滑って転んで突き刺して

とえ

文字の大きさ
40 / 79
第2章

35・夜のさざなみ

しおりを挟む
『……まったく、えらい騒がしい日じゃったのう』

 濃紺の空の真ん中に月が浮かぶ。半月型の街を
一望できる高台、短い草の生い茂る木の下で、僕らは
波乱の1日を思い返していた。

 ここは街の囲いの中にありつつ、建物から少し離れ
た場所。宿で静かなところが無いか聞いたところ、
ここを案内してくれた。大きな石や岩を階段として
登る必要があるため、あまり人が寄り付かない場所。
しかし、街を眺め、夜景を楽しむには最高のスポット
だと思った。ポツポツと小さく灯るランタンの光、
視界の上半分を覆う空。生憎少し雲が多いが、切れ間
からはチラチラと星が覗く。

 あの後、ピエラはアルフを突き飛ばし、何も言わず
どこかへ走って行ってしまった。アルフは一瞬何が
起きたか分からず尻もちをついたが、立ち上がる頃
には不愉快そうに顔を歪めていた。その剣幕に、子供
達は全員いそいそと場を離れ、各々帰宅と相成った
ようだ。

「……ほんと、バタバタしてましたね」

 今日の早朝は、まだ森の出口だった。ザバンに到着
し、荷物を運搬して、金を預け……ああ、その時に
ラードラッドという人を見たっけ。ザバン自警団、
ジバル会。サグロから名前は聞いていたが、ちゃんと
存在する組織?だったようだ。商人の横について警備
のような立場をとっていた事から、街の中の信頼は
厚いのだろう。何よりあの丁寧な対応と瞬間的な
暴力。前世で言うところの"ヤ"のつく自由業に近いの
だろうか。……あまり関わるのは良くないかもしれ
ない。

「サグロさんやヴィリさんって、怖い人達だったん
ですね」

『うーむ、そう一括りにできるものでもなかろう。
やり方はともかく、街のいざこざを積極的に沈静化
しようという気概自体は立派じゃ。……綺麗では、
無いかもしれんがのう』

 そういうものか。確かに、法的に守られた世界で
なければ、自衛は必須だろう。港街という色々な
モノが常に出入りする場では、特に。

『現にヴィリは子供の喧嘩仲裁なんぞという、他の
大人が気にもせん小さな事にまで首を突っ込んで
おる。自分は子供が苦手なのも、承知の上でのう』

「……確かに」

 それを聞くと納得する。まず治安の維持という題目
があって、それをどう解決するか。その手段自体は
土地や価値観で異なるということか。

 治安と言えば……ジバル会さん、僕の財布は管轄外
ですかね……いつスられたかすら気づかなかった僕の
不注意が招いたことではあるけれども。滞在費が全く
無いのはまずい。明日、また商館に行って、少し
引き出しておこう。今思えばあそこで頭真っ白に
してないで、そのまま再度列の後ろに並んでおけば
良かった。……どうもダメだな、パニクってしまうと。

『……して、船が来るまでの間は、小娘の依頼じゃな。
果たして求める知識があるかのう』

 定期往復船が来るのは約7日後、天候によりやや
前後するらしい。依頼のタイムリミットはこちらの
都合で、そこになる。今桟橋に停泊している大型の
帆船は、別の場所を回る連絡船であると聞いた。
ザバンからルディアダのような比較的短い航行では
ないので、停泊期間もかなり長いのだとか。

「報酬もそうですが、内容がなかなかに漠然として
ますね。今のところ雲を掴むような話です」

『ワシとて水龍など聞いた事も無いわ』

 ダガーの知識は、おそらく少し偏っている。これは
自分なりに考えた推論だ。なぜなら彼女は長い時を
生きていながら、人とは違う物の見方をし、何より
自ら世界と能動的に触れ合うための足がない。その時
その時で人や地形、あるいは動物、魔物などによって
流されて、今僕の手元に在るのだろう。とはいえ、
約500年という途方も無い時間の中で彼女が"聞いた
事も無い"と言い切るのは、この依頼の難しさを示す
指標として十分すぎる。

「明日、街の中で色々聞いて回ってみましょう」

『そうじゃな。ジバル会だのアルフ一行だの、少々
めんどくさい連中が闊歩しておるがのう』

 別れ際にヴィリから聞いたところによると、アルフ
一行は時々ザバンに訪れる3人組だそうだ。彼は自ら
の事を英雄と称していたが、実はそれは過剰な自称
でなく、集落での魔物の討伐や紛争地帯での助太刀
など、文字通り英雄的な立ち振る舞いをする傭兵との
ことだった。巨大な剣を背負い魔法も堪能なアルフ、
治癒魔法や土地の浄化を得意とするミーティア、肉弾
戦を主軸に敵の攻撃防御をものともせず身一つで特攻
するダンク、とてもバランスの取れた組だと思う。
しかしジバル会とは価値観の相違から、しばしば
衝突があるらしい。ヴィリ曰く、"ザバンという土地
を知らない"、とのこと。

「さて、戻りましょうか」

『うむ。そうじゃな』

 昼間の照りつける日差しと違い雲の増えた夜空を
眺めながら、僕らは街へと下りていった。





 宿には1階の一部分に、酒場のような食堂が併設
されている。そのテーブルの隅でルアさんは木製の
ジョッキを振り回し、カイルは皿に盛られたツマミ
らしきものに手を伸ばし口に頬張っている。

「おーう、話し終わったかー」

「ええ、大丈夫です」

 席について、僕もルアさんにお願いして飲み物を
注文する。本当に、今日は疲れた。

「そういやデニス、ダガーと話すと、彼女の声は周り
に聞こえちまう事があるんだろ?お前が話しかける
時はどうしてんだ?」

「ああ、えと、ダガーに意識を向けて、心の中で
話しかけてます」

「なるほど、何も悟られずに"話しかける"事は出来
るんだな。人のいる時の返答は、あの重さ変化か」

「ええ。1回は肯定、2回は否定です。緊急時は
かなり重くなります」

 ルアさんはスコイルの溜まり場で、一目見ただけで
ダガーの重さが変わった事を見抜いた。彼女から
すれば当然の推測か。

「なら、厚い布でも敷いてテーブルの上に置いとけ。
そうすりゃ会話に参加出来んだろ」

 ああ、なるほど。重さの変化で沈み込むのさえ
見て取れれば、ダガーの意思はわかる。原始的だが
賢い方法だ。荷物袋から着替えを取り出し、小高く
畳んでダガーを乗せる。試しに重くなってもらった
ところ、しっかりと反応が目視できた。今まで彼女
との会話は、僕とだけ通れば良かった。しかし、仲間
として行動する以上、この2人とも意思疎通が取れる
に越したことはない。都度彼女の意思を僕が代弁する
工程をすっ飛ばし、"わかっている者達"で共有する。
あまりにも単純にして効果的な方法に、舌を巻いた。

「へぇー、面白いな!これ!」

 カイルがダガーをつんつんつついている。当然、
彼女は"やめよ"と言わんばかりに、2度沈んだ。

 運ばれてきた飲み物に口をつけようとした際、宿の
女将さんさんから声をかけられた。

「あなた達、ピエラの依頼を受けてくれたんだってね。
あの子から聞いたよ」

「え、あ、はい……」

「あの子はここで昼間手伝いをしてくれててね。
小さいのによく頑張ってるの。力になってあげてね」

 ふくよかな女将さんは頬に手を当て、やや悩ましげ
な顔をしている。ルアさんがテーブルに肘をつき、
頬杖をついて言った。

「……ここには依頼書貼ってやらなかったのか?掲示板
はあんだろ、あそこに」

 ルアさんの指さしたところに、確かに掲示板は
あった。

「貼ってあったわよ。請負人が現れたからって聞いて
外したけど。本来なら、あまり複数のお店に同じ
依頼を掲示することは無いんだけどねぇ、ほっとけ
なくて。ああ、あなた達が依頼を受けた食堂ね、私
の幼なじみがやってるお店なのよ。いたでしょ?
無愛想なおっちゃん。彼ね、ああ見えて優しいのよ。
たまに食材お裾分けしてくれたり、私の誕生日には
花とかくれたりね。旦那にも見習って欲しいんだけど
なかなかねぇ、あ、そうそう、それから……」

「あ、ああ……女将、わかった。アタシが悪かった、
少し変な疑い方したわ」

 なにかのスイッチが入ったかのように言葉を乱射
する女将に、ルアさんが珍しく引いた。多分、ルア
さんの疑いとは、ピエラの扱いだろう。ここで手伝い
をしているなら、当然まっさきに依頼書は掲示させて
あげそうなものだ。依頼へのダブルブッキングを
避けるため、通常は店を跨いで依頼を貼る事が無い
のだと見える。食堂に掲示されててここにないと
いうのはどういう事だ?と聞きたかったのだろう。
疑いは盛大に晴れたが。

 女将は「あら、私ったら」と口元を抑えて笑い、
引っ込んで行った。

「……話を戻すか。ダガー。アンタに聞きたかった
ことがあるんだ。アンタ魂を見るって言ってたな。
それは1度認識した人間を、2度目見れば誰だか
わかるのか?」

 肯定。それは僕もこれまでの生活で実感している。
相手が声を発さずとも、そこに誰がいるのかダガーは
正確に把握している。魂はひとりひとり微妙になにか
が違うのだろう。出会った当時、僕の魂を"妙な形"
と言っていたように。

「なら頼みがある。もし、ガンドが近くに居たら、
確実に教えてくれ。あいつが姿を消してから、今日
1日全くすれ違わなかった。既に街を出てどこかに
消えちまったってんならそれでいい」

 ダガーは力強く肯定を返した。休暇と言って姿を
消したガンド。ルッソさんが言うには暫く姿を見せ
ないのが恒例。ただでさえ厄介が多いこの街に、更に
ガンドのような予測不能な因子が入り込んで欲しく
ないという事だろう。

「な!な!デニス!俺も話しかけて良いか!?」

「あ、うん、いいと思いますよ……?」

 それは僕に許可を取ることではないのだが……
カイルからすると、ダガーは僕の持ってる玩具の
ようにでも見えているのだろうか。

「ダガーは飯、何食うんだ!?食わないと筋肉
つかないぞ!」

 テーブルの上には、なんの変化も起きなかった……
呆れているのか、それともなんと答えて良いのか
悩んでいるのか。そもそも"はい、いいえ"で応え
られないでしょ、その質問は。僕とルアさんは、
揃って額を手で覆った。

 少しして、女将さんが何かを持ってきた。特に注文
した覚えのないそれは、……魚?だろうか。前世では
見覚えの無い形状の物も含まれている。トビウオの
ように大きなヒレが付いたもの、目が4つ付いた
もの、尾ビレが鉤爪ように鋭いもの……それらが
串に刺さって焼かれている。

 ハディマルで川魚が食卓に上がる事はあったが、
実はそれらも前世でお馴染みのものとは少し違った。
一目見て魚だとはわかるのだが、時折妙な部分に海老
の足のようなものが生えたモノもいたっけ。

 最初のうちはその魚と魔物の中間のような見た目に
抵抗があったのだが、それも今ではなんとも思わ
ない。田舎の村では海の魚は大変貴重品で、当然の
ように干物や塩漬けでしか入ってこない。海水魚を
そのまま焼いたものは初めて見た。

「"お気持ち"よ、私の奢り。と言っても、ちょっと
余ったから焼いただけなんだけど。これなんかは今の
時期大量に取れるから、大抵は塩漬けにして近隣の
街に流したりするんだけどね、それでも余っちゃう
のよ。ほら、魚って漬けても生臭いでしょ?扱う
商人さんが少なくてね。しょうがないからこうやって
たまにお客さんに出しちゃうの。そろそろちょうど
やると思うけどね、海に船で漕ぎ出して、松明を
燃やすと魚がバーーっと寄ってきてね、それを一気に
ザバーっと……」

「……女将。ありがたく貰っとくぜ」

 ルアさんが、またしても女将さんの暴走を止めた。
「どうぞ、召し上がれ」とだけ言って、彼女はまた
引っ込んで行った。

「……あの手数の多さは、アタシでも捌ききれねぇわ」

 ルアさんは串焼きの1本をつまみ上げながら、
疲れた顔でそう言った
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

現代社会とダンジョンの共生~華の無いダンジョン生活

シン
ファンタジー
 世界中に色々な歪みを引き起こした第二次世界大戦。  大日本帝国は敗戦国となり、国際的な制約を受けながらも復興に勤しんだ。  GHQの占領統治が終了した直後、高度経済成長に呼応するかのように全国にダンジョンが誕生した。  ダンジョンにはモンスターと呼ばれる魔物が生息しており危険な場所だが、貴重な鉱物やモンスター由来の素材や食材が入手出来る、夢の様な場所でもあった。  そのダンジョンからモンスターと戦い、資源を持ち帰る者を探索者と呼ばれ、当時は一攫千金を目論む卑しい職業と呼ばれていたが、現代では国と国民のお腹とサイフを支える立派な職業に昇華した。  探索者は極稀にダンジョン内で発見されるスキルオーブから特殊な能力を得る者が居たが、基本的には身一つの状態でダンジョン探索をするのが普通だ。  そんなダンジョンの探索や、たまにご飯、たまに揉め事などの、華の無いダンジョン探索者のお話しです。  たまに有り得ない方向に話が飛びます。    一話短めです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

転生勇者が死ぬまで10000日

慶名 安
ファンタジー
ごく普通のフリーター・岩倉運命は謎の少年に刺され、命を落としてしまう。そんな岩倉運命だったが、サダメ・レールステンとして転生を果たす…

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。 クテュールは、15歳になる前日に、幼馴染のエジンに稽古すると連れ出され殺されかけた!いや、偶然魔物の上に落ち助かったのだ!それが『レッドアイの森』のボス、キュイだった!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...