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存在理由は運命
No.9 無慈悲な凶弾
しおりを挟むテリーが寒さに震えながら登校する一方で、暗知は旧事務所で引越し業者を迎えていた。
今日が事務所転居の日だ。
「荷物は以上ですね、お預かりします!ありがとうございました!」
お昼前には二人組の引越し業者が荷物の搬出を終えた。
「よろしくお願いします」
暗知は引越し業者のトラックが出発するのを見届けると、空っぽのテナントになった旧事務所に戻った。
壁の染み、フローリングの傷をしみじみと見渡していると、コツコツと小気味良いヒールの音が聞こえた。
凛子が旧事務所のドアを開けて入ってきた。
「暗知君、お疲れ様」
「これでこの物件の契約は終了だね」
暗知は旧事務所の鍵を差し出した。
凛子は暗知から鍵を受け取ると、ジャケットの内ポケットにしまった。
「また伊地知さんの所に戻って来る気はない?私からお願いしておくわよ?」
「悪いけど、戻る気は無いよ」
暗知は首を横に振ると、ブリーフケースからパソコンを取り出した。
「それより、あの引越し業者、停車したきり動く気配が無いね。信用できるのかな?」
「どういこと?」
引越し業社は凛子が手配した業者だった。
暗知はパソコン画面を凛子に見せた
捜査道具の一つ、向日葵ブローチを荷物に紛れ込ませ、GPS機能をONにしていた。
赤い点は一向に進もうとしない。
旧事務所から外れた路肩で駐車しているようだった。
「また変な機械使ってるの?自動販売機で飲み物でも買ってるんでしょう」
凛子は携帯電話を手に取り、業者へ電話をかけようとした。
「凛子さんの渡航履歴を調べさせてもらったよ。今年だけでも米国に4回も行ってるね。息子を置いて何しに行ってるんだい?」
暗知はテリーから凛子が度々、家を空けているという話を聞いていた。
凛子の息子、マサトの《お母さんがソフィーに会いに行くと言ってしばらく帰ってこない》という証言だ。
暗知の問い掛けに、凛子は無言で携帯電話をポケットにしまった。
「我々がそう簡単にソフィアに会えるはずがないし、米国にソフィアはいない。それと引越し業者のトラックのNo.プレートが白かった。認可を受けていないモグリの業者だ」
しばらくすると、向日葵ブローチのマイクが音声を拾い始めた。
「何色って言ってたっけ?何だこれ、ゴミか?」
「おい、早くしろよ、遅れると怪しまれるぞ!」
梱包が擦れる音と引越し業者の会話がパソコンのスピーカーから流れた。
「もしかして荷物の中からこれを探してるんじゃないかな?」
暗知は上着の内ポケットからポリ袋を取り出した。
中には壊れた時計が入っていた。
「それは!‥‥‥ただの壊れた時計じゃない、それがどうしたの?」
凛子は乱れた髪型を手櫛で直した。
「これが欲しいならあげるよ」
暗知はポリ袋ごと時計を投げると、凛子は両手でキャッチした。
「狙いはその時計に使われている『マテリアルマンガン』だよね?渡米理由は米国にいる旦那さんの救済活動ってとこかな?」
凛子は腰に手を回すと、ピストルを取り出し、銃口を暗知へ向けた。
「‥‥‥ごめんね、暗知君」
「凛子さん‥‥‥‥」
暗知は目を細めた。
「この時計さえあれば、家族揃って‥‥‥やり直せるかも知れないの‥‥‥」
「家庭そっちのけの旦那でもかい?」
「それは‥‥‥」
凛子の夫:荒川衛士は製薬会社の研究者だ。
研究の為、世界各国の研究施設を渡り歩いてきた業界研究者としては有名な人物だった。
凛子とは10年以上別居している事や、衛士が米国の研究施設で働いている事も暗知は知っていた。
「君は米国ペイストリーなのかい?」
「‥‥‥全ては息子の為だわ」
「そうか‥‥‥残念だけど、その時計は竜司が作ったレプリカだよ。本物は別の所にある」
凛子に渡した時計がレプリカなのか、本物なのか、暗知が知る由はなかった。あえてカマを掛けたのだ。
「なんですって!?」
「凛子さん、詳しく話してくれないか?今なら、まだやり直せるよ」
「無理よ、計画は失敗‥‥。だって、あなたを撃てるわけないじゃない‥‥‥」
凛子のえくぼに涙がつたった。
ピストルの銃口が下がった瞬間、風を切るような高音が暗知の左耳をなぞった。
凛子がその場に倒れると、暗知はとっさに窓のブラインドを降ろし、凛子に駆け寄った。
「凛子さん!」
銃弾が凛子の胸を貫通しているようだ、暗知はコートを脱ぐと凛子の胸に押し当てた。
薄暗い部屋にいても茶色いコートが瞬く間に朱色に染まっていくのがわかった。
「くそっ!血が止まらない!」
「‥‥‥マサト‥‥‥ごめん、ね‥‥‥」
「何言ってんだ!生きろ!マサトの為に!」
暗知は凛子を励ましたが、すでに凛子の腕に力は通っていなかった。
暗知は急いで救急へ連絡をした。救命措置を施していると、救急車とパトカーのサイレンが聴こえてきた。
‥‥‥
‥‥
引越し業者は、ただの便利屋だった。
凛子から金品を受け取り、荷物の中から時計を探すよう、指示を受けていたようだ。
無許可で荷物を搬出したことにより警察に検挙され荷物は正規の業者に積替えられた。
暗知から連絡を受けたテリーは学校を早退し、荷物の搬入対応をした。
暗知は救急車に同乗すると病院で三輪と落ち合った。凛子は搬送先の病院で心肺停止が確認された。
警察の現場検証では旧事務所の窓ガラスに直径2センチ程の銃痕が空いていた。
何者かが、屋外から凛子を狙撃したと思われる。
警察は凛子が持っていた銃の入手ルートと、凛子を狙撃した犯人の捜査を開始した。
暗知は凛子が狙っていた『時計』について三輪に話した。口裏を合わせ、警察に時計の話は伏せた。
テリーは自宅で暗知の連絡を待っていたが、この日の連絡は無かった。
灰色の天井を見上げながら、テリーは一晩中考えをめぐらせていた。
‥‥‥
‥‥‥‥
次の日、テリーは朝からマサトが気がかりだった。
暗知が事務所にやって来ると朝のコーヒーを入れ始めた。
暗知曰く、マサトは凛子の両親の家にいて、通夜は親族だけで取り行うようだ。
昼を過ぎると、マカロンことアヤが引越し業者と共に新居にやって来た。
地下への荷物搬入は大掛かりだ。
三人は知らぬ間に引越し業者を手伝っていた。
「では、これで全てですね!サインお願いします!」
アヤは契約書にサインをすると、引越し業者は次の現場に向けて出発していった。
「お疲れ様、コーヒーでもいれようか」
暗知がキッチンへ向かうと、アヤとテリーは広間に置かれた丸テーブルを前に腰掛けた。
「昨日、ニュース観たよ。荒川さんってこの前、家に来てた人だよね?」
アヤは報道番組で昨日の銃撃事件を知っていた。
アヤは広間に置かれたテレビを付けた。
『白昼の銃撃事件 オフィス街にて死者1名』
早速テレビでは特番が組まれていた。
「おそらく凛子さんは米国ペイストリーの手に落ちていた。口封じの為に殺されたんだと思う」
暗知はトレーにコーヒーを乗せて運んで来た。
「凛子さんは時計を狙っていた。時計には特殊な物質が使われているんだ」
暗知は時計の歴史について、語り出した。
『マテリアルマンガン』以降『MMn』と呼ぶ。
『MMn』は35年前、シベイリア共和国の化学者:マーテル博士によって開発された人口レアメタルだ。
採掘不要のレアメタルは世紀の発明だった。
当時のスーミア社:バルト社長はマーテル博士にある物を作らせた。『MMn』で作られた時計だ。
バルトはマーテル博士に『MMn』を大量生成するよう命じたが、大量生成の際に特殊な放射線が発生する事が判明し、研究所内で多くの死傷者が出てしまった。
この当時『MMn』生成をするには技術、設備ともに不十分だったのだ。
『バルトの時計』は偶然の産物であったと言える。
バルト社長は研究所を閉鎖し、『MMn』生成計画を凍結する事により、スーミア社はその事故の全容を隠してきた。
そして現在、少なからず人口レアメタルの開発は進んでいる。
とある日本の大学研究所で、地球上に存在しない元素の生成に成功した。
実用化にはまだ時間が掛かるが、『MMn』の解析は今後の研究・開発を劇的に変化させる材料になる事に違いなかった。
「つまり、スーミア社にとって『時計』はお宝ってことね!」
アヤは指を鳴らした。
「なぜ、そんな時計を父さんが持っていたんでしょうかね」
「時計は始めバルト社長から妻:モーリーに渡された。モーリーからソフィアの父:クグロフに渡り、クグロフからソフィアへ、ソフィアから竜司に渡ってきた。何故か最後に東堂だったんだけどね‥‥‥」
暗知は苦笑いをした。
「いずれにせよ、時計の安否が気になります」
テリーは席を立つとコートを羽織った。
「もう1人、時計を気にしてる人がいるよ。そろそろ来ると思う」
暗知は微かに笑うとコーヒーを啜った。
「ブ~~ン ~~ン ブルゥゥーーン!」
遠くからバイクのエンジン音が聞こえた。
音は徐々に大きくなり、爆音は平屋近くでパタリと消えた。
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