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第1章番外編
エピソード・ジーク その1
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青い空。白い雲。高い日は木の葉の隙間をすり抜け
時折オレの目を刺した。芝生のベッドはチクチクと
背中を刺激し、青臭い風が鼻を擽った。天気といい
温度といいこれ以上ないくらい快適なのに、オレは
何日か前から憂鬱だ。
「さて、と」
誰に言うでもない独り言。お気に入りの昼寝場
から起き上がり、自宅の厩舎に向かった。明日は
普段の配達と少し違う。流石にこの小汚い荷台に
客人をそのまま乗せるのも気が引ける。
「……麻布でも敷いておくか……」
オレは厩舎の片隅に停めてある荷車に向かった。
昨晩親父が下した指令。村の端にあるボリス家に
寄ってリサイドまで送迎。あまり気乗りはしないが、
断るのも不自然だしな。色々疑われてやりづらく
なるのも面倒臭い。しかし、よりにもよって"あの"
エディの家とはな。ばつが悪いってのはこの事だ。
「おーい、ジーク。お前にお客さんだぞー」
親父が家の窓から呼び掛けてくる。
「あー、今行くー」
オレは座るためのクッションと麻布を適当に見繕い
荷台に配置して、家に戻った。
・
・
・
……客って、コイツかよ……望まぬ来訪者に思わず
眉が寄る。オレも所属する素行の悪い青年団、
スコイルの名目上頭首、タンブル。それと取り巻き
が2人。オレはどうもタンブルが苦手だ。と言うか、
コイツに近い人間ほど苦手、と言った方が正確かも
知れない。
コイツとの出会いは約4年前。詳しく思い出して
なにかひとつ良い小噺にでも出来れば良いんだが、
生憎そこまで愉快な接点は無い。
左右の取り巻きは……確かウワンとリヒターだった
か。正直人数が多くて全員は覚えちゃいない。大体
半分近くは顔と名前どっちかがぼやけている。
「よォジーク。要件はわかるなァ?」
「あー、多分、アレ、だよな……石」
「そォだぜェ。仕入れ済んでんだろォ?そろそろ
約束の日だもんなァ」
いや、本当に勘弁してくれ。配達で各地を巡る際、
"相対石"の入手はできる。だがそれは明日リサイドに
行き直接渡すと伝えていたはずだ。何故コイツは
わざわざそれを家まで取りに来た?しかも前日に?
馬鹿なのか?
……いや、ひょっとしたらタンブルを慕う奴ら
は、この強引且つ自ら先頭に立つ性格に心酔してる
のかもしれない。こんなお使いなんて下っ端に
任せておけばいいもののはずなのに、わざわざ
隣村まで馬を走らせる……いや、やっぱ馬鹿だろう。
「ああ、……倉庫にある」
オレは厩舎横に併設している倉庫に向かった。
スコイル筆頭3人衆も律儀にオレの後ろに続いた。
こんな目立つ奴らに長く居られると、オレの村での
立場が揺らぎそうで不安だ。さっさと帰ってほしい。
明日荷台に載せる予定だった木箱を取り出す。
両手で抱える程度の大きさで、中には何本かの
瓶詰めされた酒が入っている。緩衝材の藁の中に、
指の先程の小さな石が2つ収まった箱が入れてある。
「馬鹿野郎ォ。こんなデケェ箱持ってくの面倒だ。
石だけ寄越せ石だけ」
厄介なことを言う。木箱に入ってるんだぞ?開ける
には釘を外す必要があるとわからんのかコイツは。
オレは渋々鉄梃を使って木箱の上面を引き
剥がした。
中の小さな箱を取り出し、ひょいと投げ渡す。
タンブルはその箱の中身を確認し、背負った袋に
収めた。ウワンとリヒターは壊れた木箱から酒瓶
をいくつか取り出すと、タンブルがヒトを小馬鹿に
するような顔で言った。
「コレは"配達代"にもらってくぜェ」
おいコラ……中身も持ってくなら箱ごと持って
行ったって良いだろ……大方帰りの馬上で空ける
つもりか。3人の背中を見送り、ため息が零れる。
やっぱりあいつらと関わるとろくな事にならない。
オレは無惨な木箱と撒き散らされた藁を片しながら、
この青年団に参加した事を改めて後悔した。
・
・
・
その日は朝から気が重かった。偽装した荷物に紛れ
させ相対石を運ぶという用事自体がポシャったが、
ボリスさんとの約束を反故する訳にはいかない。
オレは顔を洗い、鏡で自分の顔を覗き込む。ひでぇ
ツラだ。両頬をパンッと叩き、営業の笑顔を作って
気合いを入れ直す。……さて、行ってくるか。
厩舎で馬に荷台を着け、小さな御者席に座る。
「頼むぞー、ベティ」
いつも通り、ベティは耳をパタパタさせて返事?
をした。4頭居る馬のうち、こいつが1番穏やかで
言うことを聞いてくれる。
行きがけに親父に手を振り、馬車を走らせる。少し
落ち着きの無いベティを宥めながら、ボリス家に
急いだ。
・
・
・
「ボリスさーーん。お待たせしましたーー」
広い庭越しに声をかける。立派な髭を蓄えた体格
のいい男が、玄関から顔を出した。この人はうちの
斜向かいの工房で鍛冶師をしているボリスさん。
工房自体はフーというじいさんが営んでいるが、
ボリスさんそこで働くは腕のいい職人だ。うちも荷物
運びの関係でよく関わる。
続いて、子供たちが奥さんと出てくる。小さな
下の子がエディ。……スコイルへ拉致の依頼
が来ている、標的だ。気が進まないことこの上ない。
オレ達の依頼主は、子供……特に将来有望な才能
豊かな子供を求めている。理由までは詳しく知ら
ないが、多分、ろくな事じゃないだろう。この一家も
まさか自分たちの子供が狙われているなんて夢にも
思わないだろうな。……しかも、その実行犯の一員
がこんな近くに居るなんて彼らからすれば悪夢
みたいなもんだろ。
「悪いなぁ、頼んじまって。今度1杯奢るぜ」
荷台に足を掛けながら、ボリスさんが言う。
……酒……昨日の今日であまり印象が良くないな。
しかもオレあんま飲めないし。
「あはは、すんません、オレ酒苦手なんすよ」
当たり障りのない範囲で、オレは彼の好意を
やんわり断った。
「ありゃ、そうだったのか。がははは」
豪快で真っ直ぐな笑い声にオレの心臓は圧迫
された。後ろめたい部分が渦巻く人間に、これは
少々毒だ。続いてエディと美人のナーシャさんが
乗り込む。村でも有数のべっぴんさんであるこの人
とボリスさんの組み合わせは、なかなかに見応えが
ある。手を繋がれて荷台に登るエディを見てると、
胸が苦しくなった。オレはボリスさん以外、直接
この家族と関わることは少ない。
3人に続き上の子が荷台に乗る。少し伏し目がちに
上目遣いでオレを見て、
「お世話になります」
と言った。……前から思ってたが、どうやったら
あんな野性の塊みたいなボリスさんの子供にこんな
整った消えてしまいそうに控えめな子が産まれる
んだ。その子はなにか申し訳無さそうに隅っこに
座った。名はデニス。
「デニス君、そんな改まるなよ。もっと気軽に、な」
「は、はい、ありがとうございます」
小動物の様な反応。聞いてた話では今日はこの子の
誕生日だったはずだが……妙に落ち着いてるな。
落ち込んでるわけではないだろうが、浮かれてる
様子は毛ほどもない。
「あっはっはっは、硬ったいなぁー!まぁいいや。
じゃ出発しますね。乗り心地最悪で揺れるんで
みんな気をつけてくださーい」
不思議な一家の空気にやや気圧されつつ、それを
跳ね除けるように、オレは空元気気味に声をかけた。
・
・
・
「帰りも送ってきますんで、用事終わったら
ここに集合って事にしましょう。べティと馬車は
一時的に預けておきますが、まぁオレの用事
の方が早く終わると思うんで待たせることは
ないと思います」
リサイド入口の付近で家族を下ろす。ここは
馬で立ち寄る者たちのために共用の厩舎が備えて
あるので大変助かる。強いて言えば、街の中に
施設があればいいんだが、まぁ贅沢は言えない。
ボリスさんが大袈裟に手を振りながら言う。
「ありがとうジード君。帰りも頼むよ」
「ジークっす。うっす」
この人さっきも荷台の上でオレの名前間違えた
よな。まぁ、別に良いんだけど。オレはべティの手綱
を引いて厩舎に向かった。背に彼らの声を受ける。
「さて、じゃ先にお菓子を買いに行くか。行くぞー
エディ!」
「わーい」
……暖かい家族だ。無邪気なエディの声が罪悪感
となって背中から胸に向かって刺さる。知らなければ
他人事として距離をおけた。でもいざ改めて自分の
目で見てしまうと、その実感は計り知れない。少し
重めの後ろめたさだった感情は、今や確固たる罪の
意識の棘となって身体中を刺し貫いている。
タンブルのせいで特に用事は無いが、少し隠れ家
に寄ってみるか。何とかあの家族に手を出さない
方向に持っていけないか。幸いにもスコイルの中
にはオレを受け入れ懐いてくれてる奴らもいる。
少しずつでも意識を逸らしていくことはできない
だろうか。
「……ったく、ハッキリしねぇ男だな、オレは」
頭をボリボリ掻きながら足は街の裏路地へ向いた。
橙がかった石製の道に落ちる自分の黒い影は、何故か
向こうからオレの事を見つめ返しているように
感じた。
馬車の上での会話……聞いていた通りエディは
火の魔法を使う。あの歳で発現するのはかなり
早熟だ。そしてデニスは《物を滑らせる》。あまり
聞かない魔法だが、日常生活にはだいぶ役立っている
らしい。魔法を使える者は多いが、残念ながらオレは
からっきしだ。
なにか向いてる事はあるんかね。昔から腕っ節は
多少あったが、それも中の上と言ったところ。
馬を使う仕事なのに別に乗馬も上手くねぇ……
……ちょっと待て。荷物を運ぶオレの仕事からしたら
物を滑らせる力なんてめちゃくちゃ便利じゃねぇか?
今更少し羨ましくなってきた。
人目の少ない路地を歩く。昼間だと言うのに妙に
湿った空気を感じる。所々に立つスコイルの連中
が、オレに気づくと軽く手を上げ「よう」などと
声をかけてくる。……気の良い奴はそこそこ居るんだ。
だからこそ一概に嫌いにはなれねぇんだろうな。
アジトには何人かの構成員が屯していた。全部で
何人居るのかは知らないが、ここに居る人間は
その中の極一部である事は間違いない。
「よージーク。なんか暗い顔してんじゃねぇか?」
比較的仲のいいグナエが俺を呼ぶ。いわゆる
世渡り上手ってやつで、こんなとこでニコニコしてる
と思えば、隣国や街も股にかけて商人として立派に
稼いでいるらしい。仕事の相性的にちょくちょく
関わることになる。
「別に、いつもと変わんねぇよ」
「そういや、今朝クローケの旦那が来てたぜ。そん時
チラッとジークの名前が聞こえてな。お前、タンブル
となんかあったんか?」
どうせ相対石の事でなにかオレの事を言ってたん
だろ。自分をデカそうに見せる事に余念のない奴の
事だ。ブツの引渡し時にあーだこーだと自分の活躍
でも語ってたんだろう。
「知らねーよ。好きに言わせとけ。つーかグナエ、
お前はどう思ってんだ?今回の依頼」
「あ?いや、まぁ、毎度の事ながらあんま気分は
良くねーけどよ。しゃあねぇだろ。セリカの姉御も
なんか微妙に機嫌悪ぃし、おっかねぇったらありゃ
しねぇ。いつも通りなあなあで動くつもりだ」
上手い立ち位置だ。積極的に関わる訳でもなく、
安全圏は常に確保しておく。見習いたいもんだ。
「それと、あいつ、フォルトか。最近あんま顔見ねぇ
んだよ。ジークのダチだろ?なんか聞いてるか?」
「いや……そういやオレもあってねぇな」
フォルトはオレがこの青年団に属したきっかけを
作った人物だ。あまり目立たないし臆病で気の弱い
奴がなんでこんな所に関わりを持ったかは知らないが
向いてない事は確かだ。可能ならひっそり身を引く
のも良いだろう。
ガヤガヤした隠れ家は落ち着いて話が出来るような
場ではない。なかなか本題を切り出せないまま、
何人かと適当な挨拶や実りのない話を交わした。
オレはこの場での依頼放棄勧誘を諦め、馬車に戻る
事にした。
大通りに戻ると、誰かが小火があったとか騒いで
いる。見ると確かに一部黒焦げになった藁束が
目に入る。そこで必死に頭を下げてるのは……
おい、嘘だろ。ボリス一家じゃねぇか。何やってんだ
あの人達は……目立つ事はやめてくれ。ただでさえ
ここは"悪意の本拠地"なんだから。
オレは騒ぎに紛れるように、一足先に厩舎へと
足を進めた。薄らとした雲が日を横切る。空は、
まだかろうじて青く晴れていた。
時折オレの目を刺した。芝生のベッドはチクチクと
背中を刺激し、青臭い風が鼻を擽った。天気といい
温度といいこれ以上ないくらい快適なのに、オレは
何日か前から憂鬱だ。
「さて、と」
誰に言うでもない独り言。お気に入りの昼寝場
から起き上がり、自宅の厩舎に向かった。明日は
普段の配達と少し違う。流石にこの小汚い荷台に
客人をそのまま乗せるのも気が引ける。
「……麻布でも敷いておくか……」
オレは厩舎の片隅に停めてある荷車に向かった。
昨晩親父が下した指令。村の端にあるボリス家に
寄ってリサイドまで送迎。あまり気乗りはしないが、
断るのも不自然だしな。色々疑われてやりづらく
なるのも面倒臭い。しかし、よりにもよって"あの"
エディの家とはな。ばつが悪いってのはこの事だ。
「おーい、ジーク。お前にお客さんだぞー」
親父が家の窓から呼び掛けてくる。
「あー、今行くー」
オレは座るためのクッションと麻布を適当に見繕い
荷台に配置して、家に戻った。
・
・
・
……客って、コイツかよ……望まぬ来訪者に思わず
眉が寄る。オレも所属する素行の悪い青年団、
スコイルの名目上頭首、タンブル。それと取り巻き
が2人。オレはどうもタンブルが苦手だ。と言うか、
コイツに近い人間ほど苦手、と言った方が正確かも
知れない。
コイツとの出会いは約4年前。詳しく思い出して
なにかひとつ良い小噺にでも出来れば良いんだが、
生憎そこまで愉快な接点は無い。
左右の取り巻きは……確かウワンとリヒターだった
か。正直人数が多くて全員は覚えちゃいない。大体
半分近くは顔と名前どっちかがぼやけている。
「よォジーク。要件はわかるなァ?」
「あー、多分、アレ、だよな……石」
「そォだぜェ。仕入れ済んでんだろォ?そろそろ
約束の日だもんなァ」
いや、本当に勘弁してくれ。配達で各地を巡る際、
"相対石"の入手はできる。だがそれは明日リサイドに
行き直接渡すと伝えていたはずだ。何故コイツは
わざわざそれを家まで取りに来た?しかも前日に?
馬鹿なのか?
……いや、ひょっとしたらタンブルを慕う奴ら
は、この強引且つ自ら先頭に立つ性格に心酔してる
のかもしれない。こんなお使いなんて下っ端に
任せておけばいいもののはずなのに、わざわざ
隣村まで馬を走らせる……いや、やっぱ馬鹿だろう。
「ああ、……倉庫にある」
オレは厩舎横に併設している倉庫に向かった。
スコイル筆頭3人衆も律儀にオレの後ろに続いた。
こんな目立つ奴らに長く居られると、オレの村での
立場が揺らぎそうで不安だ。さっさと帰ってほしい。
明日荷台に載せる予定だった木箱を取り出す。
両手で抱える程度の大きさで、中には何本かの
瓶詰めされた酒が入っている。緩衝材の藁の中に、
指の先程の小さな石が2つ収まった箱が入れてある。
「馬鹿野郎ォ。こんなデケェ箱持ってくの面倒だ。
石だけ寄越せ石だけ」
厄介なことを言う。木箱に入ってるんだぞ?開ける
には釘を外す必要があるとわからんのかコイツは。
オレは渋々鉄梃を使って木箱の上面を引き
剥がした。
中の小さな箱を取り出し、ひょいと投げ渡す。
タンブルはその箱の中身を確認し、背負った袋に
収めた。ウワンとリヒターは壊れた木箱から酒瓶
をいくつか取り出すと、タンブルがヒトを小馬鹿に
するような顔で言った。
「コレは"配達代"にもらってくぜェ」
おいコラ……中身も持ってくなら箱ごと持って
行ったって良いだろ……大方帰りの馬上で空ける
つもりか。3人の背中を見送り、ため息が零れる。
やっぱりあいつらと関わるとろくな事にならない。
オレは無惨な木箱と撒き散らされた藁を片しながら、
この青年団に参加した事を改めて後悔した。
・
・
・
その日は朝から気が重かった。偽装した荷物に紛れ
させ相対石を運ぶという用事自体がポシャったが、
ボリスさんとの約束を反故する訳にはいかない。
オレは顔を洗い、鏡で自分の顔を覗き込む。ひでぇ
ツラだ。両頬をパンッと叩き、営業の笑顔を作って
気合いを入れ直す。……さて、行ってくるか。
厩舎で馬に荷台を着け、小さな御者席に座る。
「頼むぞー、ベティ」
いつも通り、ベティは耳をパタパタさせて返事?
をした。4頭居る馬のうち、こいつが1番穏やかで
言うことを聞いてくれる。
行きがけに親父に手を振り、馬車を走らせる。少し
落ち着きの無いベティを宥めながら、ボリス家に
急いだ。
・
・
・
「ボリスさーーん。お待たせしましたーー」
広い庭越しに声をかける。立派な髭を蓄えた体格
のいい男が、玄関から顔を出した。この人はうちの
斜向かいの工房で鍛冶師をしているボリスさん。
工房自体はフーというじいさんが営んでいるが、
ボリスさんそこで働くは腕のいい職人だ。うちも荷物
運びの関係でよく関わる。
続いて、子供たちが奥さんと出てくる。小さな
下の子がエディ。……スコイルへ拉致の依頼
が来ている、標的だ。気が進まないことこの上ない。
オレ達の依頼主は、子供……特に将来有望な才能
豊かな子供を求めている。理由までは詳しく知ら
ないが、多分、ろくな事じゃないだろう。この一家も
まさか自分たちの子供が狙われているなんて夢にも
思わないだろうな。……しかも、その実行犯の一員
がこんな近くに居るなんて彼らからすれば悪夢
みたいなもんだろ。
「悪いなぁ、頼んじまって。今度1杯奢るぜ」
荷台に足を掛けながら、ボリスさんが言う。
……酒……昨日の今日であまり印象が良くないな。
しかもオレあんま飲めないし。
「あはは、すんません、オレ酒苦手なんすよ」
当たり障りのない範囲で、オレは彼の好意を
やんわり断った。
「ありゃ、そうだったのか。がははは」
豪快で真っ直ぐな笑い声にオレの心臓は圧迫
された。後ろめたい部分が渦巻く人間に、これは
少々毒だ。続いてエディと美人のナーシャさんが
乗り込む。村でも有数のべっぴんさんであるこの人
とボリスさんの組み合わせは、なかなかに見応えが
ある。手を繋がれて荷台に登るエディを見てると、
胸が苦しくなった。オレはボリスさん以外、直接
この家族と関わることは少ない。
3人に続き上の子が荷台に乗る。少し伏し目がちに
上目遣いでオレを見て、
「お世話になります」
と言った。……前から思ってたが、どうやったら
あんな野性の塊みたいなボリスさんの子供にこんな
整った消えてしまいそうに控えめな子が産まれる
んだ。その子はなにか申し訳無さそうに隅っこに
座った。名はデニス。
「デニス君、そんな改まるなよ。もっと気軽に、な」
「は、はい、ありがとうございます」
小動物の様な反応。聞いてた話では今日はこの子の
誕生日だったはずだが……妙に落ち着いてるな。
落ち込んでるわけではないだろうが、浮かれてる
様子は毛ほどもない。
「あっはっはっは、硬ったいなぁー!まぁいいや。
じゃ出発しますね。乗り心地最悪で揺れるんで
みんな気をつけてくださーい」
不思議な一家の空気にやや気圧されつつ、それを
跳ね除けるように、オレは空元気気味に声をかけた。
・
・
・
「帰りも送ってきますんで、用事終わったら
ここに集合って事にしましょう。べティと馬車は
一時的に預けておきますが、まぁオレの用事
の方が早く終わると思うんで待たせることは
ないと思います」
リサイド入口の付近で家族を下ろす。ここは
馬で立ち寄る者たちのために共用の厩舎が備えて
あるので大変助かる。強いて言えば、街の中に
施設があればいいんだが、まぁ贅沢は言えない。
ボリスさんが大袈裟に手を振りながら言う。
「ありがとうジード君。帰りも頼むよ」
「ジークっす。うっす」
この人さっきも荷台の上でオレの名前間違えた
よな。まぁ、別に良いんだけど。オレはべティの手綱
を引いて厩舎に向かった。背に彼らの声を受ける。
「さて、じゃ先にお菓子を買いに行くか。行くぞー
エディ!」
「わーい」
……暖かい家族だ。無邪気なエディの声が罪悪感
となって背中から胸に向かって刺さる。知らなければ
他人事として距離をおけた。でもいざ改めて自分の
目で見てしまうと、その実感は計り知れない。少し
重めの後ろめたさだった感情は、今や確固たる罪の
意識の棘となって身体中を刺し貫いている。
タンブルのせいで特に用事は無いが、少し隠れ家
に寄ってみるか。何とかあの家族に手を出さない
方向に持っていけないか。幸いにもスコイルの中
にはオレを受け入れ懐いてくれてる奴らもいる。
少しずつでも意識を逸らしていくことはできない
だろうか。
「……ったく、ハッキリしねぇ男だな、オレは」
頭をボリボリ掻きながら足は街の裏路地へ向いた。
橙がかった石製の道に落ちる自分の黒い影は、何故か
向こうからオレの事を見つめ返しているように
感じた。
馬車の上での会話……聞いていた通りエディは
火の魔法を使う。あの歳で発現するのはかなり
早熟だ。そしてデニスは《物を滑らせる》。あまり
聞かない魔法だが、日常生活にはだいぶ役立っている
らしい。魔法を使える者は多いが、残念ながらオレは
からっきしだ。
なにか向いてる事はあるんかね。昔から腕っ節は
多少あったが、それも中の上と言ったところ。
馬を使う仕事なのに別に乗馬も上手くねぇ……
……ちょっと待て。荷物を運ぶオレの仕事からしたら
物を滑らせる力なんてめちゃくちゃ便利じゃねぇか?
今更少し羨ましくなってきた。
人目の少ない路地を歩く。昼間だと言うのに妙に
湿った空気を感じる。所々に立つスコイルの連中
が、オレに気づくと軽く手を上げ「よう」などと
声をかけてくる。……気の良い奴はそこそこ居るんだ。
だからこそ一概に嫌いにはなれねぇんだろうな。
アジトには何人かの構成員が屯していた。全部で
何人居るのかは知らないが、ここに居る人間は
その中の極一部である事は間違いない。
「よージーク。なんか暗い顔してんじゃねぇか?」
比較的仲のいいグナエが俺を呼ぶ。いわゆる
世渡り上手ってやつで、こんなとこでニコニコしてる
と思えば、隣国や街も股にかけて商人として立派に
稼いでいるらしい。仕事の相性的にちょくちょく
関わることになる。
「別に、いつもと変わんねぇよ」
「そういや、今朝クローケの旦那が来てたぜ。そん時
チラッとジークの名前が聞こえてな。お前、タンブル
となんかあったんか?」
どうせ相対石の事でなにかオレの事を言ってたん
だろ。自分をデカそうに見せる事に余念のない奴の
事だ。ブツの引渡し時にあーだこーだと自分の活躍
でも語ってたんだろう。
「知らねーよ。好きに言わせとけ。つーかグナエ、
お前はどう思ってんだ?今回の依頼」
「あ?いや、まぁ、毎度の事ながらあんま気分は
良くねーけどよ。しゃあねぇだろ。セリカの姉御も
なんか微妙に機嫌悪ぃし、おっかねぇったらありゃ
しねぇ。いつも通りなあなあで動くつもりだ」
上手い立ち位置だ。積極的に関わる訳でもなく、
安全圏は常に確保しておく。見習いたいもんだ。
「それと、あいつ、フォルトか。最近あんま顔見ねぇ
んだよ。ジークのダチだろ?なんか聞いてるか?」
「いや……そういやオレもあってねぇな」
フォルトはオレがこの青年団に属したきっかけを
作った人物だ。あまり目立たないし臆病で気の弱い
奴がなんでこんな所に関わりを持ったかは知らないが
向いてない事は確かだ。可能ならひっそり身を引く
のも良いだろう。
ガヤガヤした隠れ家は落ち着いて話が出来るような
場ではない。なかなか本題を切り出せないまま、
何人かと適当な挨拶や実りのない話を交わした。
オレはこの場での依頼放棄勧誘を諦め、馬車に戻る
事にした。
大通りに戻ると、誰かが小火があったとか騒いで
いる。見ると確かに一部黒焦げになった藁束が
目に入る。そこで必死に頭を下げてるのは……
おい、嘘だろ。ボリス一家じゃねぇか。何やってんだ
あの人達は……目立つ事はやめてくれ。ただでさえ
ここは"悪意の本拠地"なんだから。
オレは騒ぎに紛れるように、一足先に厩舎へと
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国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
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