢いのまま滑り抜ける屍人の
後頭部を向いている。
(ダガー、ごめんなさい……!)
僕は肘を引くように、一気に敵の頭蓋を穿いた。
ベッタリと付着する正体不明の液体に、僕の右半身が
酷く汚れ黒ずんだ。
やや放心気味にジークさんを見る。彼は最後の
屍人の首を抑え、俯いている。彼の周りには
生き残ったスコイルの構成員が集まり皆その屍人
の顔を見ている。
「フォルト……すまねぇ。オレにはお前を救えねぇ。
誘ってきたのはお前だが……だからってこんなの、
あんまりだよな……」
相手の爪が腕に食い込むのも意に介さず、暴れる
屍人を制するジークさん。まだ完治していない腕の
包帯は痛々しい血を滴らせながらボロボロに刻み
散らされていた。
「せめて、神様の元でオレ達を恨み続けてくれ」
空いている手に握られたナイフが、かつてフォルト
であった者の顳かみを穿いた。目を背ける者、俯く
者、ジークさんを凝視する者、放心する者、各々が
思い思いの感情に押し潰されていた。
はっと思い出し、倒れた父さんの方に振り返る。
既に張り付いた屍人は駆逐され、見回りの1人と
母さんが止血を試みている。「今神官さん来るから!」
と、叫ぶ母さん。こんなに声を張り上げる母さんは
初めて目にする。村人の1人が居なかった事から、
多分事情を理解して神官を呼びに走ったのだろう。
足の力が抜ける。眠気に似た疲労に全身が支配
されている。手からダガーが抜け落ちる。集中力の
最後の糸が、プツリと音を立てて切れた。地面に
刃が刺さる軽い音と共に、僕は膝から崩れ落ちた。
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