滑って転んで突き刺して

とえ

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第1章

交わらない結論

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 貴族……今も前世も、縁遠い言葉。知識としては
知っていても、その実態を目で見たことは無い。
前世の世界では既に殆どの国でその制度そのものが
廃止され、ごく一部に名誉称号として残っているだけ
程度の認識だった。

 この世界では、各地で貴族が政治や軍事を取り
仕切り、諸々特権が与えられた家系として存在する
と、以前母さんから聞いた覚えがある。ハディマルは
領主を持たない自治的な村なので、その存在に関わる
ことは無いと思っていた。

「……私は子爵家の次男として生まれた。3人兄弟
は行く末こそ明確に差があるものの、表面上は同じ
様に教育や稽古を受け、育つ。私の家系は特に魔術
が堪能な者が多い。当然、その適性を問われた」

 そのような家系は長男が家督を継ぎ、次男以下は
独立を余儀なくされる事が多いと、何かで読んだ
覚えがある。表面上平等な教育、とは、そのような
意味だろう。

「……わかるでしょう。私には、全く才能が無かった。
来る日も来る日も兄や弟との差を見せつけられ、
足掻いても及ばず、望んでも得られず、ただただ
見上げるだけの日々。弟が兄と双璧をなすほどに
実力を認められた時には、もう私はそれらを崖下
から眺めている事しか出来なかった」

 ……似ている。やはり根底に埋まる物は、同じ
なのだと確信した。だが彼の根は僕より遥かに
深い。何故なら、自ら望んだ訳でもない競走で、純粋
に能力の優劣を競わされ、負けを直視することを強制
され続ける環境。胸が痛くなる。

「長男が戦死し、爵位の継承先が私に向いた時、父は
私が同じく戦死したものとして隠密に適当な家へ
送り、三男に家を継がせる事にした……私がその時、
何を思ったか分かりますか?」

 彼の手が固く握られる。項垂れていた頭を起こし
こちらを睨み、吐き捨てる。

「自分に対しての怒りだよ。他人の評価は結果が
全てだ。教育通りの正攻法で芽が出ないなら、別の
道を探すべきだったんだ。そんな事にすら書面上
亡きものにされる迄気づかなかった己の愚かしさに
怒り狂った。自分の存在意義は魔法の技術。なら
それが無い私は存在さえ抹消される。当然のことだ!
……ならば、自分の意義は自分で作らねばならない」

 ……ここが分水嶺だ。彼は僕と違い、自分を押し
殺すのではなく、自分を奮起させた。蓄積した
劣等感の捌け口が、研究による後天的魔術の獲得に
向いてしまった。そしてそれが、暴走した。

 魔術を学ぶことは別に悪いことでは無い。むしろ
この世界ではそれを日常から学び、練習し、高める
のは自然な事だ。前世で言えば健全な発育の為に
運動で体を鍛えるのと何も変わらない。だが、
おそらく、彼のそれは超えてはいけない一線を
超えてしまっている。

「魔術が使えるか使えないか、それは言ってしまえば
"その神経があるか否か"と同義。その魔法を発現して
いる神経に当るものを特定し、取り出し、移植すれば
私にもそれが使える事がわかった。……子供の持つ
魔法は純粋です。変に偏った癖のある使い方を続けて
いない分、とても素直で、取り出しやすい」

 ……自分で鍛えるのは構わない。だが、"あの人の
腕の方が太いから自分に移植しよう"は、流石に駄目
だろう。僕にはその倫理観のズレは許容できない。

「私は自身の研究成果を元に、この実験の正当性や
有用性を説いた。だが!結果は散々だ。素晴らしい
この発見は度々否定され、研究所を持つ度に焼き討ち
にされた。才能ある者達は挙って私の研究を嗤い、
その探求を妨害した!」

 過去の記憶を思い出すように、彼は吠えている。
本人からすれば理不尽に見える邪魔や嘲笑に心が
疲弊しているのが見て取れる。だが……

「あなたは自分が崖を登るために、他者の身体を
積み上げるのですか……?」

「別にいいだろう!死ぬわけじゃない!その価値を
自覚しない者から必要としている者へ供給して
何が悪い!」

 ……決定的だ。理解はできた。だが、到底納得は
出来ない。僕はダガーを鞘から抜いた。クローケ
も多少呼吸が整って来たらしく、ずるりと身を
起こした。口に溜まった血を吐き出し、改めて
黒い爪を生成する。

「あなたは、2箇所同時に・・・・・・滑らせる事は出来ますかね?」

 クローケは手持ちの2本のナイフを"同時に"僕の
左右後方へ投げ刺した。こいつ僕の力を観察してる。

 咄嗟に左後方ナイフに《滑れ》と念じるが、
アンカーであるナイフが引き抜けた瞬間、クローケは
僕の右後ろに居た。短時間で複数箇所を滑らせる事は
出来ても、同時に複数は無理だ。……ただし、片方を
無効化したならもう片方に備えればいい。僕はダガー
を構えている右で、黒い爪の斬撃を受けた。攻撃が
通らないとわかるやいなや、クローケは大きく後ろに
距離をとる。

 1本は右後方引き抜けたナイフ。もう1本は今
僕の目の前に突き立っている。3本目は相変わらず
天井。空中に強制的に放り出されるリスクはまだ
残っている。右後ろのナイフに半端な転移で飛ぶか、
正面のナイフに来るか。僕が警戒しているのを
わかっていてクローケ自ら動きの取りにくい天井
からの攻撃を仕掛けてくるとは考えにくい。

 クローケがぴくりと動き、転移の兆候を見せる。
右後方、正面、どっちだ……!彼の姿が消えた。

『左後ろじゃーーっ!!』

 え……?そんなところに、ナイフは……考えた瞬間、
左肩に激痛が突き刺さった。その痛みは背中に広がり
反射によって身体が仰け反った。……そんなの反則
だろう。ナイフは無かった……ナイフ、……

「……そうか、さっき、吐き出した、血……!」

「……正解です」

 仰け反った体を強引に屈ませ、1歩踏みとどまる。
僕は悪足掻きじみた動きで、床に刺さったナイフを
引き抜き、遠くに投げ捨てた。

(ダガー、返事だけでいいです。刺したら重く。
お願いします)

『……わかった』

 簡単な意思疎通のみ交わし、僕は思いついた事を
実行に移す。右脇腹と左肩の痛みは既に脳の大半を
支配している。体力的にも、そろそろ限界だ。僕は
左足を1歩前に出し、鞘を体で隠しながらホルダー
から外した。

「何が"わかった"のかは知りませんが、……もう終わり
です。あなたは健闘しましたが……私の努力の勝利
です」

 僕は思い切り右腕で袈裟斬りする。クローケの目
が攻撃を察知した刹那、僕は別の仕込みを入れ、
続けて左からの横薙を間髪入れず続ける。

「ちぃ……」

 クローケが天井を見る。彼はおそらく、僕の空中
移動を警戒しているはず。原理の分からない軌道を
描く僕の体を転移させるのは躊躇うはず。刺さって
いるナイフは天井の1本のみ。2本は既に抜けていて
アンカーとしては役に立たない。吐き出した血はすぐ足元。なら、攻撃を避ける為の飛び先は、天井……!

 彼の身体が、ガコンと痙攣するように動いた。

「何……!?」

 彼のローブを刺し貫いて、ダガーが床に刺さって
いる。僕は天井のナイフに向けて、《滑れ》と念じた。
摩擦を失い引き抜けるナイフ。転移の引き寄せに
よって、その刃物は一瞬にしてクローケの元に帰って
いく。互いに引き寄せる転移なら、どっちがアンカー
か次第で引き寄せられるものも変わるはずだ。

「馬鹿な、今お前は剣を……!な……!?」

 クローケは僕の右手に握られた"鞘"を見て驚愕した。

『……気づけよ、たわけ』

彼のナイフは、羊皮紙ごと彼の右肩に深々と突き
刺さった。





「とどめは……刺さないのですか?」

 床に大の字に倒れ、肩から流血するクローケが
ぽつりと口にした。

「……僕の目的は、エディの救出です。あなたを
止める必要はあっても、あなたの命を奪う必要は
ありません」

「……生きていれば、また被害者が増えるとは思い
ませんか」

 言葉に詰まった。確かにその可能性は大いにある。
クローケの執着を考えれば、ある意味必然と言える
かもしれない。

『莫迦者。自分で"被害者"だと理解しておるでは
ないか。なぜその意識が自制に繋がらんのだ』

 ダガーがクローケの言葉を使い叱責する。罪悪感
の欠けらも無いのかと思っていたが、どうやらそう
でもないらしい。

『のう、クローケ。お主の存在意義は魔法の技術
だと言ったな』

「その通りです……落ちこぼれの私には、存在を維持
する為には研究を……」

『待て待て。お主がしたいのは、魔法が堪能になる
事か、研究により魔法を奪う事か。どちらじゃ。
確かに神経とやらの移植でお主は魔法を手に入れた。
じゃがお主はそこから何をした?新たな魔法を手に
入れるばかりで、既に手に入れたものを極める為の
研究はしてきたのかのう』

「それは……」

『それに、そこまで研究熱心なら、もっと真っ当な
方法は見つけられんのか。子供を攫い、魔法の神経
を取り出すなんて事をせずとも、お主なら別の方法
で他者の魔法を習得する方法があるのではないか?
自分が"被害者"と思うような者を出さない方法が』

「…………ふ……簡単に言いますね……」

 呆れるように、彼は少し笑った。その顔からは、
やや毒気が抜けている。諦めだろうか。妙に潔い。

『簡単なもんか。お主が今まで行っていた研究も、
平坦な道ではなかったのであろう?じゃが、今は
それを形にした。それはそれで大きな功績じゃ。
お主に才能があるとすれば、それは魔法ではなく、
努力の才能じゃろう。なら引き続き才能を活かして・・・・・・・
みたらどうかのう?』

 ……ある意味では、とても在り来りな言葉だ。
でも日々何かに対しひたむきに取り組む人には、その
言葉がやはり最も的確だと思う。彼は自分の存在を
確立するために研究という手段をとった。でもそれは
あくまで魔法を上手く扱うという目的のための手段
だったはずなのだ。それが彼の中で、いつしか
手段が目的になってしまっていた。

「……どの道、私は罪を重ね過ぎました」

 クローケは指をパチンと鳴らす。隔離されていた
マルトのシャボン膜が呼応して弾けた。

「金や施設が必要でした……マルトは、そのために
必要だった。やつの社会的地位や施設の具合が私には
都合が良かった。被検体を集めるのも、マルトが
自発的に金を積み調達を依頼する……だがもう終わり
だ。私の執念は、この血と共に流れてしまった」

『たわけ。あれほど渇望していた才能を、自ら捨てる
つもりか?』

「……デニス君、でしたか。あなたの従者は、随分と
手厳しいのですね」

「従者ではありません。僕の……」

 言いかけて言葉を失った。大切な人である事は
間違いない。でも、ダガーをなんと形容したら良い
のだろうか。師匠?相棒?言いあぐねていると、
代わりにダガーが続けた。

『ワシはこやつの保護者で、理解者じゃよ』

 彼女は、かかかと笑った。

 マルトがどてどてと近寄ってくる。そういえば、
こいつは根底から理解し難い存在だった。

「クロちゃん!負けちゃったんです!?なにやって
るんです!まだ動けるでしょう!さっさとこんな
可愛くて可愛くない子、やっつけちゃってくれ
ます!?」

 ああ……だめだ。この人は救いようがない。

「マルト。……契約はここで満了です。私は少し、
道を再検討する事にしました。私以上の凡人に負けた
のです。この道は間違っていたという事でしょう」

「何を!言うの!です!あなたにワタシの収集品を!
調べさせてあげた!のですよ!つべこべ言わず!
役に立ちなさい!」

 転がっているクローケを、マルトが蹴飛ばす。
ダメージにはならないだろうが、見ていて気持ちの
いいものでは無い。クローケがマルトに向かい、
手を差し出す。

「…………マルト、手を」

「ああぁ、治癒ですね!あなたの魔法のせいで
散々ですよ!言っておきますが痛いのは嫌ですよ。
なるべく痛みのない治癒魔法を……」

 マルトの手を取り、起き上がるクローケ。床に
転がったナイフを2本回収する。

「こら!治療はどうしたのですか!まだ治ってない
ですよ!」

「申し訳ございません。……私の治癒魔法は、現在
入荷待ちとなっております」

 血の着いた羊皮紙をナイフに刺し、天井に
向かって投げる。間髪を入れずもう1本のナイフも
同じく天井に投げた。僕が上に目をやると、天井に
衣服を刺し留められた、マルトがいた。

「な!何するんですか!クロちゃん!下ろしなさい!」

 じたばたと暴れ喚くマルトを一瞥もせず、クローケ
は言った。

「しばらくそこにいてください。私には、私の
やらねばならないことがあります」

 言い終わると彼はこちらを見て顔をクイッと傾げ、
無言で「着いてこい」と僕に伝えた。
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