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背徳の歌姫
No.3 調査開始
しおりを挟む次の日、世の中は祝日だった。
テリーは自宅で昼食を済ませると、暗知の事務所へ向かった。三輪から《依頼がある。理恵も来て欲しい》とショートメールをもらっていたのだ。
テリーはオフィス街区に向かった。
少し寂れた細長いビルの2階に『暗知探偵事務所』は入居していた。
最近エレベーターのメンテナンスが終わったようだ。
テリーは試し乗りを兼ねて2階へ上がった。
「おぅ来たか。暗知に昨日の窃盗事件について、話していたところだ」
テリーが事務所に入ると、三輪が丸テーブルを前に腰掛けていた。
何やらパソコンを操作しているようだ。
テリーも丸テーブルを囲むように座った。
「刑事が探偵に依頼なんてするんですね」
「俺個人としての依頼だ。手始めにこれは昨日の窃盗事件の犯人を捉えた映像だ」
三輪はパソコンのキーをカタカタと叩くと、テリーに動画を見せた。
黒い服装をした男が自転車を操り、エミリの背後からバッグを強奪する映像が写っていた。付近の防犯カメラの映像だった。
「男が乗っていた自転車、太いタイヤが特徴の『ファットバイク』と言う代物だが‥‥盗難車だった。珍しい型番なので容易に持ち主に辿り着けた、この人だ」
三輪は一枚の写真を丸テーブルに置いた。
「え?この人、エミリ‥‥さん?」
テリーが食いついた。
「俺も最初はそう思った‥‥だが『中村里美』という。『藤城エミリ』とは別人だ」
三輪は電子タバコを一口吸うと、煙を吐きながら話を続けた。
「盗難車の件で『中村里美』の家を訪問した。何の変哲もない2DKの平屋アパートだった」
三輪はアパートの外観写真を『中村里美』の写真の上に重ねて置いた。
「インターホンを押しても返事がなかった。不在かと思ったが、玄関ドアの鍵が開いていた。ドアを開けてみると、部屋の奥で女性が倒れているのが見えた」
「え‥‥?」
テリーは口を押さえた。
「『中村里美』は自宅で亡くなっていたんだ。検視側で死因は確認中だが、薬剤過剰摂取による自殺と思われる。死体発見は昨日22日の16時。死後硬直の状態からして死亡時刻は同日10時頃だ」
「なぜ、自殺だと?」
暗知はメモを取りながら質問した。
「部屋には鎮静剤の包装シートが大量に散らばっていた。『中村里美』は精神疾患があり、休職中だった。おそらく、突発的な行動だったと思われる」
「ただ、幾つか謎が残っている。遺体の腕に注射痕があった。それと玄関ドアの鍵とベランダの鍵も開いていた事を考えると、他殺の可能性もゼロではない」
三輪は吸殻を携帯灰皿に入れた。
「現在、『中村里美』の身辺調査中、と言いたい所だが、自殺の線が濃厚だというのと、窃盗犯の件もあって、あまり身動きが取れないでいる。代わりと言ってはなんだが『中村里美』の身辺調査をお願いしたい」
三輪は関連写真と提供資料を丸テーブルに置いた。
暗知とテリーは資料に目を通し始めた。
「『中村里美』さんとエミリさんの関係性はないのかな?さっき二人の顔が似ているって言ってたけど」
暗知は自分が記したメモを見た。
「『中村里美』と『藤城エミリ』は双子だった。一卵性双生児だ。エミリは父方の藤城姓、里美は母方の中村姓を名乗っている。経緯は不明だが、里美は実母の兄(叔父にあたる)と養子縁組をしていた」
三輪は資料を指でなぞりながら説明した。
三輪が暗知に説明しているのを横目に、テリーは夏菜子から借りていた雑誌を、思い出したようにめくっていた。
「そう‥‥‥これこれ、ちょっと見て下さい」
テリーは雑誌の特集ページを指さした。
「『奇跡の歌声、アリーナを突き破る』か‥‥確かに彼女の歌声は素晴らしい」
三輪は雑誌に載っている『eimy』の顔をマジマジと見た。
「写真ではなくて、この記事を書いている人なんですが‥‥『中村里美』です」
雑誌の掲載文を読み進めると執筆者に『中村里美』の文字があった。
暗知はパソコンを開くと、すぐに雑誌の発行元を調べ始めた。
「発行元はリトルホースという会社だ。ポニーミュージック100%子会社だね。『eimy』と『中村里美』は仕事上でも接点があった可能性がある」
「そうですね。あ‥‥!どうでもいいかも知れませんが、フルーツサンドって『eimy』の好物らしいですよ。北村医師から聞きました」
テリーはプチ情報を提供資料に追記しておいた。
ピリリリッ♪三輪の携帯が鳴った。
「もしもし、あぁ‥‥そうか‥‥丁度今その件を調べていた。わかった、すぐ現場に戻るとしよう」
三輪は電話を切った。
「鑑識からの連絡だ、部屋にあるはずのない足の痕跡があった。足のサイズおよそ27センチ、おそらく男性だろう。玄関のドア、ベランダも施錠無しだった事を鑑みると、他殺の可能性が高まったな」
三輪は急いで上着を羽織った。
「これで多少人手が回ってくるんじゃない?まぁ私たちの方でも『中村里美』について調べておくよ」
そう伝えると、暗知は三輪を送り出した。
暗知は出かける支度を始めた。
「理恵ちゃん、早速聞き込みに行こうか」
暗知は車のキーを手に取った。テリーは三輪に渡された資料をブリーフケースに入れ、暗知に続いて事務所を出た。
暗知の車は事務所から徒歩10分程離れた月極め駐車場に置いてあった。
オフィス街区に位置する、狭くて人気のない場所だが、周辺の駐車場に比べると格安だった。
「まず何から当たってみるんですか?」
テリーは車の助手席に乗り込んだ。
「やっぱり『藤城エミリ』からじゃないかな?」
暗知がエンジンをかけた。
「であれば、青坂palletに向かうべきです。今週、『eimy』が出演するLive会場ですし、もしかしたらリハーサルの為に姿を現すかもしれません」
テリーは携帯電話で会場住所を確認すると、カーナビを設定した。
「待ち伏せか‥‥理恵ちゃんはエミリさんに『貸し』があるんだよね?ちょっとくらい強引に行ってみようか」
暗知はカーナビのマップ画面をスクロールすると、アクセルを踏み込んだ。
車を10分程度走らせ、商業街区に入った。
駐車場を探したが、いずれも満車だった為、暗知は目的地の古着屋前に路上駐車した。
夏が終わったとはいえ、日中の太陽はまだまだ元気だった。テリーは車内の冷房を『弱』から『強』へ切り替えた。
「あぁ!やっぱり暗知さんか!」
車の音を聞いてか、店から女性が出てきた。
見た目からすると暗知より年下‥‥年齢不詳の美魔女タイプだ。
首に巻いた黄色いスカーフがお洒落だった。
「こんにちは、マコさん。これからRock Liveを観に行こうと思って、適当に見合った服を持ってきてくれないかな?」
暗知は手を合わせ、店主と思われる女性にお願いをした。
「全く‥‥たまにはゆっくり見てってくださいよ」
マコは眉を下げ、腕を組んだ。
「ごめんよ、駐禁取られないか心配だからさ‥‥この子の分も頼むよ、長久手理恵だ」
暗知は助手席に座るテリーをマコに紹介した。
マコはテリーの顔をじっと見つめた。
「お母さんに似て良かったわね、少し待ってて!」
微かに笑うと小走りで店の奥に入っていった。
「暗知さん、あの方は?」
「岩間真子さんだよ。この古着店のオーナーさ」
マコは1分もせずに服を持ってきた。黒いTシャツとストレッチ素材のデニムパンツだった。
「ありがとう!いくら??」
暗知は助手席に座るテリーの膝の上に、マコが見繕っ服を置いた。
「ツケで良いですよ!いってらっしゃい!」
マコが姿勢よく敬礼をすると、暗知も慣れた仕草で敬礼を返し、車を走らせた。
「マコさんは、母さんの友人ですか?」
テリーは助手席から身を乗り出し、リアガラス越しに見えなくなっていくマコを見ていた。
「そうだね、友人みたいなものだよ」
暗知は少しだけ口元を緩めるとカーナビに従わず、小道に入っていった。
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