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第2章
騒動は突然に
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朝。宿の客室に差し込む朝日が部屋を満遍なく
突き刺す。カイルはベッドを抜け出し部屋の隅まで
転がっていたが、流石に慣れてきた。思えば2日間
の野営で天幕の中硬い地面に横たわっていたため、
ベッドの寝心地はまるで雲の上のようだった。
ひとつ伸びをして部屋から抜け出し、宿を出る。
まだ少し寝ぼけた頭を起こしながら、予定通り商館
を目指した。当面の滞在費。それを下ろさねば今日
という日は始まらない。
商館の前には既に人集りができていた。だが、
少し様子が違う。昨日のような列の並びではなく、
人がわらわらと群れる形で集まっている。それも
かなりの人数だ。
次の瞬間、ガクンと腰が引かれる。ダガーの合図、
しかもこれは緊急信号……!?
『ガンドじゃ!』
ギリギリまで方向を絞ったと思われる彼女の声が
頭に響く。なりふり構わず発せられたダガーの声に、
頭が一瞬で覚醒する。人混みの中、人々の顔を見回し
……いない。ガンドの姿は見えない。人数が多いとはいえ、流石に覚えた顔を見逃すはずはないのに……!
慌てふためく僕を尻目に、辺りに大きな声が轟く。
「何さらしとんじゃボケエェッ!!散れ!散れ!」
声の主は、サグロだった。一斉に蜘蛛の子を散らす
ように街人が散開する。
(ダガー!まだ居ますか!?)
力無い否定の返事に、緊張した肩は、血が抜ける
かのように脱力してしまった。
散り散りになる人達の中、サグロの前には2人の
男。1人は昨日見たラードラッド。もう1人は、
知らない顔だった。サグロはなおも「退け、散れ」と
喚き散らしている。近くにいた街人の1人を捕まえ、
「何かあったんですか?」
と聞いてみた。返ってきた言葉は、僕を狼狽え
させて余りある衝撃的なものであった。
「商人が1人、死んだんだってよ」
……え?……聞き違いか?死んだ?人が?……いや、
病気や老衰、不慮の事故で、だよな。いやいや、それ
でも十分過ぎる程に衝撃的だ。
ズカズカと商館に入っていくサグロとラードラッド
ともう1人。追いつかない思考に追い討ちをかけるが
如く、周りから声がする。
「こりゃ厄介な事になったな」
「商人ギルドが動くのか?」
「ジバル会だろ」
「地主も災難だな」
「死んだのはトリトンらしい」
「あの大商人の?」
「……殺し、らしいぜ」
待て、待て待て、待ってくれ。頭が追いつかない。
殺し?殺しと言ったのか?しかもトリトン?昨日まで
商隊の第1馬車に乗っていた、あの?どういう事だ?
意味がわからない。言葉は理解しているはずなのに、
意味が全く入ってこない。音が遠くなる感覚。脳が
じわじわと痺れ、平衡感覚が狂う様な錯覚。意味の
分からない唐突な情報の洪水に、僕は完全に行動不能
に陥った。
1度は散った人の波も、徐々にまた商館の前に収束
していく。その引き潮の様な流れに飲まれ、僕の身体
も商館へと引き寄せられていく。そのごった返す人
の群れに、第2の大声が浴びせられた。
「ちょーっと退いてくれるかー!?」
聞き覚えのある声。ずんずんと人を掻き分け、歩く
姿は、見間違うことも無く、アルフ一行だった。
「俺様が通るからなー!退いてくれー」
痛々しい一人称に頭痛がする。ただでさえこちらは
今大混乱の最中。これ以上おかしな情報を増やさない
で欲しい。
アルフは誰の許可を得るでもなく、そのまま商館
へと侵入していく。
その場に居たと思われるガンド。トリトンの殺害。
ジバル会の介入、アルフ一行の乱入。あらゆる厄介事
が玉突き事故を起こしている。
暫く人の群れに揉まれた後、ぞろぞろと商館から
人が出てくる。商人と思われる者が数名、ジバル会
3名、アルフ御一行様3名……彼らが何やら揉め
ながら野次馬の前に立ち、なおもごにょごにょと
やっている。……何をしているんだ、あの人達は。
場の全員の視線がその人らに刺さる中、ようやく
話が着いたらしく、それぞれの組の代表が人々の前で
説明を始めた。
「皆、静かに。我らが同志トリトンが亡くなった。
今朝、商館の宿泊室で倒れているのを発見し、
手当てを試みたが、もう既に息はなかった。
彼の名誉の為にも、騒ぎ立てるのはやめてほしい。
詳しいことは我々商人ギルドが調べよう」
「今、聞いた通りや!……せやけど、正確にはちゃう
な。あんたらは単純に死んだ言うてるけど、ありゃ
明らかに殺しや。ギルドの都合もあろうけどな、
街の汚点は俺らジバル会が引き受ける。なるたけ
手ぇ出さんといてもらおか」
「みんな!犯人は俺様達英雄組が必ず倒す!もし
知ってる事があれば、このアルフ様に教えてくれ!」
三者三様のちぐはぐな宣言。これが、先程揉めてた
理由か。人々のざわめきは一層大きくなり、密着した
体は羊の群れのように蠢く。民衆を鎮静化させる
どころか、確実に温度を上げてしまっている。協力と
いう言葉を知らないのだろうか、この人達は。
不毛なおしくらまんじゅうに押される中、先程まで
混乱していた頭は少し冷却され、3者の宣言を聞いた
事で脳が事実を受け入れ始めた。
トリトンは、何者かに、殺された。
・
・
・
「……おいおい、ちょっと待て。1晩明けただけで
どうしてそうなった……道理で外が騒がしいわけだ」
宿の食堂で朝食を摂っていたルアさんが、木製の
二股フォークを料理に突き刺したまま言った。
今朝見聞きした事。ガンドの出現とトリトン殺害。
3つの組織がそれぞれ犯人を追うこと。それらを
聞いたルアさんは、口から麺状のものをぶら下げて
いるカイルと違い、真剣な面持ちになった。
テーブルの上には昨晩の取り決め通りダガーが
鎮座している。食堂は宿泊客で混雑しているが、
テーブルに置かれた短刀を気にする者は誰もいな
かった。
「まず、ガンドについては見間違いじゃねぇんだな?」
ダガーは肯定する。
「でも姿は発見できませんでした。すみません」
「しょうがねぇよ、人混みなら帽子のひとつでも被
られたらわかりゃしねぇ。商館の前にあいつがいて、
その商館の中でトリトンが死んだ。それだけでも
妙な話だ。ガンドは一旦街を出てるんだからな」
犯人は現場に戻る、なんて事を、前世の推理物では
よく見た覚えがある。捜査状況の確認や自分の起こし
た事件に対する反応を見たいなど色々な心理が考えら
れるが、1番は自分に繋がる証拠が出なかったかを
確認したいというものなのではないだろうか。生憎
心から理解するのは、経験が無いため難しいが。
証拠……証拠とは言いきれないものの、僕は自分の
目でガンドとトリトンの接点を目撃している。商隊
3日目、つまり昨日の早朝、彼ら2人が第1馬車付近
で口論していた。あの時のトリトンは明らかに取り
乱し、慌てていた。ガンドは危険手当の交渉、などと
言っていたが、とてもそうは見えなかった。
……もう1人、いるではないか。目撃者が。集合時
にガンドに対して直接、"商人と揉めていた"事を言及
した人が。サグロ。僕は口論目撃から出発前の集合
まで、彼とは会話をしていない。なら彼も、別の
タイミングか場所で、ガンドと商人の揉め事を目撃
していたはずだ。
「僕、ちょっとサグロさんと接触してみようと思い
ます」
「ああ、……昨日早朝の集合時、言ってたことか?」
「ええ。僕もその口論の場を見ました。サグロさん
からは何が聞こえ、何が見えていたのか、話を
聞いてみたいです」
ルアさんはフォークを弄び、それで僕を指さす。
「……忘れるなよ。お前の短期目標はピエラの依頼。
長期目標はエイシスやシンガへの到着と石だ。変な事
に首突っ込んで怪我すんじゃねぇぞ」
「わかってます。どの道街で水龍の情報収集も必要
です。その一環で、ついでに、です」
頬杖の姿勢をとり、先程からフォークを刺したり
抜いたりしてる具材をようやく口に運び、彼女は
言った。
「……まぁ、ならいいけどよ」
僕はカイルに笑顔で差し出されたパンを平らげ、
ダガーを腰に提げ直し、席を立った。
「商館がそんな状態じゃ、暫くはツケといてやる。
昼には1度合流しろよ」
という、ルアさんの言葉に刺されながら、僕は軽く
手を振る。ちょうど手伝いに入るところだったのか、
ピエラと出入口ですれ違い、お互い小さく会釈した。
・
・
・
改めて街を歩くと、色々なものが見えてくる。
露店に並んだ果物は、リサイドとは少し違う物が
見られ、何より圧倒的に魚の陳列が多い。その中には
昨晩女将さんが出してくれた串焼きの焼かれる前の
姿も見ることが出来た。剣や鎧の類は、露店では
あまり見かけない。おそらく外に置くと潮風にやられ
てしまうのだろう。……ダガーが錆びないように
気をつけよう。
道行く人や露店の主に、"水龍について"と
"ジバル会の事務所(?)について"を聞いて回る。
案の定、水龍と聞くと首を横に振る人しかいないが、
ジバル会の拠点についてはすぐにわかった。
……サグロが組織の知名度に自信を持ってたわけだ。
ザバン内では文句なしに人々から知られている。
重々しい扉の前に、見張りと思われる人が見える。
聞き込みによりたどり着いたジバル会の拠点は、
建物自体さほど大きくないものの、入口の雰囲気は
なにか威圧感を覚える。そこに至るまでの路地の横は
海を見渡せる程開けており、扉を守る見張りの態度は
街入口の検問所よりも徹底されているように見えた。
「……ご要件は」
とても短く、明確な警戒が示される。僕は尻込む
気持ちを抑え、言った。
「……すみません、サグロさんは、中においでに
なりますか?」
今朝の騒動から拠点に戻っているといいのだが。
見張りは「……少々お待ちを」と言い残し、確認の為
中に入る。すぐに扉が開き、見張りとサグロが2人で
迎え入れてくれた。見張りはそのまま外に残り、重い
扉は再びしっかりと閉じられた。……今更ながら、
危険な所に飛び込んでいないか、僕は。
「来るやろ思てたわ、デニス。ここ、すぐ分かった
やろ?」
馴れ馴れしく僕の肩に手を置いてくるサグロ。一体
いつからそんな関係になったのだ。
「ケヴィオはん、ラッドはん、昨日話しとったデニス
が来はったで、紹介しときますわ」
今朝、商館で見た2人。ラードラッドと、ケヴィオ
と呼ばれた男。ラードラッドは僕を見て「君は……」
と驚くと、すぐににこりと笑う。
「……ようこそ、デニス君。して、なんの用かな」
ラードラッドと同じく丁寧な口調で、ケヴィオは
僕に問いかけた。
・
・
・
「……なるほど。そういう経緯が。……サグロが興味を
持つのもわかる。君だけに自己紹介させるのも失礼
だな、うん。簡単に我々の事を教えておこう」
ケヴィオは柔らかそうな椅子に足組みして座った
まま、そう言った。
「我々ジバル会は設立時の代表の名前でね。少々
ややこしいが、私が現代表、ケヴィオだ。こっちは
ラードラッド。私の補佐と実働指揮を兼任してくれ
ている」
「昨日、お会いしましたね、お客様」
2人の威圧感が、痛い。口調こそ丁寧なのに、何か
常に刃物を肌に当てられているようなピリピリした
空気を感じる。ラードラッドのにっこり顔が、妙に
怖く感じる。
「サグロが世話になったね。彼に話があるなら自由に
使ってくれて良い。我々は今トリトン殺害の汚物を
清掃しなければならなくてね。あまり丁重な接客が
できなくてすまないな、うん」
ケヴィオの言葉が、ゆっくりと部屋に染み込む。
「商人とは、我々が最も守るべき"街"の、経済の柱。
それを1人失ったとあっては、我々が動かざるを
得ない。彼らはギルド内でカタをつけたいようだが、
我々としては犯人探しや刑の執行など、汚れた事を
彼らにしてほしくはないのだ、うん。庶民の商人
に対する印象が落ちるのは、可能な限り避けたい」
ケヴィオが葉巻の吸口を切って咥えると、すかさず
ラードラッドが魔法の火を人差し指に灯し点火する。
甘い香りが辺りに広がり、……その香りに僕は、
ちょっとした安心感を得た。不思議だ。状況としては
依然として暴力団事務所への単身訪問と変わらない
ことをしているというのに。
「サグロさんと話したかった案件は、商人殺害の件と
少し関連があるかもしれません」
僕の言葉に、ラードラッドが分かりやすく目を点に
し、その後吹き出すように笑った。
「ははは、ケヴィさん、これは確かに、サグロの言う
通り面白い子ですよ。……デニス君。あなた、今、
おいくつですか?」
「15……です」
なぜ笑われているのかはよく分からないが、別に
嘲笑というわけでも無さそうだ。恐る恐る答えた後、
ケヴィオは「ほう」と言って手を組み、続けた。
「では、我々にも聞かせてくれるかね。その話」
僕はひとつ深呼吸をし、サグロを見る。
「サグロさん、あなたは、キャラバン3日目の早朝、
商人トリトンさんと隊長ガンドさんが、なにか
揉めてるのを見ていますよね」
「お?あぁ、せやけど……なんや、勧誘に乗るいう
話やないんかい」
ああ、なるほど。サグロ的には、僕が誘いを受ける
って話だと思ってたのか。でも、さっきの流れを聞い
ていたのなら、そんな勘違いはありえないでしょう。
……彼は、僅かに抜けているのかもしれない。
「実はその口論の現場を、僕も見ています。僕の
位置からは会話は聞こえませんでしたが、サグロさん
からならなにか聞こえてたかと思って……」
僕が言い終わる前に、指をバキバキと鳴らす音が
聞こえてきた。ラードラッドさんが笑顔で青筋を
立てている。
「サグロ……?あなたそんな分かりやすい情報持って
たんですか?こちらは聞いていませんけどねぇ。
……てめぇは頭空っぽか?おい」
「あ、いや、その、ガンドは、危険手当の交渉いうて
たんで、てっきり……」
ラードラッドが足をサグロに向け踏み込む。
……これ、脅しじゃないのでは……?
サグロは怯え、既に顔の前に手を広げている。僕は
咄嗟にダガーを鞘ごとベルトから外し、鞘片面に
《滑れ》と念じて、2人の間に割って入った。
ラードラッドの拳軌道に合わせ構えたダガーの鞘は、
彼の拳を受け止め、"音も無く"逸らす。ラードラッド
の顔からは今までの笑みが消え、彼は軌道が急変した
己の拳を見つめ、言った。
「……おい。今何をした?」
突き刺す。カイルはベッドを抜け出し部屋の隅まで
転がっていたが、流石に慣れてきた。思えば2日間
の野営で天幕の中硬い地面に横たわっていたため、
ベッドの寝心地はまるで雲の上のようだった。
ひとつ伸びをして部屋から抜け出し、宿を出る。
まだ少し寝ぼけた頭を起こしながら、予定通り商館
を目指した。当面の滞在費。それを下ろさねば今日
という日は始まらない。
商館の前には既に人集りができていた。だが、
少し様子が違う。昨日のような列の並びではなく、
人がわらわらと群れる形で集まっている。それも
かなりの人数だ。
次の瞬間、ガクンと腰が引かれる。ダガーの合図、
しかもこれは緊急信号……!?
『ガンドじゃ!』
ギリギリまで方向を絞ったと思われる彼女の声が
頭に響く。なりふり構わず発せられたダガーの声に、
頭が一瞬で覚醒する。人混みの中、人々の顔を見回し
……いない。ガンドの姿は見えない。人数が多いとはいえ、流石に覚えた顔を見逃すはずはないのに……!
慌てふためく僕を尻目に、辺りに大きな声が轟く。
「何さらしとんじゃボケエェッ!!散れ!散れ!」
声の主は、サグロだった。一斉に蜘蛛の子を散らす
ように街人が散開する。
(ダガー!まだ居ますか!?)
力無い否定の返事に、緊張した肩は、血が抜ける
かのように脱力してしまった。
散り散りになる人達の中、サグロの前には2人の
男。1人は昨日見たラードラッド。もう1人は、
知らない顔だった。サグロはなおも「退け、散れ」と
喚き散らしている。近くにいた街人の1人を捕まえ、
「何かあったんですか?」
と聞いてみた。返ってきた言葉は、僕を狼狽え
させて余りある衝撃的なものであった。
「商人が1人、死んだんだってよ」
……え?……聞き違いか?死んだ?人が?……いや、
病気や老衰、不慮の事故で、だよな。いやいや、それ
でも十分過ぎる程に衝撃的だ。
ズカズカと商館に入っていくサグロとラードラッド
ともう1人。追いつかない思考に追い討ちをかけるが
如く、周りから声がする。
「こりゃ厄介な事になったな」
「商人ギルドが動くのか?」
「ジバル会だろ」
「地主も災難だな」
「死んだのはトリトンらしい」
「あの大商人の?」
「……殺し、らしいぜ」
待て、待て待て、待ってくれ。頭が追いつかない。
殺し?殺しと言ったのか?しかもトリトン?昨日まで
商隊の第1馬車に乗っていた、あの?どういう事だ?
意味がわからない。言葉は理解しているはずなのに、
意味が全く入ってこない。音が遠くなる感覚。脳が
じわじわと痺れ、平衡感覚が狂う様な錯覚。意味の
分からない唐突な情報の洪水に、僕は完全に行動不能
に陥った。
1度は散った人の波も、徐々にまた商館の前に収束
していく。その引き潮の様な流れに飲まれ、僕の身体
も商館へと引き寄せられていく。そのごった返す人
の群れに、第2の大声が浴びせられた。
「ちょーっと退いてくれるかー!?」
聞き覚えのある声。ずんずんと人を掻き分け、歩く
姿は、見間違うことも無く、アルフ一行だった。
「俺様が通るからなー!退いてくれー」
痛々しい一人称に頭痛がする。ただでさえこちらは
今大混乱の最中。これ以上おかしな情報を増やさない
で欲しい。
アルフは誰の許可を得るでもなく、そのまま商館
へと侵入していく。
その場に居たと思われるガンド。トリトンの殺害。
ジバル会の介入、アルフ一行の乱入。あらゆる厄介事
が玉突き事故を起こしている。
暫く人の群れに揉まれた後、ぞろぞろと商館から
人が出てくる。商人と思われる者が数名、ジバル会
3名、アルフ御一行様3名……彼らが何やら揉め
ながら野次馬の前に立ち、なおもごにょごにょと
やっている。……何をしているんだ、あの人達は。
場の全員の視線がその人らに刺さる中、ようやく
話が着いたらしく、それぞれの組の代表が人々の前で
説明を始めた。
「皆、静かに。我らが同志トリトンが亡くなった。
今朝、商館の宿泊室で倒れているのを発見し、
手当てを試みたが、もう既に息はなかった。
彼の名誉の為にも、騒ぎ立てるのはやめてほしい。
詳しいことは我々商人ギルドが調べよう」
「今、聞いた通りや!……せやけど、正確にはちゃう
な。あんたらは単純に死んだ言うてるけど、ありゃ
明らかに殺しや。ギルドの都合もあろうけどな、
街の汚点は俺らジバル会が引き受ける。なるたけ
手ぇ出さんといてもらおか」
「みんな!犯人は俺様達英雄組が必ず倒す!もし
知ってる事があれば、このアルフ様に教えてくれ!」
三者三様のちぐはぐな宣言。これが、先程揉めてた
理由か。人々のざわめきは一層大きくなり、密着した
体は羊の群れのように蠢く。民衆を鎮静化させる
どころか、確実に温度を上げてしまっている。協力と
いう言葉を知らないのだろうか、この人達は。
不毛なおしくらまんじゅうに押される中、先程まで
混乱していた頭は少し冷却され、3者の宣言を聞いた
事で脳が事実を受け入れ始めた。
トリトンは、何者かに、殺された。
・
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・
「……おいおい、ちょっと待て。1晩明けただけで
どうしてそうなった……道理で外が騒がしいわけだ」
宿の食堂で朝食を摂っていたルアさんが、木製の
二股フォークを料理に突き刺したまま言った。
今朝見聞きした事。ガンドの出現とトリトン殺害。
3つの組織がそれぞれ犯人を追うこと。それらを
聞いたルアさんは、口から麺状のものをぶら下げて
いるカイルと違い、真剣な面持ちになった。
テーブルの上には昨晩の取り決め通りダガーが
鎮座している。食堂は宿泊客で混雑しているが、
テーブルに置かれた短刀を気にする者は誰もいな
かった。
「まず、ガンドについては見間違いじゃねぇんだな?」
ダガーは肯定する。
「でも姿は発見できませんでした。すみません」
「しょうがねぇよ、人混みなら帽子のひとつでも被
られたらわかりゃしねぇ。商館の前にあいつがいて、
その商館の中でトリトンが死んだ。それだけでも
妙な話だ。ガンドは一旦街を出てるんだからな」
犯人は現場に戻る、なんて事を、前世の推理物では
よく見た覚えがある。捜査状況の確認や自分の起こし
た事件に対する反応を見たいなど色々な心理が考えら
れるが、1番は自分に繋がる証拠が出なかったかを
確認したいというものなのではないだろうか。生憎
心から理解するのは、経験が無いため難しいが。
証拠……証拠とは言いきれないものの、僕は自分の
目でガンドとトリトンの接点を目撃している。商隊
3日目、つまり昨日の早朝、彼ら2人が第1馬車付近
で口論していた。あの時のトリトンは明らかに取り
乱し、慌てていた。ガンドは危険手当の交渉、などと
言っていたが、とてもそうは見えなかった。
……もう1人、いるではないか。目撃者が。集合時
にガンドに対して直接、"商人と揉めていた"事を言及
した人が。サグロ。僕は口論目撃から出発前の集合
まで、彼とは会話をしていない。なら彼も、別の
タイミングか場所で、ガンドと商人の揉め事を目撃
していたはずだ。
「僕、ちょっとサグロさんと接触してみようと思い
ます」
「ああ、……昨日早朝の集合時、言ってたことか?」
「ええ。僕もその口論の場を見ました。サグロさん
からは何が聞こえ、何が見えていたのか、話を
聞いてみたいです」
ルアさんはフォークを弄び、それで僕を指さす。
「……忘れるなよ。お前の短期目標はピエラの依頼。
長期目標はエイシスやシンガへの到着と石だ。変な事
に首突っ込んで怪我すんじゃねぇぞ」
「わかってます。どの道街で水龍の情報収集も必要
です。その一環で、ついでに、です」
頬杖の姿勢をとり、先程からフォークを刺したり
抜いたりしてる具材をようやく口に運び、彼女は
言った。
「……まぁ、ならいいけどよ」
僕はカイルに笑顔で差し出されたパンを平らげ、
ダガーを腰に提げ直し、席を立った。
「商館がそんな状態じゃ、暫くはツケといてやる。
昼には1度合流しろよ」
という、ルアさんの言葉に刺されながら、僕は軽く
手を振る。ちょうど手伝いに入るところだったのか、
ピエラと出入口ですれ違い、お互い小さく会釈した。
・
・
・
改めて街を歩くと、色々なものが見えてくる。
露店に並んだ果物は、リサイドとは少し違う物が
見られ、何より圧倒的に魚の陳列が多い。その中には
昨晩女将さんが出してくれた串焼きの焼かれる前の
姿も見ることが出来た。剣や鎧の類は、露店では
あまり見かけない。おそらく外に置くと潮風にやられ
てしまうのだろう。……ダガーが錆びないように
気をつけよう。
道行く人や露店の主に、"水龍について"と
"ジバル会の事務所(?)について"を聞いて回る。
案の定、水龍と聞くと首を横に振る人しかいないが、
ジバル会の拠点についてはすぐにわかった。
……サグロが組織の知名度に自信を持ってたわけだ。
ザバン内では文句なしに人々から知られている。
重々しい扉の前に、見張りと思われる人が見える。
聞き込みによりたどり着いたジバル会の拠点は、
建物自体さほど大きくないものの、入口の雰囲気は
なにか威圧感を覚える。そこに至るまでの路地の横は
海を見渡せる程開けており、扉を守る見張りの態度は
街入口の検問所よりも徹底されているように見えた。
「……ご要件は」
とても短く、明確な警戒が示される。僕は尻込む
気持ちを抑え、言った。
「……すみません、サグロさんは、中においでに
なりますか?」
今朝の騒動から拠点に戻っているといいのだが。
見張りは「……少々お待ちを」と言い残し、確認の為
中に入る。すぐに扉が開き、見張りとサグロが2人で
迎え入れてくれた。見張りはそのまま外に残り、重い
扉は再びしっかりと閉じられた。……今更ながら、
危険な所に飛び込んでいないか、僕は。
「来るやろ思てたわ、デニス。ここ、すぐ分かった
やろ?」
馴れ馴れしく僕の肩に手を置いてくるサグロ。一体
いつからそんな関係になったのだ。
「ケヴィオはん、ラッドはん、昨日話しとったデニス
が来はったで、紹介しときますわ」
今朝、商館で見た2人。ラードラッドと、ケヴィオ
と呼ばれた男。ラードラッドは僕を見て「君は……」
と驚くと、すぐににこりと笑う。
「……ようこそ、デニス君。して、なんの用かな」
ラードラッドと同じく丁寧な口調で、ケヴィオは
僕に問いかけた。
・
・
・
「……なるほど。そういう経緯が。……サグロが興味を
持つのもわかる。君だけに自己紹介させるのも失礼
だな、うん。簡単に我々の事を教えておこう」
ケヴィオは柔らかそうな椅子に足組みして座った
まま、そう言った。
「我々ジバル会は設立時の代表の名前でね。少々
ややこしいが、私が現代表、ケヴィオだ。こっちは
ラードラッド。私の補佐と実働指揮を兼任してくれ
ている」
「昨日、お会いしましたね、お客様」
2人の威圧感が、痛い。口調こそ丁寧なのに、何か
常に刃物を肌に当てられているようなピリピリした
空気を感じる。ラードラッドのにっこり顔が、妙に
怖く感じる。
「サグロが世話になったね。彼に話があるなら自由に
使ってくれて良い。我々は今トリトン殺害の汚物を
清掃しなければならなくてね。あまり丁重な接客が
できなくてすまないな、うん」
ケヴィオの言葉が、ゆっくりと部屋に染み込む。
「商人とは、我々が最も守るべき"街"の、経済の柱。
それを1人失ったとあっては、我々が動かざるを
得ない。彼らはギルド内でカタをつけたいようだが、
我々としては犯人探しや刑の執行など、汚れた事を
彼らにしてほしくはないのだ、うん。庶民の商人
に対する印象が落ちるのは、可能な限り避けたい」
ケヴィオが葉巻の吸口を切って咥えると、すかさず
ラードラッドが魔法の火を人差し指に灯し点火する。
甘い香りが辺りに広がり、……その香りに僕は、
ちょっとした安心感を得た。不思議だ。状況としては
依然として暴力団事務所への単身訪問と変わらない
ことをしているというのに。
「サグロさんと話したかった案件は、商人殺害の件と
少し関連があるかもしれません」
僕の言葉に、ラードラッドが分かりやすく目を点に
し、その後吹き出すように笑った。
「ははは、ケヴィさん、これは確かに、サグロの言う
通り面白い子ですよ。……デニス君。あなた、今、
おいくつですか?」
「15……です」
なぜ笑われているのかはよく分からないが、別に
嘲笑というわけでも無さそうだ。恐る恐る答えた後、
ケヴィオは「ほう」と言って手を組み、続けた。
「では、我々にも聞かせてくれるかね。その話」
僕はひとつ深呼吸をし、サグロを見る。
「サグロさん、あなたは、キャラバン3日目の早朝、
商人トリトンさんと隊長ガンドさんが、なにか
揉めてるのを見ていますよね」
「お?あぁ、せやけど……なんや、勧誘に乗るいう
話やないんかい」
ああ、なるほど。サグロ的には、僕が誘いを受ける
って話だと思ってたのか。でも、さっきの流れを聞い
ていたのなら、そんな勘違いはありえないでしょう。
……彼は、僅かに抜けているのかもしれない。
「実はその口論の現場を、僕も見ています。僕の
位置からは会話は聞こえませんでしたが、サグロさん
からならなにか聞こえてたかと思って……」
僕が言い終わる前に、指をバキバキと鳴らす音が
聞こえてきた。ラードラッドさんが笑顔で青筋を
立てている。
「サグロ……?あなたそんな分かりやすい情報持って
たんですか?こちらは聞いていませんけどねぇ。
……てめぇは頭空っぽか?おい」
「あ、いや、その、ガンドは、危険手当の交渉いうて
たんで、てっきり……」
ラードラッドが足をサグロに向け踏み込む。
……これ、脅しじゃないのでは……?
サグロは怯え、既に顔の前に手を広げている。僕は
咄嗟にダガーを鞘ごとベルトから外し、鞘片面に
《滑れ》と念じて、2人の間に割って入った。
ラードラッドの拳軌道に合わせ構えたダガーの鞘は、
彼の拳を受け止め、"音も無く"逸らす。ラードラッド
の顔からは今までの笑みが消え、彼は軌道が急変した
己の拳を見つめ、言った。
「……おい。今何をした?」
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