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背徳の歌姫
No.5 名物と事件
しおりを挟む「フルーツサンドですか?」
暗知は眼鏡の位置を直した。
「あぁフルーツサンドも入ってるよ。それがどうしたと言うんだ」
倉田は腕時計を見ると、足のかかとで苛立ちを露わにし出した。
「確かフルーツサンドは『eimy』さんの好物でしたね?一昨日も頂いたのですか?」
暗知はエミリに視線を戻すと、資料の中から何かを抜き取った。
「はい、いつも関係者ファンのご好意に甘えてしまっています」
エミリは差し入れのケースを見つめた。
「『黒田屋のフルーツサンド』ですか。私も一つ頂いても良いですか?」
暗知はエミリに微笑みかけた。
「え?‥‥‥はい、どうぞ」
エミリが承諾すると、暗知はテリーにケースからフルーツサンドを持ってくるように指示をした。
「ありがとうございます。実は里美さんの平家アパートに『青いバッグ』が見つかっていまして、バッグの中にはフルーツサンドが入っていました」
暗知は里美宅で見つかったフルーツサンドの写真をエミリに見せた。
『黒田屋』と書かれた包装がされていた。
「フルーツサンドの賞味期限は非常に短いです。もって1日半程度でしょう。写真のフルーツサンドは賞味期限が昨日の物でした」
暗知はフルーツサンドの食品表示ラベルを拡大した写真を資料から取り出して見せた。
「エミリさんが昨日、もしくは一昨日、里美さんに差し上げた物ではないですか?」
暗知は写真に写るフルーツサンドと、テリーから受け取ったフルーツサンドの実物を並べて見せた。
テリーから見ても、包装と形まで同じ物だった。
黙り込んだエミリの顔が青ざめていくのを暗知は見逃さなかった。
「ちょっと、だったらなんだって言う、!」
「まだ質問の最中です!」
割って入ろうとする倉田をテリーが制止した。大きな化粧鏡の中に、いがみ合う両者が映し出された。
暗知は質問を変えた。
「エミリさんが病院で検査をしている間に、里美さんは亡くなったとされています。警察の調べでは他殺の可能性が浮上しています。里美さんへ恨みを持つような人物など、心当たりございませんか?」
「いいえ、わかりません‥‥」
エミリは静かに目を閉じた。
「もういいだろ!これから『eimy』はリハーサルなんだ!邪魔しないでくれ!」
倉田がたまらず割って入った。
「現場には男性と思われる足跡が見つかっています。倉田さんの足のサイズを測らせていただけますか?」
テリーが負けじと計測メジャーを取り出した。
「おいおい、おれを疑ってるのか?」
倉田は口元を歪ませながら笑った。
「日本人男性の靴の平均サイズは25.5~26.5です。ただ倉田さんは体型からして肉厚なので、おまけして27センチと読みました」
テリーは口元を歪ませながら笑った。
「そんな屁理屈が通るか!もう警備を呼ぶぞ!」
倉田はどこかに電話をかけ始めた。
「最後にもう一度聞きます。昨日、もしくは一昨日、エミリさんは里美さんと会っていましたね?」
暗知は質問しながら手早く資料をブリーフケースに片付け始めた。
「‥‥‥‥はい」
エミリは暗知を見据え、静かに答えた。
「ありがとうございます。理恵ちゃん!行こう!」
「え?あ、はい!」
暗知はデニムパンツの右ポケットからボイスレコーダーを取り出すと、録音停止ボタンを押した。
「失礼しましたー!」
暗知とテリーが控室を出てしばらくすると、警備員がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
二人は物陰に隠れ、警備員とすれ違うと早歩きで会場の外に出た。
「危なかったですね!」
テリーは手に隠し持っていたピンクのハンカチをポリ袋に入れた。
「私たちが捕まったら困る人がいるしね!」
暗知の視線の先には、木陰で青年二人がひっそりと休んでいた。
「すみません、お待たせしました!」
暗知が駆け寄ると、二人はピンと背筋を伸ばし整列した。
「この入場証で、特に問題なかったです。私の勘違いだったみたいだ。お返ししますね!」
暗知は青年二人に入場証を返すと、テリーと駐車場へ向かった。
青年2人は顔を見合わせ、呆然と立ちすくんでいた。
「さっきの尋問鋭かったですね。エミリさんは『里美さんが死亡した日、一緒にいた』可能性があるということですね?」
テリーは車の助手席に乗り込んだ。
「そうなるね。エミリさんは否定する事もできたはずなんだけど‥‥‥すんなり認めたね」
暗知はシートベルトをつけた。
「きっとエミリさんは里美さんの『死の真相』を知っているんですよ!三輪さんとも共有しましょう!」
テリーは三輪にメールを送った。
「自殺なのか他殺なのか‥‥どちらにせよ、何か知っているのかもしれない」
暗知はブリーフケースを後部座席に投げ置くと、車を走らせた。
しばらく二人は沈黙していた。
ほんのりと空がオレンジ色に染まっていた。
「エミリさん、多分泣いてたよね?」
暗知は赤信号を見て、車を止めた。見晴らしのいい二車線道路だった。
「はい‥‥‥ボクにはエミリさんが殺人に関与するような人には見えませんね‥‥」
テリーは何気なく隣で停止している車を見た。
窓にスモーク加工が施されたシルバーのセダンが横並びになっていた。
‥‥ブン‥ブン‥ブォーーワン!
暗知は青信号に変わった瞬間、車を急発進した。
「‥‥イッ!暗知‥‥さん!?」
テリーは座席に身体が埋まる感覚を味わった。
「少しだけドライブして帰ろうか!」
暗知が音楽をかけた。車のスピーカーから軽快なイントロが鳴り、車内を揺らした。
eimyの5thアルバム『自由自棄』
1曲目の『I just wanna FUN』だった。
BPM150のバスドラム四つ打ちは、暗知の気分を高揚させたようだ。
『ブォーワーン!!』車のエンジンが唸る。
「ちょ‥っと、飛ばしすぎじゃないですか!?」
暗知はバックミラーを何度か確認しながら郊外へ抜けると、更に速度を上げた。右手には都市を隔てる大きな川が流れていた。
「理恵ちゃん!窓を開けてごらん?」
テリーは恐る恐る窓を開けると、気持ちいい風が車内の重い空気を瞬時に入れ替えた。
「ははっ!気持ちいいです!」
テリーは窓から左手を出し、風にさらした。
2人は束の間のドライブを楽しんだ。
暗知は事務所には戻らず、先にテリーを休める事にした。
「お疲れ様、着いたよ」
暗知は眠っているテリーの肩を叩いた。
「ん‥‥?‥‥‥家?三輪さんは?」
テリーは携帯電話を確認した。
《すまん、今日は行けそうにない、共有事項のメールが欲しい》三輪から返信メールが入っていた。
「三輪には私から連絡しておくよ。今日は休むといい、疲れてるでしょ?」
そう言うと暗知はフルーツサンドをテリーに渡した。
控室で頂戴した、エミリからの差し入れだ。
「嬉しいです!正直気になっていました!」
テリーはフルーツサンドを受け取ると車を降り、暗知を見送った。
すでに太陽は落ちかけていた。
テリーは携帯電話のスピーカーに耳を当てた。
夏菜子からプレゼントされた『eimy』の新曲だ。
「いい曲だけど、どこか物悲しい‥‥」
軽快な三拍子に絡むストリングス。
テリーはほのかに照っている薄月がeimyの新曲に合っていると思った。
曲を聴き終わると、テリーは自宅マンションの階段を上がった。
‥‥‥
‥‥‥‥
暗知の運転するミニクーパーは疲れたように、ゆっくりと郊外を走っていた。
暗知はハンズフリーマイクのイヤホンを耳につけた。
「もしもし、今家まで送ったよ」
《お疲れさん》
電話の相手は三輪だった。
暗知は『eimy』の控室に侵入した事を話した。
「すんなりエミリさんは『中村里美』に会っていた事を認めたよ」
暗知の車は再び大きな川沿いの道路を走っていた。
《実は‥‥‥‥。‥‥‥‥だと思われる‥‥‥‥》
しばらく三輪の報告が続いた。
「そうか‥‥‥まさか『中村里美』の死が『あの組織』と関連性があるなんてね‥‥‥」
「エミリさんへの接触捜査の帰りに、後をつけられたと思う。おそらく奴らも会場の駐車場にいたのかも知れない」
暗知の脳裏にはシルバーのセダンが焼き付いていた。
電話越しで三輪が暗知に忠告した。
「‥‥‥わかった、今日は事務所には戻らないようにするよ。ただ二つお願いがあるんだけどいいかな?」
《何だ?簡単なことならいいが》
「3号線沿いのスピード違反探知機に私の車が写っているはずだ、上手く処理してしといて欲しいな。それと新しいナンバープレートも欲しい、車のNo.を控えられている可能性がある」
暗知は三輪の了承を得ると、今度は別の誰かに電話を掛け始めた。
「もしもし、疲れてそうだねー。大丈夫?」
《ちょっと最近、ハードでして‥‥‥》
相手は女性の声だった。
「忙しい時にごめん、手短に相談があるんだけど、伺っていいかな?」
《OKー‥‥‥ただし1時間後でお願いします》
暗知は謎の女性と面会の都合をとりつけると、再びeimyの曲を流した。
「ほんとに、良い歌声だ」
暗知は時折り口笛を曲の旋律に合わせ、都市間を繋ぐ大きな橋を渡っていった。
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