滑って転んで突き刺して

とえ

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第2章

40・嵐が来る

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 夜中に1度起きてしまった割には、物凄く目覚め
がいい。目も清々しく開き、体の疲れはなく、頭も
冴えている気がする。ただ、疑問なのは、僕の毛布
からカイルの足が飛びててる事だろうか。すぐ
横にヨダレを垂らしたカイルの寝顔があるのも、
非常に不可解だ。…………うん。最大限感謝をしつつ、
深くは考えない事にしよう。

 髪の毛がボサボサなカイルを連れて階段を降りる
と、食堂には既にルアさんがいた。少し寝すぎて
しまっただろうか。

「おう、起きたか野郎ども。一旦座れー」

 今日、何をし、何を話すか。その簡単な打ち合わせ
だろう。2人が席に座ると、次の瞬間ルアさんが
顔を顰めた。

「カイル、お前昨日ずっこけて、服そのままかよ」

 良く見ると、確かに胸の辺りにしっかりと汚れが
残っている。ああ、そういえば昨日、虫を追いかけて
転けてたな、確かに。洗濯はした方がいいだろうが、
外は生憎の天気のようだ。かなり曇っている。

「アタシは浄化とかできねぇからな……まぁ、死ぬ
わけじゃねぇ。そのままにしとけ」

 とりあえず服を洗うのは後回しにして、今日する
事を考え始めた。

「と言っても、そろそろ手詰まりかもなぁ。なんか
全部が色々散ってるんだよな……」

 ルアさんがぼやく。同意だ。何かを進めるにしても
何を進めていいかが分からない。しかし彼女はすぐに
指を鳴らし、言った。

「……あ、そういや、あれ見つけてみっか。
トリトンの個人用倉庫。女将が言ってたろ」

 個人用倉庫、と言っても、現段階でそれはもはや
"隠し倉庫"だと断定してしまっていい気がする。
夜中に自ら荷物を運ぶトリトン、ザバンまでわざわざ
定期的に足を運ぶ人の存在、そこに個人用倉庫と
くれば、答えはほぼ1つ。普通には流通させられ
ない、何か良からぬモノの取引をしていたのでは、
と想像できる。であればそんな倉庫を、隠しもせず
街中に置いておくとは少し考えにくい。

 トリトンが殺害された部屋に商品が置かれていたの
は、それが単なる普通の品でなく、夜中にこっそり
個人用倉庫に運び直すため、取り分けておいたモノ
だったのかもしれない。今回、その運搬は残念ながら
果たされることはなかったが。

 もし犯人の動機が、その"裏商品"の奪取だとすれば
トリトンの部屋で商品が壊れていた、というアルフの
証言と少し食い違う。部屋の主を殺し、そのまま荷物
を奪えば済むだけの話なのに、なぜ部屋で壊れてた?
奪取を恐れトリトンが破壊した?そんなの、本末転倒
だ。もし個人用倉庫を見つけられれば、トリトンが
殺された理由も分かるかもしれない。

「そうですね。探しましょう」

 考えをまとめた後に僕が答えると、宿の扉から
1人、そこそこ見慣れた人が入ってきた。

「あーいたいた、ちょうど全員揃ってるわね」

 ヴィリはそう言って、僕らの横に座った。ルアさん
が軽く噛み付く。

「何しに来たんだよ、子守りベタ」

「邪険にしないでよ。頼まれてた水龍の情報、いら
ないの?」

 ジバル会にお願いしてた、水龍の情報?まだ1日も
経って無いはずだが。もう何かわかったのだろうか。

「まだ全然断片的だけどねぇ、早い方がいいのかと
思って、今のところの中間報告ってとこね。……
どうでもいいけど、あんた、1人でうち乗り込んだ
って本気?馬鹿じゃないの?」

「えと、……あ、はい。心に大怪我しました」

 ダガーがひっそりテーブルの上で肯定していた。

「まぁ、良いけど。うちの大将2人はえらくあんた
を面白がってたから。あ、サグロもか。……で、
まだちーっちゃい話しよ。街1番のじーさんが、昔
見た事あるって言ってたらしいわ。もうだいぶ
ボケてるから、あんまり信用出来ないけど」

 直接の目撃情報。勝手知ったる街の事とは言え、
仕事が早い。流石街を守る自警団。もう少し威圧感を
抑えていただけると大変ありがたいが。

「そのじーさんが言うにはね、だいぶ前に大きめな
地震があって、それ以来全く見てないって言うの
よね。私はまだその頃ここにいないから、規模は
よくわかんないけど……」

 ……地震……?新しい要素がでてきた。そして、
それにより水龍は姿を消した?もし地震の影響で
何か水龍の生息条件が欠落してしまったとすれば、
再度それを呼び戻すのは絶望的に難しいのでは
ないだろうか。

「えーと、地震に関しては他にも覚えてる人達が
いたわよ。家のレンガが少し崩れたとか、古い枯れ木
が根元から折れたとか、崖が一部崩落したとか……」

 レンガの崩壊、枯れ木が倒れる、崖の崩落……
あ……昨日の洞穴、ひょっとしてそれで塞がって
しまったのでは……?ダガーと反省会をしていた
海岸線の塞がった洞穴。もう一度調べてみてもいい
かもしれない。

「あとね、これはちょっとアホらしいんだけど、
じーさんが水龍を見た日、桟橋に繋いでる自分の
小舟が流されないか心配になって見に行ったんだって
さ。わざわざ嵐の中。そういう奴に限って荒れた海で
溺れて大変な事になるのよね」

 ピエラの絵の海は確かに海面が激しく荒れていた。
もし彼女の両親が水龍を見た日も、同じく嵐だった
としたら?それも龍出現の条件なのだろうか。

「ヴィリさん、ありがとうございます。ちょっと
調べてみたい場所が出来ました」

「あらそう、こんなんで良かったわけ?」

 少なくとも、1箇所は目的地が出来た。それだけ
でもかなりの収穫だ。……でも、少し前から、何か
が引っかかっている。違和感?にもならないほどの、
何か。とてつもなくくだらないことを、無意識に
忘れててしまっているような……

「……ねぇ、あんたルアだっけ?その筋肉さすがに
少し臭うわよ。服も汚いし。保護者なら何とか
しなさいよ」

「うるせー、旅人は臭うんだよ。根無し草舐めんな」

 …………あ。……そうか。だから変だったんだ。

「ヴィリさん、ちょっとお願いがあるのですが……」
 
「何よ、調子こいてんじゃないわよ。あんた私達を
顎で使えると思ったら……」

「分かったら、でいいんです。確証がないんで」

 僕は、自分が思いついたことに裏付けをとるため、
調べて欲しいことをヴィリに耳打ちした。





 ヴィリに1つ調べて欲しい事をお願いし、僕らは
宿を出た。ポツポツと雨が降り始め、雲はそこそこ
厚くなっている。トリトンの個人倉庫は情報が無い
ので、まずは海岸の洞穴を目指して砂浜まで降りて
きた。相変わらず砂に足を取られる。

 改めて確認すると、洞穴は大きな岩によって入口
が塞がれた形に見える。真上を見上げれば、年月を
経てだいぶ慣らされてはいるが、確かに大岩ひとつ分
くらいの欠けが見て取れる。

「デケェな。確かに、あとから塞がったようにも
見えなくもねぇ」

 ルアさんが岩をベシベシと叩いている。

「カイル。この岩、抜けるか?」

 僕とルアさんは少し避難する。カイルは「うっす」
と一声発すると、トレント戦で見せた構えをとる。
後ろに引いた足の下が輝き、砂浜の中にひとつの
コブが隆起した。……と、その足場はすぐにもろもろ
と崩れ去った。

「だめだ。砂だと崩れる。砂の下に大きな石もない!」

 なるほど。地面の隆起は、その地質によって上手く
作用するか否かが決まるのか。地面に訳の分から
ないスターティングブロックを生成するのではなく、
地面やその中の石をせり上げさせ、隆起にする。そう
いう魔法なのか。

 僕はかなり長めで真っ直ぐに近い流木を拾い、
カイルと共に大岩の前まで運んだ。彼が拳を繰り出す
のに丁度いい位置を示してもらい、流木を立てて
《滑れ》と念じる。以前鳴子の柱を庭に埋め込んだ時
と同じ原理だ。そのまま流木の上にダガーの柄頭を
当てて「ダガー、重く」と言った。

 元々僕の肩ほどの高さまであった流木は、一気に
砂に沈み込み、足首より少し高い程度の位置まで
くい込んだ。太さもそこそこある、木製即席隆起。
カイルはそこに足をかけグッグッと力を入れると、
僕に向かって親指を立てた。

『毎度よう考えるのう』

「はは、過去の焼き直しですよ」

 少し離れて見守る中、カイルはトレントの時より
穏やかに、より深く呼吸を整える。僕には、拳を
繰り出す瞬間を目視することが出来なかった。
瞬きの間に変化していた姿勢。音が遅れて来る感覚。
何かしらの爆破を思わせる破裂音と共に、大岩には
5本の鋭い放射状のヒビ割れ線が入り、その後
ワンテンポ遅れてバラバラに砕けた。

 ……いや、確かにカイルなら、と思いはしたよ?
うん、でもよくよく考えるとさ。その大きさの岩を
一撃で砕くって、とんでもない腕力だよね……?
事も無げに岩の破片を、海の方に投げ捨てていく
カイルを見ながら、背中に冷たいものを感じていた。

 カイルの投げる破片が少し小さくなって来た頃、
荒れてきた海の波間から海水を弾き飛ばして何かが
浜辺に打ち上げられた。カイルの拳の音に反応した
のか、はたまたカイルの投げ捨てる岩の破片が不愉快
だったのか、その何かは、こちらを向いて大きく口を
開けた。

 鰐……?頭の形といい、びっしり生え揃った牙と
いい、特徴は鰐そのもの。だが、後ろで砂を蹴って
いるのは明らかに爬虫類のそれとは違う。尾ビレが
あり、後ろ足のように腹ビレがあり。それらは硬そう
な細かい鱗で覆われている。強いて下半身を形容する
のなら、鮫。

 突然の出現に驚いたが、カイル、ルアさんと共に
落ち着いて構える。もしかして、これが水龍の正体?
いや、形にしろ大きさにしろ、こうではなかった
はずだ。なんというかこれは、少し、ずんぐりして
いる。

 魔物と対峙する空気も読まず、遠くからサグロの
声がした。

「おどれら、なにしとんねん!!さっきの音なん
やったんや!!!」

 ……ああ、そういえばここは、ジバル会の拠点に
近かったな。崖の形状的に少しだけ死角にはなって
いるかもしれないが、さっきの破裂音なら気づいて
もおかしくないか。サグロは僕らが誰なのか認識
すると、途端に態度を緩めた。

「……なんや、デニス達やないか。お前らなにさらし
てんねん、こんなことで」

「ごめんなさいサグロさんちょっと今手一杯です」

 言うと同時に、2体目の鰐鮫が浜に打ち上げられた。

「うぉあ、レヴィアタンの幼体やないかい。なんか
ちょっかいかけたんか?別にこいつら人間食わん
さかい。ちょっと小突いたら引っ込むはずや」

 あ、そういう感じなのか……道理ですぐに襲って
来ないと思った。僕とルアさんが魔物の鼻先に
軽く一撃入れると、レヴィアタンの幼体とやらは
一目散に砂の上を泳ぎ、海に帰っていった。

「あいつ、食うたら美味いねんけどな。でっかなん
なったら手ぇつけられへんけど、幼体んうちは
たまに市で出回っとるで」

 拍子抜けの僕らに、サグロはサラリと言った。





「なるほどなぁ。ほなここでドデカい穴あけて
遊んどったっちゅうワケか……お前、ほんま
ええ加減にせぇや」

「言われてみれば無茶苦茶ですね、ごめんなさい」

「精霊はどうした精霊は。どこでも入れる言うとった
やないか」

「あ、あははは……」

 カイルが残骸撤去を進めてくれる中、僕はサグロ
に絞られていた。会話を聞いていたルアさんは
「ほーん、精霊、ね」とだけ小さく呟き、カイルの
様子を見に行く。……今のでどこまで察してくれたか。

「てか、お前らそのまま海超えて旅続けるんやな。
ほんなら俺の勧誘完全に無駄骨やないかい。先
言っとけや、そういう事は」

 先程からゴリゴリと正論の拳を頬に擦り付けられて
いる気がする。確かにサグロには旅のことを何も
言っていなかった。

「デニス!ちょっと来い!」

 ルアさんの少し慌てた声。僕はサグロと共に洞穴
に近寄ると、カイルの手が止まっていた。破片の
山の隙間から、中が見える。やはり中は空洞だった
んだ。サグロもそれを見て、言う。

「……なんや、これ……」

 雨は本降りになり、遠くで分厚い雲の隙間から
時折、稲光が見え始めた。
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