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第2章
夜のさざなみ
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『……まったく、えらい騒がしい日じゃったのう』
濃紺の空の真ん中に月が浮かぶ。半月型の街を
一望できる高台、短い草の生い茂る木の下で、僕らは
波乱の1日を思い返していた。
ここは街の囲いの中にありつつ、建物から少し離れ
た場所。宿で静かなところが無いか聞いたところ、
ここを案内してくれた。大きな石や岩を階段として
登る必要があるため、あまり人が寄り付かない場所。
しかし、街を眺め、夜景を楽しむには最高のスポット
だと思った。ポツポツと小さく灯るランタンの光、
視界の上半分を覆う空。生憎少し雲が多いが、切れ間
からはチラチラと星が覗く。
あの後、ピエラはアルフを突き飛ばし、何も言わず
どこかへ走って行ってしまった。アルフは一瞬何が
起きたか分からず尻もちをついたが、立ち上がる頃
には不愉快そうに顔を歪めていた。その剣幕に、子供
達は全員いそいそと場を離れ、各々帰宅と相成った
ようだ。
「……ほんと、バタバタしてましたね」
今日の早朝は、まだ森の出口だった。ザバンに到着
し、荷物を運搬して、金を預け……ああ、その時に
ラードラッドという人を見たっけ。ザバン自警団、
ジバル会。サグロから名前は聞いていたが、ちゃんと
存在する組織?だったようだ。商人の横について警備
のような立場をとっていた事から、街の中の信頼は
厚いのだろう。何よりあの丁寧な対応と瞬間的な
暴力。前世で言うところの"ヤ"のつく自由業に近いの
だろうか。……あまり関わるのは良くないかもしれ
ない。
「サグロさんやヴィリさんって、怖い人達だったん
ですね」
『うーむ、そう一括りにできるものでもなかろう。
やり方はともかく、街のいざこざを積極的に沈静化
しようという気概自体は立派じゃ。……綺麗では、
無いかもしれんがのう』
そういうものか。確かに、法的に守られた世界で
なければ、自衛は必須だろう。港街という色々な
モノが常に出入りする場では、特に。
『現にヴィリは子供の喧嘩仲裁なんぞという、他の
大人が気にもせん小さな事にまで首を突っ込んで
おる。自分は子供が苦手なのも、承知の上でのう』
「……確かに」
それを聞くと納得する。まず治安の維持という題目
があって、それをどう解決するか。その手段自体は
土地や価値観で異なるということか。
治安と言えば……ジバル会さん、僕の財布は管轄外
ですかね……いつスられたかすら気づかなかった僕の
不注意が招いたことではあるけれども。滞在費が全く
無いのはまずい。明日、また商館に行って、少し
引き出しておこう。今思えばあそこで頭真っ白に
してないで、そのまま再度列の後ろに並んでおけば
良かった。……どうもダメだな、パニクってしまうと。
『……して、船が来るまでの間は、小娘の依頼じゃな。
果たして求める知識があるかのう』
定期往復船が来るのは約7日後、天候によりやや
前後するらしい。依頼のタイムリミットはこちらの
都合で、そこになる。今桟橋に停泊している大型の
帆船は、別の場所を回る連絡船であると聞いた。
ザバンからルディアダのような比較的短い航行では
ないので、停泊期間もかなり長いのだとか。
「報酬もそうですが、内容がなかなかに漠然として
ますね。今のところ雲を掴むような話です」
『ワシとて水龍など聞いた事も無いわ』
ダガーの知識は、おそらく少し偏っている。これは
自分なりに考えた推論だ。なぜなら彼女は長い時を
生きていながら、人とは違う物の見方をし、何より
自ら世界と能動的に触れ合うための足がない。その時
その時で人や地形、あるいは動物、魔物などによって
流されて、今僕の手元に在るのだろう。とはいえ、
約500年という途方も無い時間の中で彼女が"聞いた
事も無い"と言い切るのは、この依頼の難しさを示す
指標として十分すぎる。
「明日、街の中で色々聞いて回ってみましょう」
『そうじゃな。ジバル会だのアルフ一行だの、少々
めんどくさい連中が闊歩しておるがのう』
別れ際にヴィリから聞いたところによると、アルフ
一行は時々ザバンに訪れる3人組だそうだ。彼は自ら
の事を英雄と称していたが、実はそれは過剰な自称
でなく、集落での魔物の討伐や紛争地帯での助太刀
など、文字通り英雄的な立ち振る舞いをする傭兵との
ことだった。巨大な剣を背負い魔法も堪能なアルフ、
治癒魔法や土地の浄化を得意とするミーティア、肉弾
戦を主軸に敵の攻撃防御をものともせず身一つで特攻
するダンク、とてもバランスの取れた組だと思う。
しかしジバル会とは価値観の相違から、しばしば
衝突があるらしい。ヴィリ曰く、"ザバンという土地
を知らない"、とのこと。
「さて、戻りましょうか」
『うむ。そうじゃな』
昼間の照りつける日差しと違い雲の増えた夜空を
眺めながら、僕らは街へと下りていった。
・
・
・
宿には1階の一部分に、酒場のような食堂が併設
されている。そのテーブルの隅でルアさんは木製の
ジョッキを振り回し、カイルは皿に盛られたツマミ
らしきものに手を伸ばし口に頬張っている。
「おーう、話し終わったかー」
「ええ、大丈夫です」
席について、僕もルアさんにお願いして飲み物を
注文する。本当に、今日は疲れた。
「そういやデニス、ダガーと話すと、彼女の声は周り
に聞こえちまう事があるんだろ?お前が話しかける
時はどうしてんだ?」
「ああ、えと、ダガーに意識を向けて、心の中で
話しかけてます」
「なるほど、何も悟られずに"話しかける"事は出来
るんだな。人のいる時の返答は、あの重さ変化か」
「ええ。1回は肯定、2回は否定です。緊急時は
かなり重くなります」
ルアさんはスコイルの溜まり場で、一目見ただけで
ダガーの重さが変わった事を見抜いた。彼女から
すれば当然の推測か。
「なら、厚い布でも敷いてテーブルの上に置いとけ。
そうすりゃ会話に参加出来んだろ」
ああ、なるほど。重さの変化で沈み込むのさえ
見て取れれば、ダガーの意思はわかる。原始的だが
賢い方法だ。荷物袋から着替えを取り出し、小高く
畳んでダガーを乗せる。試しに重くなってもらった
ところ、しっかりと反応が目視できた。今まで彼女
との会話は、僕とだけ通れば良かった。しかし、仲間
として行動する以上、この2人とも意思疎通が取れる
に越したことはない。都度彼女の意思を僕が代弁する
工程をすっ飛ばし、"わかっている者達"で共有する。
あまりにも単純にして効果的な方法に、舌を巻いた。
「へぇー、面白いな!これ!」
カイルがダガーをつんつんつついている。当然、
彼女は"やめよ"と言わんばかりに、2度沈んだ。
運ばれてきた飲み物に口をつけようとした際、宿の
女将さんさんから声をかけられた。
「あなた達、ピエラの依頼を受けてくれたんだってね。
あの子から聞いたよ」
「え、あ、はい……」
「あの子はここで昼間手伝いをしてくれててね。
小さいのによく頑張ってるの。力になってあげてね」
ふくよかな女将さんは頬に手を当て、やや悩ましげ
な顔をしている。ルアさんがテーブルに肘をつき、
頬杖をついて言った。
「……ここには依頼書貼ってやらなかったのか?掲示板
はあんだろ、あそこに」
ルアさんの指さしたところに、確かに掲示板は
あった。
「貼ってあったわよ。請負人が現れたからって聞いて
外したけど。本来なら、あまり複数のお店に同じ
依頼を掲示することは無いんだけどねぇ、ほっとけ
なくて。ああ、あなた達が依頼を受けた食堂ね、私
の幼なじみがやってるお店なのよ。いたでしょ?
無愛想なおっちゃん。彼ね、ああ見えて優しいのよ。
たまに食材お裾分けしてくれたり、私の誕生日には
花とかくれたりね。旦那にも見習って欲しいんだけど
なかなかねぇ、あ、そうそう、それから……」
「あ、ああ……女将、わかった。アタシが悪かった、
少し変な疑い方したわ」
なにかのスイッチが入ったかのように言葉を乱射
する女将に、ルアさんが珍しく引いた。多分、ルア
さんの疑いとは、ピエラの扱いだろう。ここで手伝い
をしているなら、当然まっさきに依頼書は掲示させて
あげそうなものだ。依頼へのダブルブッキングを
避けるため、通常は店を跨いで依頼を貼る事が無い
のだと見える。食堂に掲示されててここにないと
いうのはどういう事だ?と聞きたかったのだろう。
疑いは盛大に晴れたが。
女将は「あら、私ったら」と口元を抑えて笑い、
引っ込んで行った。
「……話を戻すか。ダガー。アンタに聞きたかった
ことがあるんだ。アンタ魂を見るって言ってたな。
それは1度認識した人間を、2度目見れば誰だか
わかるのか?」
肯定。それは僕もこれまでの生活で実感している。
相手が声を発さずとも、そこに誰がいるのかダガーは
正確に把握している。魂はひとりひとり微妙になにか
が違うのだろう。出会った当時、僕の魂を"妙な形"
と言っていたように。
「なら頼みがある。もし、ガンドが近くに居たら、
確実に教えてくれ。あいつが姿を消してから、今日
1日全くすれ違わなかった。既に街を出てどこかに
消えちまったってんならそれでいい」
ダガーは力強く肯定を返した。休暇と言って姿を
消したガンド。ルッソさんが言うには暫く姿を見せ
ないのが恒例。ただでさえ厄介が多いこの街に、更に
ガンドのような予測不能な因子が入り込んで欲しく
ないという事だろう。
「な!な!デニス!俺も話しかけて良いか!?」
「あ、うん、いいと思いますよ……?」
それは僕に許可を取ることではないのだが……
カイルからすると、ダガーは僕の持ってる玩具の
ようにでも見えているのだろうか。
「ダガーは飯、何食うんだ!?食わないと筋肉
つかないぞ!」
テーブルの上には、なんの変化も起きなかった……
呆れているのか、それともなんと答えて良いのか
悩んでいるのか。そもそも"はい、いいえ"で応え
られないでしょ、その質問は。僕とルアさんは、
揃って額を手で覆った。
少しして、女将さんが何かを持ってきた。特に注文
した覚えのないそれは、……魚?だろうか。前世では
見覚えの無い形状の物も含まれている。トビウオの
ように大きなヒレが付いたもの、目が4つ付いた
もの、尾ビレが鉤爪ように鋭いもの……それらが
串に刺さって焼かれている。
ハディマルで川魚が食卓に上がる事はあったが、
実はそれらも前世でお馴染みのものとは少し違った。
一目見て魚だとはわかるのだが、時折妙な部分に海老
の足のようなものが生えたモノもいたっけ。
最初のうちはその魚と魔物の中間のような見た目に
抵抗があったのだが、それも今ではなんとも思わ
ない。田舎の村では海の魚は大変貴重品で、当然の
ように干物や塩漬けでしか入ってこない。海水魚を
そのまま焼いたものは初めて見た。
「"お気持ち"よ、私の奢り。と言っても、ちょっと
余ったから焼いただけなんだけど。これなんかは今の
時期大量に取れるから、大抵は塩漬けにして近隣の
街に流したりするんだけどね、それでも余っちゃう
のよ。ほら、魚って漬けても生臭いでしょ?扱う
商人さんが少なくてね。しょうがないからこうやって
たまにお客さんに出しちゃうの。そろそろちょうど
やると思うけどね、海に船で漕ぎ出して、松明を
燃やすと魚がバーーっと寄ってきてね、それを一気に
ザバーっと……」
「……女将。ありがたく貰っとくぜ」
ルアさんが、またしても女将さんの暴走を止めた。
「どうぞ、召し上がれ」とだけ言って、彼女はまた
引っ込んで行った。
「……あの手数の多さは、アタシでも捌ききれねぇわ」
ルアさんは串焼きの1本をつまみ上げながら、
疲れた顔でそう言った
濃紺の空の真ん中に月が浮かぶ。半月型の街を
一望できる高台、短い草の生い茂る木の下で、僕らは
波乱の1日を思い返していた。
ここは街の囲いの中にありつつ、建物から少し離れ
た場所。宿で静かなところが無いか聞いたところ、
ここを案内してくれた。大きな石や岩を階段として
登る必要があるため、あまり人が寄り付かない場所。
しかし、街を眺め、夜景を楽しむには最高のスポット
だと思った。ポツポツと小さく灯るランタンの光、
視界の上半分を覆う空。生憎少し雲が多いが、切れ間
からはチラチラと星が覗く。
あの後、ピエラはアルフを突き飛ばし、何も言わず
どこかへ走って行ってしまった。アルフは一瞬何が
起きたか分からず尻もちをついたが、立ち上がる頃
には不愉快そうに顔を歪めていた。その剣幕に、子供
達は全員いそいそと場を離れ、各々帰宅と相成った
ようだ。
「……ほんと、バタバタしてましたね」
今日の早朝は、まだ森の出口だった。ザバンに到着
し、荷物を運搬して、金を預け……ああ、その時に
ラードラッドという人を見たっけ。ザバン自警団、
ジバル会。サグロから名前は聞いていたが、ちゃんと
存在する組織?だったようだ。商人の横について警備
のような立場をとっていた事から、街の中の信頼は
厚いのだろう。何よりあの丁寧な対応と瞬間的な
暴力。前世で言うところの"ヤ"のつく自由業に近いの
だろうか。……あまり関わるのは良くないかもしれ
ない。
「サグロさんやヴィリさんって、怖い人達だったん
ですね」
『うーむ、そう一括りにできるものでもなかろう。
やり方はともかく、街のいざこざを積極的に沈静化
しようという気概自体は立派じゃ。……綺麗では、
無いかもしれんがのう』
そういうものか。確かに、法的に守られた世界で
なければ、自衛は必須だろう。港街という色々な
モノが常に出入りする場では、特に。
『現にヴィリは子供の喧嘩仲裁なんぞという、他の
大人が気にもせん小さな事にまで首を突っ込んで
おる。自分は子供が苦手なのも、承知の上でのう』
「……確かに」
それを聞くと納得する。まず治安の維持という題目
があって、それをどう解決するか。その手段自体は
土地や価値観で異なるということか。
治安と言えば……ジバル会さん、僕の財布は管轄外
ですかね……いつスられたかすら気づかなかった僕の
不注意が招いたことではあるけれども。滞在費が全く
無いのはまずい。明日、また商館に行って、少し
引き出しておこう。今思えばあそこで頭真っ白に
してないで、そのまま再度列の後ろに並んでおけば
良かった。……どうもダメだな、パニクってしまうと。
『……して、船が来るまでの間は、小娘の依頼じゃな。
果たして求める知識があるかのう』
定期往復船が来るのは約7日後、天候によりやや
前後するらしい。依頼のタイムリミットはこちらの
都合で、そこになる。今桟橋に停泊している大型の
帆船は、別の場所を回る連絡船であると聞いた。
ザバンからルディアダのような比較的短い航行では
ないので、停泊期間もかなり長いのだとか。
「報酬もそうですが、内容がなかなかに漠然として
ますね。今のところ雲を掴むような話です」
『ワシとて水龍など聞いた事も無いわ』
ダガーの知識は、おそらく少し偏っている。これは
自分なりに考えた推論だ。なぜなら彼女は長い時を
生きていながら、人とは違う物の見方をし、何より
自ら世界と能動的に触れ合うための足がない。その時
その時で人や地形、あるいは動物、魔物などによって
流されて、今僕の手元に在るのだろう。とはいえ、
約500年という途方も無い時間の中で彼女が"聞いた
事も無い"と言い切るのは、この依頼の難しさを示す
指標として十分すぎる。
「明日、街の中で色々聞いて回ってみましょう」
『そうじゃな。ジバル会だのアルフ一行だの、少々
めんどくさい連中が闊歩しておるがのう』
別れ際にヴィリから聞いたところによると、アルフ
一行は時々ザバンに訪れる3人組だそうだ。彼は自ら
の事を英雄と称していたが、実はそれは過剰な自称
でなく、集落での魔物の討伐や紛争地帯での助太刀
など、文字通り英雄的な立ち振る舞いをする傭兵との
ことだった。巨大な剣を背負い魔法も堪能なアルフ、
治癒魔法や土地の浄化を得意とするミーティア、肉弾
戦を主軸に敵の攻撃防御をものともせず身一つで特攻
するダンク、とてもバランスの取れた組だと思う。
しかしジバル会とは価値観の相違から、しばしば
衝突があるらしい。ヴィリ曰く、"ザバンという土地
を知らない"、とのこと。
「さて、戻りましょうか」
『うむ。そうじゃな』
昼間の照りつける日差しと違い雲の増えた夜空を
眺めながら、僕らは街へと下りていった。
・
・
・
宿には1階の一部分に、酒場のような食堂が併設
されている。そのテーブルの隅でルアさんは木製の
ジョッキを振り回し、カイルは皿に盛られたツマミ
らしきものに手を伸ばし口に頬張っている。
「おーう、話し終わったかー」
「ええ、大丈夫です」
席について、僕もルアさんにお願いして飲み物を
注文する。本当に、今日は疲れた。
「そういやデニス、ダガーと話すと、彼女の声は周り
に聞こえちまう事があるんだろ?お前が話しかける
時はどうしてんだ?」
「ああ、えと、ダガーに意識を向けて、心の中で
話しかけてます」
「なるほど、何も悟られずに"話しかける"事は出来
るんだな。人のいる時の返答は、あの重さ変化か」
「ええ。1回は肯定、2回は否定です。緊急時は
かなり重くなります」
ルアさんはスコイルの溜まり場で、一目見ただけで
ダガーの重さが変わった事を見抜いた。彼女から
すれば当然の推測か。
「なら、厚い布でも敷いてテーブルの上に置いとけ。
そうすりゃ会話に参加出来んだろ」
ああ、なるほど。重さの変化で沈み込むのさえ
見て取れれば、ダガーの意思はわかる。原始的だが
賢い方法だ。荷物袋から着替えを取り出し、小高く
畳んでダガーを乗せる。試しに重くなってもらった
ところ、しっかりと反応が目視できた。今まで彼女
との会話は、僕とだけ通れば良かった。しかし、仲間
として行動する以上、この2人とも意思疎通が取れる
に越したことはない。都度彼女の意思を僕が代弁する
工程をすっ飛ばし、"わかっている者達"で共有する。
あまりにも単純にして効果的な方法に、舌を巻いた。
「へぇー、面白いな!これ!」
カイルがダガーをつんつんつついている。当然、
彼女は"やめよ"と言わんばかりに、2度沈んだ。
運ばれてきた飲み物に口をつけようとした際、宿の
女将さんさんから声をかけられた。
「あなた達、ピエラの依頼を受けてくれたんだってね。
あの子から聞いたよ」
「え、あ、はい……」
「あの子はここで昼間手伝いをしてくれててね。
小さいのによく頑張ってるの。力になってあげてね」
ふくよかな女将さんは頬に手を当て、やや悩ましげ
な顔をしている。ルアさんがテーブルに肘をつき、
頬杖をついて言った。
「……ここには依頼書貼ってやらなかったのか?掲示板
はあんだろ、あそこに」
ルアさんの指さしたところに、確かに掲示板は
あった。
「貼ってあったわよ。請負人が現れたからって聞いて
外したけど。本来なら、あまり複数のお店に同じ
依頼を掲示することは無いんだけどねぇ、ほっとけ
なくて。ああ、あなた達が依頼を受けた食堂ね、私
の幼なじみがやってるお店なのよ。いたでしょ?
無愛想なおっちゃん。彼ね、ああ見えて優しいのよ。
たまに食材お裾分けしてくれたり、私の誕生日には
花とかくれたりね。旦那にも見習って欲しいんだけど
なかなかねぇ、あ、そうそう、それから……」
「あ、ああ……女将、わかった。アタシが悪かった、
少し変な疑い方したわ」
なにかのスイッチが入ったかのように言葉を乱射
する女将に、ルアさんが珍しく引いた。多分、ルア
さんの疑いとは、ピエラの扱いだろう。ここで手伝い
をしているなら、当然まっさきに依頼書は掲示させて
あげそうなものだ。依頼へのダブルブッキングを
避けるため、通常は店を跨いで依頼を貼る事が無い
のだと見える。食堂に掲示されててここにないと
いうのはどういう事だ?と聞きたかったのだろう。
疑いは盛大に晴れたが。
女将は「あら、私ったら」と口元を抑えて笑い、
引っ込んで行った。
「……話を戻すか。ダガー。アンタに聞きたかった
ことがあるんだ。アンタ魂を見るって言ってたな。
それは1度認識した人間を、2度目見れば誰だか
わかるのか?」
肯定。それは僕もこれまでの生活で実感している。
相手が声を発さずとも、そこに誰がいるのかダガーは
正確に把握している。魂はひとりひとり微妙になにか
が違うのだろう。出会った当時、僕の魂を"妙な形"
と言っていたように。
「なら頼みがある。もし、ガンドが近くに居たら、
確実に教えてくれ。あいつが姿を消してから、今日
1日全くすれ違わなかった。既に街を出てどこかに
消えちまったってんならそれでいい」
ダガーは力強く肯定を返した。休暇と言って姿を
消したガンド。ルッソさんが言うには暫く姿を見せ
ないのが恒例。ただでさえ厄介が多いこの街に、更に
ガンドのような予測不能な因子が入り込んで欲しく
ないという事だろう。
「な!な!デニス!俺も話しかけて良いか!?」
「あ、うん、いいと思いますよ……?」
それは僕に許可を取ることではないのだが……
カイルからすると、ダガーは僕の持ってる玩具の
ようにでも見えているのだろうか。
「ダガーは飯、何食うんだ!?食わないと筋肉
つかないぞ!」
テーブルの上には、なんの変化も起きなかった……
呆れているのか、それともなんと答えて良いのか
悩んでいるのか。そもそも"はい、いいえ"で応え
られないでしょ、その質問は。僕とルアさんは、
揃って額を手で覆った。
少しして、女将さんが何かを持ってきた。特に注文
した覚えのないそれは、……魚?だろうか。前世では
見覚えの無い形状の物も含まれている。トビウオの
ように大きなヒレが付いたもの、目が4つ付いた
もの、尾ビレが鉤爪ように鋭いもの……それらが
串に刺さって焼かれている。
ハディマルで川魚が食卓に上がる事はあったが、
実はそれらも前世でお馴染みのものとは少し違った。
一目見て魚だとはわかるのだが、時折妙な部分に海老
の足のようなものが生えたモノもいたっけ。
最初のうちはその魚と魔物の中間のような見た目に
抵抗があったのだが、それも今ではなんとも思わ
ない。田舎の村では海の魚は大変貴重品で、当然の
ように干物や塩漬けでしか入ってこない。海水魚を
そのまま焼いたものは初めて見た。
「"お気持ち"よ、私の奢り。と言っても、ちょっと
余ったから焼いただけなんだけど。これなんかは今の
時期大量に取れるから、大抵は塩漬けにして近隣の
街に流したりするんだけどね、それでも余っちゃう
のよ。ほら、魚って漬けても生臭いでしょ?扱う
商人さんが少なくてね。しょうがないからこうやって
たまにお客さんに出しちゃうの。そろそろちょうど
やると思うけどね、海に船で漕ぎ出して、松明を
燃やすと魚がバーーっと寄ってきてね、それを一気に
ザバーっと……」
「……女将。ありがたく貰っとくぜ」
ルアさんが、またしても女将さんの暴走を止めた。
「どうぞ、召し上がれ」とだけ言って、彼女はまた
引っ込んで行った。
「……あの手数の多さは、アタシでも捌ききれねぇわ」
ルアさんは串焼きの1本をつまみ上げながら、
疲れた顔でそう言った
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