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存在理由は運命
No.8 表明演説
しおりを挟む暗知の乾杯音頭で宴会が始まった。
「暗知、今日の出来事を詳しく話してくれるか?」
三輪は電子タバコを口に咥えたが、凛子に制止された。
暗知は始めに、事務所のキングファイルを見られたエピソードを踏まえて、テリーが公安調査庁が関わった任務を知っている事を話した。
次にスーミア本社の今後、米国支社の動き、日本支社の危機、ペイストリーの歴史について話した。
全て近藤から聞いた話に着色はされていなかった。
最後に『近藤の計画』を語った。
この話に至っては5秒で終わった。
「計画って、ただの接待か?そりゃ笑えるな!」
三輪は赤ワインをグイッと飲んだ。
‥‥‥
‥‥‥‥
シベイリア共和国の発表まであと30分、入り組んだ住宅街は一画を除いて、ひっそりとしていた。
背の高いマンションに囲まれた、蔦の絡まる平家の広間で宴は続いていた。
ワインボトルは次々と空けられ、キッチンのシンクに置かれた。
「伊地知さんに状況を説明して欲しい」
暗知は日本支社を救うべく、三輪と凛子に支援を願い出た。
「伊地知さんというのは?」
マカロンの質問に暗知は伊地知の立ち位置を説明した。
伊地知は現役の公安調査庁の幹部で、今は海外部門を担う調査部の責任者だ。
国内外を問わず、諜報活動を推進している。
「スーミア日本支社が本国に理恵の存在を明かす事はないんだろうな?」
三輪は凛子の目を盗み、勢いよく電子タバコの煙を吐いた。
「あたしがペイストリーになった以上、理恵の存在を外部に漏らすような事はしません。ボスだって了承済みです!」
マカロンが紙コップを振りかざすと、チュロスが阿吽の呼吸でワインを注いだ。
前職での上下関係は逆転しているようだ。
「それは心強い事ね。今後の私たちの行動はシベイリア共和国の表明次第ってとこかしら」
凛子は腕時計を見た。演説まで20分を切っていた。
暗知はパソコンにUSB型のテレビチューナーとプロジェクターデバイスを差し込み、操作を始めた。
殺風景だった広間の壁紙にテレビの中継映像が投影された。
おそらくシベイリア共和国議会の一室だろう。
横長のテーブルの中央にマイクが1台設置されており、奥には国旗が掲揚されていた。
「20時58分、そろそろかな」
暗知は赤ワインを紙コップに注ぎ足すと、後退りした。
割れんばかりの拍手が鳴り始めると、新政権の面々が壇上袖から登場した。
登場したスーツ姿の男女5名のうち1人の男がテーブル中央に立った。
「オラルだ」
三輪が呟いた。
その人物は『オラル・バートナー』‥‥‥バルト元首の一人息子だった。
オラル氏の表明演説は同時通訳と共にスタートした。
「私たちは長きに渡り、議論をしてきました。
耐え忍んで参りました。
しかし それも今日を境に変わります。
帝国は終わり 真の共和国へ生まれ変わる為 民主党の樹立を宣言いたします。
私の父 バルト元首は既にこの世を去っています。
一刻でも 国民の皆様にこの場で発表する事をお詫び申し上げます。
決して やましい事はございません。
内々の事情もありますが 発表を遅らせた理由は 混乱を避ける為です。
一番忘れてはならないのは バルト元首が築いた栄光 と平和を守ることです」
「時を見て 私は新政権の代表となることを決心しました。
決意を曲げる事なく 国民の声を代弁することを誓い
労働党に代わり 国家元首の任に就きます。
命をかけて この任に就きますので どうか私の名を覚えて下さい。
オラル=バートナーです。
また10年後 この名を呼んでもらえるよう シベイリア共和国に身を捧げます。
もし 行き詰まった時には 手を差し伸べて欲しい。
列強に負けない国というのは 国民一人一人が声を挙げ 一人一人が国を想い 繁栄させていくからです」
オラル元首は冒頭演説を終えた。
新政権の具体的なマニュフェストは一党制の廃止と選挙法の改正、国有企業の民営化を公言した。
スーミア社は来年4月より各支社ともホールディングス化し、本社との切り離しをアピールをした。
《シベイリア共和国 オラル元首の表明演説でした。いかがでしたか山中教授‥‥‥》
中継が切れるとキャスターが特集番組を回し始めた。
「民主党代表にはオラルを置いたか、労働党保守派の力が無くなった訳ではないという事だな」
三輪は椅子から立ち上がると、テリーを見つめた。
それは未だ、テリーがシベイリア共和国に身元が晒されてしまうと、ソフィアとミリアムの身に危険が及ぶ事を意味した。
「さてと、おれは先に失礼するよ。それにしても随分と歯切れの悪い同時通訳だったなぁ」
三輪は伊地知の元へ向かうようだ。
マカロンはCDNカードを照明にかざした。
「特権カードの有効期限も、今年度までかな~、私たちは支社に戻るわ」
「ボスもまだ会社にいるでしょ~」
チュロスもマカロンに続いて広間を出た。
暗知は2人を玄関まで見送ると、ゴミ袋を持って後片付けを始めた。
それを横目にテリーは暗知が録画していた演説を繰り返し観ていた。
時折り、映像の気になる点を携帯電話のアプリを開いては、メモをとった。
「暗知さん、ここ、オラルの奥に映る女性の解像度あげられますか?」
暗知は動画ソフトに演説のデータをインポートすると、テリーの指摘した箇所の解像度を上げた。
亜麻色の長い髪、紺色のスーツを着ている女性はソフィアだった。
「ソフィアも民主党に上手く取り入ってるようだね。スーミア日本支社の応援をお願いしたいところだけど、難しいだろうな」
ソフィアは実質、米国が用意したスパイだからだ。
「これ、何かのジェスチャーですかね、不自然に手首を気にしているように見えます」
テリーは再度演説の動画を巻き戻した。
ソフィアのジェスチャーと同時通訳のたどたどしさが引っ掛かっていた。
「時計‥‥‥」
動画を観ていた凛子が呟いた。
テリーは演説の文章を『句点』で区分けし、文頭の一文字目を繋げてみた。
「ワタシテワイケナイ‥‥トケイオマモレ‥‥暗知さん、母さんは『渡してはいけない 時計を守れ』とメッセージを送っているのかもしれません」
「時計‥‥‥?竜司から預かった時計のことかな?それならカヨさんに壊されてしまったけど」
「壊れた?‥‥‥‥心当たりあるの?」
凛子は暗知を横目で見た。
「壊れた時計は暗知さんが回収してましたよね?」
「えーっと、確か旧事務所の段ボールの中にあるはずだよ」
「暗知さんはそっちを回収してもらえますか?ボクはもう一つ、レプリカの時計を当たります」
「明日の朝には引越し業者が来るから、旧事務所の方は問題ないよ。それにこんな夜更けに女学生がフラつくのは危険だ、今夜はもう休もう」
暗知は大きく欠伸をすると、広間の床に横になった。
「まさか、そこで寝るんですか?」
「悪い癖ね、私は帰るわよ。徒歩1分で家だからね」
そう言うと凛子は部屋を後にした。テリーは凛子を玄関まで見送った。
「少し酔ってしまった、仮眠を取らせてもらうよ」
暗知はブリーフケースを枕代わりにすると、すぐにイビキをかきはじめた。
テリーは小さく溜息をつくと、プロジェクターの電源を落とし、コートを暗知に掛けてあげた。
パソコンの音量を下げ、TV中継に切り替えると就寝の支度の為、地下階へ降りた。
テーブルに置かれた暗知の携帯電話のバイブが鳴り出したが、やがて止まった。着信履歴に『長久手竜司』の名が記されていた。
‥‥‥
‥‥‥‥
次の日の朝、一階広間に暗知の姿は無かった。パソコンなどのAV機器も持ち帰ったようだ。
テリーは手早く支度を済ませると学校へ向かった。
黒田屋とスーパーを隔てている国道まで出ると、夏菜子が前を歩いているのが見えた。
「夏菜子ー!おはようー!」
テリーは走って駆け寄ると、夏菜子を呼び止めた。
夏菜子の自宅はスーパーの裏手にあるようだ。
テリーは自分を恥じた。もうすぐ2年来になる友人が、どこに住んでいるのかも知らなかったからだ。
「そういえば進路希望の紙、出した?」
夏菜子は手袋をした両手を擦り合わせた。
「まだだよ、親にも‥‥‥相談しないとね」
師走の朝はとにかく寒く、テリーは手袋を買おうと心に決めた。
今年の通学は残すところ後4日、学校は冬休みに入る。二人は卒業後の進路について話しながら私立汐見高校へ登校した。
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