滑って転んで突き刺して

とえ

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第1章番外編

エピソード・ジーク その2

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 思えばこれは必然だったのかもしれねぇ。
紅く染まる夕日を背に、さらに紅い自分の血が
ぽたぽたと垂れるのを見ながら、そんな事を思った。
精神的に刺さっていた無数の棘が、今物理的な形を
とって、オレの身体を刺し貫いている。……ああ、
「巻き込んで」って、最後まで、言い切れ、
なかった、な……





「いや、その……ほら、あれだ、今は都合が悪いんだ
よ。なんでもな、村の連中が今日ボリスさんちで
宴会するって事になってるみてぇで……」

「あァ?またかよ!?あの家、少し前は家族全員で
別の家泊まりに行ってるとか言ってたよなァ!?
いつ襲撃できんだよォ!あァん!?」

 タンブルの酒臭い口が鼻を刺す。相手を威圧する
事だけに特化した方睨みをオレの顔面に擦り付ける
ように近づけ、大声を撒き散らす。臭ぇしうるせぇし
たまったもんじゃねぇ。

「しょうがねぇだろ!オレに言ったってあの家の
予定が変わるわけじゃねぇんだ」

 タンブルはあからさまな舌打ちをひとつしてから、
隠れ家の木箱を蹴飛ばし破壊した。オレが嘘ついて
エディ誘拐の機会をグダグダにしているため、
かなりイラついているようだ。

 コツコツ、コツというノックが響く。

「ああァん!?誰だおるァ!!」

 ドカドカとわざとらしく足音を立て、タンブルが
扉を開ける。そこにはセリカが立っていた。

「せ!せせ、セリカの姉さん!?ど、どーしたん
すかァー?別の依頼っすかァー!?」

 内心態度のひっくり返り具合に呆れたが、タンブル
のビビり方も分からんでもない。オレ自身、あの
冷たい目を見てると背筋が凍ってくる。それに加え
我らが自称頭領は、あの女に串刺しにされた過去も
ある。そりゃ怖ぇよな。

「ねぇ、だいぶ荒れてたみたいだけど、何かあった
のかしら?外まで響いてたわよ。ここ、そんなに
宣伝したい建物なのかしら?何屋さん始めたの?」

「い!いィえ!そんな事、ねェっす!!声デカくて
すいャせんしたァ!」

 カツカツとタンブルをどかして入室してくる。
セリカはオレの顔を覗き込むと、目を細めて笑った。

「ねぇ、ジーク君。あなたがハディマルの連絡役
よね?……ねぇ、喉かな田舎村まで、逢い引きと
洒落こまない?入口まで案内してくれれば、あとは
私だけで観光してくるわ」

 ……これは、まずい事になった。今まで村の様子
を伝えるのはオレだけだったから何とかなってた
ものの、この女が絡むと言い訳が立たなくなる。
しかもこの女を1人でボリスさん宅に?無理だろ
そんなの。何始めるかわかったもんじゃねぇ。

「あ、えと、じゃ、オレも一緒に行くっすよ。
知らない家を尋ねるのって、緊張しますからねぇ」

 わかってる。こいつが緊張なんかするわけはねぇ。
我ながら馬鹿な事を言った。第一あの一家の心配
どころか、こいつとハディマルに行くとなれば
オレ自身の身だって危ないんだ。吐いた言葉は
呑み込めねぇとは言うが、自分の浅はかな発言に
嫌気がさす。

「そう?じゃ、お願いしようかしら。頼んだわね、
田舎騎士くん」

 そう言うと、セリカはくるりと踵を返した。長い髪
がパサリと靡き女性特有の良い香りが振り撒かれた。
恐怖を抱えつつも鼻の下を伸ばす連中を他所に、オレ
はこの後の道中を思い、震えを禁じえなかった。
セリカの去った後、少し小太りな男が話しかけて
きた。

「な、なぁ、ジーク……だ、大丈夫なの、か……?」

「なんだよ、ヴェスパー。代わりに行ってくれるなら
大歓迎だぜ……」

「そ、そそそんなの無理だよ!だ、だって、あ、あの
セリカさんだよ……!?」

「あー、うん、だよな……とりあえず死なねぇように
気をつけるよ」

 プルプルと震える丸い肩をポンと叩き、オレは
リサイドの厩舎へと向かった。

 正直、道中生きた心地はしなかった。普段の
目を引く黒い服ではなく、ごく普通の街人のような
ラフな服装に着替えた彼女は、黙っている分には
えらく美人だ。鋭い目つきもやや神秘的で謎めいた
雰囲気を補強して、確かにこりゃ野郎共は骨抜きに
されるのもわかる。だが、気楽にそんな事を考えてる
場合じゃねぇ。この御者席の横にしおらしく乗ってる
のは、人の形をした処刑装置だ。気を抜けばどこから
棘が刺さるかわかったもんじゃねぇ。

「ねぇジーク君。エディ君の家族って、どんな感じ?」

 急にセリカが口を開く。……どんな?って言えば
良いんだ、あの家族は……

「えと、幸せそうな一家っすね……暖かいと言うか、
優しいと言うか……全員不可欠って言うか……」

「ふぅん。……恵まれてるのね」

「え、ああ、まぁ、多分……」

「そっかそっか……恵まれてるんだ……ケヒっ」

 含みのある言い方。最後のはなんだ?笑い声か?
嫌に耳に残る音だ。

 ああ、神様、助けてくれ。オレはこの道の先が
暗黒に続いてるんじゃねぇかとヒヤヒヤしてる。
むしろ今すぐ地面が崩れて、オレ諸共この女が
地の底まで落ちていくのを願ってるかもしれねぇ。





「お昼時にすいませーん」

 オレはなるべく自分の緊張を見せないように、
大袈裟に手を振って声をかけた。この前デニスを
仕事に誘っていたのが活きた。家に押しかける理由
としてはこれ以上なく自然なはずだ。

 ちょうどお昼時だったのもあり、家の中はいい匂い
の湯気で満たされていた。訪問者のオレ達にも昼食
を振る舞ってくれるのはありがたい。が、多分、今、
飯を前にした所で、味なんてわからねぇ。
オレは今、凄まじい危険物を持って人んちにお邪魔
してるんだ。一瞬だって気が抜けねぇ。

「いやぁ、なんかすいません、オレたちの分まで
お昼出してもらっちゃって」

「良いのよー。お口に合うといいのだけど」

 オレの正面にはナーシャさんとエディ、対角に
デニス、隣りにセリカ。オレは彼女が何かおかしな
事をしないか、常に注意する義務を自分に課した。

「紹介します。オレの友人のセリカっす。まぁ、
同業者というかなんというか」

「初めまして、セリカです」

 ああ、こいつは今、友人なんて紹介されてどう
思ってるんだ?淀みなく合わせてくれる辺り、
まだありがたい。

「この前、デニス君に仕事の話したんで、もう
少し話したいなぁって思ってお邪魔しました。
セリカ連れてきたのは……」

 口が勝手に回る感覚。言葉を頭が出力するの
ではなく、必要最低限を反射で垂れ流し、思考は常に
セリカが何を思うか、何を見てるかを横目と耳で
探り続ける。……セリカのやつ、ちらちらとエディ
を見過ぎだ。少し落ち着いてくれ。仕事の説明を
一気に捲し立てる間、オレは自分の喋った事を
正確には覚えていない。デニスは丁寧なお礼を言う。
相変わらず非常に礼儀正しく大人しい子だ。

 だが次の瞬間、オレの中で何か寒気が走った。
セリカとも違う、何か内側を冷やすような独特な
感覚。先程までにこやかに受け答えしていたデニス
の眼が変わった。

「ところで、話は変わるんですけど、セリカさんって、子供が好きなんですか?」

 デニスの質問にセリカがぴくりと反応する。
やばい、やめろ、刺激をするな。自ら刃物の刃に
指を通すようなことをするな……!

「え?」

「いや、えと、さっきから結構頻繁にエディの
方を見てるので、小さい子が好きなのかなぁと思い
まして……違ったらすみません」

 まて、多分この流れは良くない。デニスは確実に
何かセリカに対して違和感を覚えてる。

「ふふ、よく見てるのね」

「あと、ジークさんと同業者という事は、この村
にも荷物を運んだりするんですか?ごめんなさい、
僕セリカさんのこと初めて見た気がしまして……ほら、
この村小さいから、全員顔見知りと言いますか……」

 今日は妙に喋るじゃねぇか!頼む、これ以上
セリカに話を振らないでくれ。目に見えてセリカの
威圧感が上がっている……!

 ふと、テーブルの下に何かが見えた。黒い、球?
これは……セリカの棘の前兆!

 気づいたら体が動いていた。止めようとか、助け
ようとか、そういう頭は働いてなかった。セリカ
の腕を強めに肘で突き、デタラメに口を開いた。

「コイツこう見えて可愛いものが好きなんだよ!
見た目なんか無愛想で怖いのにな!あとだいたい
仕事中は日除けでフード被ってるから、セリカの
顔は見たことないかもしれないね」

 黒い玉はほんの僅かな破裂音と共に消えた。
セリカが一瞬オレに目をやる。助け舟のように、
あまりに温度差のあるナーシャさんの声がする。

「ふふ、とても清楚で素敵な彼女さんだと思うわよ?
今度、村に来た時は休憩にでも立ち寄ってね」

 彼女……?セリカが?いや、それだけは、腹の底
から勘弁してくれ。

「彼女じゃないっすから!どーぎょーしゃ!」

「あら、そうだったわね。ごめんなさい、私てっきり
そういう関係なのかと」

 朗らかなナーシャさんの笑い声の裏で、オレの
背中は滝のような冷や汗にまみれていた。





 ボリス一家の家を出てから、オレは半分放心状態
だった。こんな悪夢のような昼食は生まれて初めて
だ。美味かったはずの料理の味もよく思い出せない。
馬車の揺れを感じていると、徐々に現実に戻ってきた
のだという錯覚を受ける。

「……幸せそうな家族ねぇ……」

 隣のセリカがぽつりと零す。その声でオレの精神は
一気に悪夢へと引き戻された。

友人・・同業者・・・?面白いこと言うのね」

「すんません……咄嗟に……」

「ケッヒヒ、良いのよ。あの子見てたらちょっと
イライラしてきちゃったけど、怯えるあなたを見て
少し気が納まったわ」

 目は笑っていないか、僅かに口角は上がっている。

「それと……」

 セリカは身を乗り出して顔を近づけてきた。

「……肘鉄、痛かったわよ?」

 オレは、自らの心の骨が折れる音を聞いた気が
する。





「……ジーク、大丈夫か……?」

「おーい。ジーク、お前顔青いぞ」

 えっと……こいつらは……カザットと、グナエ……
ダメだ、頭がぼーっとする。疲れか?

「ああ……大丈夫、だ」

「だだ、ダメ、だね、こ、これは……」

 ヴェスパー……なんも心配ねぇよ……ああ、やっぱ
ダメだ。頭と口が回んねぇ。

「カザット、ちょっと水持ってきてやれ。……おし、
あった。おーい、ジーク、コレ食っとけ。グナエ印
の固形菓子だ。甘いもんとれ、ほれ」

 グナエ……わりぃ……

「じ、ジーク、こ、こ声がほとんど、出て、ないよ」

 ヴェスパー……お前に言われたかねぇよ。

「……ジーク、飲め……」

 カザット……そんな、一気には、のめ……

「……ぶはぁ!!!何しやがる!!」

 グナエが口に突っ込んできた菓子と、カザットの
強引に流し込んだ水が鼻から逆流する。霞がかかって
いた頭は突然訪れた呼吸困難という命の危機に
無理やり覚醒させられた。

「げっほ、お前ら……殺す気か」

「い、いい、いや、ジーク、既に死んでる、みたいな
か顔、してたよ」

 心配そうに3人が覗き込んでくる。

「…………悪い。ありがとな。もう平気だ」





 ……何日経った……?まだ、セリカは強襲の合図
を出していない……オレは……今日何をした……?
ああ、仕事が終わったんだ……帰って、荷車を外して、
それから……ああ、夕日が眩しい、な。

「ジークさん、お邪魔してます」

 後ろから声が聞こえた。……デニスだ。来ていた
のか。オレは今、余裕が無い。もういっそ、全部
忘れて、全部放り出して、全部終わらせて……
……いや。ジーク、オレは、何のために心をすり
減らし続けた?何を守ろうとしてた?

 オレはゆっくり振り返りながら、言った。

「…………ああ、デニス君。来てたんだね」


 

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