Miss.Terry 〜長久手亜矢の回想録〜

真昼間イル

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存在理由は運命

No.10 描いた原題

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テリーは玄関のドアを開け、外を確認した。
平屋の外壁には、大型バイクが横付けで駐車されていた。男はテリーに気がつくとバイクから降り、手を振ってきた。
「よー、昼飯食べたか?」

「あの~、どちら様でしょうか?」
テリーは半開きのドアに半身を隠しながら、男に尋ねた。

「これじゃあ、わからないか」
男はゴーグルとヘルメットを外すと、ウェーブのかかった長髪を耳に掛けた。

「‥‥‥父さん?」
テリーは足の力が抜けながらも、寄りかかるようにドアを全開した。

後についてきたアヤがテリーの体を支えた。
「どこのナイスミドルかと思ったら、竜司叔父さんじゃん!来るの遅すぎだよね~!」

竜司はバイクから降りると、悠々と歩いてきた。
「一昨日の晩に日本に着いた!なかなか良いバイクが見当たらなくてな、来るのが遅れてしまった」

「遅いって、ここ2、3日の事を言ってる訳じゃないんだけどなー‥‥‥」
アヤはカーリーヘアを掻きむしった。

「長い間すまなかった‥‥‥‥これ差し入れな!」
竜司はアヤにビニール袋に入ったサンドイッチを渡すと、玄関で靴を脱いだ。

広間で待っていた暗知は、竜司と力強く握手した。
「ドッキリは上手くいったかい?」
テリーとアヤは一足遅れて広間に戻ってきた。

「さっき話した『MMn』や『時計の歴史』は、竜司の受け売りなんだ」
暗知はコーヒーを入れると、丸テーブルに置いた。

「2人にはもう聞いたのか。時計は我々が代を継いで30年近く隠されてきたが、『MMn』の現存を信じる者は少ない。ただ、米国支社には今も捜索をしている者がいる」
竜司は丸テーブルを前に腰掛け、コーヒーに口をつけると語り出した。

30年前、スーミア米国支社設立の記念式典が開かれた。パーティーの最中、バルトの妻モーリーはソフィアの父:クグロフに、時計を隠すよう指示を出した。
モーリーは身の危険を感じ、側近のクグロフに身に付けていた時計を託したのだった。

その後、時計はクグロフから娘のソフィアへ、ソフィアから夫の竜司、竜司から友人の東堂へと渡り、隠され続けてきた。

「凛子の一件は残念だった。彼女は米国で捕まった夫の為、時計を探していたのしれない」

竜司は米国で探偵事務所を経営するかたわら、米国諜報機関と協力して、スーミア米国支社とペイストリーの動向を探っていた。

米国諜報機関の報告によると3ヶ月前、米国にいた荒川衛士は、危険ドラッグ生成の疑いで逮捕された。
衛士はを主張し、今も法廷で争っている。捜査官は荒川衛士がペイストリーと繋がりがあると見て、現在も捜査中だ。

凛子は優秀な弁護士や協力者の捜索と、衛士との面会の為、頻繁に訪米していたようだ。

「確たる証拠は無いけど、ペイストリーが荒川衛士の『救済』を条件に、時計の入手を凛子さんに依頼していたとしたら‥‥‥凛子さんを殺害したのは米国ペイストリーだろうね」

「それを確かめる為に、引越しの機会を使ったと?」
テリーは暗知を見つめた。

「その通りさ。凛子さんは黒須病院の北村さんへSNSを通じてメッセージを送っていた。彼女は私が時計を持っている事を知っているはずなんだ」
暗知は眼鏡を外すと、説明を始めた。

北村医師は4年前、時計の写真をSNSに投稿していた。東堂館と勝道館、親善試合の日に撮られた写真だ。

今から2ヶ月前、凛子から時計の買取を希望するメッセージが北村に届いた。
北村は《時計は壊れてしまった。暗知探偵事務所が保管している》とマニュアル通りの返信をすると、暗知に凛子の事を報告した。

凛子は時計の話を暗知にした事は無かった。
そこで、オラル元首の演説の後、暗知はわざと凛子に伝わるように‥‥
《時計は引越し荷物の中にある》と宣言した。

「凛子さんの背後に米国ペイストリーが付いているのか、確証を取りたかった。しかし、私はペイストリートの冷酷さを計算に入れていなかった。凛子さんは計画の失敗により殺害された‥‥‥ペイストリーとの間で何らかの契約があったのかもしれない‥‥‥」
暗知は目頭を指で押さえ、肩を落とした。

「悪いのは米国ペイストリーでしょ。そんなやつら、この国で野放しには出来ないよ!」
アヤは丸テーブルを力強く叩いた。

「アヤの言う通りだ。暗知、もう少しの間、壊れた時計を保管しててくれるか?東堂に会いに行ってくる」
竜司は腕時計を見ると、席を立った。

「もう一つの時計ですね?ボクも行きます」

「私は事情聴取があるから、警察署へ行くよ」

「あたしはボスの所へ行くわ」

各々、ジャンパーやコートを手に取った。

「忘れるところだった。アヤ、お前さんに手紙だ」
竜司はアヤに手紙を渡した。

「誰から?」

「お前さんの先輩からだよ、前日本支社長は失踪してしまったが、もう1人のペイストリーは米国にいる。近藤さんに連絡を取れたのも彼女のお陰だった」

「‥‥‥サバランか」
アヤは手紙をコートのポケットにしまい込んだ。

‥‥‥
‥‥‥‥

「ブーーン、ブォーーン」
竜司はテリーをバイクの後ろに乗せると、エンジン音を吹かし、低い唸り音とともに発進した。途中で東堂館跡地を通り過ぎた。
跡地には、北村診療所の躯体と壁が仕上がっていた。

バイクは信号待ちの車を追い越し、走行中の車の右脇もすり抜け、突き進んで行った。

神社へ着くと、境内の一画に位置する住居へ向かった。竜司は受付で座る巫女に尋ねた。
「長久手竜司と申します!宮司様はいらっしゃいますでしょうか」

「こんにちは、どのような御用件でしょうか」
巫女は雑味の無い笑顔で尋ね返した。

「宮司様の親戚で東堂という者がおりますが、私たちは東堂の友人です!東堂は来ていますか?まだでしたら宮司様に御目通りさせて頂きたいです!」

「少々、お待ち下さいませ」
巫女はゆっくりと立ち上がると、住居の奥へ入っていった。

「竜司~~‥‥‥お帰り!時間通りだったなー!」
東堂が歩いてくるのが見えた。
竜司と東堂は、神社を待ち合わせ場所に決めていたようだ。

「お疲れ様です、東堂さん」
テリーは竜司の影から顔を出した。

「お、理恵も一緒か!‥‥‥良かったな‥‥‥」
東堂は眉をハの字にし、テリーの頭を撫でた。

「長い間、面倒をかけてすまなかった」
竜司は深々と東堂に頭を下げた。耳に掛けていた長髪が自然とほころび落ちたが、下げた頭をなかなか上げようとしなかった。

「よせよ、泣けてくるわ!」
東堂は竜司の肩に腕を回し、頭を上げさせた。

「お待たせしました。こちらの品、お返しします」
先程は巫女だと思っていた女性が、袴を羽織り、烏帽子を頭に乗せて現れた。手には重厚な造りの箱を持っていた。

「長い間、お守り頂きありがとうございました」
東堂が箱を受け取り深々と頭を下げると、箱を竜司に手渡した。

「先程は大きな声を上げてしまい、大変失礼いたしました」
竜司が頭を下げると、テリーも真似るように頭を下げた。

境内を出ると、三人は近くのベンチに腰掛け箱を開けた。予想通り、中には時計が入っていた。
テリーが見たレプリカの時計と姿形は同じだったが、光沢は無く、地味に見えた。

竜司は時計を空にかざしたり、見たことがない小型器具のレーザーを時計に当てて確認をした。
「間違いない、反応が見られる。本物だ」

テリーと東堂は控え目にガッツポーズをすると、胸をなで下ろした。
「壊れた時計が本物だったら、どうしようかと思ってました!」

「時計は確保した、後は立ち回り方次第だな」
そう言うと、竜司は空箱を手に取り耳元で左右に振った。

‥‥‥
‥‥‥‥

「一段落したら、飯でも食いに来てくれ。カヨも喜ぶだろう!」
東堂と神社で別れると、テリーと竜司は近くに駐車していたバイクの側まで戻ってきた。

「次はどこに行くんですか?」

「なぁ理恵、もうそろそろ敬語はやめないか?」
竜司は頬を掻いた。

「まだ慣れないんです。察して下さい!」
テリーはそっぽを向くと、コートのポケットから携帯電話を取り出した。
『アヤ』からの不在通知が2件入っていた。

「もしもし、何かあったのか?」
竜司は誰かと通話していた。テリーと同じく、着信が入っていたようだ。

「アヤちゃんですか?」
テリーは通話中の竜司に声をかけると、竜司は首を横に振った。
テリーは折り返しの電話を掛けたが、2度掛け直してもアヤは出なかった。

竜司は通話を終えると、神社周辺に広がる田畑を眺めた。

「‥‥‥何かあったんですか?」
テリーはしびれを切らし、竜司に尋ねた。

「三輪と話してた。凛子の息子、マサトが‥‥‥誘拐されたようだ」

テリーに衝撃が走った。
「マサトは親戚の家にいるはずじゃ‥‥‥一体誰に」

「犯人は通夜の準備で忙しい祖父母の隙をついたんだろう‥‥‥‥全く、抜け目のない連中だ!」

「ペイストリー‥‥‥ですか、でも一体何が目的なんでしょうか‥‥‥まさか!」

「そう、身代金はだ。暗知が持っている時計だよ、奴らはその時計がレプリカだと言う事を知らない。暗知は標的にされてしまったようだな」
竜司は携帯電話を力強く握った。
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