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存在理由は運命
No.6 選ばれし者
しおりを挟む飛行場からは日本行きの最終便が飛び立っていた。
男はジャケットの内ポケットから手紙を取り出し、中身を確認した。
手紙には地図と共に文字が羅列されている。
男はウェーブのかかった髪を掻き上げ、耳にかけると目をつぶり座席に身を任せた。
CAが気を利かせて薄い毛布を持ってきてくれた。
男はCAへお礼を言うと、毛布を腹部へ掛け、再び目を閉じると眠りに落ちた。
機長アナウンスが入った。
『この飛行機は半日程で日本の空港に到着する』
といった内容だった。
‥‥‥
‥‥‥‥
スーミア日本支社24階、支社長室の扉が開かれた。
近藤はテカテカのオールバックヘアに櫛を一刺し入れると席を立った。
「ようこそ!二人とも、久しぶり‥‥‥でもないか」
「近藤先生!?」
「じ、二郎!?」
テリーと暗知は後退りするようによろめいた。
「スーミア日本支社長の近藤だ、案内ご苦労だった」
近藤は来客用テーブルまで歩みを進めると、勢いよく席に腰掛けた。
「拉致まがいな事をしてすまなかった、事を大きくしたくなかったのでな!まぁ、楽にしてくれ」
近藤は目の前の席に手を差し伸ばした。
「いつから支社長になったんだい?つい数ヶ月前まで学校の先生をしていたのに‥‥‥」
暗知は近藤の目の前に腰掛けた。
「あれは色々目的があったんだ。スーミア日本支社:高卒枠の採用担当としての視察と、鈴木の試験アドバイザーと、産休中の先生に代わる臨時職員として‥‥って、言わなかったっけ?」
「ボクは臨時職員としか、聞いてませんでしたよ」
テリーは暗知の隣に腰掛けた。
「まぁ‥‥‥いいじゃん、何か飲むか?」
近藤は栞サイズのメニュー表をテリーに渡した。
「メニュー表、小っちゃ!ってそんな事より、この状況を説明して下さい!」
テリーはメニュー表を近藤に突き返した。
「シベイリア共和国は政権が変わるだろう、我が社は米国支社に食われる、助けて欲しい!」
「そんな説明で分かる訳ないじゃないですか!」
「‥‥‥私はホット、理恵ちゃんは?」
「飲むんですか!?じゃあオレンジジュース下さい」
「あ、オレンジ今切らしてるんだ‥‥‥ごめん」
近藤は申し訳無さそうにテリーのオーダーを遮った。
「‥‥‥チッ!じゃあ水で良いです!」
「マカロン、ホット2つとお冷を頼む」
「かしこまりました」
支社長室入り口に立っていたマカロンはオーダーを聞くと奥の給湯室へ入っていった。
「今言ってた、米国支社に食われるというのは、どういう事かな?」
「日本支社はスーミア社の中でも業績が一番悪いのは知っているか?」
近藤の問いに暗知は頷いた。
「日本は資源が乏しい、ただ海洋国家あって海の底には膨大なレアメタルが眠っている。ただ開発資金が無いし、開発技術も無い。米国支社は共同開発を持ちかけてきているが我々は拒み続けている」
「その話と、私たちをここに連れて来たのと、何か関係があるのかな?」
「過去に公安調査庁がスーミア社を調査対象にしていたのは知っている、暗知は調査部の元メンバーなんだろう?」
「驚いたな、どこでそれを?」
「ある協力者からだ、まず我々の事を話さねばならないな‥‥‥」
近藤は深呼吸をすると語り出した。
現時点では公表されていないが、既にシベイリア共和国の労働党は崩壊状態にあり、新政党である民主党が世界に向けて新政権樹立表明の準備を進めているようだ。
新政権樹立後、民主化に伴いスーミア社は民営化される。これは資本主義に則る自由競争を意味する。
今まで国有企業として守られてきた日本支社だったが、日本のレアメタルに目をつけている米国支社に取り込まれると近藤は懸念していた。
米国支社は手段を選ばない。
財力に物を言わせ、日本国内のレアメタル産業の関連会社を買い尽くすだろう。
一方、米国ペイストリーは裏社会を金と暴力で動かし、黒い金を生み出す。その金がまた米国支社の財力となり、日本のレアメタル産業乗っ取りを加速させる。
前日本支社長の『カルロス』は1ヶ月前、失踪してしまった。最後に米国へ渡った渡航履歴があるようだが、安否は不明だ。
近藤は4週間前に日本支社長に就任したばかりで、世間的には公になっておらず、シベイリア共和国の状況を見て日本支社長就任のプレスリリースをする。
近藤は要点絞り、説明を終えた。
「この事を知っているのは?」
暗知は眼鏡の位置を指で直した。
「誰にも話していない。拡散されたら困るしな」
「わかった、信用できるツテに話を上げよう」
暗知が席を立とうとすると、マカロンが戻ってきた。
「暗知さん、まぁ一服して下さい。まだボスも話したい事があると思いますし」
マカロンがテーブルにコーヒーとお冷を置くと、暗知は再び腰を下ろした。
「それにしても、ペイストリーってどういう存在なんだい?私が把握してるのはシベイリア共和国への上納金を稼ぐ犯罪組織だと解釈しているんだけど」
暗知はコーヒーに口をつけた。
「それは少し語弊があるな。米国調査部はペイストリーの下請けも合わせて『ペイストリー』と総称しているが、歴史を辿れば一人の社長秘書だ」
「ペイストリーはスーミア社の社員なんですか?」
「社員じゃなくてもなれるぞ、選ばれし者いうのが抽象的で正しいのかもしれん」
近藤の難解な回答に、テリーと暗知は腕を組んで想像した。
「ペイストリーの使命は会社の『成長と存続』だ。経営者だったら当たり前の使命だが、業績と比例して特権が与えられるが故、彼らはどんな手でも使ってきた」
「『どんな手でも』って、犯罪ですか!?」
テリーはテーブルに手をついて立ち上がった。
「まぁ落ち着け‥‥‥以前、暗知と飲んだ時はシラを切っていたが、『ペイストリー』について詳しく話してやるとするか」
ペイストリーの歴史はスーミア社設立から始まっている。40年前、スーミア社がシベイリア共和国で設立した当時、社長の右腕として活躍する凄腕の秘書がいた。
秘書は社長夫人で、名は『モーリー』という。
モーリーは持てる知恵全てを発揮し、同社に足らなかった技術力・資金力・渉外力を整備した。
そこまで至る過程には、正攻法では破れない壁が存在した。
時には犯罪組織に金を流し、汚れ仕事を指示した事もあった。
社長はモーリーに実名を名乗る事を辞めさせ、偽名を名乗らせた。モーリーの名と顔を裏社会に広める事は危険であると共に、会社に疑惑のメスが入らないようにする為だ。
スーミア社の米国進出が決まった30年前、社長とモーリーは米国での式典の為、訪米していた。
式典は無事終了するが、その夜、モーリーは謎の死を遂げる。
社長は暗殺されたと主張したが、現場状況と証拠不十分につき、モーリーは自殺として処理された。
モーリーの死から5年後、社長は側近に会社の権利を譲渡し、政治の道へ進んだ。
彼は労働党に入ると、実績と手腕を買われシベイリア共和国の労働党元首の座にまで辿り着いた。
スーミア社の起業者はバルト元首だったのだ。
残されたスーミア社の経営陣はモーリーを功労者として讃え、彼女の死を悲劇として語り継いだ。
その歴史に習い、各支社長は有能な人材にコードネームを与え、自分の右腕として活用するようになった。
コードネームがあるうちは生活の保証と、世界の支社間を無償で移動ができる権利が与えられる。
遊興費から、移動・衣食住・活動費用は全て経費扱いになるが、この様な特別優遇措置は会社の業績と比例する。
マカロンは財布から茶色いカードを取り出した。
「これがCDNカード。通称『特権カード』金・銀・銅とランクがあってコードネームと紐付いてるの。スーミア本社から業績レベルに比例したランクと枚数が各支社に配布されるんだ。あたしのはもちろん、銅!」
「CDNカードは全体数が決められていて、手に届いたカードに印字されたコードネームを名乗るしかない。マカロンやチュロスはまだマシな名前だろう?」
近藤は指を鳴らすと、マカロンを見た。
「このシステムを開発した人が、大の甘党らしくて、カード全体の8割は菓子由来のコードネームなんだってさ~」
マカロンは近藤の隣の席に座った。
CDNカード、通称『特権カード』はスーミア社システム部が開発したクレジットカード兼IDカードだ。
経費は全てCDNカードで処理が可能で、加盟企業の優待を受ける事もできる。
どうしてもコードネームが気に入らない場合は変更も可能だが、審査が厳しいようだ。
「アヤちゃ‥‥‥マカロンはどうしてペイストリーになったの?」
テリーはお冷が入ったグラスを手に持った。
「小説書くのに良い経験になるかなーって。そもそもあたしを推薦したのは竜司叔父さんなんだけどね」
マカロンはカーリーヘアを指でくるくると丸めた。
「げふっ、父さんが?」
テリーはお冷を吹き出したのを手で防いだ。
日本支社にCDNカードは3枚ある。
マカロンとチュロス、もう1枚のコードネームは『サバラン』という。
「サバランはカルロスを追って米国にいる。私が支社長に就任すると、スーミア社とペイストリーの歴史は彼女に教わった。強くて義理堅い女性だ」
近藤は遠くを見つめるとコーヒーを一口啜った。
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