Miss.Terry 〜長久手亜矢の回想録〜

真昼間イル

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背徳の歌姫

No.6 突然の呼び出し

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所変わって、ここは自由の国。
そびえ立つビルの群の中心に、大きな国立公園が広がっている。日本と違い、広大な土地は人々の多様性を育んでいた。

お昼時、その公園は人々の憩いの場となっていた。
男は高層ビルの一室から見下ろしている。なにやら女と会話を始めた。

「進捗の程はいかがでしょうか」
女は来客用ソファーに浅く腰掛けた。

「お久しぶりです。ご依頼頂いた人探しですが、有力な情報は未だ無く‥‥‥申し訳ございません」
男はバーボンをグラスに注いだ。
「教えて頂いた後任の方とはコンタクトを取らせて頂きました。情報ありがとうございます」

「まだ正式に就任している訳ではないので、この事はくれぐれも内密にお願いします。話が漏れたとあらば、制裁だけでは済まないでしょう」
女は小さく溜息をついた。

「わかりました。御社の関係者以外に知られるような事はいたしません、《約束》します」
男はバーボンが入ったグラスにゴルフボールのような氷を落とした。

「他に何か役に立てる事は無いかしら‥‥‥」

男は一息でグラスを空けると、静かに口を開いた。
「もう十分、有益な情報を頂きました。後は我々にお任せください」

「‥‥‥私はまだ何も役割を果たせていません」
女の鋭い眼光を目の当たりにし、男は畏敬の念に駆られた。

女は思い出したようにペンを取り出し、手紙をしたためると、男に渡した。
「これを私の後輩に渡してくれるかしら」
そう言うと立ち上がり、部屋を出ていった。

男は女をエレベーターホールまで見送り終えると、携帯電話を手に取り、折り返しの電話を掛けた。

《もしもし》
「‥‥すまなかった。来客中でな」

《暗知が尾行されたようだ、例の組織かもしれん》

か、被害は?」
電話の相手は日本人だった。

《被害は無い。ただ、理恵は暗知の事務所に頻繁に出入りしている、最悪の事態は避けたい》

「もし、その追跡者が米国の手の者だったら問題だ」
男は通話しながら、自分のオフィスへ向かって歩き出した。

《移転を考えるべきだろうか》

「そうだな‥‥‥伊地知さんに頼めるだろうか?」
フロア内には多くの企業がテナントとして入居している。男はその中でも一際、ひっそりとした区画を借りていた。

カードキーでオフィスの施錠を解除すると、自動ドアが開き、男を飲み込みこんだ。
ドアにはワンポイントで『竜』を象ったロゴがマーキングされていた。

‥‥‥
‥‥

私立汐見高校では朝のホームルームが終わったところだった。テリーは珍しく自分から夏菜子の席に向かった。
「『eimy』の新曲良かったよ。5thアルバムも!」

テリーの感想を聞くと夏菜子は目を輝かせて喜んだ。
「でしょでしょーー!?来月6thアルバム出るからね!楽しみなんだよー!なにせ‥‥」
夏菜子はよくわからない音楽業界用語を並べ、語り出した。テリーはなんとか話しを合わせたが、勉強不足を痛感した。

‥‥
‥‥‥

その日の授業が終わると、テリーは暗知の事務所で『中村里美』が勤めている会社:リトルホースについて調べていた。

「『中村里美さんは養子縁組された』と三輪さんの資料にありますが、なぜでしょうかね」
テリーはインターネットでリトルホースの代表取締役である『中村ヨウジ』について調べたが、特に平凡な男性のように思えた。

「家庭内の捜査は難しいね」
暗知は藤城エミリの父『藤城カイ』について調べていた。

テリーに着信があった、三輪からだ。
「三輪さんの方で、分かった事があるみたいです」
テリーは電話を切ると、これから三輪が来ることを暗知に報告した。
暗知は携帯電話でメールを見ていた。

「人間模様って難しいですね‥‥」
テリーはソファに座ると『中村里美』の資料を広げた。

「三輪からの依頼内容は『中村里美の身辺調査』だよ。事件を解決するのは警察に任せればいいさ」
暗知は立ち上がると、コーヒーを入れ始めた。

事務所のドアが力強く開いた。
「すまない、遅くなった」
三輪が事務所にやってきた。

「お疲れ様、まぁ一息ついたら?」
暗知は三輪に座るよう促すと、丸テーブルにコーヒーを置いた。

「すまんな。早速だが、『中村里美』の死因がわかった。心不全による心停止だ。鎮静剤に使われる成分も出てきた」
三輪が検査結果らしきシートを暗知に見せた。

「‥‥ん‥‥?これは‥」
暗知は検査結果に目を通すと、眉をひそめた。

「‥‥‥それと、彼女は‥‥」
話の途中で、三輪は黙り込んだ。

「‥‥三輪さん?」
テリーがソファから立ち上がると携帯電話が鳴った。

「すみません、東堂さんからです」
テリーが携帯電話を見た。

「出ていいぞ、東堂が電話を掛けてくるなんて急用なんじゃないか?」

三輪の言葉にテリーは頷くと、電話に出た。

「もしもし、はい、‥‥え?タケシが?今から行きます!」
テリーは電話を切ると急いで身支度をした。
「タケシの容態が急変したと連絡がありました、すみません、病院に向かいます!」

「それは大変だ、タクシーを拾った方が早いよ!」
暗知が財布からお金を取り出したが、既にテリーは事務所を飛び出していた。

「‥‥‥」

「‥‥はっはっは!ほんとあの行動の早さは母親譲りだな!」
三輪は膝を叩いて笑った。

「理恵ちゃんには、悪いことをしたね‥‥」
暗知は溜息をついた。

「仕方ないさ‥‥」
三輪は電子タバコを一口ふかした。
「昨日電話で軽く触れたが、『中村里美』の家に侵入した男が見つかった。『例の組織』と関係があると見ている。既にトカゲの尻尾かも知れんがな‥‥」

三輪は暗知の事務所に着く前、東堂にテリーを呼び出すよう頼んでいた。
そうなる事を暗知にもメールで知らせていた。
テリーに聞かれたくないことがあったからだ。

「尻尾の持ち主まで、掴めそうなのかい?」
暗知が丸テーブルの前に座ると、三輪は語り出した。

‥‥
‥‥‥

秋の夕まぐれ。買い物に出かける主婦、スーツを着たサラリーマン、子どもと手を繋いで歩く母親‥‥
様々な面々とすれ違いながらテリーは住宅街を走り、黒須病院へ向かった。

病院のエスカレーターを駆け上がると、タケシの病室のドアを勢いよく開けた。

「ん?よー!どうしたテリー!!」
タケシはベッドから身体を起こしていた。
東堂はベッドの横で椅子に座っていた。

「え?元気そうじゃん‥‥」
テリーは汗だくのまま、萎んだ風船の様に座り込んだ。

「10分10秒‥素晴らしいタイムだ」
東堂が冷えた濡れタオルをテリーに渡した。

「これは、一体‥‥」
テリーは立ち上がると、東堂の顔を見上げた。

「‥‥最近、身体がなまってるんじゃないかと思ってな‥‥抜き打ちで理恵の体力測定を‥と思って‥‥」
東堂は苦しそうに汗をかきはじめた。

「すまん、ドッキリだ!」
東堂の髪の毛が逆立つと、反射的にテリーは東堂の溝落ちに正拳突きをお見舞いした。

東堂の巨大が一瞬浮き上がり、大の字に倒れこんだ。
「‥‥ぐぅ‥いい突きだ‥‥」

「はっはは!テリーごめん、父ちゃんの勘違いなんだ!」タケシが遅めのフォローを入れた。

「薬の副作用で咳が発作的に出るんだけど、父ちゃんテンパってテリーに電話しちゃったみたいだ!先に看護師さん呼んでくれればよかったのにさ!」
タケシは息苦しそうに笑った。

「それならそうと、言ってくれればいいのに‥」
テリーは我に返ると東堂に手を貸した。

「いや、面目ない‥‥腕を上げたな理恵!」
東堂は調子を取り戻し、すぐに笑った。

タケシの容態は良好だ。北村医師も日進月歩の最新医療を取り込み、創意工夫して治療を続けていた。
しばらくテリーはタケシとの会話を楽しんだ。

(あっ!三輪さん!)
テリーはふと事件の事を思い出した。

「タケシ、用事思い出したから今日は帰るね!」
テリーはタケシに手を振りながら席を立った。

「東堂さん、もうこんなこと辞めて下さいね!」
テリーは東堂にタオルを返した。

「はっはっは!すまんかった!」
東堂は病院の外までテリーについていくと、手を振って送りだした。

テリーは『中村里美』の詳しい死因を聞き逃していた。タケシが無事だと分かり、心の荷が降りたテリーは暗知の事務所へゆっくり歩みを進めた。
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